対 ???②



映像から受けた衝撃はあまりにも大きく、未だ放心状態のフレンズ達も多くいる中で。


時間を無駄にはできないとわかっている博士は、強引に頭を切り換えて話を進める。


「――…とりあえず、【ヤツ】についての考察は後にするのです。お前達の事情が聞けないままになっていたので、そちらを先に済ませるのです」


階段を上っていくかばんを見送り、博士はアルパカたちに向き直った。

こうざんちほーの三人は何が起きているのか全くわからない様子で、ただ、自分たちが思っていた以上にとんでもないことが起きている、ということは把握したようだった。一様に表情が暗い。


「…やはり、これまでになかった異常事態がパークに起きてるみたいだな」


一方でツチノコは事の重大さをある程度理解しているようだった。ポケットに手を突っ込んだまま、真剣な面持ちで博士を見る。


「えぇ…お前達は黒い嵐のことや、フレンズの暴走についてはある程度知っているのですか?」


ツチノコが小さく息をのむ。アルパカ達こうざんちほーの三人は、目を丸くして顔を見合わせた。


「く、黒い嵐なら確かに見たけど…暴走って…何のことかさっぱりわからないんですけど…」

「私達はとにかく山の異変が気になって、博士たちに相談しようって話になったの。けど…どうやらそれどころの騒ぎじゃないみたいね」


動揺する二人のトキの話を聞き、タイリクオオカミも黒いかばんの気味の悪さを早く払拭したい様子で、ガシガシと耳の後ろをかいた後会話に加わった。


「あの黒い嵐が起こってから今まで、君たちはどうしてたんだい?」

「えっとねぇ…トキちゃんとショウジョウトキちゃんがうちのカフェでお茶してたら、突然辺りが真っ暗になって…。窓から外を見たら黒い嵐が吹いてたの。で、あれが過ぎ去った後も、ちょっと気味が悪いから泊まっていきなよぉってわたしが二人にすすめたんだよ」

「そうね。もし飛んでるときにあんな嵐がまた来たりしたら困るし、特に断る理由もなかったから、そのままカフェに留まることにしたの」

「それで、朝になってみたら山があんなことになってるのに気付いたって感じよ」


なるほど、とオオカミは腕を組む。


「あの嵐の後、君たちは他のフレンズには会わなかったんだな」

「…運の良いやつらなのです…。鳥系のフレンズに襲われてもおかしくない状況なのですよ。…まぁ空は広いので、上手い具合に出会わずにすんだのかもしれませんね」


オオカミと博士の呟きに、アルパカとショウジョウトキが眉を顰める。


「ツチノコちゃんとは会ったよぉ。こうざんちほーから図書館に向かう途中、さばくちほーの上を飛んでるときに声をかけられたの」

「っていうか…さっきから暴走とか襲われるとか…不穏な言葉が気になるんですけど」

「――それ、オレは心当たりがあるな」


息をのんでからずっと黙していたツチノコが、ようやく口を開いた。


「というか…山のインパクトが大きすぎてそっちに気を取られていたが…オレは元々、恐らくその暴走に関わることについて相談しようと思って図書館に向かってたんだ」


皆の目がツチノコの方を向く。注目されることが苦手なツチノコはうっ、と声を詰まらせたが、小さく咳払いをして話を続けた。


「黒い嵐のことはオレは知らん。地下の遺跡にいたからな。さすがに遺跡の中までは侵入してこなかったんだろう。ただ…」


少し俯いて間を置き、ツチノコは落ち着かないようにウロウロと歩き始めた。


「い、遺跡の近くに住んでるスナネコのヤツが、ここんとこ毎日遺跡に顔出してたんだが、昨日はいくら経っても来なかったんだよ…!ここは何回来ても飽きない面白場所だーとか言って、いっつもオレの調査の邪魔してたんだが――」


赤らめた頬を隠すように、ツチノコはフードを深くかぶり直す。


「べ、別に心配になったわけじゃないんだぞ!いつも来るヤツが急に来ないとちょっと気になるだろぉ!?だ、だからまぁ、少し気分転換もかねて散歩がてらにアイツの家に顔出してみたんだよ。そしたら…」







「…なんだ普通にいるじゃねぇか…。オイお前、今日は遺跡来ないのかー?――…あっ!!別に来てほしいわけじゃないぞコノヤロー!!」

「…」

「もう飽きたってか?噂通りの飽き性だなぁお前…」

「…フーッ…」

「…あ?」


「――ニ゙ィイイッ!!」







「…聞いたことない声上げて、オレに噛みつこうとした」


足を止め、ツチノコは低いトーンで言い放った。

心ここにあらずといった様子で呆然としているアライグマの背中をさすってやっていたフェネックが、思わず手を止める。


「スナネコが…」

「ん…?あぁそうか…お前、元々さばくちほーの出だったな…」


アライグマに付き合ってパーク中を旅するようになってからは疎遠になってしまっていたが、元々さばくちほーに住んでいたフェネックはスナネコと旧知の仲であった。

先日、かばんを追う旅路の途中で久々に再会したときも、相変わらずのマイペースぶりを発揮していたのを覚えている。


「慌てて逃げてやりすごしたが、あんなのは初めてだった。病気か何か知らんが、他のフレンズにも流行ってたらまずい。そう思って、夜が明けるのを待ってから図書館に相談に向かうことにしたんだよ。そしたら山もあんな調子だ」

