対 ???③
「サーバルちゃん…」
かばんは膝を抱えて座ったまま、複雑な笑顔を作る彼女の名前をぽつりと呼んだ。
せわしなく耳をぴこぴこさせて、サーバルはごめんね、と言う。
「かばんちゃん、一人で静かにしておきたかったよね。博士も一人になって頭を冷やせって言ってたもんね。でもわたし、かばんちゃんがどうしても気になっちゃって」
枝の上から動くことなく、サーバルは目を泳がせる。
「わ、わたし、何もせずにこの木の上で静かにしてるから。かばんちゃんの邪魔しないから。えっと…気にしないでね?」
そう言うと、サーバルは枝の上に座ったまま、くるりとかばんに背を向けた。
こちらに近付かないのは、彼女なりの配慮なのだろう。
静かにしておけば良いという話ではないのだが、彼女なりに一生懸命考えてこちらに遠慮しつつ、それでも自分のことを気にしてくれている優しさが嬉しい。
が、それと同時に申し訳なくなってしまう。
いつも明るくはきはきとしていて真っ直ぐな彼女に、あんな似合わない取り繕った笑顔をさせて、変な気をつかわせてしまっているのが辛くて。
早く、安心させてあげなければ。
そう思ったかばんは、小さく深呼吸をすると、いつもと変わらない笑顔を作って膝を抱えていた手を離した。
「ありがとうサーバルちゃん。もう落ち着いたから、大丈夫。みんなの所に戻ろっか」
立ち上がりかけたかばんの視界の端で、こっちを向いたサーバルの表情が悲しげに歪んだ気がした。
「…?どうかしたの?サーバルちゃん」
かばんの疑問に、サーバルは耳を垂らしてもごもごと口ごもる。
何か、発言するのを躊躇っているような様子だった。が、
「あのね…えっと…間違ってたらごめんね?」
意を決したかのように、身体ごとかばんに向き直ったサーバルの表情は、真剣だった。
「――かばんちゃん…嘘ついてるでしょ?」
ドキッと胸の奥が大きく跳ねた。装いの笑顔が崩れてしまう。
まだ何も言っていないけれど、やっぱり、とサーバルが悲しげに呟いた。
自分の言動を、サーバルは何一つ疑うことなく受け入れてくれると自負していた。
オオカミの見え透いた嘘にですら、簡単に引っかかってしまうぐらい純粋な彼女なのに、どうして。
固まるかばんを見て、サーバルは頭の耳をそっと触った。
「…離れててもわかるぐらい、ドクンッ、ドクンッて音が聞こえてくるよ。これってかばんちゃんの胸の音だよね?」
思わず自分の胸に手を当てるかばん。その手の下では未だに心臓が音を立てて暴れていて。
「本当に落ち着いてたら、こんなに胸の音…どきどきしたりしない、よね?」
心配そうに眉をさげるサーバルに、かばんは溜息交じりに笑みを溢した。
「――サーバルちゃんには、敵わないなぁ…」
再び抱えた膝に顔を埋めたかばん。
その耳に、枝を蹴って階段に着地する足音が届く。
どうやら、やはり我慢ができなくなったサーバルがそばにやってきたようだ。
そのまま顔をあげずにいたかばんは、ふいに背中に重みを感じた。
ちらりと瞳を動かすと、背中の鞄越しにサーバルが自分に背中を預けているのが見て取れた。
鞄を挟んで背中合わせの状態のまま、サーバルは何も言わずただ側にいてくれた。
「――…嘘ついてごめんね、サーバルちゃん。ボク、サーバルちゃんに心配かけたくなくて…」
しばしの沈黙の後、かばんは顔を膝にうずめたままぽつりとそう切り出した。
「…うん」
「本当はね、ボク…怖いんだ」
「怖い…?」
「優しいフレンズのみんなを、こんなにも苦しめている存在がボクにそっくりで…おまけにボクなんかよりもずっと…いろんなことを知ってそうで…」
膝を抱える指先が震える。
サーバルのふさふさした尻尾が、優しく撫でるように肩から腕へと繰り返し這った。
「ボクにあの【ボク】を止めることは無理なんじゃないかなって…。フレンズのみんなとも、もう仲良くできないんじゃないかなって…」
尻尾の動きがぴたりと止まった。え?とサーバルが不思議そうな声を漏らす。
「もう仲良くできないって?どうして?」
「だって、こんな酷いことしてる相手がボクにそっくりなんだよ?ひょっとしたら、ボクの知らないところで何か関係があるのかもしれないし――」
