第10話
大目標を立てても、そこへと至る道がわからないことはしばしばある。というより、人生などというのはほとんどそんなものである。
記憶を戻す方法、人間を探すこと、地球に帰る方法、邪神を駆逐する方法……
特に最後のなんてあまりに大目標すぎる。俺自身としては、邪神なんて海産物にすぎないんだからわざわざ駆逐する必要性を感じない(むしろ邪神が俺を駆逐したい可能性を否定できない)が、この地の人類からしたら死活問題である。
ナマコのコリコリを味わいながら、俺とアフィラムは周囲に人間がいないかを捜索している。
「やはり全部食べられたんでしょうか」
「だとすると困るな。邪神メシ食えない」
「そんなに美味いわけじゃないですよ、期待しすぎないでくださいね」
「アフィラムもすっかりこいつの奇行に慣れたな」
しっつれーな包丁なのにもすっかり慣れてしまった。慣れとは恐ろしいものだ。ズンズン進んでいくと、崖のようなところに出くわした。見ると、崖から水が湧き出ている。
「湧き水か!」
「……やった、助かった!」
俺たちは湧き水を貪るように飲んだ。身体が水分を求めていたのだ。いくら海産物を食べていても喉の渇きは癒せない。
「湧き水があるところというのは、邪神が人間を肥育するのにいい環境のようだ」
「つまりこの辺りに人間がいる?」
当然この辺りに邪神もいるだろうな。……今度はどんな味だろうか。磯の匂いはまだあまりしない。
「そういえばだ、雨が降らないということはだ、ひょっとして建物って無いのか?」
「いや、そんなことはない。人間というのはどうも広すぎるところでは落ち着かない性質があるようなのを、邪神も把握したらしい」
捕食することを除けば、存外邪神連中は道理をわきまえているようだ。それはそうか、食べもしないのに死なれちゃ困るからな。辺りを散策するが、すっかり暗くなってきた。
「今日も野宿かよ……」
「何か降ってきたりすることも無いですからね、最悪野宿でもそう問題は無いです」
「クジラ降ってきたんだが昨日」
ライトなども持っていないからな。野宿するしかないかこれは、と諦めそうになった時、建物らしきものがあった。土づくりではあるが、四角い窓や入り口もある。
「やった!ここよくないか?」
俺は笑顔でアフィラムに聞いてみたのだが、アフィラムの表情が険しくなった。
「ここは、やめましょう。いや、ここを選ぶくらいなら私は野宿します」
「えー、なんでだよ」
「……邪神の苗床か」
「はい」
包丁が変なことをいう。邪神の苗床?そりゃ邪神だって生物だとしたら、繁殖のためにどこかの場所確保する必要があるというものか。しかしこれは、まるで人工物である。
「邪神はこんなところで増えるのかよ」
「……そうです。邪神は人間に卵を産み付けるのです」
邪神は卵生か。それもそうか、海産物だしな。……人間に卵を産み付ける怪物の映画を、昔観たことがある気がする。
不意に、頭が痛くなってきた。
「……ということはここには人間がいるのか」
「邪神に卵を産み付けられた人間は、意識がなくなり、そのまま邪神に体内を喰い尽くされるのです……」
まんまじゃないか!著作権的に大丈夫かそれ!著作権もクソもない邪神の生態だが。
「ですので、もし邪神に卵を産み付けられた人間を見つけたら」
アフィラムが眉間に皺をよせる。
「殺さないとなりません」
「なんでだよ」
「卵を取り出す方法を私は知りません。そのまま邪神が産まれてきたら対処できません」
「だからって殺すことはないだろ」
「卵を産み付けられた人間を殺せば邪神の卵も死にます。どのみち卵が孵ったら産み付けられた人間が死に、邪神が襲って来ます」
なるほど。確かにそれなら殺すしかないか。でも待て、卵を産み付けるって要は寄生虫みたいなもんだろうが。寄生虫と同じように駆除すりゃ良かろうに。
「イスカリオテ」
「なんだ」
「邪神が生物だと仮定しての話だが、人間の体内にいる邪神の卵を駆除できる成分、知ってるか」
「……知ってはいる」
「俺が手に入れる方法は?」
「今はかなり入手困難なはずだ。もしお前が地球にいたなら割と入手できたはずだが」
地球の何かかよ。詰んだか?
「その成分はなんだ」
「カイニン酸」
「……つっ……確か海藻にそれ含んでる奴あるだろ、こっちにはないのか……」
「奴らが積極的に駆除している。毒海藻だからな奴らにとっては」
なるほどな。しかし駆除しているということは、逆にいうと全くないわけではないってことではないか?意外になんとかなりそうに思える。頭痛が酷くなってきた。早く休みたい。
「お前は外で寝ればいいだろアフィラム。俺はここで寝るぞ」
「どうしたんですか」
「悪い、頭痛が酷いんだ」
「仕方ないですね。私も中に入りますよ」
2人で建物の中に入ると、1人の女が寝ていた。おぉ、人類だ!2人目だ!……まてよこれ。女が横たわるベッドのような台を見てみる。女の腹が膨らんでいる。
「……お、おいこれって……アフィラム」
「あ!……あ!あああぁぁぁ!!」
アフィラムが絶叫している。まさか、邪神に卵を産み付けられているのか!
「おい、アフィラム」
「殺さないと殺さないと殺さないと殺さないと殺さないと殺さないと」
「おちつけ!」
急にアフィラムが俺から包丁を奪い、女性の腹に突き立てようとした。おいバカやめろ!人殺しにでもなるつもりか!
「アフィラムぅ!やめろぉ!」
俺はアフィラムに飛び蹴りをかまそうとしたが、間に合わなそうだ……女に包丁を刺す前に不意にアフィラムが倒れ込んだ。俺はそのまま倒れ込んだアフィラムの頭上を飛び越してしまった。
「いったいなんなんだ。お、おい」
アフィラムが意識を失っている。俺は目の前の女の顔を見て、思い出した。俺が、なぜこの世界に来たのかを。よりによってこいつかよ!あの時のこいつとあの男の顔を、俺は一生忘れることはないと思っていたが、案外あっさり忘れていた。
「なんでこんなところに、お前が、いるんだよ!?」
俺もそのまま意識を失った。
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