対「  」~ぼくのフレンド~【前編】





最終章  対「ヒト」










――バァン…!!






「っ!!?」




その、つんざくような炸裂音は、遊園地の外で戦っていたフレンズ達の耳にも届いた。

聞き覚えのある、本能を逆撫でしてくるようなその音に、博士はセルリアンを相手していることも忘れ、思わず動きを止めて遊園地を見やる。


「今のは――!!」

「ヒッ…!」


色めき立つ博士のそばで、トキが図書館で錯乱した時と同様に耳を抑え、蹲った。

隙だらけの二人に迫るセルリアン。

それを、カバの豪快な腕の一振りが弾き飛ばした。


「危なかったですわ…」

「礼を言うのです…助かったのです…」


そう言う博士はなおも上の空で、トキは蹲ったまま身を震わせている。

他のフレンズ達――特に図書館にいたメンバーも、セルリアンの攻撃を躱しつつもそれぞれ青い顔をしていて、普通ではない。

カバが眉を顰めていると、トキがうわごとのように呟いた。


「な、なんでアレの音が聞こえるの…!アレは、【きろく】の中の物のはずじゃない…!」

「さっき聞こえた音のことですの…?確かにやけに不安を煽るというか、気分の良い音ではなかったけど…【アレ】とは、何のことを言って――」

「「博士!!」」


カバの声を遮るほどの怒声を、離れた所にいたライオンとタイリクオオカミが同時に上げる。

牙を剥き、目をいからせ、二人は吼えた。


「なんで【アレ】の音がするんだ…!?どうなってる!?」

「中の様子は!?かばん達は無事なのか!?」


二人の言葉に博士はハッと我に返る。


「カバ、ここは任せたのです…!」

「え、えぇ」


動けないトキをカバに任せ、博士は急いで遊園地内の様子を映す、通信中のラッキービーストの元へと飛ぶ。


(一体中で何が起きて――――…)


翼を折りたたんで着地しながら、映し出された映像に博士は目を滑らせ。






完全に、言葉を失った。















突きつけられた拳銃。



大きな音がして、火を噴いて――…それを向けた先にいる相手を深く、傷つけることができる武器。



それを握るのは、大事な、優しい、親友の――かばん。



サーバルはその事実を理解し、受け入れることが、なかなかできなかった。


「かばんちゃん…?――あっ…けがはだいじょーぶなの…?まだ、動かない方がいいんじゃないかな…」


引きつった笑みを浮かべながらも、かばんの容態を心配するサーバルに対し。

かばんは微塵も表情を変えず、据わった目と拳銃をサーバルに向け続ける。

黒いサンドスターを、その体に纏いながら。


「えっと…かばんちゃん、それ…なんでかばんちゃんが持って――」

『ボクが渡したからですヨ』


背後から楽しさを滲ませた声が飛んでくる。

サーバルは視線をかばんから、もう一人の【かばん】へと映す。


『触手を使っテ、その子にサンドスター・ロウと一緒に拳銃を与えましタ』


体が奇妙に透過している黒かばんは、空になった両手をひらひらと見せながら、ニコニコ笑っていた。


「なんで…そんなこと…あれは、あなたの大事な宝物なんでしょ…?」

『アハハ…そうですネ…。あれはボクの大事な宝物。けど今はボクが持っているよりモ――』


にやり、と歯を剥いて、黒かばんは続けた。



『その子が持っていた方ガ、面白いものが見れそうですかラ』



黒かばんは触手を緩め、サーバルの拘束を解いた。

事態の理解が追いつかないサーバルは、急に体の支えがなくなってドサリと不格好に崩れ落ちる。

それでもなんとか立ち上がり、かばんを見つめる。


「ね、ねぇ、かばんちゃん…?返事して…?」

「…」


拳銃を構えたまま、帽子を深く被り直して俯くかばん。

帽子のつばに遮られた彼女の表情は読み取れず、サーバルはおそるおそる声をかけるが。



『さァ、獣が放たれましたヨ!?君の目の前ニ!肉食の獣ガ!爪と牙を光らせて立っていますヨ!あァ、大変ダ!このままじゃ君ハ、知りたいことも見たいものにも出会えないまマ、やりたかったこともできないまマ、その獣に喰われて終わってしまウ!』



