対 ???⑥


かばん達に役目を果たすことを約束したアライグマたちは、早速図書館を出て森の出口に止めたジャパリバスの元へと向かうことになった。

そのためには助手を始め、どんな野生暴走フレンズが潜んでいるかわからない森を通らなければならない。

バスに乗ってしまえばフレンズに襲われる心配もほぼなくなるが、それまでに何かあれば作戦どころではなくなってしまう。

そのため、タイリクオオカミとツチノコが出口まで付き添う護衛を務めることになった。

タイリクオオカミの遠吠えで牽制しつつ、ツチノコのピット器官で付近に敵がいないか安全確認をする。

かばんが提案したこの二人の護衛に、アライグマは興奮したように、


「無敵の布陣なのだ!」


と歓喜の声をあげながら、フェネックとリカオンと共に山に向けて旅立っていった。




「――さて…残った人数で遊園地のあいつらとやりあうのかー…。んーやっぱりちょっと辛いなぁ」


アライグマたちの姿を見送ったライオンが、険しい表情で椅子に腰掛ける。

その言葉にヘラジカが一つ咳払いをすると、ライオンの傍らに歩み寄って、バンッと机に手をついた。


「情けないぞライオン…。私はあの程度のセルリアンの軍勢相手に弱音を吐くような臆病者ではないからな!」

「あぁ?そりゃ私が腰抜けだって言いたいのか?」


頬杖をついたままライオンはヘラジカを見上げた。

表情は半笑いだが、声にはドスが利いている。

ヘラジカは、敢えてライオンを挑発して士気を高めさせようとしているようだった。


「あっ、その…ちょっと待ってください。ライオンさんの言う通り、この人数だけで遊園地のあのセルリアンと戦うのは、たしかに心許ないと思います」

「でもぉ…私たちみたいに図書館目指して来てる子達がいるとは限らないよぉ?」


割って入ったかばんの言葉に、アルパカが首をかしげる。


「――…ラッキーさん、頼ってばっかりになっちゃってごめんなさい。ちょっとお聞きしたいことがあるんですが…」


ふにゃりとボディを傾かせ、ボスは自分を見下ろしてきたかばんに応える。


『大丈夫ダヨ。頼ラレルノハ、パークガイドロボットトシテ嬉シイコトダカラネ。ドウシタノ?』

「ラッキーさんは、他のラッキーさんに指示を出したり、他のラッキーさんを通して離れた場所にいる誰かに声を届けたりすることができましたよね」


他のラッキービーストへの移動指示や、へいげんちほーのフレンズ達との会話を実現させた通信機能。

このボスの力は、セルリアン達に立ち向かう大きな要になるとかばんは感じていた。

ラッキービースト達は、向こうにはない戦力なのだから。


「一度に複数のラッキーさん達に声を届けることは可能ですか?」

『モチロンデキルヨ。一度ニコノ島ニイル、全テノラッキービーストニ声ヲ届ケルコトモ可能ダヨ』

「ボスって思った以上にすごかったのね…」


トキは次々と明らかになるボスの力にすっかり感心しきっている。


「全てのラッキーさん達に指示を出したり、2号さんみたいにフレンズさん達とお話しすることを許可したりすることは?」

『ソレハ…』


立て続けに訊かれた問いに、ボスの応える音声が止まってしまった。

かばんは肩を落とした。


「難しい、ですか…?」


いくら自分たちが不可能だと思っているようなことをやってのけてみせたボスといえども、無理なこともある。

諦めかけたかばんに対し、ボスが耳を立たせて再び声を発した。


『不可能ジャナイヨ。タダ――ソノ命令ハ規模ガ大キスギルンダ。一斉通信ナラトモカク、全個体ニ対スル干渉禁止令ノ解除トナルト、サスガニパークガイドノ権限ノ範囲ヲ超エテシマウ』


難しい単語をすらすらと述べるボスの言葉を、かばんは必死に脳内でかみ砕く。

要は、自分が今与えられているパークガイドの権限では頼めない命令もある、ということだろうか。


『ソノレベルノ命令ハ調査隊長級ノ権限ガ必要ダネ』

「ちょうさ、たいちょう…」


よくわからないが、何だって良い。できる方法があるのならば。

かばんはすがりつく想いでボスの前に跪いた。


「ラッキーさんはボクにパークガイドの権限をくれました…。パークにヒトがいない今、誰にその権限を与えるか、というのも全部ラッキーさん達が自分たちで決めているんですよね?」

