第14話



「ここは……私は……?」

「フィオナ!」


 どうやら感動の再会というやつだろうか、まずは良かった。


「アフィラム?どうしてここに?」

「この人が君を助けてくれたんだ」

「あ、あなたは?」

「磯野馨だ。磯野と呼んでくれ」


 一瞬だけ怪訝な顔をした女性、フィオナだな、は自分の置かれた状況を考えているようだ。


「私は……邪神に苗床にされたはずでは……」

「駆除した」

「駆除」

「家庭内有害害虫と邪神を同レベルに扱うのはどうかと思うぞ」


 包丁に言われるまでもないことだが、駆除は駆除なのだ。


「……君は、助かったんだ……」

「え、あ、その……ありがとうございますっ!!」


 フィオナに物凄く感謝された。まぁ放置してたら死んでたからなぁ……。アフィラムの方だが、一応俺に感謝はしているようである。だが、心のどこかで俺に何かを奪われた感を感じているようだ。すまん、口だけだから勘弁してくれ。あとあまり美味しくなかったし。


「大したことはしてないから気にしないでくれ。それよりもだ」

「はい」


 俺は二人に椀を差し出した。


「お吸い物だが、飲んでみる?」

「お吸い物」

「あと、焼きジャコはまだまだあるけど、食うかい?」

「焼きジャコ」

「豊富な邪神うみのさちを堪能してほしい」

「……すまん、こういう時なんていうのがいいのか相応しい単語がデータベースに格納されていない」


 失礼な包丁に罵られるのも、日常に戻ってきた感はあるな。唖然としながらも二人は椀を受け取ってくれた。いい匂いだと思うんで君たちにも是非味わって欲しい、新鮮な邪神しょくざいを。


邪神かいさんぶつの干物もいいけど、燻製にしたいないろいろ」

「燻製」

「燻製として燃やせるものが欲しいところだ」


 邪神壁が動き始めた。なんだ牡蠣か。早速石で叩いて削ぎ落とす。でかいなこいつ。海藻を更にくべ、牡蠣を焼き始める。


「なんか、いい匂いですね」

「そうだろ、是非食ってくれ」

「はい」


 二人に焼き邪神を振る舞う。身体が弱り切っているから栄養価の高いものを提供しないと。俺もでかい牡蠣を食う。グリコーゲンを大量に含む他、ビタミン、亜鉛に代表される各種ミネラルを含んでいる。


 しかし体力が落ちている時に相応しい邪神しょくざいは何だろう。栄養価だけなら貝類はお勧めなのだが、貝毒がある可能性とか消化にいいかどうかと言われると微妙である。白身の魚でもいればいいのだが……


 不意に、磯臭い匂いがしてきた。


「危ないから二人はここでじっとしてろ」

「はい」

「……心配しなくても戦ったりしません」


 お前は早く闘えるようになれアフィラム。もっとも一般人にそれを押し付けるのは酷か。……俺も一般人だ。武道経験者ではあるけど。果たして現れた邪神は魚人だった。典型的な魚人である。


「食欲をそそられる頭部だな」

「他にないのか感想は!他に!」


 この頭部、クロダイだな。スズキ科は魚類の中では最も後で出現した科の1つで、その種類は大変バラエティに富む。しかも、美味い種類が大変に多く、世界各地で食材として扱われている。宗教的にも食べてはダメと言われることが少ない食材であり、アレルゲンも少ないため新生児の離乳食の一環で最初に与える魚としてお勧めである。


「ご都合主義といわれそうだが、そっちからノコノコやって来たからなこの邪神かいさんぶつが!釣りに行く手間が省けたぜ」

「待て、頭部はいいとして、胴体はどうするんだ」

「喰えるだろ」

「喰うのか?」

「喰うに決まってるだろ、勿体無い」


 邪神がこちらを伺っている。そりゃ何度となく襲われたら警戒もするだろう。むしろ出て来なければ、喰われることもなかっただろうに。もっともこっちには邪神感知包丁があるから、逃げても追いかけて喰いに行くけど。


 邪神が腕と歯で襲いかかってきた。こいつ、大して強くない気がする。小型サイズの甲殻類に似た連中は結構強敵な傾向がある。魚類はガタイはデカく速い一方、攻撃的ではない身体の構造をしている。魚類はそもそも、海という生存競争の猛烈に激しいレッドオーシャンから逃げ出した生物の末裔である。攻めることに長けた生物ではない。それは多くの一般的脊椎動物も同じことだ。


 包丁を使うまでもない。噛みつきを何度かかわす間に石を拾う。噛みつかれればかなり硬い貝も砕けるので、腕くらいは持っていかれるだろう。だが、クロダイのような目のつき方の生物は、背後まで見ることができる代わりに、立体視による距離を測る能力は低い。タイミングを計って、口に拾った石を噛みつかせる!


「agggg!」


 当然こうなる。トドメに眼と鼻を包丁で斬り飛ばし、顎の骨もついでに飛ばす。今日は邪神のおどり食いに挑戦してみよう。まずは悶絶するヤツの腹に石パンチや蹴りを叩き込み、一方的に蹂躙する。


 そのままヒレの変化したような手足を斬り飛ばす。手足にはあまり肉がついていない。食べでのない邪神しょくざいだ。


 一方、顎の肉だけは極めて旨そうである。首を斬り飛ばし、パクパクしているヤツの上顎から肉を削ぐ。新鮮な刺身だ!うぉ、なんじゃこりゃ旨ぇ!くそ!日本酒でもビールでもいい!酒が飲みたくなる!!


「さて、包丁でさばくとしよう」

「私は包丁扱いか」

「一応首を斬り飛ばししたりしてるだろ、いい加減自分の立場を把握しろ包丁」

「あんまり酷い扱いだと重要なこと教えないぞ」

「正直、すまんかった」


 とはいうものの魔法でも使えるのならいざ知らず、ただ知能があるだけのマグロ包丁では、やれることといえば戦闘と料理だけである。料理のためには戦闘にはあまり包丁を使いたくはない。


 さて、魚人肉を解体して建物に持ち帰る。


「魚を見つけた」

「美味しそうです!」

「……あれ?邪神はどうしました?」


 フィオナは素直すぎて悪い男に騙されそうで困る。君はそのままでいてくれたまえアフィラム。


「邪神」


 俺は魚を見せていう。


「どう見ても魚ですよこれ」

「これ、邪神の頭」

「……そんなのもいるんだ」


 邪神さかなを焼いたりペーストにしたりして二人に食べさせる。俺?刺身でたくさん食って満腹だからあんまり食べなかった。フィオナに食欲なさそうですが大丈夫ですかと逆に心配された。

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