揚々と叫ぶ黒かばんの声に、サーバルの投げかけはかき消されてしまう。

サーバルは黒かばんの言葉が聞きたくなくて。

かばんの返事を、聞き取りたくて。

必死にかばんの方へと耳を向ける。




信じたくなかった。




かばんが自分を庇って傷を負い。

その傷から、黒かばんによってサンドスター・ロウを与えられ。

【暴走】状態に陥って。





自分を、襲おうとしているなんて。





見つめ合ったまま動こうとしないサーバルとかばんを眺め、黒かばんは小さく鼻で笑う。


(まさか割って入ってくるとは思ってなかったヨ。どこで情報を得たのか知らないけド、拳銃の使い方を理解して邪魔してくるとはネ…。おかげでサーバルを始末し損ねちゃっタ)


僅かに透けた手に視線を落とし、裏返したり指を動かしたりしつつ溜息を一つ。


(これ以上身を削ってサンドスター・ロウを分け与えるのは本当なら避けたかったんだけど…仕方なイ。あのまま放っておいたラ、あの子たぶん死んでたシ。殺してしまうには勿体ない存在だから無理矢理傷を塞いでやったけド、さて――)


ぎち、と拳を握りしめ、黒かばんは拳銃を握りしめたままのかばんを再度見つめた。


(濃度の高いサンドスター・ロウをたっぷり分け与えてやったんダ…。サーバルみたいな中途半端な覚醒は許さないヨ…。見せてみなヨ、君の――【ヒト】の本能に染まった姿ヲ)




悪意の滲んだ笑みを浮かべる黒かばんの視線の先で、膠着状態に陥っていた二人だったが。

ふいに、サーバルが耳を、尻尾を振るわせて。


「っかばんちゃ――」


かばんへと、駆け寄ろうとする仕草を見せた。




瞬間。







バァンッ!!!








雷鳴の如き、貫くような炸裂音が響き。


サーバルから少し離れた場所の地面が、ビシッと弾け飛んで、抉れた。



「ひっ…!!」



耳を折り、身を竦ませるサーバル。


そして。


反動を殺しきれずよろめきながらも足を踏みしめ直し、手の中の拳銃をじっと見つめるかばん。



――撃った。外したものの、サーバルに向けてかばんが、あの凶器を、使用した。



『……ハッ…!』


ぴくりとも動かなくなってしまったサーバルを尻目に、まじまじと拳銃を観察していたかばんは、今しがた放った一撃で手の中の凶器の特性を理解し、使い方を学習したようで。

握り方、構え方に改善を加え、もう一度その凶器を――サーバルへと向けた。


『…ッハハハ…アッハハハハハ!!』


堪えきれなくなった笑いを、思い切りぶちまける。

腹を抱え、手を叩き、呼吸が乱れるほどに、黒かばんは笑う。


『ボクとそっちのボクは違ウ!?思い通りにはならなイ!?ハハハ!散々否定してくれたけどさァ!やっぱり同じじゃないカ!!ボクの思い通りになってくれたヨ!?アハハハハハ!上出来ダ!!』


狂喜の声を上げる黒かばんに対し、ただ静かに、サーバルへと拳銃を突きつけ続けるかばん。


『そうそウ、無駄撃ちの無いように狙いをよく定めテ!あぁ弾の数にも気をつけてネ!ボクも試し撃ちに一度使ってるシ、攻撃できる回数は少ないからネ!フレンズの身体能力を舐めちゃ駄目だヨ?上手く隙をつかないと、避けられちゃうかもしれないヨ!』


楽しくて仕方なくて、饒舌になる黒かばん。

声を荒げてまくし立てる彼女を振り返ることもせず、かばんとサーバルはまたも見つめ合ったまま動かなくなった。

かばんは相変わらず俯きがちで、帽子のつばに遮られて表情は読み取れず。

サーバルは黒かばんに背を向けているため同じく表情は窺えないが。

サーバルの全身はわなわなと震え、耐えようのない感情の渦を必死に抑え込もうとしている様子が見て取れた。

だからこそ、黒かばんは煽る。


『ハハハハ!所詮他の獣たちと一緒サ!あれだけ否定したところデ、自分の中の本能には叶わなイ!肉食動物は狩猟本能、草食動物は生存本能!さァ、曝け出して見せてヨ!君が散々否定した特別な獣の――【ヒト】の本能ヲ!!』