『ア…』


フレンズ達が黙って見守る中、かばんは床に手をつき、ボスに向かって頭を下げる。


「お願いします!ボクを、その【調査隊長】にしてください!それになるために…もしくはなった後…何かしなければいけないことがあるなら、何だってやります!」


土下座の姿勢でボスに頼み込むかばんの勢いに飲まれ、ただただ息をのむフレンズ達。


「かばん…どうしてそこまで…」


博士の訊ねる声に、かばんは頭を下げたまま答えた。


「今この瞬間も、パークに何が起きているかもわからず困っているフレンズさんがたくさんいます…。このままだと、最初の嵐を逃れられたのに、他のフレンズさんに襲われて怪我をしてしまうフレンズさんもたくさん出てくるはずです。――だから、一刻も早くそんなフレンズのみなさんに、今ボク達がわかっていることを教えてあげないといけないんです」


ざり、と床についたかばんの手が拳を握る。


「それに…きっとその中には、この異変に立ち向かおうとしているフレンズさんもいるはずです。遊園地への突入に、参加してくれるフレンズさんがいるかもしれない」


かばんは頭をあげ、正面のボスを見据えた。


「フレンズの皆さんを助けるためにも、協力をお願いするためにも、ラッキーさんの力が必要なんです。だから――お願いします」


かばんの切なる願いに対し、ボスは何も言わずその目を明滅させて固まっていた。









かばんの言葉は正しかった。

パークに起きている異変を正しく理解しているのは、図書館に集うメンバーのみ。

他のちほーで暮らすフレンズ達は、混沌の世界となったパークで、我を忘れて仲間を襲うか、訳もわからずただひたすらに自分の身を守って動くことを強いられていた。



――じゃんぐるちほー



「ハァッハァッ…ハァッ…!」


鬱蒼とした樹木の葉をかき分けて走る、コツメカワウソ。

足に絡まってきそうな植物のツルを、手や尻尾で器用に払いのけつつ、息を荒げて走る。

その後ろから、木々の枝や岩の上などに次々と飛び移りながら、猛然と彼女を追跡する影があった。

光る爪ががしりと大地を捉え、長い尻尾がムチのようにしなる。

――フォッサだ。


「フギャウウウウウゥ!」


サンドスター・ロウをまき散らしながら喉の奥に絡んだような唸り声を上げ、確実に距離をつめてくる。


「なんでッ…なんでぇ…!?」


対するコツメカワウソは、正気だった。目に涙をにじませながら、必死に足を動かして逃げる。

だが、ジャングルの地形はコツメカワウソの逃走を困難にするばかりで。

視界を妨げる大きな葉っぱに気を取られていた彼女は、地面に顔を出した樹木の根に気付くことができなかった。


「あっ――」


思い切り躓いて、大地に吸い込まれる。身体が一回転して、仰向けに倒れ込んだ。

柔らかな地面がクッションとなって負傷は免れたものの、予期せぬ事態に思考が停止し頭の中は真っ白になる。

頭元から足音がして、空を仰いでいた視界に長い尻尾が映り込んだ。


「…!!」


咄嗟に身体を捻って転がると、先ほどまで倒れていた地面に鋭い爪が突き立った。

大地を抉った爪を引き抜きながら、狩人が――フォッサがぎろりと獲物を睨む。

コツメカワウソは身を起こしたものの、フォッサの放つ殺意に萎縮してしまい。

立って走り出すことができず、ただただ尻餅をついたまま後ずさりすることしかできなかった。


「ねぇ、どうしたの…?どうしたの…!?わたし何か怒らせるようなことしちゃった…!?」


必死になって声をかけてみるが、それが届くはずもなく。

フォッサは小さく唸りながら、じわりじわりと歩み寄りつつ身を縮める。

縮めた身体にグッと力が込められたかと思うと。

バネのように跳ね上がり、フォッサは逃げられないコツメカワウソ目がけて躍りかかった。


「フギャアァツ!!」

「うわああああああ!!」


たまらず腕で顔を覆うコツメカワウソ。

迫る恐怖に流れる時間がゆっくりになるような感覚。

その時。

視界に、舞い飛ぶ葉っぱと共に黄色い影が稲妻のように割り込んだ。


「がああああぁっ!!」


轟く咆吼と共に風を切る逞しい腕。

その腕から放たれる豪快な拳の一突きが、滞空していたフォッサの体をしたたかに捉え、殴り飛ばした。


「…ッ」


思い切り木の幹に叩きつけられたフォッサは、声もなくそのまま地面にずるずるとずり落ちて動かなくなった。


「――…あっ…!あちゃー…かなり思い切りやっちゃったけど、大丈夫かな…」


フォッサに打ち付けた拳を構えたまま、野生解放に目を光らせて、フーッフーッと荒い息をしていた乱入者――ジャガーは、ハッと我に返ったようにその構えを崩すと申し訳なさそうに頭の後ろをかいた。


