対 ???①



無数のセルリアン達の中心で。


黒い【かばん】は真っ赤な目を細めて、こちらを――ラッキービーストを見つめている。

その笑顔は、確かによく隣の親友が見せてくれる穏やかで優しい微笑みと形は同じだが。

どこか、ひやりと冷たいものが背中を撫でてくるような、不気味で底の知れない気配を秘めていた。


「ねぇ…これ…どういうこと、なのかな…?」


誰もが映像の中の人物に目を奪われたまま、微塵も動かない。

唯一サーバルだけが、誰かにこの事態を説明してほしいという一心で、ぎこちなく頭を上げて皆を見回した。

それでも、やはり誰も喋らない。動かない。

特にかばんは顔を蒼白にして、映像の中の人物と――自分と同じ姿をした黒い彼女を見つめたまま、息をすることさえも忘れているようだった。


「――あ…えっと…同じ種類のフレンズ、とか…?同じ種類のフレンズが生まれることも、あるんだよね…博士?」


沈黙を恐れるように言葉を発し続けるサーバル。

黙ってしまうと、あの黒いかばんの持つ得体の知れない不気味さに飲み込まれてしまいそうだった。

サーバルに名前を呼ばれた博士は、ようやく命が吹き込まれたかのようにゆるゆると首を振った。


「たしかになくはないですが…それだとあの毛皮や肌の色の説明がつかないのです…。カラスのフレンズでも、もう少し生気を感じる肌の色をしているのですよ…」


二人の会話を、サーバルの言葉を耳の片隅で聞いていたかばんは、かつてサーバルが同じような発言をした時のことを――ロッジでミライの記録を見ていた時のことを思い出す。

それに伴うように、記憶の淵からロッジでの会話が断片的にかばんの脳裏に現れては消え。

ふいに。




『こういう話を知ってるかい?』




かばんは忘れてしまっていた呼吸を取り戻すように、ハッと一度大きく息を吐いて、真っ青な顔で――タイリクオオカミを見た。



「――…フレンズ型の…セルリアン…」



片耳をぴくんと動かし、タイリクオオカミはそんな馬鹿な、とかすれた声で呟いた。


「私の、あれは、君たちを怖がらせるために言った、ただの冗談で――」


言葉を途切れさせ、動揺を隠せない様子でタイリクオオカミは否定する。


その時、映像の中の黒いかばんが動いた。

その顔に穏やかな笑みを湛えたまま、深呼吸をするように軽く空を仰いで胸を膨らませる。

するとふわふわと遊園地の空気中を漂っていたサンドスター・ロウが、再び激しい風を伴い始め。

凄まじい勢いで――黒いかばんの身体へと吸収されていく。


「サンドスター・ロウを、吸ってるぞ…」


ライオンの呟きに、かばんは再度黒い自分へと視線をやった。

その身体に大量のサンドスター・ロウを取り込んだ黒いかばんは、小さく口を開いて背を曲げ、長く息を吐き出すような動作をした。

すると先ほどまでとは逆に、今度は彼女の身体から暴風と共にサンドスター・ロウが噴出する。

吹き出されたサンドスター・ロウは、噴き上がる風に乗って遊園地のはるか上空まで昇っていっているように見えた。


「これは――…」


博士が口を手で押さえる。

かばんは何も考えることができず、ただただ黒い自分がサンドスター・ロウを吸って吐く、その動作を繰り返すのを呆然と見つめていた。


その時だった。


『さァ、どうしますカ?』


――喋った。

空を仰いだ姿勢のまま。

映像の中の黒いかばんが、声を発した。

その声はボスのように変わった雑音が混じったような、不思議な声で。

しかし、やはり。

その不思議さを除けば、こちらのかばんと同じ声色だった。


(なん、で……)


