対 パークの危機③



「ほぇー…未だに信じられないです…。図書館にいるヘラジカ様達と、離れているのにお話できたなんて」


ボスの周りに集まって座ったまま固まっていた一同は、夢でも見ていたかのようなぽかんとした表情で声を漏らしたヤマアラシに目をやった。


「不思議だよね。どうなってるんだろ」

「ボス…すごいでござる…」


ツキノワグマとカメレオンも興味深そうにボスを見つめる。

重苦しい空気が流れていた皆の中に、いつのまにかそんなたわいもない会話をする余裕が生まれていた。

信頼する長との会話は、彼女たちにとって大きな支えとなったのだ。


「よし!何があっても良いように体勢を整えておくためにも、ジャパリまんを食べて腹ごしらえでもしよう」

「ちゃんと包んであるやつじゃないといけないんだからねー」


アラビアオリックスとオオアルマジロがジャパリまんを探そうと腰を上げる。

皆もそれに続いて立ち上がるが、ハシビロコウだけが動かなかった。


「…?どうしたのです、ハシビロコウ」


シロサイが不思議に思って声をかけるが、ハシビロコウは一点を見つめたまま動かない。

思わず、シロサイも彼女の視線を追って振り返る。

振り返って、凍り付く。


「………ねぇ」


そんな彼女たちの様子に、周りの皆も一人、また一人と【それ】に気付く。

何故今まで気がつかなかったのか。いつから【あんなこと】が起きていたのか。


「………あれ、なに…?」











「これでひとまず、へいげんちほーの皆さんには野生暴走のことを伝えることができました」

「皆さんの無事も確認できてよかったですね」


微笑むかばんとリカオンに、ヘラジカとライオンも安心したように笑う。


「さすが我々の見込んだ仲間達だ!」

「安心してパークの異変に向き合えるよ」


自分の掌に拳をうちつけ、ライオンは牙を剥く。


「さぁ、このはた迷惑な騒動を引き起こしてる元凶は、一体なんなんだ?」


ドスの利いた声で呻るライオンは、博士にその熱い視線を向けた。

先ほど聞けずじまいになっていた話の続きを聞かなければならない。


「――騒動の元凶にまではまだたどり着けていないのです…。が、ボスたちのおかげでいろいろと判明したこともあるのです。とりあえず、わかったことを順番に説明していくのです」


長くなるから食べながら聞くと良いのです、と博士が差し出してくれたジャパリまんを皆は受け取り、椅子や床に腰を下ろす。


『マズハ、オ守リ石ノコトヲモウ一度確認スルネ』


博士に代わって、ボスが最初に説明を始めた。


『今空気中ニ多ク含マレテイル粒子状ノサンドスター・ロウ。モシ外傷ヲ負ッテシマッタ場合、ソコカラ通常ノサンドスタート共ニ体内ニ侵入シテクルコトハ、モウワカッテイルネ?』


皆が頷くのを確認し、博士が口を開く。


「フレンズの体内に取り込まれたサンドスター・ロウは蓄積され、一定の濃度に達すると活性化し、フレンズ化によって眠っていた獣としての本能を刺激しているようなのです。お守り石は、この活性化したサンドスター・ロウを優先的に吸収しているのです」

『オソラク、セルリアンニトッテハ、活性化シタサンドスター・ロウハ強力ナ体ヲ形成スルタメノゴチソウナンダロウネ』


「アライさーん、ついてこれてる?」

「ばっ馬鹿にしないでほしいのだ!わかっている…つもりなのだ!たぶん」


難しい顔をして聞いていたアライグマに、フェネックは声をかけて理解具合を確かめる。

焦るアライグマの横で、サーバルも心なしか忙しなく耳を動かしているので、かばんは後でかみ砕いて説明してあげようと考える。


「もちろんですが、いくら活性化したものを優先して吸収すると言っても、無駄に石を空気に晒していると、空気中のサンドスター・ロウも、少しずつですが吸収してしまうのです。何かでお守り石をしっかり包んで、空気中のサンドスター・ロウをできるだけ吸収しないようにしておくと、長持ちするのです」

