対 ???④


「しかし…あの黒いかばんは一体何者なのだ?」


一通り情報交換が終わったフレンズ達は、各々気になることについて話し合いを進めていた。

事の重大さを初めて知って真っ青になったアルパカと、そんな彼女を介抱してやっているトキを横目で見ながら、ヘラジカが腕を組んだ。


「あの口のついた触手を見るに、かばんが言った【フレンズ型のセルリアン】である可能性が非常に高いだろうね」


同じように腕を組んだまま、タイリクオオカミがオッドアイの瞳を細めた。


「――それも、【ヒトのフレンズ型】、だ」


それを聞いたトキが、あら、と声を出す。


「あの子、ヒトのフレンズだったの?自分が何のフレンズなのかわかったのね」

「ん?あぁ、博士の所で聞くまで自分が何のフレンズかわかってなかったんだったね。そういえばそんな話をしていたよ」


アルパカが囁くような小さな声で呟く。


「あの子がなんのフレンズなのかわかったら、お祝いしたげようと思ってたんだけど…これじゃあできないねぇ」

「ヒトって、どんな動物なの?私、フレンズは動物がヒト化したもの…ってぐらいしか知らないんですけど」


首を捻るショウジョウトキの言葉に応えたのは、ツチノコだった。


「ヒトってのは、爪も翼も牙もなけりゃ、ピット器官のような特殊な身体機能もなく、身体能力で言えば他の動物に劣ってるものが多い生き物だ。だが…」


フードの下で、ツチノコの目が鋭く光った。


「とんでもなく頭が切れる。頭の良さが武器なんだよ、ヒトは。かばんだってそうだろ?」


ここにいるのはみんな、かばんの知恵によって助けられた者がほとんどだ。

かばんの――ヒトの利口さを充分に味わっていた。だからこそ。


「チッ…とんでもないヤツを敵に回したな。ありゃ厄介だぞ…」


ツチノコが苦々しく放った一言が重く響き、その場にいた皆は押し黙ってしまった。




一方では。


「かばんが作った首輪?つきのお守り石、便利そうだったなぁ…」


凶暴化したセルリアンを閉じ込めた箱を、部屋の隅へと動かしながら、リカオンがぽつりと呟いた。


「それって、ライオンがつけてたやつのことか?」


近くにいたアライグマが、首をかしげて訊ねる。


「あぁ、うん。アレのおかげでライオンさんを倒さなくても強引に元に戻すことができたから…戦わなくても変異サンドスター・ロウを吸収できるのは便利だなぁって」

「この道具はまだ使えるみたいだし、もう一度かばんさんに作ってもらえばいいんじゃないかなー?」


フェネックが机の上に置いてあったベルトを手に取るが、リカオンは渋い顔をした。


「いや、でも…かばんは今それどころじゃなさそうだし――」

「かばんさんに頼らなくても、あれならアライさんにも作れると思うのだ!」


リカオンの言葉を遮り、どん、と胸を叩いて見せたアライグマ。

フェネックとリカオンの、は?という声が重なった。


「え、いやいや…アライさーん、今は冗談言ってる場合じゃないからね」

「あんな細かい作業、とてもじゃないけど無理でしょ…」


苦笑気味に笑う二人に対し、アライグマはぶんぶんと拳を振って怒った。


「二人ともアライさんを馬鹿にしすぎなのだー!ぐぬぬ…フェネックそれをよこすのだ!」


よこせ、と言っておきながら半ば強引に奪い取る形でベルトを受け取ったアライグマは、リカオンの腕を掴むと図書館の外へと向かう。


「えっ、ちょっ、ちょっと!?」

「外で材料を拾うから、見守っていてほしいのだ!外は一人だと危ないけど、ハンターと一緒なら大丈夫なのだ!」


呆気にとられるフェネックをよそに、どったんばったんと外へ飛び出していった二人は、そう待たずして細い枝やらツルを手に帰ってきた。


「お守り石をよこすのだ!」

「え、ホントに作るんですか」

