対 パークの危機④


皆はその声の出所を辿って、図書館の壁にあいた穴から曇った空を見上げた。

そこにいたのは、四つの影。

頭上の翼を広げて降下する二人と、その彼女たちに抱えられる二人。


「あれぇ?随分と大所帯だねぇ」

「困ったら図書館に集まるのはみんな一緒ね」


自分たちを見上げる人数の多さに少し驚いたような顔をしながら先に降りてきた二人に、かばんは駆け寄った。


「アルパカさん!トキさん!」

「おんやぁかばんちゃんだぁ。また会えてうれしいよぉ」


穏やかな笑顔で腕を広げながら答えるのはアルパカ。ふぅ、と息をついて羽を休めているのはトキ。本来はこうざんちほーにいるはずの二人だ。

マイペースな二人の様子とは裏腹に、あまり穏やかではない表情で遅れて降り立ったのは――


「な、なんだチクショー…こんなにたくさんいるなんて、聞いてないぞ」

「なんか…錚々たるメンバーばかりで落ち着かないんですけど…」


「ツチノコさん!?それに、そちらの方は――」

「ショウジョウトキちゃんだよぉ。トキちゃんと同じで、カフェの常連さんになってくれたの」


大勢からまじまじと見つめられ、ソワソワと落ち着かない様子のツチノコとショウジョウトキ。

ツチノコは、アルパカと話すかばんの存在に気がつくと、一瞬表情が緩んだ。


「あっ!お前!」

「ツチノコさん、お久しぶりで――」


かばんの挨拶が終わるのを待たず、ツチノコはそそくさとかばんに駆け寄ると、彼女の後ろに回り、その影に身を隠すようにした。


「なにしてるの?」


ツチノコの行動に首をかしげるサーバル。ツチノコは尻尾で地面を叩きながら、シャーッと声を上げた。


「落ち着くんだよ!!…チッ、図書館なら博士達ぐらいしかしないから、足を運んでも問題ないと思ったのに…!」


なぜ自分の影に、という疑問もあったが、かばんはそれを飲み込むと、首を回してツチノコを見やる。


「たしかに…ツチノコさんって、あんまり人前に出るのが好きな方ではないと思ってました。どうしてわざわざあの遺跡からこんな所まで?それにどうしてアルパカさん達と一緒に…」


かばんの問いに、ぶつくさと文句を溢していたツチノコはハッとしたように真剣な面持ちになった。


「クッ…今はとやかく言ってる場合じゃないな…。お前らも【山の様子】が気になってここに集まったのか?」

「山、ですか…?」


ツチノコの言葉に、皆は眉を顰めながら壁の穴から再び外を眺めたが、そこに広がるのは曇った空のみで。


「この穴からじゃ見えんのか…。じゃあお前ら一体何しにここに――ッとにかく細かい話は後だ後!まずは一度外に出ろ!」

「そうだった!山が大変なことになってるんだよぉ!」


慌てふためくツチノコとアルパカの言葉に、皆は沸々とわき上がる不安を抑えつつ、図書館の外へと急いだ。









「何ですか、これは…」


その異様な光景は、扉をくぐるとすぐ全員の目に飛び込んできた。

溢すように呟いた博士の後ろで、サーバルがぽかんと開けた口をなんとか動かす。


「サンドスター・ロウが、あんなに…」


それはまるで活火山が爆発的な噴火を起こして噴き上げる黒煙のように。

サンドスターを放出する山の頂上から、真っ黒なサンドスターがもうもうと立ち上っていた。

その黒いサンドスターはそのまま空気中に分散しているのではなく、まるで意思を持っているかのように、ある方角に向かって流れている。

火口から噴き上がり、一点に向かって流れていくその様は、渡り鳥か虫の大群のようにも、黒く巨大な蛇のようにも見えた。


「なんとおぞましい光景なんだ…」


黒の流れを忌々しげに睨み付け、ヘラジカが呻く。その隣では言葉をなくしたリカオンが、ごくりと生唾を飲んでいた。


「昨日の山は、あんなことにはなっていなかったわ」


博士の隣へ歩み寄りつつ、トキは小さくそう言った。


「気付いたのはまだ日も完全に昇ってない早朝だったわね。山に異変が起きたのは、たぶん夜の内じゃないかしら」

「あんな光景初めてなんですけど…。博士、何かわからないの?」


トキとショウジョウトキ。二人のトキが博士を見つめる。しかし。


「……許容範囲を超える出来事が立て続けに起きていて、いい加減私も目が回りそうなのです…」


片手で頭を押さえ、博士は黙り込んでしまった。

困ったときは図書館。皆自分を頼りにしてくれているのは素直に嬉しい。

だが、明らかになっていく被害の数々は、到底受け入れられないものばかりで。


こんな時支えてくれる助手も、隣にはいない。


(…弱音を吐いている暇は、ないのです。――私はこの島の長なので)


