第2話



 オオヘビガイによって封じられていた洞窟が開かれた。中から若干ではあるが香ばしい匂いがする。逃げ出そうとしたのか、焦げた邪神の死骸もある。そこまで燃える程薪をくべた覚えはないのだが。


「何故こんなに焦げてんだこいつは」

「わからんな。燃えるようなものがあったのか?」

「……あったようだぞ」


 見ると、そこには海藻のような深緑色の泡が一面に広がっている。泡から光が発しているようにみえる。……さらに何か囁くような音が聞こえてくる。


「こいつか?人間の代わりの食料」

「生体情報処理装置か。不定形の生物を使用することで処理の並列化を図ったのか」

「画像処理とかに使えそうだなこいつら」

「そっちのコンピュータだったな、それとうまく繋げられたら面白いかもしれない」


 それにしてもだ。この匂い、どこかで嗅いだことがある。


 おもむろにまだ新鮮なところを採取する。持って来た味噌汁の水筒に入れて見る。そして飲んでみた。アオサとはちと違うな。


「やはりか!共存している藻の匂いだったか」

「何食ってんだお前はぁ!」

「プランクトンの群体なのか。音がなるのはなんでだ?」

「……気泡が大気に酸素を放出する際に鳴る音か?」

「逆に何故こいつが情報処理できるのか疑問だ」


 洞窟の中を見ている。死体の邪神からもいい匂いがする。白身魚系か。美味いな。


「……で、早速そいつも喰ってるのかお前は」

「そりゃこんだけいい匂いがしてたら、美味いかどうか確かめたいってもんだ」

「で、どうだったんだ」

「スズキみたいな味だったと思うんだが、これはアリだな。実に美味い」


 焼き殺して喰うのかとか言われそうだが、魚とか焼き魚にして喰うのと同じだ。


 さらに奥へと進む。嫌な感触を覚える。磯の匂いだけじゃない。腐ったような匂いが混ざっている。だんだんと邪神の匂いも区別できてきた。


 匂いで性格がわかるとは思わないが、祭司や司書ちゃんは不快な匂いが全くしない。人間同士の体臭で相性が判定できるという話もあるが、邪神とでもあるのだろうか。


 そういう意味ではこいつの匂いは最悪に近い。しかも悪いことにこいつの匂いはかいだことがおそらくある。


『オ、オマエバ!オマエノゼイデワダジバ!』

「お前は!」


 ほぼ同時のタイミングでヤツと俺はお互いを視認する。そう、ヤツは俺から彼女を奪い、俺はヤツを斬りつけた不倶戴天の敵なのだ!


 タコともイカともつかないその身体だが、ヌラヌラと蠢くその触手の間には、外套膜のようなものがある。深海のコウモリダコに似た姿だ。


 コウモリダコの触手の一部には、通常の触手以外に触糸と呼ばれるものがある。コウモリダコ自体の触糸についてはよくわかってはいない。だが!こいつの使い道は最低最悪のクソそのものだった!俺から人間として大切なものを奪うために使いやがった。


 故に、俺はこいつだけは、こいつだけはどんな手を使っても殺すしかない。人間の、尊厳を取り戻すために!


「何故生きてるこのクソ野郎!死ぬまで喰い殺す!」

『ブザゲルナニンゲンノブンザイデ!!ゾノグヂエイエンニダマラゼル!!』


 俺は全力で包丁でヤツを斬りつける。しかし、ヤツが持ち出した『何か』に防がれる!


『ザイジニデギルゴドガワダジ二デギナイワゲガアロウガ!イヤ!ナイ!』

「作っただと!私と同一の存在を!」


 包丁のいうとおり、ヤツが振るう二本の刃、それは包丁と同様の武具のようだ。


『ニンゲンゴドギガ!』

「……刃物ごときにそんなこといわれる筋合いはねーよな」

「確かに」

『バガニ!バガニズルナアァ!!』


 挑発に弱い刃物と持ち主だ。ここで因縁に精算をつけさせてもらおう。

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