対 ???⑤


何故かばんが自分を見ているのか理解ができていないアライグマが口を開くよりも早く、博士が興奮して羽角を立たせ声を上げた。


「ど、どういうことですか!?」


かばんは帽子の下で髪の毛をくしゃりと掴み、顔を歪める。


「野生暴走騒ぎに気を取られて、すっかり見落としてた…!もっと早くこの騒動とあの記録を結びつけることができていたら…!」

「過ぎたことを後悔しても仕方ないのです。大事なのは今からどうするかなのですよ」


悔やむかばんをいさめる博士。

かばんはしばらくの間奥歯を噛みしめていたものの、気持ちを切り替えるかのように頭をふるうと、皆に説明を始めた。


「ラッキーさんは、昔このパークにいたヒトの――ミライさんっていう方なんですけど――お話を【記録】していて、時々ボク達にそれを聞かせてくれるんです。それで…図書館に来て野生暴走の原因がサンドスター・ロウだと気付く前、ボク達ロッジでミライさんのお話を聞いたんです」


そこまで聞いて、ハッと息をのんだのはタイリクオオカミ。


「そうか…!あの、【お宝】の話…!!」

「はい…。【ししんぞう】とか【ふぃるたりんぐ】とか、よくわからない言葉が出てきたので正直あまり話の内容が理解できなかったんですが、今の博士さんの話を聞いてはっきりしました。ミライさんは、サンドスター・ロウを封じる四神像の場所を教えてくれていたんです」


ようやくアライグマが合点がいったように、あー!と声を上げた。


「やっとわかったのだ!アライさんが追いかけていたお宝の話なのだ!あれの場所ならばっちりなのだ!」


アライグマはそう言うと懐からかばんに印をつけてもらったマップを取り出して、グッと親指を立ててみせた。


「ほぇーすごいねぇ!これでサンドスター・ロウの流れが止められるよぉ!」


心底喜んでいるアルパカや他のフレンズ達とは対称的に、何人かのフレンズ達の表情は未だ暗いままで。


「…そう簡単にいくと思うか?博士」


その内の一人であるツチノコが、同じように難しい顔をしている博士に問いかけた。


「ヤツがサンドスター・ロウを封じる四神の存在を知っているのかどうかはわからないのです。ですが…」


口をつぐんだ博士は、同じくして晴れやかではない表情のかばんを見つめた。


「――かばん、お前だったらどうしますか?もし、あのヒトのフレンズ型セルリアンと、同じ立場にいたとしたら」


ぴくり、とかばんの肩が揺れる。


「…オイ博士。その質問は――」


フードの下から博士を咎めるように睨み付けるツチノコ。

博士はそれを意に介さず、ただかばんを黙って見つめ続けている。

ふざけている訳でも、不快な目にあわせようとしている訳でもないことが、その目から充分に伝わった。

同じヒトのフレンズだからこそ、相手の思考が読めるかもしれない。

博士は自分の力を信じてくれているのだ。


「――サンドスター・ロウの発生源である山は、重要な場所です。フレンズの皆さんがそこに向かうであろうことも予想がつきます。四神の存在を知る、知らないに関わらず、万一に備えてボクならそこに監視したり守ったりする仲間を置く…と思います」