胸の奥底にたまった淀みや不安を、長い息と共に吐き出す。

少し平静を取り戻した博士は、知識を振り絞って状況を整理した。


「――普通、サンドスターやサンドスター・ロウは、火口付近では濃度が高いので目視できますが、やがて空気中に分散して見えなくなるのです。あんな風に山から離れても目視できる状態ということは…かなり濃度の高いサンドスター・ロウが絶えずどこかへ流れている、と考えられるのです」

「どこかって…どこに…?」


珍しく声を震わせるフェネックに答えたのは。


「あぁそれならわかるよぉ」


予想だにしない人物だった。


「あれね、ゆうえんち?につづいてるの」


一斉に向けられた視線に彼女は――アルパカはギョッとしたように、横長の瞳をくりくりさせていた。











「ゆうえんち…ってなんですか?」


落ち着いて話をするために図書館の中へ戻った一同。

とはいえやはり、フレンズ達にとって神聖な場所であるはずの山にあんな異変が起きているのを見てしまっては、心中穏やかでいられるわけもなく。

表情を曇らせる者や焦りや不安を滲ませる者がほとんどだった。

そんな中でも少しでも前に進むために、異変の正体をつきとめるために、かばんは聞き慣れない言葉について、焦る気持ちをおさえながらアルパカに訊ねる。


「んぅ?あー…わたしのカフェのある高山に登ってくる途中、遠くの方に見えなかったかなぁ?ほらぁ、まあるくてお花みたいな形のおっきなものがあったじゃない?」


かばんはこうざんちほーを訪れたときの記憶を辿る。山を自力で登ると宣言したサーバルと別れ、自分はトキに抱えてもらって初めて空を飛んだ。

トキと楽しく会話をしながら――ボスの余計な一言もあったが――山を登る途中に見たものといえば…。

さばんなちほーとじゃんぐるちほーの様子の違いを上空から眺めて…サンドスターの山の全景をしっかり見たのもあの時だ。サンドスターの不思議な力について、ボスが少し教えてくれたのを覚えている。

そういえばあの時山の方に意識が奪われていたが、変わった形の大きなものをたしかにちらりと見たような――。


「あれね、観覧車っていうんだって!カフェのこと教えてもらった時、ついでにはかせに教えてもらったの。あの観覧車っていうのは、ゆうえんちって言うところにあるんだってぇ」

「遊園地は、ヒトを楽しませるためにつくられた場所らしいのです。高い塀に囲まれた少し広めの土地で、そこには観覧車をはじめ、なにやらかわったものが多く存在する…ようなのですが、あの付近はセルリアンが多く、調査は不十分なのです」


博士の補足が終わるのを待って、アルパカは続けた。


「えっとねぇつまり…カフェからはサンドスターの山とゆうえんちが両方見えるの。あの山から出てる黒いサンドスターは、ゆうえんちに向かって吸い込まれるように流れていたよぉ」