「あの首輪ならアライさんも昨日じっくり観察したのだ。仕組みはだいたいわかってるのだ」


自信満々に意気込むアライグマの手に、恐る恐るお守り石を渡すリカオン。

フェネックが軽く溜息をついて首を振った。


「仕組みが理解できてもそれを再現できるとは限らないんだよーアライさーん」

「うん…気持ちは嬉しいけど無理しなくていいよ…」

「ちょっと黙って見てるのだ!」


頬を膨らませたアライグマは、真剣な面持ちでごそごそと作業を始めた。

幼子を見るような生暖かい目で、リカオンとフェネックはそんな彼女を見守っていた。


が。


「えっ…!?」


みるみるうちに二人の表情が驚きに染まっていく。


「たしか…こうなって…こうして…こうで…――完成なのだー!」


意気揚々とアライグマが机の上に置いてみせた首輪は、かばんの作ったものと比べると見栄えは劣るものの、きっちりとベルトにお守り石が固定されていた。


「で、できてる…」

「おー…!すごいよーアライさーん。まさかアライさんにこんな才能があったとは知らなかったよー」


ぱちぱちと手を叩くフェネックの横で、一連の様子を見ていたボス2号がぴょこんと飛び跳ねた。


『アライグマハ元々手先ガトテモ器用ナ動物ナンダ。動物ノ頃カラ前足ガヒトノ手ノヨウニ細長イ指ガ五本アル形ヲシテイテ、物ヲ掴ンダリ動カシタリデキタンダヨ』

「ふっはっはー!アライさんにお任せなのだ!」


はいどーぞなのだ、とアライグマは首輪をリカオンに手渡す。リカオンは申し訳なさそうに丸い耳を折った。


「あ、ありがとう…。無理じゃないかとか決めつけて、ごめんよ」

「アライさんは心が広いから、お前がその首輪を大切にしてくれるなら許すのだ!」

「うん…これがあると、心強いよ」


リカオンは受け取った首輪をしっかりと握りしめ、にっこりと笑った。




また、博士はと言うと。


「ボス、それは間違いないのですね」

『映像ヲ介シテノ解析ダカラ確証ハ得ラレナイケド、可能性ハ極メテ高イヨ』


遊園地からの通信映像を再生し追えた後からずっと黙り込んでいたボスと言葉を交わし、深刻な表情をしていて。

その様子が気になったライオンが眉を顰めて訊ねる。


「なにかわかったの?」


小さく唇を噛んで、博士はライオンを振り返った。


「先ほどの映像とやらに映るヤツの行動を見て、もしやと思ったのですが…やはりあの黒いかばんがサンドスター・ロウを変異させているようなのです」

「…!」

「…あのかばんはサンドスター・ロウを体内に吸収したり、放出したりしていたのです。ボスに調べてもらったところ、吸収していたのは純粋なサンドスター・ロウ…つまり、変異前のサンドスター・ロウだったのです。そして――」


無言で牙を剥くライオンを見つめたまま、博士は続ける。


「放出されたサンドスター・ロウは、野生暴走の原因となる変異サンドスター・ロウだったのです。つまりヤツは、山から呼び寄せた大量のサンドスター・ロウを取り込んで、体内で変質させたものをパークにばらまいているのです」

「サンドスター・ロウを呼び寄せて変質させるって…そんなことが可能なのか」


呻るライオンに、今度はボスが答える。


『山カラノ供給ヲ受ケルコトガデキル能力ヲ持ッタセルリアンハ、過去ニモ存在ガ報告サレテイルヨ。サンドスター・ロウヲ変質サセル能力ハ、前例ガナイネ』

「いずれにせよ、セルリアンの中でもかなり特異な存在なのは明らかなのです…」


大きな瞳を伏せて、博士は呟いた。


「アレが何者なのか、これから我々はどうするべきなのか…かばんが落ち着き次第話し合わないといけないのです。――かばんがもし、気持ちの整理ができないのならば、かばん抜きでもやるしかないのです。我々には時間がないので」