『オ守リ石ハ大事ニ使ッテネ。ソレハ今ノ君タチニトッテ命綱ノヨウナモノダカラネ』


博士はほとんど残っていないストックの中から、ヘラジカとライオンにも石を渡す。

その時、タイリクオオカミがちょっと良いかな、と口を挟んだ。


「この石の切除の方法は、博士達が編み出したんだろう?なら、セルリアンを探し出してそいつから石をもらえばお守り石のストックができるし、たとえお守り石がセルリアン化しても、また切除すれば何度でも使えるじゃないか」


タイリクオオカミの提案に、博士は悔しげに唇を噛んだ。


「たしかに試行錯誤の末切除方法にたどり着いたのは私なのですが…」


そう言って博士は一冊の本を棚から取り出す。他の蔵書と違って、手作り感のある薄い一冊。

博士からその本を受け取ったかばんがページを開くと、よれよれの線で描かれた拙い絵が現れた。


「ヒトの『博士』や『研究者』は、研究内容を『レポート』にまとめていたらしいので、我々もセルリアンの研究レポートを作っていたのです」

「すごいですね…!」

「絵の技術に関してはいろいろと物申したいところもあるけどね」


のぞき込んだオオカミの率直な感想に、うるさいのです、と博士は頬を膨らませる。


「これがあれば石の取り出し方も確認できるし、問題ないんじゃないのー?」


首をかしげるライオンに、博士は珍しく項垂れた。


「石の切除の工程はかなり複雑で失敗もしやすく――」


はぁ、とため息をつくと、博士は顔を上げる。


「――実は私はほとんどうまくいったことがないのです」

「えっ!?」


驚きの声をあげるサーバルの横で、かばんは思考を巡らせ、オオカミの提案に対し博士が良い顔をしなかった理由に気付く。


「それって…つまり――」

「…石の切除は、助手が上手だったのです…。有能な助手のおかげで、私は調査に集中できていたのですよ…」


頼みの綱の助手は、すでに暴走中の身。

彼女を捕まえて元に戻そうにも、行方のわからない彼女を探し出すのは非常に困難である。

博士の描いた拙い工程図をじっくり眺めるかばん。たしかに、手順が多くややこしそうであった。


「あー…これは確かに難しそうだね。私には無理だなぁ」

「手順が覚えられないね。途中で石を破壊してしまいそうだ」


ライオンとオオカミが呻るように呟く。

同じように工程図をのぞき込んだサーバルは、かばんに期待の目を向けた。


「かばんちゃんならこれぐらい覚えてできるんじゃない?」

「えっ、ボク?うーん…覚えられたとしても、ボクには石をセルリアンから切り離せるような爪はないし、もし爪があったとしても怖じ気づいちゃって無理かなぁ。躊躇って止まっちゃう、かな」

「そっか…さすがにかばんちゃんでも無理かー…」


かばんは苦笑しながらしょぼくれるサーバルの手を握った。


「とにかく、もう石は今ある個数しかないのです。前にも言いましたが、怪我をしなくとも、呼吸や食事などを通して少しずつサンドスター・ロウを体内に取り込んでしまうのは避けられないし、怪我を包帯で塞いでいても完全に防げている訳ではないのです」

『定期的ナ除去ガ必要ダヨ。大切ニ使ッテネ』

『全テノ石ガ使用不可能ニナル前ニ、騒動ヲ解決シナイトイケナイネ』


ボスと2号が、博士が自作レポートを片付けるのを見上げながら同じ声で話す。

そう言えば、とかばんは博士に切り出した。


「ボクがお渡しした首輪付きのお守り石は、どうなったんですか?」


その言葉に、博士はぴくりと反応すると、部屋の隅に置いていた大きめの箱を両手で抱えて持ってきた。


「これから説明することは、今回判明した最も大きな事実なのです。おそらく、元凶にも繋がる情報でもあるのです」

「元凶にも…つながる…!?」


かばんの確かめるような呟きに、博士はこくりと頷くとボスを見る。

ボスは体を捻って皆を見渡すようにすると、背伸びをして話し始めた。


『野生暴走ノ原因トナッテイル、コノサンドスター・ロウハ、今マデ観測サレテイタ物ト性質ガ異ナル――サンドスター・ロウノ【亜種】ダトイウコトガワカッタンダ』

「亜種…?」


よくわからない、と言うように眉間に皺を寄せるヘラジカ。博士が補足する。


「サンドスター・ロウですが、サンドスター・ロウではない…何らかの原因で変異した、全くの別物、ということなのです。そもそもサンドスター・ロウは本来、セルリアンの源だったはずで、フレンズには影響を与えない存在だったのです。それなのに今回、フレンズの体内に入り込み、悪さをしている」

