対 パークの危機②
「――おはよー、博士。相変わらず外はどんより曇り空だねぇ」
朝が訪れた図書館で、一番早く目を覚ましたのはライオンだった。
ぶるぶると頭を振ってから辺りを見回すと、みんなは未だに泥のように眠っていて。
くあ、と牙が覗くほどに大きく口を開けて欠伸をしながら、彼女は寝ずの番をしてくれていた博士に声をかける。
その博士はというと、足の届かぬ椅子に腰掛けて腕を組み、沈黙する二匹のボスを眺めて、深刻な表情を浮かべていた。
「――…ん、あぁライオンですか。ずいぶん早く目覚めたのですね。もっと休んでおいた方が良いのではないのですか。お前は昨日、かなり体内のサンドスターを消耗しているはずなのです」
少し間を開けて、声をかけられたことに気付いた博士は少し驚いたように首をかしげた。
「まぁねー。でも、城の様子が気になってさぁ。いつボスにつーしんとやらが入るんだろうと考えながら眠ったら、自分でも思った以上に早く目が覚めちゃったよ」
「通信の方はそろそろ、だと思うのです。…とにかく少しでも体調を整えるために、ジャパリまんはしっかり食べておくのですよ。あぁ、綺麗に包装してある物を選んで食べないと、汚染されている可能性もあるので気をつけるのです」
博士はそう言って、昨晩と同じように机に積まれたジャパリまんを指さした。
さすがは図書館の主、というべきか。
各ちほーからフレンズ達がこぞって彼女にわからないことを教わりにくるので、その見返りのジャパリまんが大量にストックしてあるようだった。
ライオンはその中から自分の好みに合った物を選ぶと、包みを破りながら床にあぐらをかいた。
「それにしてもどーしたのさ?ずいぶんと険しい顔をしてたよ、さっき。何か新しいことでもわかったの?」
ムシャムシャと大きな一口でジャパリまんを頬ばっていくライオンの言葉に、博士は彼女に向けていた大きな目を少し細めた。
「――それが…」
その時。
みんなと同じように休息していたのか、それまでぴくりとも動かず沈黙していたボス2号の目が、ふいに虹色に輝いた。
『通信チュウ…通信チュウ…』
それに反応するかのように、その隣で黙っていたボスも尻尾をぴんと立てる。
『へいげんちほーカラ、通信ガ返ッテキタヨウダヨ。受信ガ完了シテ再生ガ始マル前ニ、ミンナヲ起コシテクレナイカナ――』
ボスがそう言い終わるや否や。
博士が、ライオンのたてがみが心なしか膨れあがり、彼女が野生解放していることに気付いたのが先か後か。
ライオンは大きく息を吸い込むと。
「ガオオオオオォッ!!!」
図書館内はおろか森にまで轟くような獣の咆吼を上げ、皆を一気に眠りの底から覚醒させたのだった。
「死ぬかと思ったのだ!死ぬかと思ったのだ!」
「さ、さすがにわたしもこの世の終わりかと思ったよー」
文字通り飛び起きた一同は、博士やライオンに事情をきき、ボス達の周りに彼を取り囲むように集まった。
アライグマは未だにフェネックに抱きついて離れず、フェネックも今回はそれを素直に受け入れている。
「皆を起こすにしてももう少し方法があるだろう…」
珍しく呆れたように愚痴るヘラジカに、ライオンは顔をしかめて謝った。
「悪かったよ。でも、一刻も早くみんなを起こして、ボスの話を聞かなきゃいけなかったし」
そう言って、メッセージの受信を続けているボス2号に目を向けるライオンの横顔は、気が気でないといった様子だった。
ボス2号が電子音を立てる。皆は固唾をのんで見守った。
『――へいげんちほー、城付近ノフレンズノ健康状態ヲ報告シマス。現在コノ付近ノエリアデ活動ガ確認サレタフレンズハ、オオアルマジロ、シロサイ、アフリカタテガミヤマアラシ、パンサーカメレオン、ハシビロコウ、アラビアオリックス、ニホンツキノワグマ…』
2号が再生し始めたへいげんちほーのラッキービーストからの報告。
そこに出てきた名前に、ヘラジカとライオンが身を乗り出した。