だからかばんは、その期待に応えるべく敢えて自分と、あの黒い自分を重ね、本気で考える。


「…ボス、山の様子が知りたいのです。遊園地と同様に、山を管理するラッキービーストと通信してほしいのです」

『マカセテ』


かばんの仮説を聞き、博士はボスに視線を落とす。

ボスはすぐさまその目を虹色に輝かせ、ジジジと音を立て始めた。

そう待たないうちに、再び壁に映像が映し出された。


「ボスは凄いわね。空を飛び回らなくても、すぐに離れた所の様子を知ることができるなんて」


感心したように呟くトキの後ろから映像をのぞき込み、ツチノコがうめく。


「かばんの言ったとおりだ…。いるな…セルリアン…」


映し出された映像は、サンドスターの山の中腹辺りの光景だった。

麓に広がる森の様子は普段と変わらないように見えるが、ラッキービーストの視点が山頂の方へ移ると、何匹かのセルリアンがうろついているのが確認できた。

その体色は黒。変異サンドスター・ロウを吸収した、好戦的な個体だ。


「なるほど…この様子だと、あの黒かばんは他のセルリアンをある程度使役することができるようですね。本当に厄介なやつなのです」

「ねぇボス。山のボスにお願いして、ししんぞう?を探してもらえないの?」

『サスガニソレハ難シイヨ。四神像ハ地中ニ埋マッテシマッテイテ、ボクタチニソレヲ掘リオコシテ、元ノ場所ニ設置スルコトハホボ不可能ダネ』


懸命に考えたアイデアを、映像を投影しているボスの代わりに答えたボス二号に否定されてしまい、サーバルはあからさまに落ち込む。


「あれ…?山を監視してるセルリアン…少し手薄ですね。自分の周りの守りを固めるため、ですかね?」


リカオンの言葉は確かに正しかった。ぎょろりと目を動かしながら山頂付近をうろつくセルリアンの数は、それほど多くはない。

黒いかばんにとっての拠点はあくまでも遊園地、ということなのだろう。


「ならば、話は早い。まずは皆で山に突撃して守りを破り、サンドスター・ロウを封じた後、遊園地へ向かって元凶を叩けば良い」


猛々しく語るヘラジカに対し、かばんは首を横に振った。


「…それではダメだと思います」

「何故だ?」


不機嫌そうに訊ねるヘラジカ。かばんは背中の鞄を下ろすと、中からアライグマが持っているものと同じマップを取り出し、机の上に広げた。

フレンズ達がのぞき込んでくる。かばんは、マップに描かれた小さな絵を指さした。


「今ボク達がいるのがこの建物――ジャパリ図書館です。山はここ。図書館からバスで走ってもかなりの時間がかかります。そして遊園地が…たぶんこの印がそうですね。アルパカさんが教えてくれた観覧車?の印です」


マップの上をすべるかばんのグローブに包まれた黒い指先を、フレンズ達の目が一心に追う。遊園地は図書館から見て、山とはほぼ正反対の方向に位置していた。


「図書館からの距離は、山と比べると近いですね。ここならバスがなくても、フレンズさん達の足ならしばらく走っているとたどり着ける距離だと思います。ただ、山から遊園地まで行くとなると、どうしても長時間かかってしまう」


かばんは、マップに落としていた顔を上げ、正面にいるヘラジカに真剣な眼差しを向けた。


「サンドスター・ロウを封じたら、即座に遊園地の黒いボクはそのことに気付きます。サンドスター・ロウの流れが止まるわけだから。そうなると、遊園地にいるセルリアンの群れから再び山に何匹か送り込んでくると思います。再びフィルターを壊して、サンドスター・ロウを呼び寄せるために」


顎を撫でながらうなるヘラジカ。かばんはさらに補足する。


「四神を設置してから遊園地に向かっていては、結局たどり着く頃にまたフィルターを壊されてしまう。それどころか、四神の存在を知らなかったとしたら、その存在に気付かれて今度はそちらを壊されてしまうかもしれない。そうなるともう、手の打ち所がなくなってしまいます」


机の上に置いた手に力を込め、かばんは皆の顔を見回した。


「――叩くなら山と遊園地、同時です。それが一番…確実だと思います」

「二手にわかれる、ってことか?ただでさえ仲間の数が少ないのに?」


ヘラジカの隣に立ったライオンがたてがみをかきむしる。かばんは苦渋の表情を浮かべた。


「あのセルリアンがサンドスター・ロウを求め、山のすぐそばに陣取っていたなら、二手にわかれなくてもまとめて攻めるができたと思います。でもあのボクはわざわざ山から離れた遊園地に陣取った。わかれるしか方法はありません」

「元々セルリアンが大量に巣くっていた土地でもあり、四方を高い塀に囲まれていて攻め込まれにくく、なおかつ山から離れている。わざわざ遊園地をなわばりにしている理由が、だいたいわかってきたのです」


博士はコツコツと窓の一つに歩み寄り、そこから見えるサンドスター・ロウの流れを睨みながら憎げにそう溢した。

しかし、とツチノコが服のポケットに手を突っ込んで声を上げる。


「山から距離をとったことで、アイツ側にも自分が直接山を管理できないという不利益が出てる。だからこそアイツの身動きを封じるために同時に攻めるって訳だな」

「見た感じだと、山の守りは手薄です。…罠の可能性も捨てきれないし、どうやら向こうにもこちらの行動を監視する手段があるみたいなので、ひょっとしたら何か行動をしてくるかもしれませんが…実際にセルリアンの数も多く、元凶であるあのボクがいるのは遊園地の方です。遊園地での戦いが厳しくなるのは避けられない。…山に向かう人数は、極力抑えましょう」


