第7話



「……うぅ……」


 邪神クラゲを咀嚼している俺の前に横たわっていた男が、目を覚ました。


「nkidugeo kwobm ngmp」

「いかん何言ってるかわからん」

「おっと、ちょっと待ってろ」


 おい包丁翻訳頼むわ。


「……私は一体どうなったんだ?」


 やった、口と音声が一致してないけど、理解できる。素晴らしい。


「やるな包丁」

「……そう思うなら包丁というのやめろ。おいそっちの、このアホがお前を助けたんだ。一応礼ぐらい言っておいたらどうだ」

「……そうか」


 このアホってなんだよしっつれいな礼儀知らずの包丁め。別に礼とかはいらないが、ともかく初めて会った人間だ。もうそれだけで嬉しい。


「私はアフィラムという。あなたは」

「磯野馨だ。磯野とでも呼んでくれ」

「そうか。磯野、ありがとう」

「大したことじゃない、気にすんな。それに邪神しょくざいも手に入ったしな」


 俺は邪神クラゲをもぐもぐしながらそう答えた。アフィラムが不審な目でこちらを見つめる。


「良ければでいいのだが、その、食材とは?」

「ん、あぁこれ」


 俺はクラゲの邪神の一部を男に見せる。男は震え上がっているようだ。


「な、な、な……なんで邪神が死体に!?」

「斬ったら死んだ」

「お、お強いようだな……で、食材というのは」

「これに決まってんだろ」


 見せたんだから理解して欲しいんだが。クラゲを頬張りながら、俺はそう思った。


「邪神!?邪神を食してるのかあなたは!?」

「だってどうみても海産物でしょ」

「か、海産物……」

「こういう奴だ、諦めろ。私は諦めた」


 包丁にバカにされるのは腹が立つ。アフィラムだったか、は畏敬の念と恐怖と不審の表情がいり混じった顔で俺をみている。


「ちなみにすでに7体の邪神を殺している」

「……人間なんですかこの人」

「この世界には失礼でない奴はいないのか」

「多分人間、のはずだ」


 包丁のいうとおり確かに邪神はそれくらい殺してはいるが、それで人間以外扱いされても困る。


「……私しかいないのか……もう他のみんなは食べられたのだろうか」

「今の所はアフィラムしか見てないからなんとも言えないな。邪神だっていきなり全部人間を食い尽くすとは思えないし」


 しかしだ、それにしても気になることがある。


「イスカリオテ、1つ聞いていいか」

「……そう呼ぶときはお前は厄介なことを聞くから困る。だが答えられるなら答えよう」

「人間自体は摂取カロリーとしては大したことはない存在だ。アザラシでもクジラでも食った方が高カロリーだろう」

「……」

邪神あいつらは人間の、『何』をたべているんだ?」


 人間でないといけない理由など、生物である以上存在しない。サメなどが人間を襲うときは、アザラシなどの誤認が原因である。


「結論から言おう。『情報』だ」

「やはりな」

「……ちょ、ちょっと待て。どういうことだ」


 アフィラムはまだ理解できていない、いやこんなことを理解しろというのがムリか?


「人間と他の動物で一番異なるのは、『知性』だ。知性とはつまるところ特定分野に限定された情報処理能力に他ならない」

「……他の生き物より賢いってことか?」

「処理能力だけなら鳥類の中脳は人間を上回る。抽象化された情報を基にした情報処理、そこですら哺乳類の一部はかなりのレベルだ」

「言語処理能力か」


 包丁の方は理解しているのか。


「だとしてなんで人間なんか食べるんだ?」

「情報それ自体が膨大なエネルギーを持つんだ。情報と物質、エネルギーをマッピングすることで得られるエネルギーは想像以上のものがある」

「……すまん理解できなくなってきた」

「俺の住んでいた世界ではそういう研究もされていたんだが、こちらではそうはならなかったのか?」

「人間はな」


 包丁が言いだすことが分かった。……想定していた中で最悪のパターンじゃないか。吐きそう。


「邪神の側はそれに目をつけた。人間の脳の持つ膨大なエネルギーを利用することで、邪神たちは飛躍的進歩を行えた。しかし」

「しかし?」

「その素材がなくなってしまいそうになっている」

「……あぁ、やり過ぎたのか。バカな連中だ。バカな人間が言えた義理はないが」


 なんのことはない。確かにこちらの人類からすれば邪神は脅威そのものだ。だが、俺に言わせりゃやってることは人間とどっこいどっこいじゃないか。資源を無駄遣いして自分たちで危機に陥っている。バカか?


「なんとなくわかった。お前がなのは、か。おそらくこちらに来た地球人も居たんだな」


こいつは、邪神をんだ。理由まではわからないが。


「……だったな。神を銀貨30枚で裏切った」

「包丁なのによく知ってるじゃねぇか。でも何故お前が居たのに負ける。地球人だったんだろ?」

「地球人でも同じことだった。結局最後は恐怖して喰われた。……私にもわからないのだが、何故お前は恐怖を感じない?何故平気で邪神を胃袋に収められる?」

「旨そうだから」

「」


 包丁にもアフィラムにも絶句された。旨そうなものは旨そうなんだからしょうがない。何だか磯臭くなって来た。


 無言で俺は、また出現したイカの姿の邪神を叩き斬った。こいつ弱すぎないか?クラゲより弱い。イカの方がクラゲより強いと思うのだが…。まぁいいか。


「いいことを思いついた」

「……こちらからしたらほとんどいいこととは思えないんだが」


 早速イカ邪神の内臓を抜き取り、乾燥させることにした。日が弱いから数日かかるかもしれないが、幸いここには雨は降らない。


「今度は何をやってるんだ」

「スルメ作ろうと思った」

「スルメぇ?なんだそれは」

「イカの干物」

「」


 包丁とアフィラムは再度絶句した。ダイオウイカすらスルメにする日本人に何を今更。邪神くらい干物にするのは日本人としては正常運行である。

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