――この見世物を、より面白いものへと昇華させるために。











「――…最悪…なのです…」


一連のやりとりを映像を通じて見ていた博士は、半ば放心状態で呟いた。

思わず足から力が抜け、よろけてしまったその様子に、タイリクオオカミは文字通り狼狽しつつも駆け寄る。

一度ならず二度も聞こえてきたあの忌々しき音に、フレンズ達は動揺を隠し切れておらず。

トキに至っては完全に錯乱してしまい、コツメカワウソが一生懸命宥めている。


「は、博士…どうしたんだ…何が起きて…」


どうしようもない胸騒ぎに息を切らせながら、タイリクオオカミは博士の視線を追って通信映像を見やり。

そこに映し出された光景を理解できず、博士同様固まった。


「え――?」

「……最も恐れていた事態に陥ってしまったのです…」


顔面を蒼白にしながらも、長を名乗る者としてのプライドか、責任感か。

博士はすぐさま状況を整理し、自分たちの取るべき行動を考えるべく、冷静に述べ始めた。


「――かばんが【野生暴走】に陥ったのです」

「は、博士…何を言って…」

「最悪の場合を想定すると…単純に考えて一人でも恐ろしかったあの脅威が、二人に増えたようなものなのです。万一に備えて、退避することも考えなければならないのです」


感情を押し殺した声で、淡々と。

しかしどうしても震えてしまう言葉に時折唇を噛みながら、博士は述べる。

ゆるゆると首を振り、オオカミが溢す。


「かばんとサーバルはどうなるんだ…?諦めないんじゃ、なかったのか…?ここに連れてこられる野生暴走したみんなはどうするんだ…!?」

「――状況が、状況なのです。…かしこい動物のお前ならわかるでしょう?」


自分に向けられた言葉は無情だったものの、表情は酷く悲しげで。

オオカミは何も言えず、固まってしまった。

きつく拳を握り、博士は甲高い声を張り上げて、フレンズ達に事実を伝える。


「――お前達、パニックにならないよう冷静に聞くのです!かばんがヤツにやられて、暴走状態に陥ったようなのです!!」


突如突きつけられた受け入れがたい情報に、いくら冷静に聞けと言われても、フレンズ達は取り乱してしまう。


「そんな馬鹿な!!」


角を大きく振り回してセルリアンをなぎ払い、ヘラジカが怒鳴った。


「かばんとサーバルが、あんなセルリアンなどに負けるものか!!」

「私だって信じたくないのです!!!」


ヘラジカの怒声を上回る程の叫びを、博士が上げた。

普段の博士からは想像できない、金切り声に近い叫びに、ヘラジカは言葉を失う。


「……万一かばんを取り戻すことができず、あのセルリアンと手を組むような事態になった場合、この島はもうおしまいなのです…。状況次第では、ここを放棄して逃げる可能性もあることも、頭に入れておくのです…!」


一呼吸間を置いて、博士はいつもの声色で、しかし早口気味に話す。

誰も博士に返事を返すことはなかったが、事の重大さと、博士の判断の必要性は十分理解していて。


「……っああああああああぁーー!!」


どうしようもない状況にただただ吼えながら、やけくそ気味にバリアに拳を打ち付けるジャガーを始め、皆の表情には焦りが滲んでいた。

こみ上げてきた何かを飲み下すように、ゴクリと生唾を飲んだ博士は、映像を映し出している個体とは別の、通信連絡用のラッキービーストへと歩を進める。


「――とにかく、最悪の場合を考えて、私は今から身を隠しているフレンズ達に避難指示を出すのです!鳥系のフレンズの力を借りたり、ラッキービーストの案内でヒトの残した道具を使ったりして、島の外に避難できないか呼びかけを――」


『アハハハハハハ…!逃がすはずがないじゃないですカ!!』




映像再生中のラッキービーストから鮮明に聞こえてきたその声に、博士の足は縫い付けられたように動かなくなる。

振り返って見た映像には――監視していたラッキービーストを捕まえてのぞき込んでいるのか――黒かばんが至近距離で映し出されていた。


『玩具が減ってしまったら面白くないでしょウ?君達モ、島中に隠れてるフレンズ達モ、逃がしはしませン。島の外に出られるような手段ハ、セルリアンを使って排除させてもらいまス』

「お前ッ!!」

「…セルリアンを介して、こちらの様子を見ているのですね…」


憤怒の形相で吼えるライオンとは反対に、冷たい怒りを滲ませて博士は唸る。


『あぁ…知りたいなァ。かたーい【絆】とやらで結ばれた二人が命を懸けて争い合ったラ、どんなに強い輝きが見られるんでしょうカ?所詮獣はヒトに支配されるか駆逐される運命なんですかネ?それとも身体能力に秀でた獣が勝つのかナ!?君達が信じた二人の結末ヲ、君達にも見届けてもらわないとネ!!』

