第2話



 状況を整理しよう。

 突然俺はこの磯の香りのする大地に放り出された上に、マグロ包丁とともに邪神とやらを返り討ちにして、食べた、美味しかった。


 某ハゲの借金王風にいうなら、来た、見た、食べた、である。ハゲの借金王って…カエサル…古代ローマの皇帝…ローマ帝国…地球…そういう知識はある。だが自分の記憶がない。


 しかし地球という惑星には、確か陸棲の馬鹿でかいイカはいなかったと思われる。だとするとここは地球とは別のどこかの惑星ということになる。幸か不幸か呼吸もできるし、今のところ体調不良も起きていない。


 そして喋るマグロ包丁である。

 自分の記憶は曖昧だが、記憶にある限りマグロ包丁には喋る機能はなかったと思われる。つまりこいつもマグロ包丁ではないことになる。


 これらのことを総合的に判断する限り、どうやら俺は地球以外に来た模様である。理由はわからないが。


「……おい、なんか言え」


 包丁になんか言えと言われるのはなかなか地球ではあり得ない光景である。


「なんか言えとか言われたが、むしろこちらの方が色々質問がある」

「答えられるものは答えよう」


 偉そうだな包丁。


「まずここはどこだ」

「ここがどこか、か…ここは、そうだな。終焉の地と呼ばれている」

「終焉の地?」

「そうだ。この地はニンゲン、ヒトと言われた種に残された最後の地なのだ」


 つまりアレか、人類は何者かによって絶滅させられようとしているのか。


「人間は滅びそうだっていうことか?なんで滅びそうなんだ?自業自得か?」

「いや、お前がさっき食べ…じゃない倒したような存在によって滅びの危機に瀕している」

「あの海産物にか?」

「そんな風に思えるのは多分お前だけだと思う」

「いや誰がどう見たってイカじゃん。美味しいし」

「美味しいって……お前な……あの存在と相対したヒトは恐怖で動けないのが普通なんだぞ!まして食うとかバケモノかお前は!」

「通りすがりの一般人に対してしっつれいな」


 全く失礼な包丁だ。知能があっても包丁は所詮包丁ってことか。


「でだ、マグロ包丁。お前はなんなの」

「マグロ包丁じゃない!対邪神インテリジェンス・インターフェイス・イスカリオテだ!」

「ふむ。つまりよくわからんけど賢いマグロ包丁か」

「だ!か!ら!対・邪・神・インテリジェンス・インターフェース!」


 マグロ包丁の外見してりゃ、マグロ包丁と言われるのは仕方がないだろうマグロ包丁。


「でだ、お前はなんでここに転がってたの」

「前の持ち主が、邪神に倒されたのだ」

「そうなのか。しかし邪神もなんでお前は破壊しなかったの」

「はっきり言って興味がなかったのではないか?」


 そういうものなのか?思いっきりお前に斬られてたわけだが邪神。斬ったのは俺だけど。


「それでもう1つ聞きたい。邪神ってみんなあんな風に海産物っぽいの?」

「海産物……まぁ邪神は深海より訪れたと言われてはいるが……お前のいう海産物というのが海棲生物というニュアンスなら概ねそうだ」

「つまり美味そうな海の幸が向こうからやって来てくれるのか!」

「海の幸ぃ!?」


 おいこら包丁、人をなんだと思ってんだよ。そんな海の幸が向こうからやって来てくれるとか、楽園エデンはここにあったじゃないか。


「さっき食った感じだと完全に味もイカそのものだったな。この分だと他の連中も十二分に期待できそうだ」

「期待……」

「それともなんだ、ここでは海棲生物は食わないのか?」

「一般的にはそうだ。ほとんどのヒトは海棲生物を忌避しているからな」


 なんなんだよこの世界の人間は。頭がおかしいのか。そんなんだから海産物ごときに滅ぽされそうになっているんじゃなかろうか。


「いずれにしろここですら、奴らの尖兵がこれだけ出て来ているのだ。もうヒトに逃げ場はないのだろう」

「あの美味いやつがうじゃうじゃいるってことか……食べきれるかな……どうやって食べようかなぁ」

「一匹邪神の尖兵を倒したからといって調子に乗るな!」


 なんだよこいつは偉そうだな。また磯の香りがして来やがった。今度はなんだ?うじゃうじゃ出て来たが……ホヤ?


「まずい!早くここから離れろ!奴らの領域が広がっていくぞ!」

「え?ホヤじゃんこれ」

「何を言っているんだお前は!奴らの領域を拡大する存在だぞ!」


 俺は生えてるホヤを1つと掴んで、皮を剥いた。そしておもむろに食らいついた。


「生ボヤも悪くないな。ホヤってのは甘みも塩味も酸味も苦味も旨みもある」

「何食ってんだお前!」

「ホヤなんてよく食うだろうが、違うのかよ!」


 包丁に突っ込まれながら数個食っているうちに、周囲に異変が起こった。周囲のホヤが減り始めたのだ。


「邪神壁を食べる生物がいるとは……最早こいつが生物かどうかが疑問になってきた」

「百歩譲って人間かどうかとか言われるならまだしも、生物かどうか疑問と言われるのはさすがにちょっとだけ傷つくぞ。それにしても邪神壁ってなんだよ」

「邪神の領域を確保するための生きた壁だ。邪神たちが生存しやすい環境を生み出す存在でもある。様々な邪神壁がある」

「…つまり様々な海産物があるということだな」

「食べる気満々か貴様!」


 しかしそれにしても、生で食べるのも悪くはないが、そろそろ生だけというのも飽きてきた。塩茹でとかしたいな。塩茹でならほとんどの海産物が旨く食える。


「それにしても邪神壁も喰われたことで警戒したり、環境が変化したことで退避を始めたようだな……無理もないか……」

「何が無理もないか、だ」

「考えてみろ、突然現れたバケモノがそこらじゅうのヒトを食い漁ってたらお前も逃げるだろう」

「確かにな」

「お前がやってるのはそれと同じだ」

「しっつれいな」


 大体ホヤにそんな知恵があるとは思えないんだがな。


 それにしても今一番必要なものがわかった。鍋だ。塩茹でにするための鍋が。

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