険しい表情で博士を見ていたライオンが、そんな彼女の後ろへと視線をやり、ほんの少し目元の力を緩めた。


「…博士、だいじょうぶだよ。その心配はなさそうだ」


目を開けた博士は、ライオンの視線を追って振り返り、小さく息をのんだ。


「――大事な時間を使っちゃってごめんなさい。…作戦会議を始めましょう」


その視線の先には、サーバルとしっかり手をつないでらせん階段を降りるかばんがいて。

少し前の憔悴しきった様子から見違えるほど、彼女の表情には力強さが戻っていた。









各自分かれて話し合っていたフレンズ達は、かばんが戻ったことで再び一つの輪になった。


「皆さん、心配をおかけしてごめんなさい」


ぺこり、と頭をさげるかばんに、お前が謝る必要はない、とヘラジカが首を振る。


「むしろこんな状況でも、お前に頼らなくてはならない私達を許してほしい」

「…ホント、ごめんよ。君には無茶をさせるな…。でも、敵の力がどれほどのものなのかわからない以上、君の知恵に頼らざるを得ない」


森の王と百獣の王、二人の王の真剣な眼に、かばんは微笑んで応えた。


「いいんです。パークのために何かできるのは嬉しいし…フレンズによって、得意なことは違いますから」


サーバルからの受け売りの言葉。それを聞いて、サーバルが少し誇らしそうにはにかんだ。


「ボクだって戦いは苦手だし、それにたった一人じゃできることは限られています。皆さんの協力が必要です。みんなでこの危機を乗り越えましょう」

「困難は群れで分け合え…かばんさんはそう言っているのだ!みんなであの黒いかばんさんをやっつける方法を考えるのだ!」


気合い十分な様子のアライグマ。その横で、タイリクオオカミが少し身を乗り出した。


「そう…あのヒトのフレンズ型セルリアン…まさか本当にフレンズ型のセルリアンがいるとは思ってなかったよ。アレは一体どうやって生まれたんだろう?かばんと姿形が似ているということは、二人には何か関係性があるのかい?」