「…っ」

『ハハハ!ボクをコケにしたあのロボット達が大事に大事に守ってきたフレンズもこの島モ、全て滅茶苦茶にしてやりまス!サンドスターの火山モ、もう一度ボクが支配するんダ!』


黒かばんの勢いに気圧されて、博士は声を出すことも叶わず。

映像の中の黒かばんは、満面の笑みを浮かべて紅い瞳を細めた。


『指でも尻尾でも咥えてそこから見ていてくださいネ。――ア、でも悠長にこちらの様子を眺めている暇もないかもしれませんヨ』


掴んでいたラッキービーストを手放したのか、映像の中の黒かばんは遠ざかっていく。

容赦の無いどす黒い感情をぶつけられて吐き気を覚え、頭を抱える博士の耳に。




『キイイイイイィ!!』




甲高いセルリアンの鳴き声が、鋭く突き刺さった。

声のした方へと、フレンズ達の視線が集まる。そして。


「――」


ライオンが口を開けて息を呑み、ツチノコが激しく牙を軋ませた。

――そこにいたのは、上空からぎょろりと一つ目で見下ろしてくる、各地に飛び散っていった翼のセルリアンが、二体。


だらりと垂れた触手の先には、見覚えのあるフレンズが拘束されていて。

セルリアンはその拘束を解くと、拉致してきた彼女達を――暴走フレンズ達を地上へと無造作に落とす。


一人はぎこちなく、一人は身軽に着地し、自分たちを見つめてくるセルリアンの群れや、フレンズ達に対し、敵意を剥き出しにして唸った。


「フー…グフウウウー…!」

「そんな…」

「オーロックス…!」


ツキノワグマとアラビアオリックスが悲痛な声を上げ。


「ニ゛ィイイイイイ!」

「――…スナネコ…」


未だに顔色が優れないツチノコが、低い声を溢す。

――悠長に眺めている暇はない、という黒かばんの指摘は嘘ではなかった。

とうとう翼のセルリアン達が帰還し始めたのだ。

今はまだ二人だけに留まっているが、このままでは――


(どう、すれば…)


どうしようもない状況に、博士の頭の中は白く霞み始める。

自分は長として、何をすれば良いのか。思考が、追いつかない。助けてくれる、助手も――


「オイ博士、しっかりしろ。酷い顔してるぞ」


悪い考えばかりが渦巻き始めていた博士を呼び戻したのは、いつの間にか側まで来ていたツチノコだった。


「あ…」

「まだ皆諦めちゃいねえ。スナネコはオレが相手する。オーロックスはライオンの部下に任せる。博士は今まで通り後のヤツらに指示出して、セルリアンの数を減らせ。…とにかく今、できることをするんだよ。アイツの好き勝手にさせてたまるか」


ポケットに手を突っ込んで、時折ふらつく足で博士から離れながら、ツチノコは続ける。


「…ケッ…助手はおらんが仲間は大勢いるだろーが。長らしく堂々としてろ。そんなんじゃ、皆の士気が下がりかねんぞ」


ツチノコはずんずんスナネコに向かって近付いていく。

それに気付いたスナネコは、彼女に向かって牙を剥いて威嚇するも。

ツチノコは、微塵も臆することはなく歩を進め、瞳に野生を灯す。


「オリックス!ツキノワグマ!お前らオーロックスを止めろ!オレはスナネコをやる!」

「…言われなくとも!」

「そのつもりだよ!――大将!セルリアンをお願いします!オーロックスは私達にお任せください!」

「…あぁ…頼む…」


暴走した仲間を前にしてもなお屈せず立ち向かう三人の姿に、他のフレンズ達も一層サンドスターの輝きを増してセルリアンに対峙する。

博士は柄にもなく滲んでしまった涙を毛皮の袖で乱暴に拭うと、その手にサンドスターを集め、武器である木杖を具現化させた。


「たしかにまだ、やれることはたくさん残っているのです…。ギリギリまで足掻いてやるのです!――勝ち誇って良い気になっているあのセルリアンに、我々【けもの】の群れとしての強さを見せるのです!!」