「え?でも、かばんちゃんはかばんちゃんでしょ?」
へ?と今度はかばんが間抜けな声を出す番になった。
思わず振り返ったかばんと、本当に不思議そうな顔をしたサーバルの目が合う。
「関係があるとかないとかよくわかんないけど、酷いことをしてるのはあの黒いかばんちゃんで、かばんちゃんは頑張り屋でみんなのためにいろんなこと考えてくれるすっごい子だってことに変わりはないよね?」
ストレートな褒め言葉に照れることも忘れ、かばんは呆気にとられてサーバルの顔をぽかんと見つめることしかできず。
「あのね、わたしがここに上がってくる前、下でみんないろんなお話ししてたけど…みんなかばんちゃんのこと心配してたよ?かばんちゃんがあそこまで具合悪そうにしてたの見たことないからって…」
それに、とサーバルはかばんの両肩をがっしりと掴む。
「あっちのかばんちゃんがどれだけかしこいのか知らないけど、きっとかばんちゃんの方がかしこいし、つよいし、絶対負けないよ!わたし、かばんちゃんのすごいところ、いっぱい知ってるんだから!」
そのままの姿勢で少し俯いて、サーバルは続けた。
「でも…無理はダメだよね。かばんちゃんがあの黒いかばんちゃんと戦うのが怖いなら、わたしかばんちゃんの分まで頑張って戦う!今までいっぱいかばんちゃんのこと頼りにしちゃったし!だから、わたしのこと頼ってくれていいよ!」
ふんっと鼻息を荒げ、拳をにぎって見せるサーバル。
僅かな沈黙を挟み、かばんは帽子のつばを掴んでぐいっと顔を隠すように下げると、小さく訊ねた。
「ねぇ、サーバルちゃん…一つ聞いて良いかな?」
「ん?」
「――サーバルちゃんだったらどうする?もし、自分にそっくりな子が、みんなに悪さをしていたら…」
「え、えー?わたしだったら、かぁ…。うーん…」
腕を組んで難しそうに表情を歪めたサーバルは、しばらく考えた後で再び拳を握った。
「やっぱり、わたしとおんなじ姿でいろいろ悪いことされるのは嬉しくないよ!その子を探して、追いかけて、直接会って、どうしてそんなことするのかお話する!」
サーバルのどこまでも真っ直ぐな言葉は、すっと身体にしみこんでくる。
遊園地を覆うサンドスター・ロウのように胸の内にまとわりついていたもやもやした想いが、サーバルと話すだけであっという間に払われていく。
くす、と帽子の下で、かばんは笑った。笑うことができた。
「サーバルちゃんらしいや」
帽子のつばをしっかりと上げ、かばんは真っ直ぐにサーバルを見た。
その目には静かな力強さが戻っていて。
「ありがとうサーバルちゃん。もう大丈夫。ボク、戦うよ」
暴れるような胸の鼓動も、言いようのない不安感に震えていた身体も、嘘のように落ち着いていた。
「ホントに…無理しなくて良いんだよ?」
「――ボクの力が及ばなくても、ボクにはサーバルちゃんやみんながいるから、だから大丈夫」
まだ少し心配そうなサーバルに、かばんは立ち上がり、今度は偽りではない本物の笑顔を向けた。
「行こう。あの【ボク】の正体や止める方法を、みんなで考えなきゃ」
…
『ふフ…誰か見ててくれたのかなァ』
遊園地の中央。
集うセルリアンの中心で、黒いかばんは触手の先に咥えられ、ひび割れた身体から時折火花をあげるラッキービーストを微笑みながら見つめていた。
『きっと見ててくれたよネ。そうだったら嬉しいナ』
触手の口に、力がこもる。
バキャッと鈍い音を立て、ラッキービーストの身体は、バラバラにつぶれてしまった。
『あァ…楽しみだなァ。これからみんなどうするんだろウ。どんな輝きを見せてくれるんだろウ』
にぃ、と歯を剥いて、黒いかばんは歪に笑う。
『【あの子】はここに来るのかなァ…!あはッ、あはハ!あははははハ!!』
黒いかばんの笑い声に伴うように、サンドスター・ロウはうなりを上げながら遊園地の中を吹き荒れ、無数のセルリアンが興奮したように雄叫びを上げていた。
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