「そこに私達が通りかかった訳ね」


トキが羽をぱたぱたと動かして首を傾けた。


「びっくりしたわ。オ゙ォイ!おまえらぁ!どこへいくんだー!って、いきなり声をかけられるんだもの」

「それはオレの真似のつもりかぁ…?」

「珍しいですね。人見知りのお前が、自ら誰かを呼び止めるなんて」


じとっとした目でトキを睨んでいたツチノコは、博士の言葉にケッ、と吐き捨てるように声を出した。


「向かってた方角が同じだったからな。早く図書館にたどり着きたかったし、目的地が違ってたとしても途中まで運んでもらおうと思ったんだよ。運良く目的地も一緒だったが」

「それだけスナネコちゃん?のことが心配だったんだねぇ」

「ア゙ァア!?なんだコノヤロー!そんなんじゃねぇよ!!」


シャーッと威嚇音のような声を出してアルパカに怒鳴ったツチノコだったが、フードの上から頭を何度か掻いて表情を引き締めなおした。


「とにかく!今はふざけてる場合じゃない。お前らの様子を見るに、あんな風になったのはどうやらスナネコだけじゃなさそうだな。それに、ラッキービーストのことや――遊園地の【アイツ】のことも気になる。今度はこっちが教えてもらう番だぞ」


良いでしょう、とこれで数回目になる野生暴走についての説明を始めようとした博士は、周りのフレンズ達を見回し、ふと【彼女】がいない事に気がついた。


(あぁ、まったく…ゆっくり落ち着いて頭を冷やすために一人になれる場所を教えてやったのに、これでは意味がないのです。空気が読めないおばかさんなのです)


動かせない目を頭ごと動かし、博士は図書館の真ん中に伸びる大木を見上げた。





(――まぁ…遠慮なく踏み込んでいくあの真っ直ぐで強引な力強さが、逆に今の彼女には必要なのかもしれないのです)











「はぁ…」


壁に沿ってらせん状に伸びる階段を上り続け、図書館の最上部近くまで来たかばんは、段差に腰掛けて深い息をついていた。

思った以上に高い構造をしている図書館は、ここまで上ってくると下で話すフレンズ達の姿も遠く見えるし、中央に生える大木の枝が立派に生い茂って、別世界のような空間だった。

時折壁の穴から吹き込んでくる風に木の葉が揺らされ、さざめきを生み、フレンズ達の会話も耳をそばだてないと聞こえない。


「…」


近くの窓から外を眺めると、ちょうどその窓からは山の様子が確認できた。

山から生み出された大量のサンドスター・ロウは、やはり今もその濃度を保ったままゆうえんちの方角へと流れている。

ゆうえんちの、【アレ】がいる所へと。


「うっ…」


思い出しただけで吐き気にも似た言いようのない不安がこみ上げてきて、かばんは背中を丸めて膝を抱え込んだ。

落ち着いて、頭を冷やせとすすめられたものの、どうしても脳裏にはあの不敵な笑みがこびりついて忘れられそうにない。


何かの間違いだと否定したくても。

これまで何度も水面などに映った自分の姿を見てきた。

サーバルや他のフレンズ達とは少し違った自分の身体。

尻尾や耳、角のような、特徴的な身体パーツのない自分の姿を確認し、サーバル達の姿と見比べては、ふかふかした尻尾や愛らしい耳が少しうらやましく思うこともあった。

――【アレ】は紛れもなく、そんな自分と同じ姿をしていた。


それだけではない。

【アレ】はどう見ても、こちらの存在に気付いていた。

何もかも見透かしたような真っ赤な目。

煽るような、挑発的な言動。

自らの特異さを見せつけるような立ち振る舞い。

それはつまり、ラッキービーストの能力を、ある程度理解していると言うことだ。

どのようにして理解しているのかはわからない。

なぜこちらの存在に気付いているのかもわからない。

ただ一つ、確実にわかることがある。それは。


(あのセルリアンには、知識がある…。それも――)


自分の腕を握る指先に、痣ができてしまうほど強く力がこもる。


(もしかしたら、ボクなんかよりもずっと…)


キンシコウに教えてもらったセルリアンの行動原理。サンドスターを食べるためにフレンズを追うという単純なもの。

それからはかけ離れているあの黒い自分の行動は、明らかに物事を考える力を有している証だった。

何より、自分のようにラッキービーストから教えてもらわなくともその能力を理解しているということがかばんにとっては恐ろしい事実だった。

ひょっとすると、自分よりも遙かに知能が高い存在なのかもしれない。

そんな相手に、どう立ち向かえばいいのか。

暴れる胸の鼓動を押さえ込むように、さらにかばんは身を縮める。と。


ガサッガサッ


ふいに、木の葉がすれるような音が聞こえ、かばんはゆっくりと顔をあげて大木の方を見やった。


「みゃっ、みゃっ――あっ」


ぴょん、ぴょんと器用に枝から枝へと飛び移りながら軽々と木を登り、ちょうどかばんの目の前の太い枝に着地して顔をあげた彼女――サーバルは、小さく声をあげて目をぱちくりさせると、ぎこちない笑顔を作ったのだった。

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