全く衰えを感じさせない【けもの】達の咆吼が、轟いた。













「…この傷が、どうかしたの?」


「――あのね…ちょっとわたし、気になったことがあって…」


休憩小屋の中での二人の会話。

自分が傷つけてしまったかばんの腕の怪我を眺めながら、サーバルは遠慮がちに切り出した。


「もし…もしだよ?かばんちゃんがサンドスター・ロウを吸収しちゃったら…やっぱりみんなと同じで【野生暴走】しちゃうのかな…?」

「…」


どうやらかばんも同じ疑問を抱いていたようで、黙り込んでしまった。


「かばんちゃん、野生解放したことないし…。ひょっとしたら、ヒトって野生解放できないけものなのかなって」


あっ、と声を上げ、サーバルは慌てて手を振った。


「できないからいけないとか、そういうつもりじゃないよ!?あのね、野生解放できないなら、もしかするとサンドスター・ロウを吸収しちゃっても、野生暴走しないんじゃないかなーって思ったんだ!」


うーん、と困ったような笑顔を作って、かばんは頬を掻いた。


「ボク自身、ヒトがどういう生き物なのかわかってないから、やっぱりわからない、かな。肉食とか、草食とかも…よくわからないし。けど、やっぱりヒトにはヒトの本能があると思うから――」


それまで浮かべていた笑みを消し、かばんはしばらく口を閉ざした後、真剣な面持ちでゆっくりと切り出した。


「…サーバルちゃん、お願いがあるんだ。…きっとサーバルちゃんに悲しい思いをさせちゃうと思うんだけど…ボクのわがまま、少しだけ聞いてもらっていいかな」

「う…うん…」


少しビクビクしながらも、サーバルは小さく頷いた。


「…ごめんね。こんなお願い、サーバルちゃんにしかできないから…。――あのね、もしボクがこの後の戦いで失敗しちゃって、暴走しちゃうようなことになって…」


そんなことあるはずないよ!という言葉を飲み込んで、サーバルはかばんの邪魔をしないよう黙って耳を傾ける。


「…サーバルちゃんが言ってくれたように、何もなかったら良いんだけど…。一番最悪なのはボクが、あのセルリアンのボクと同じように、フレンズさん達を――サーバルちゃんを傷つけるようなことを平気でしてしまうようになっちゃうことだと思うんだ。だから、万が一ボクが、そんな状態になっちゃったら……その時は――」




すでに酷く悲しげな表情をしているサーバルが見るに堪えられなくて。

それでも口を閉ざすわけにもいかなくて。

かばんは少しだけ目を細め、薄い笑みを浮かべて見せた――。













『――「ボクはどうなってもいいから、フレンズさんやパークのために全力で止めてほしい」だったっケ?たしかあの小屋の中デ、そんな話してたよネ?』


アワワと震える監視用のラッキービーストを手放し、黒かばんは時が止まったように見つめ合うサーバルとかばんの方へと向き直って、セルリアンに盗み聞きさせた話の内容を掘り返す。


『「ヒトの野生暴走はどうなるかわからない」、とも言ってたネ。それニ、さっきボクがそのロボットを壊したときも顔真っ赤にして「なぜこんなことができるのか」って言ってたけド…』


黒かばんは黙らない。畳みかけるように、しゃべり続ける。


『ボクは本能のままに動いているだけなんでス。知りたイ、見たイ、支配したい…そんな心の奥にある【欲】。簡単な話、それこそ【ヒトの本能】なんダ。そんな欲に従う姿こそが本当の姿なんだヨ。――その子にもそんなヒトとしての本能に忠実になってもらうヨ。ボクと一緒ニ、この島を支配するんダ…ハハハ…アハハハハハハ…!』


黒かばんは背中の鞄からノートを取り出して、笑いながら、叫ぶ。


『それともサーバルちゃん!その子の願い通リ、その子と全力で戦って止めるノ!?優しい君ハ、大事な大事なお友だちに爪を振るっテ、動けなくなるまで傷つけテ、その子が暴走するのを止めてあげるのかナ!?』