『…コレラノフレンズタチノ健康状態ハ概ネ良好デス』
続けて発せられたその言葉に、ヘラジカとライオンは博士を振り返る。
「ってことは…」
「健康状態が良好だということは、怪我も病気もないということなのです。お前達の期待通り、うまくやりすごすことができたようなのです」
難しい言葉に首をかしげていたサーバルも、それを聞いて安心したように息をつく。
だが、出てこなかった名前がある。オーロックスだ。
彼女に対する言及は、そう待たずして続けられた。
『ナオ、一件問題ガ発生チュウ。オーロックスガ原因不明ノ興奮状態ニ陥ッテイマス。当フレンズノ現在地ハ城内部。原因究明ト問題解決ノタメニ、調査ガ可能ナパークスタッフノ派遣ヲ要請シマス』
「そんなパークスタッフとやらがいるなら、苦労はしていないのです」
ラッキービーストのマニュアル通りの報告に、博士は皮肉めいた呟きを溢した。
黙って報告に耳を傾けていたかばんが、ボスを見つめて訊ねる。
「ラッキーさん。2号さんやへいげんちほーのラッキーさんを通して、ボクらの声をへいげんちほーの皆さんに届ける事ってできますか?」
「えぇ!?さ、さすがのボスでもそんなこと無理なんじゃない?」
かばんの質問にサーバルが目を丸くした。かばんも自分で訊ねておきながら、無茶を言っていると思う。
しかしこれまで、ボスがこの小さな体で不可思議なことや奇跡のようなことを幾度となくやってのけた姿をかばんたちは目にしている。
触らずにバスを運転したり、離れたちほーの様子を確認したり、数日先の天気を当ててみせたり、ミライの幻を作り出したり――
時には固まってしまったり上手くいかなかったりと、サーバルに負けないドジ具合を見せることもあったものの、ボスは自分たちが思っている以上に大きな力を持っている。
自分たちが無理だと思っているようなことでも、きっと――
『リアルタイム通信ダネ。マカセテ』
その程度のことは造作もない、とでも言うかのように、ボスは2号に近付いてなにやらやりとりを始める。
「で、できちゃうんだ…」
呆気にとられるサーバルを尻目に、ボスはぴょこんと飛び跳ねると、かばんを振り返った。
『オッケーダヨ。2号ニ向カッテ話シカケテミテ。向コウノラッキービーストノ近クニ誰カイタラ、返事ヲ返シテクレルカモシレナイヨ』
緑色に目を輝かせるボス2号を見て、かばんはヘラジカとライオンに視線をやる。
二人が小さく頷くのを確認し、かばんは2号に話しかけた。
…
「……どうすれば良いのだろうか…」
へいげんちほーの城の外、よく合戦の舞台になっていた平地で、ヘラジカ・ライオン両陣営のフレンズ達はかたまって休息を取り、夜明けが来るのを待った。
全員が眠りから覚めたところで、長く続いていた沈黙をアラビアオリックスが破った。
その声には覇気がなく、かつて自分たちを何度も叩きのめしてみせた彼女からかけ離れた、弱々しい表情を浮かべていて。
ヘラジカ陣営のフレンズ達は、かける言葉がすぐには見つけられなかった。
「…城の中から出てくる気がないのか、出てこれないのか、ずっと中にいるみたいだし、ひとまずオーロックスはこのまま様子を見るしかないよ」
ニホンツキノワグマが城を見上げてそう呟いたあと、オオアルマジロにその視線を落とした。
「オーロックスに殴られたところ…本当に大丈夫?」
心配そうに訊ねるツキノワグマに、オオアルマジロは笑顔を返した。
「へーきへーき!かばんに防御のこと教えてもらってて助かったわー…」
「…お前達、強くなったよな。おかげで助けられたよ」
アラビアオリックスも、そんな彼女を見て小さく微笑んだ。
――ヘラジカがライオンを追って城を飛び出したしばらく後。
野生暴走を発症したオーロックスは、城の中で突如として暴れだし。
持っていた武器の角で、オオアルマジロを殴りつけたのだ。
まともに直撃を喰らっていたならば、骨の数本はたやすく折られるような怪力の一撃。