「私達も飛んでるときに見たから、アルパカの言ってることは確かよ」


ショウジョウトキと目を合わせ、トキが表情を変えずに頷いた。


「さすがに近付くのは怖かったから遠くからしか見てないけれど、ゆうえんちの辺り、黒いサンドスターが渦巻いててすごいことになってたわ。セルリアンも集まってるみたい」

「高濃度のサンドスター・ロウが、大量に遊園地へ向かっている…」


ブツブツと呟く博士に、ライオンが身を乗り出した。


「これ…そのゆうえんちとやらの様子をたしかめれば、異変の元凶につながるんじゃないの?」

「そ、そうなのだ!絶対ゆうえんちに何かあるのだ!」


アライグマも腕を振り上げて声を張る。

博士とかばんは、ほぼ同時にボスを振り返った。


「ラッキーさん!」

『マカセテ。モウ通信ヲ開始シテルヨ』


目を虹色に輝かせながら答えるボスは、どうやらすでに遊園地にいるラッキービーストとの交信を進めていたようだった。


「遊園地で何が起きているのか、できるだけ詳しく知りたいのです。お前達が頼りなのですよ」

『――向コウノラッキービーストノカメラ機能ヲ起動サセテ、映像ヲ投影スレバイインジャナイカナ』

『ソウダネ、ソレガ一番ワカリヤスイ。モニタリング通信ニシヨウ』


博士の頼みを聞いたボス2号と何やら小難しい言葉を交わし、ボスは黙り込んだ。


「な、なんでお前らラッキービーストと普通に会話してるんだ…?」

「詳しい説明は後回しなのです。今は遊園地の状況確認が最優先なのです。お前達の事情も、これが終わった後で聞かせるのです」


フレンズと二体のラッキービーストや、遊園地に黒いサンドスターが流れているとしって血相を変えた皆の様子を見て、ツチノコは混乱しているようだったが、博士の有無を言わせぬ表情に言葉を飲み込んだ。