響く、悪意に塗れた、残忍な高笑い。

黒かばんに視線を向けることなく、ずっと動かないかばんと見つめ合って拳を振るわせていたサーバルは。








「――…わかったよ……かばんちゃん…」








きつく握った拳を開き、風に吹き消されそうなほど小さな声で、呟いた。

同時に、開かれた指先に、シャッと鋭い爪が現れる。


サーバルはその爪を構えて交戦の姿勢を取り。

それを見たかばんも、ずっと俯きがちだった顔をゆっくりと上げ、突きつけていた拳銃を、しっかりと構え直した。


『ヘェ…やるんダ…。じゃア、じっくり楽しませてもらおうかナ』


二人の戦闘に巻き込まれないよう少し距離を取って、黒かばんがぽつりと呟いた。


直後。







「――っみゃああああー!!」






サーバルが、先手を切って地面を蹴った。全速力で、駆ける。


「…っ」


かばんはそんなサーバルに狙いを定めようとするが、想像以上のスピードだったのか、少し目を細めると構えをとき、踵を返して逃げる。

銃を狙って振るわれたサーバルの腕は虚空を裂き、かばんは空いた左手で地面に転がったままになっていた金属の棒を拾い上げた。

すかさず距離を詰めてきたサーバルの追撃を、かばんはその武器で受け止め、はじき返す。

逆にかばんが我武者羅に振るった武器の連撃を、サーバルは爪で尽く弾いた。


そんな様子を観察し、時折ノートにメモを残しながら、黒かばんは鼻で笑う。


(本来の腕力ならどう考えてもサーバルの方が上のはずなのニ、あんな棒一本で防がれて…まだまだ躊躇いが残っているのか知らないけド、どうも手を抜いてるみたいダ。それで言えバ、さっきまであんなにヘロヘロで情けない攻撃しかできなかったのニ、【かばん】の攻撃には躊躇いがなくなってル…。このままいけばあの子がサーバルを仕留めるところが見られるかもネ)


クツクツと笑って、黒かばんはもつれ合う二人を見やる。


(あの一発目の銃撃を外したのが痛手だったネ。隙だらけだったあそこで当ててたらこんな泥仕合にはならなかったけド、あれを外したせいでサーバルの拳銃に対する警戒が強くなっちゃったシ。さーテ、どんな結果になるのかナ?)




何度も何度もぶつかり合う、爪と武器。

時折かばんが拳銃をサーバルに向けるが、それを見逃さないサーバルは即座に射線から逃れる。

サンドスター・ロウをまき散らしながら攻撃と回避を繰り返すかばん。

かばんの行動を、必死で阻止しようとする、サーバル。

そんな最高の見世物に夢中になる、上機嫌な黒かばん。








そして――







ギンッ!




それは、何度目のぶつかり合いだっただろうか。

鈍い音を立てて、金属の棒はかばんの手から離れ、宙を舞った。

即座に銃を構えようとした手を、片手でがしりと握って捕まえて。


サーバルは、空いた手の爪を振り上げたまま、目の前で佇むかばんを見つめていた。


「はっ…はっ…」

「……」


とどめの一撃を寸止めにしたまま息を切らすサーバルに対し、捕らえられたかばんは微動だにしない。


『あーア、捕まっちゃっタ。デ?何してるのサーバルちゃン。早くとどめさしなヨ。その子を動けなくするのが目的なんでしョ?』


背後から投げかけられる黒かばんの扇動する声に返事を返さず、サーバルは肩で呼吸を繰り返す。

振り上げたままの爪を、かばんに突き立てようとはしなかった。


《まァ、そんなことさせないけどネ…》


貴重なヒトのフレンズを失うわけにはいかない。

自分の計画をより良いものにするためにも、今後さらに面白いものを探すためにも、かばんの存在は不可欠だ。

少し興ざめだが、サーバルの行動次第では、やはり自分が直接サーバルを処分しなければならない。

半透明になった鞄から、ゆらりと触手を揺らめかせる。


しかし。




「――……っ」




サーバルは、振り上げていた腕を力なく下ろし。

あろう事か、せっかく捕らえたかばんの銃を握る手すらも――手放した。


「できないよ…そんなこと…」


こちらに完全に背を向けたサーバルの弱々しい声を聞き、黒かばんは小馬鹿にしたように笑った。


『できなイ?それはつまリ――』



カチリ。



かばんが、自由になった手で再び拳銃をサーバルに向けて、構える。

この距離なら、きっと外さない。


『誰かさんと同じデ、その子を止めることモ、パークのことモ、諦めるってことですネ?』

「…」


黒かばんの目に映るサーバルの背中は、それ以上動く素振りを見せず。

その向こう側にいるかばんの表情は、サーバルの体に隠れて見えなかったものの。

――黒かばんは、勝利を確信した。


『あーあー…余計な感情に振り回されない獣のままなら迷わず仕留めることができたのニ。やっぱりフレンズって存在は中途半端な欠陥品ダ』





――獣に必要の無い【優しさ】が原因で、サーバルはかばんを止められなかった。

【友だち】を思う心が強いせいで、パークを守ることができなかった。





黒かばんはノートに目を落とし、その呆れるような戦いの結末を最後に記しながら、ぽつりと呟いた。






『――…さようなラ、サーバルちゃん』
















 ――――バァンッ!!!












引き金が引かれ、鋭い銃声が響き渡った。


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