「…ごめんなさい、ボクには何も心当たりがなくて…」

「かばんとの関係性の有無を調べるには、かばんがフレンズ化した時の状況を知る必要があるのです」


博士の言葉を聞いて反応したのは、フェネックだった。


「あ…そうだアライさん。噴火の時のこと、お話すればいいんじゃないかなー?きっとあの時にかばんさんは生まれたんだよ」

「ふぇ?帽子を取られた時のことか?」


きょとんとするアライグマに、かばんは真っ直ぐな視線を向ける。自分のルーツについてはかなり気になっていたので、アライグマの話には興味があった。


「えーっと、この前の噴火の時、アライさんは帽子を追いかけていたのだ。そしたらその帽子にサンドスターが当たったのだ!」

「えっ!?帽子に…?かばんちゃん、帽子からフレンズ化したの?」

「それだったらヒトのフレンズじゃなくて、帽子のフレンズになっちゃうわよ」


さっそく論点がずれてきているサーバルとトキを尻目に、アライグマは手をこすり合わせながら再び口を開いた。


「たしか…帽子の中で何か細長い物がキラキラしてたような気がするのだ。そしたら、突然人影が現れたのだ!アライさんはそれにびっくりして崖から落ちてしまったのだ」

「なるほどな…そりゃおそらく帽子についてたヒトの髪の毛だ。かばんは体毛からフレンズ化したパターンなんだな」

「ヒトの、髪の毛から…」


かばんは自分の手を見つめながら、ツチノコの言葉を確かめるように繰り返した。

博士が首を軽く傾ける。


「――その時現れた人影は一人だったのですか?他に不思議なものは周りにはなかったのですか?」

「崖から落ちてしまったが、アライさんは落ちる直前まで大事な帽子の行方を確認していたから間違いないのだ。あの時現れた人影は、一人だけだったのだ」


自信を持って言い切るアライグマ。


「では、かばんの誕生はあのセルリアンには関係なさそうですね。もっと別の、ヒトとゆかりのある違う何かからヤツは誕生したのでしょう」

「しかしヒトってのは、同じヒトの仲間でも見た目や特性が大きく異なる多様な生き物だろう?関係のないかばんと似た見た目をしてるのはなんでだ?」


ツチノコの疑問に、これは私の予想ですが、と博士は切り出す。


「ヒトは確かにその多様性が特徴的な生き物なのです。しかし、フレンズは同じ種類の動物なら皆一様に同じ見た目になるのです。恐らくかばんの姿は、フレンズとしてのヒトの姿の基準なのでしょう」

「話が難しくてついていけないんですけど…」


頭を抱えるショウジョウトキに、博士は溜息をついた。


「ようは、サンドスターによってこのジャパリパーク内で生まれるヒトのフレンズは、皆基準であるかばんと同じ姿になるのだと考えられるのです。そしてそれは、サンドスター・ロウから生まれたフレンズ型のセルリアンでも例外ではないのでしょう。――問題は、同じ種類の動物のフレンズは見た目が同じであっても…さすがに性格には違いがあるということ」

「話の通じる相手だと思わない方が良い、ということだね」


溜息交じりにタイリクオオカミは呟いた。ライオンが小さく呻る。


「まぁ、こんなことしてる時点でこっちのかばんと同じだとは全く思ってないけどね」

「――となると果たしてヤツがどのようにして生まれたのか、ヤツのルーツも気になるところではありますが、それよりも私が先に話を進めたいのは、ヤツへのサンドスター・ロウの供給を止める方法なのです」


先の見えない黒いかばん誕生の謎から一旦離れ、博士はできるだけ早く解決したいものを皆に提示する。


「先ほども言いましたが、あのセルリアンには山からサンドスター・ロウを引き寄せ、それを自分の身体に通すことで変異サンドスター・ロウを生み出しているのです。一刻も早く山が生み出すサンドスター・ロウを封じて、ヤツが変異サンドスター・ロウを作り出すのを止めなければならないのです」

「しかし…山が生み出すサンドスター・ロウを封じるなんて…そんなことが出来るのか?」


あの大きな山に岩で蓋でもするのか、とヘラジカは包帯の上から肩の傷を軽く掻きつつ訊ねる。


(サンドスター・ロウを、封じる…?あれ…それって、どこかで――)

「あの山には【四神】と呼ばれるジャパリパークの守り神を模した像があるはずなのですが、どうやら今はあるべき場所にきちんと奉られていないようなのです。この四神をきちんと設置すれば、山の火口を【ふぃるたー】と呼ばれるものが覆って、サンドスター・ロウを放出を防いでくれるらしいのです。今四神がある場所さえ特定できれば――」


何か、重要なことを思い出しそうな気がする。

そのもやもや感に苛まれていたかばんは、直後に博士の説明を、そこに出てきた単語を聞いて、弾かれるように椅子から立ち上がった。

突然の事に驚いた博士は言葉を失い、心なしか身を細めていて。

見開いた目を向けられたかばんは、口を手で押さえてブツブツと呟く。


「四神像…フィルター…場所…」


口を押さえていた手を下ろし、かばんは固まった表情のまま博士を見返す。


「――博士さん、それ…その四神の場所、わかるかもしれません…!」


かばんは博士を見つめていた目を、ゆっくりと動かし――アライグマに顔を向ける。

アライグマは、話の理解が追いつかずただただ呆然としたまま、きょとんとした顔でかばんを見つめ返すのだった。


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