電子音を立てるボスを、皆は固唾をのんで見守る。と、

ピーン、と一際甲高い音を立てたボスの目が光り、図書館の壁に見たことない光景が現れた。

それはまるで、ボスが前にロッジで映し出したミライの記録のようだった。


「わあ!なんだこれ!?」

「こんなの初めて見るんですけど!?」


ライオンやショウジョウトキを始め、この光景に見慣れていないフレンズ達は騒然とする。


「これは…あの時とよく似ているね。これもボスの力、ということ?」


ミライの記録映像をロッジで目にしていたタイリクオオカミは比較的落ち着いていた。彼女の呟きに、映像を投影しているボスに代わってボス2号が答える。


『ソウダヨ。ボク達ラッキービーストハ、見タ光景ヤ聞イタオトヲ伝エ合ウコトガデキルカラネ。コレハ遊園地ノ個体ガ今見テイル光景ヲ映シ出シテイルンダ』

「これが…遊園地…」


壁に大きく映し出された映像には、博士の言ったように大きな塀で囲まれたエリアが映っている。正面にある立派なゲートが入り口であることはわかった。

その入り口から覗く遊園地の中は、これも博士の言ったとおり、色とりどりの見たことのないかわった形のものがあちこちにあり、賑やかな様子だった。

本来ならば、その不可思議で面白い形をしたものたちが興味をそそり、不思議と心がワクワクしてくるような、楽しい場所なのだろう。

しかし、そんな明るい感情は、微塵もわき上がってこなかった。


「まるであの嵐の中にまた放り込まれたよう、ですね…」


リカオンが憎々しげに歯を軋ませる。

――映し出された遊園地には、真っ黒なサンドスターがゴウゴウと音を立てて吹き荒れていた。


「もしこの吹き荒れるサンドスター・ロウが、事の発端の黒い嵐と同じ力を持っているなら、乗り込むに乗り込めないのです…」


博士が小さな手で握った拳を口に当てて呻った。

たしかにこのままでは直接様子を見に行くことは困難だ。

だからこそ、今できることをするしかない。


「ラッキーさん。中の様子の確認、お願いできますか?」


自分たちが無理なら、影響を受けないラッキービーストに乗り込んでもらうしかない。

かばんの言葉に、投影中のボスは返事は返さなかったものの、耳を二、三度明滅させた。

すると映像に変化が起きる。遠巻きに見ていた遊園地のゲートがだんだん近くなり、やがてそれをくぐって通過し、まるでキョロキョロと辺りを見回すように視界が動く。

遊園地のラッキービーストが、移動を始めたのだ。

時折辺りを見回しながら進んでいくその映像を眺めていると、まるで自分たちがこの嵐の吹き荒れる遊園地の中を歩き進んでいるような気がした。







奥へ。奥へ。

ラッキービーストが進むたび、空気中を舞うサンドスター・ロウの量が多くなり、視界を妨げる黒い帯が厚くなっていく。

黒に覆われていく映像を、皆は懸命に目をこらしながら見つめる。手がかりとなるものを見落とさないように。

かばんも同じように映像を睨みながらも、どうしようもない胸騒ぎを抱き始めていた。

ラッキービーストが遊園地の奥へと進んでいく度に。

何か、足を踏み入れてはいけない禁忌の場所へ近付いているような気がして。

次第に激しくなってきた胸の鼓動を手で押さえながら、それでも元凶を探るために映像からは目を離さなかった。


その時。


「…!うわっ…」


思わず声を漏らしたのはフェネック。皆もその光景に目を見開き、固まっていた。

見えてきたのは、ウゴウゴと集う大量のセルリアン。大きいものも小さいものも、一同に介して大きな輪を作り、その中心を見つめているようだった。

注意深く観察すると、その輪の中心にサンドスター・ロウが集まってきているようにも見える。


「ここ、か…」


ライオンが唸りの混じった低い声で呟く。


おそらく、ここに騒動の元凶となっている【何か】がある。もしくは「いる」。


ラッキービーストがセルリアンの輪の切れ目を探すように動く。中心部を確認するためだ。

映像に釘付けになっていたサーバルは、ふと何気なく隣のかばんに視線をやった。

酷く、顔色が悪い。


「かばんちゃん…?だいじょうぶ?こわい?」

「いや…うん、平気。ありがとう、サーバルちゃん」


曖昧な笑顔を返してきたかばん。サーバルは少し考えて、かばんの手をそっと握り、映像に視線を戻した。

かばんはちょっと驚いたようにサーバルの横顔を見つめ、小さく微笑んだ。



――ラッキービーストが輪の隙間を見つけ、中心部へと近付いていく。

吹き荒れるサンドスター・ロウの密度があまりにも高く、なかなか中心部の様子がはっきりと確認できない。

身を乗り出したり、前傾姿勢になったりしながら、皆は必死に映像に食らいついた。


そして。


「――!!見えた!!」

「誰か「いる」ぞ!!」


そんな声をあげたのは、誰だったか。

黒く霞がかった視界の中心に、ぼんやりと一つの影が現れた。

ビュオオと音をたてるサンドスター・ロウの嵐は、その影に吸い込まれているようにも、その影から吹き出しているようにも見える。

問題はその影が、【何者】なのか、だ。



ふいに。

その影がゆっくりと「両手」を広げた。両手が、ある。

二本足で立ち、両手を広げるその影は、その形は、紛れもなく。


「フレンズ…なのですか…!?」

「う、嘘なのだ…!フレンズな訳、ないのだ!!」


目を見はる博士に、アライグマが首を振って否定するも。

異形の存在であるセルリアンとは全く異なるそのシルエットは、どう見てもフレンズの姿をしているのだ。


「ハァ…ハァ…」


なぜか、どうしようもなく呼吸が乱れる。自分の中の何かが、見ない方がいいと叫んでいる。

それでもかばんは周りのフレンズ達が慌てふためく中、一人静かにその影を睨み続ける。


「目をそらすな!フレンズだって言うなら、なんのフレンズなのか確かめる必要がある!」


忌々しい元凶の正体をついに捉え、完全に気が立っているライオンは、うろたえる面々に対して怒号を上げた。

なんのフレンズか確かめる――サーバルはふと、かばんと初めて会った時のことを思い出した。




『なんのフレンズか調べるには…鳥の子ならここに羽!』




両手を広げる影を、サーバルは穴が空くほど見つめる。が、羽らしきものは確認できない。




『フードがあれば、蛇の子ー!』




ツチノコのようなフードも、ない。


サーバルの胸に、微かな違和感がよぎる。

羽がない。フードもない。

そして、ヘラジカのような角もなければ。

自分のような頭の耳も見当たらないし。

視点を変えて尻尾を探すも、それさえ確認できない。





「尻尾と耳のない…フレンズ…?」





何気なく、本当に何気なく溢した自分の言葉に、サーバルは殴られたような衝撃を覚える。

それとほぼ同時に。

映像の中の黒い影がぱたりと両手を降ろすと、吹き荒れていたサンドスター・ロウがぴたりと止まった。



ゆきやまちほーで見た雪のように、はらはらと地面に落ちていくサンドスター・ロウはどこか幻想的で、夢のようで。

目に映った光景も、夢であったらとサーバルは思った。







そこにいた黒い影は、尻尾がない代わりに背中に大きく膨らんだ何かを背負っていて。

耳のない頭には癖のある短い髪が風に揺れていた。






「え――」



時間が止まったかのように誰もが動かない中、サーバルの小さな声がやけに大きく響く。

瞬きをするのも忘れ、サーバルは隣を――確かめるように振り返った。




頭に帽子はないけれど。

服も体も全身真っ黒で、こちらを見る目は血のように真っ赤な色をしているけれど。

それ以外は。





微かにあいた口から、消え入りそうな声を溢す大好きな親友と、全く同じ姿形で。




「――……ボ、ク…?」







――映像の中からこっちを見て笑っているのは、まぎれもなく【かばん】だった。




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