遊園地へ向かい、セルリアンの群れとそれに守られた元凶を相手に激戦を強いられるか。

山へ向かい、少人数で何が潜んでいるかわからない状況の中、サンドスター・ロウを封じる大役を務めるか。

どちらを選んでも、苦しい未来しか待っていない。

静寂が図書館を包み込んだ。












「――アライさんが行くのだ」






その重い静寂を払いのけたのは、アライグマだった。

誰もが驚きの目を彼女に向ける。


「えっ…でも――」

「あの山のお宝を見つけ出すのは、アライさんの使命なのだ」


思わず声を上げるライオンに対し、物怖じすることなくアライグマはそう言い放つ。


「アライさんなら、お宝の場所がわかるのだ。かばんさんのおかげなのだ」


アライグマは小さな足でかばんに歩み寄ると、立てた親指を自分の胸に当て、ニカッと笑ってみせた。


「アライさんにお任せなのだ!必ずお宝を見つけ出して、サンドスター・ロウを閉じ込めて、かばんさんの役に立ってみせるのだ!そんでもって全部終わったら、みんなでパークの危機を救うことができておめでとうの会をするのだ!!約束なのだ!!」


意気込むアライグマの肩に、ぽん、と軽く手が置かれる。


「――アライさーん。あんまりそういうこと言うと、逆に失敗しちゃうことが多いらしいよー」


その手の主はフェネック。振り返ったアライグマの顔をのぞき込んで、意地悪な笑みを浮かべる。


「ふえええぇ!?縁起の悪いことを言っちゃダメなのだー!」


顔を真っ赤にして怒るアライグマの肩に手を置いたまま、フェネックは涼しい顔でかばんに笑いかけた。


「アライさんだけだと、かばんさんもちゃんとサンドスター・ロウが封印できるか心配でしょー?わたしもアライさんについていくよー」

「アライさん…フェネックさん…」


危険な場所に二人を送り出してしまうことが、どうしようもなく悲しくて。

泣きそうな顔で二人の名を呼ぶかばんの背中を、リカオンが鞄越しにぽんと叩いた。


「安心して、かばん。二人は私が守ってみせるよ」

「ふぇ?リカオンも来るのか?」


目を丸くしたアライグマの声は、心なしか安堵の色が見え隠れしていた。

ポキポキと拳の骨を鳴らし、リカオンはアライグマとフェネックの側につく。


「ハンターとして活動していた時は、何かと山周辺をパトロールすることが多かったですからね。あの辺りの地形は、頭にたたき込んであります。山での戦いなら任せてください」

「おぉ~」

「さすがハンターなのだ!心強い味方なのだ!」


決まりですね、と博士が決断を下した。


「サンドスター・ロウの封印は、その三人に任せるのです。山は遠いし時間もない。悪いですが、今すぐにでも出発してもらいます。準備と覚悟はできていますね?」


博士の最後の確認に、三人は迷うことなくしっかりと頷いた。

かばんも、三人を送り出す覚悟を決める。


「――…移動は、ボク達のバスを使ってください。運転は…2号さん、お願いしていいですか?アライさん達のガイドをお願いします」

『マカセテ。コノ先ハアライグマ達ト一緒ニ行動スルヨ』


欠けた耳をぴこんと動かし、ボス2号はアライグマの足下に寄り添った。


「何か問題があったら、2号さんを通じて連絡をお願いします。ボクたちはしばらく後に遊園地の近くへ移動して、サンドスター・ロウの流れが止まったら中に乗り込みます。……できるだけ無理のないようにしてくださいね」


その頼みこそが、無理のあるものだということは重々承知していたものの、口に出さずにはいられなかった。

心配そうな面持ちのかばんに、アライグマは手を差し出す。


「――いってきます、なのだ」

「――…お気をつけて」


握手を交わし合うかばんとアライグマ。

その傍らで、二人の様子を見守っていたサーバルは、フェネックが自分を見つめていることに気がついた。


(…かばんさんのこと、ちゃんと守ってあげてねー)


小さく、本当に小さく口を動かし、フェネックはサーバルの耳にしか届かないような小声で囁いた。


(…とーぜん、だよ。フェネックもね)


つられてサーバルも、フェネックの耳にしか聞こえないような小声で、静かにそう答えるのだった。


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