しかしオオアルマジロは咄嗟に防御体勢をとり、ダメージを最小限に抑えることができた。
合戦で得た知識が、思わぬところで役に立ったのだ。
シロサイ、ツキノワグマの、オーロックスに負けない力を秘めた二人が協力してオーロックスを投げ飛ばし。
彼女が体勢を立て直している隙に、皆はこの不毛な戦いを放棄して城から抜け出したのである。
「ライオンに続いてオーロックスまで…一体何が起こっているのでござるか?」
頭を抱えるパンサーカメレオン。その答えはだれにもわからない。
そんな彼女の横を、テクテクとラッキービーストが通り過ぎていく。
「…こんな時でも、ボスは相変わらず無口ですわね…」
「あのボスさっきからこの辺をウロウロしてるし、お城の中にも入ってたです。何かわかったのなら、教えてほしいですぅ…」
すがる物を求める余り、ラッキービーストに対し期待の眼差しを向けるシロサイとアフリカタテガミヤマアラシ。
しかしラッキービーストはいつも通り、何も言わない。
当然か、と深いため息を二人が吐いた、その時だった。
『――あの、誰か聞こえますか!?聞こえたら返事してください!』
「ひえっ!!?」
立ち止まったラッキービーストが突然そんな声を上げ、驚いたヤマアラシが声を裏返らせて悲鳴を上げた。
「ボスが喋ったのですわ!」
「っていうか今の声、聞き覚えがあるような――」
『――その声、シロサイとオオアルマジロか!?皆、近くにいるのだな!』
ラッキービーストに駆け寄ろうとした二人は、続けてラッキービーストから聞こえてきた声に目を見開いた。
「へっ…ヘラジカ様!?!」
「えぇ!?ど、どこにいるでござる!?」
「ちがうちがう!このボス、ヘラジカ様の声で喋ってる!」
「あ、あり得ないのですわ…!これも何かの異変かもしれないですわ…!」
混乱する一同に、ラッキービーストから大きな声が発せられる。
『落ち着けー!!』
騒然としていたその場は、長の一声にピタッと静けさを取り戻した。
『…詳しいことは今からかばんに話してもらう。落ち着いて聞くのだ』
…
「――つまり我々は怪我をしないように、細心の注意を払わなければならない、ということでござるか…」
ラッキービーストからヘラジカやかばんの声が聞こえてくる不可思議な現象の説明から始まり、かばんは今パークに起きている異常事態をできるだけ手短に伝えた。
「わ、私…怪我しなくて良かった…」
オオアルマジロが真っ青な顔をして胸を押さえる。
『とにかく我々は、かばんたちと一緒にこの騒動の元凶を突き止めるために動く。お前達は野生暴走しているフレンズやセルリアンに十分気をつけて待機していてくれ』
「わかりました!城のことはお任せください!ですぅ!」
「………ヘラジカ様、気をつけて…」
拳を振り上げて意気込むヤマアラシ。その横で、ずっと黙していたハシビロコウも祈るように呟いた。
『――迷惑かけてすまないな』
ラッキービーストが発する声が変わる。憔悴しきっていたアラビアオリックスが大きく反応した。
「大、将…!!本当に、元に、戻って――」
『あぁ…ヘラジカやかばん達のおかげだ。皆には本当にすまないことをした。オーロックスの暴走も、私の責任だ。この借りは必ず返す。だから、待っていてくれ』
力強い声色に、アラビアオリックスとツキノワグマは折れかけていた心が強く支えられる。
「…わかりました。ご武運を祈ります、大将」
「オーロックスが城から出て他のフレンズに迷惑かけないよう、きっちり見はっておきます」
ラッキービーストの向こう側に見えない大将の姿を想像し、部下の二人はしっかりと返事を返す。
『…信頼してるぞ』
強さの中に優しさを秘めた声が最後にそう返ってくると、ラッキービーストはそれ以上声を発することなく、再び沈黙したのだった。
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