第8話



 さて、スルメはここに置いてできるのを待つとして、もう少しアフィラムに聞いてみたいことがあるな。


「そう言えばだ。ちょっと聞かせてくれ」

「私で良ければ」

「邪神のメシってどこで貰えるんだ?」

「……私が邪神ならお前にだけはメシはやらん」


 包丁のいうこともまぁ分かる。しかしだ。


「邪神のメシの方が旨けりゃそっちを喰わせてもらうし、邪神も襲わないんだがな」

「えー」

「申し訳ないが、私ごときには全く理解できない」


 まぁ喰われた側だからなそっちは。アフィラムからしたら、マンイーターを襲って食う俺なんて怪物を超えた怪物かもしれん。


「襲って来なくて旨そうな食うもの定期的にくれるっていうなら、こっちだってそんなには襲わない」

「……結局最後は邪神に喰われるんだが」

「なら仕方ないな。喰うか喰われるかは自然の摂理だ」

「お前喰う気満々なんだろ?そうなんだろ!もうやだこいつ!!」


 包丁ごときにもうやだとか言われる筋合いはないが、生存競争に負けてやるつもりは全くない。人類はそうやって、様々な種を食い尽くしながら世界を巡り繁栄してきたのだ。ここがどこであろうと同じことだ。


「どちらが邪神だか私にはわからない……」

「いや俺は邪神じゃない。少なくとも人間は食べないからな」

「……そうか」


 アフィラムにも呆れられてるのはもう理解した。だがな、お前らが不甲斐ないからこの惨状なんだぞ。倒せよ海産物。食えよ海産物。


「ところでだ、イスカリオテ。単刀直入に聞くが、邪神には知能がある、いや、人間を上回る知能があるのか?」

「……そうだ」

「ならこちらの行動などいくらでも想定されるはずな気がするが、どう思うか?」

「邪神とて万能ではない。ある程度予想はできるだろうが、お前みたいなの予想しろってそれはムリというものだ」

「……俺がしてきた行動から想定するに、次の敵は多分、アレだな」

「アレとはなんだ?」

「……毒だ」


 磯の香りが強くなってきた。アフィラムなど震え上がっている。


「……こうも想定通りだと、笑えてくるな」

「笑えてくるといったが、どういうことだ?」


 気持ち悪い紫の斑点のタコがこちらに迫ってきた。ヒョウモンダコか。テトロドトキシンで全身を覆った超危険物だ。通常のヒョウモンダコは20センチにも満たないのに、こいつは2メートル近くもある。


「……くそ……こいつは……ふざけんなよ」

「マズイのか何か?」

「毒持ちだ」

「迂闊に近づいて攻撃できないということか」

「……喰えねぇだろが!」

「そっちか!」


 これまで倒した邪神しょくざいは感謝を込めていただいた。しかしだ。食べられもしないものを殺すなど、生命への冒瀆だ。


「だが、このままではお前が喰われるぞ」

「……食べもしない相手を殺すなど」

「戦争なら当たり前のことだ!」

「生存競争はするが、戦争をしているつもりはないぞ」

「悠長な」


 そうこう言っているうちにヤツがこちらを狙って触腕を伸ばしてきた。かわせかわせかわせぇ!くそ、触れるだけでも命に関わるぞ!神経毒で動けなくされ、呼吸困難で殺された上喰われるなど勘弁だ。


 かわしながら考える。闘争か逃避か…喰らえないというなら逃げるしかない。逃げ回りながら俺はスルメの近くを目指す。ついてきやがったな……スルメの内臓を見つけた。よし。


「てめぇの仲間でも食らってな!」


 イカスミをヒョウモンダコにぶつける。本来イカスミは目潰しではなく、言うならば身代わりを作るためのものだ。だが、目潰しとして粘ついたイカスミを目にぶつけてやると……


「早々取れないぞ!イカスミってヤツはなぁ!」


 ヒョウモンダコは視覚を奪われ悶絶している。


「アフィラム!逃げるぞ!」

「お前が本当にわからなくなってきた」

「私もです」

「食べもしないのに殺すんじゃ本当にバケモノになるだろうが!」


 こんな無茶苦茶な世界でも、いやこんな無茶苦茶な世界だからこそ、矜持を持たないといけない。自分を律しないと、本当のバケモノになる。俺は、バケモノにはなりたくはない。邪神は喰らうし死にたくはないけど。


「いつかてめぇも喰らってやるからな!タコ野郎!」

「……え、喰う気なのか?毒あるのに」

「喰う方法ならあったはずだ」

「……そこまでして喰おうとしなくてもいいのではないだろうか」


 カタパルトの上のスルメごと担いで、俺達はタコから逃れることができた。リベンジだ。いずれヤツは喰らう。待ってろヒョウモンダコ。

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