『ドノ段階デ変異ガ行ワレテイルノカワカラナイケド、間違イナク今コノ島ノ大気ヲ最モ満タシテイルノハ、変異サンドスター・ロウナンダ』


つまり、とかばんは頭を押さえて情報を整理しながら口を開く。


「何かが原因で、本来フレンズさん達にとって影響のないものだったサンドスター・ロウが変化して、野生暴走を引き起こす新しいサンドスター・ロウになってしまっているんですね」

「その【何か】が何なのか。サンドスターの山に異変が起きたのか、別の何かが存在するのかまではわかりかねるのですが――」


博士は先ほど運んできた箱を開け、中から小さなカゴのような、檻のようなものを取り出す。


「変異サンドスター・ロウが、大変危険なものであることは明らかなのです」


――その檻の中には、小さなセルリアンが一匹閉じ込められていた。


「ふわああああ!セっ、セルリアンなのだ!!」

「ちょっと待って…でもそれ…」


檻から距離を取ったアライグマとフェネックが、恐る恐る身を乗り出して檻の中を確認する。

かばんも思わずそのセルリアンの姿に目を奪われた。

檻の中に閉じ込められたセルリアンは、サーバルとさばんなちほーを歩いていたときに初めて遭遇した小型の青いセルリアンとよく似ていた。

あの個体と大きく異なるのは、体色が真っ黒であることと。


小さな体に似つかわしくない、歪な爪の光る腕が生えていることだった。


『キィ…』


大きな目玉をぎょろりと動かして、自分を眺めるフレンズ達の姿を見回したセルリアンは。


『キィイイイイイイイイ!!』


耳障りな鳴き声をあげると、その腕を振り回して爪を振るう。

鉄製の檻は壊れることはなかったが、所々削られ、爪痕が残った。

皆が呆気にとられて固まる中、博士は先ほどまで檻をしまっていた箱を上から被せ、封じ込めた。


「昨晩ヘラジカの体内のサンドスター・ロウを除去した後、石がセルリアン化を始めたのです。変化を始めた石を檻の中に入れて様子を見ていたら、こいつが生まれたのです」


ヘラジカは包帯の上から傷をさすりながら箱を眺めた。


「そうだったのか…。私はあの後ほとんど気を失うように眠ってしまったから、気がつかなかったぞ…」

「無理もないのです。お前は疲労の蓄積も多かったし、怪我も重かった。石による除去も、良くあの状態で耐えたのです」


ごくり、と生唾を飲み込んで、リカオンが口を開く。


「…今までいろんなセルリアンを駆除してきましたが、そんな凶悪な造形をしたものは一度も見たことがありませんよ…」

『変異サンドスター・ロウヲ吸収シタセルリアンハ、非常ニ好戦的ナ個体ニナルヨウダネ』

『変異サンドスター・ロウハ、フレンズモ、セルリアンモ凶暴化サセテシマウンダ』


ボスたちの言葉に、サーバルが尻尾をふるわせた。


「ちょっと待って…。じゃあ、もしかしたらこんなセルリアンが、他にもたくさんパークの中に生まれてるかもしれないの…?」


どこか、否定してほしいというような表情で、サーバルは博士に訊ねたものの。

目を伏せた博士は、重く深い息を吐いた後、小さく首を縦に振った。


「――おそらく」


アライグマが顔を真っ青にしてへたり込む。


「アライさん…気分が悪くなってきたのだ…」


かばんはカタカタと震える手を、もう片方の手でぎゅっと握り込んだ。

暴走したフレンズ。凶暴化したセルリアン。

一刻も早く、サンドスター・ロウを変異させている【何か】の正体を掴まなければ。

野生暴走から逃れたフレンズ達の逃げ場が、どんどん失われてしまう。

冷たく重い空気が図書館を満たしていた、その時。




「はかせーー!!じょしゅーー!!たいへんだよぉーー!!」


どことなく締まりのない叫び声と共に。


――更なる重大な事実が、空から舞い込んできたのだった。


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