嫌な汗がかばんの背中を伝う。

黒いかばんは視線を空からラッキービーストに落とす。

その目はラッキービーストを見つめていると言うよりも。


その奥の存在を――自分たちを見つめているような気がして。


『ボクはここにいますヨ』


かばんは、どこか皮肉めいた、挑発的な微笑みを作った黒い自分と、一瞬目が合ったような錯覚を覚えた。


「――」


直後。

黒いかばんが背負った背中の鞄が歪に蠢いたかと思うと。

風を裂く音と共に数本の触手が――かばんとサーバルがさばんなちほーで遭遇した中型セルリアンが持っていた、先端が牙のある口のようになっている触手が勢いよく飛び出し。

それらはうねりながら一瞬にして画面に迫ってきた。



驚愕の声を上げる暇もなかった。

映像は最後、画面いっぱいに触手が大きく口を開いた所で、突如としてぷつりと途切れてしまった。

瞳の輝きを消したボスが、少しの間を置いて静かな図書館に声を響かせた。


『偵察チュウノラッキービーストトノ通信ガ切断サレタヨ。再度通信ヲ試シテミタケド反応ガナイ。恐ラク…破壊サレテシマッタヨウダネ』


誰もが放心状態だった。

状況が理解できないこうざんちほーの三人でさえ、言葉を失っている。


「オイ…なんなんだよアイツは…」


今はもう何も映し出されていない壁を睨み付けたまま、ツチノコが低く呟く。

サーバルも、もう何も見えないとわかっていながらも、何かを求めるように壁を見つめ続けていた。その時。

ガタンッと大きな音が響き、突然の事に思わず跳び上がりそうになりつつサーバルは音のした方を弾かれたように見やる。

瞬間、血の気が引いた。


床の上にひっくり返って倒れた椅子――恐らく音の原因はこれだ――それに寄りかかるようにして、かばんが崩れ落ちていたのだ。


「かっ…かばんちゃん!!」


周りのフレンズ達もざわつく中、サーバルは慌てて彼女へ駆け寄り、その細い肩に手をかける。

触れた掌から、かばんの身体が小刻みに震えているのを感じた。


「ごめんサーバルちゃん…。ちょっと…よろけちゃって」


ふらついた拍子に、身を支えようと手をかけた椅子ごと倒れ込んでしまったのだ。

えへへ、と取り繕うように声を発するも、全く笑えていないかばんの様子に、サーバルは喉の奥が締め付けられた。


「――…かばん、少し休むといいのです…。アレを一番受け入れがたいのは、他でもないお前でしょうから」


そんな二人に歩み寄り、博士がそう声をかける。

かばんは、でも、と首を振った。


「あの…【ボク】についてわかることを整理して、次のことを考えないと…」

「――明らかに取り乱している今のお前に、それができるのですか?」


少し強い口調で、博士はかばんの言葉を遮った。

その口調は、自分の身を案じてくれているからこそのものなのだと、かばんは理解していた。

理解していたからこそ、反論できなかった。


「今あれこれ考えても、きっとうまくまとめられないのです。無理をしても余計に気分が悪くなるだけなのです。少し一人になって頭を冷やすといいのです」


そう言って、博士は図書館の上層へと続く階段を指さした。


「外は危険なので、図書館の上に行くと良いのです。お前が落ち着くまで、私達はアルパカやツチノコ達とお互いの事情や知っていることを話し合っておくのです。話の内容は後で伝えてやるのです」


かばんは少し俯いて黙っていたが、少しの沈黙の後素直に頷いた。


「…わかりました。ごめんなさい、心配をおかけして…」

「かばんちゃん、立てる…?一緒に行こうか…?」


博士とかばんのやりとりを、ずっとかばんに寄り添って聞いていたサーバルは、立ち上がろうとする彼女を気遣うが。


「ありがとう、サーバルちゃん…。大丈夫、一人で行くよ」


倒れたままの椅子に手をかけて立ち上がったかばんは、憔悴しきった顔に笑みを作ると、おぼつかない足取りで壁に手をかけて、一人階段を上り始めた。



「みゃ…」



行き場をなくした手をふらつく親友の背中に向かって伸ばしたものの、サーバルはきゅっと唇を噛み、その手をぱたりと下ろすことしかできなかった。


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