「うぅぅ、ジャガー!!助かったよー!」


呆気にとられていたコツメカワウソも、ようやく自分が助かったことを理解して泣きつくようにジャガーに縋り付いた。


「インドゾウは?平気だったの?」

「なんとかまいたよ…。けど一体何が起こってるんだか…。次から次へと、キリがないよ」


縋り付いたまま訊ねてくるコツメカワウソの頭をぽんぽんと軽く叩き、ジャガーは疲れたように溜息をついた。




二人が黒い嵐に見舞われたのは、多くのフレンズ達が通るようになったアンイン橋の補強をしている時だった。

ジャングルを飲み込んでいく黒に異変を感じたジャガーは、コツメカワウソと共に大河の中へとその身を沈めた。

川の中は非常に穏やかで、あの得たいの知れない嵐の気配は微塵も感じなかった。

どうやらあの黒い何かは、川の中までは入ってこないようだった。

――息の続く限り水中に身を潜めていた二人は、幸運にもこうしてサンドスター・ロウの嵐を免れることとなった。


あれは一体何だったのか。不思議なこともあるもんだ。

そんな軽い気持ちで川から上がった二人だったが、次なる異変はすぐに降りかかってきた。

ジャングルの中で出会うフレンズ達の様子がおかしいのだ。

コツメカワウソに襲いかかろうとするフレンズも現れ始め、その度ジャガーは本気で迎えうった。

大抵のフレンズ達はジャガーの一喝に尻尾を巻いて逃げていったものの、万一に備えて木の上で二人共に休息をとった翌日も、事態は好転していなかった。


少し前には、興奮して暴れ回るインドゾウにも遭遇した。

インドゾウはジャガーをその目に捉えると、さらに興奮が増したようで、敵意を剥き出して襲いかかってきた。

コツメカワウソを巻き込まぬよう、彼女に離れておくように命じたジャガーはインドゾウをひきつける役を担った。

しかし、一人になったコツメカワウソを今度はフォッサが襲いかかってきたのだ。

いつもは陽気ではつらつとしたコツメカワウソも、人当たりが良く思いやりのあるジャガーも、普段通りに振る舞う余裕が次第になくなりつつあった。


「…切羽詰まってたから結構本気で殴っちゃったよ…。平気かな?」

「うーんと…一応気を失ってるだけみたいだよ。どうする?」


ぐったりと横になったフォッサをのぞき込むコツメカワウソ。


「そうだねー…。このままだと目を覚ましたらまた誰かに襲いかかるかも知れないし――カワウソ、橋を作ったときみたいにこのツルを使って、フォッサをこう、ぐるぐる巻きにできないか?」

「かばんに結び方とか巻き方とかいろいろ教えてもらったし、それで遊んだりもしたからヨユーだけど…いいのかな?動けないと、もしかしたら他の子に襲われちゃうんじゃ――」


悩む二人の会話はそこで途切れる。

すぐ近くから、また争うような物音と悲鳴のような叫び声が聞こえてきたからだ。


「ジャ、ジャガー!」

「くそっ…」


色めき立つコツメカワウソ。ジャガーは慌てて声のした方へと駆け出した。






二人の目に信じられないような光景が飛び込んでくるまで、そう長くはかからなかった。


「あっ…!」


コツメカワウソは息をのんで足を止める。

ジャガーは止まらない。逆に駆けるスピードを上げ、表情には険しさが増した。

前方に、爪を光らせて呻るフレンズと――地面に倒れたまま動かないフレンズがいた。


「なにやってんだ!!やめな!!」


ジャガーの上げた怒号に、呻っていたフレンズは弾かれたようにその場から飛び退いた。――オセロットだった。


「フシャーッ!」


威嚇の声をあげて反抗するオセロットだったが、相手がジャガーだと気付くとその威嚇の声は喉の奥に消えた。


「やる気かい…?」


ギンと目を光らせ、ジャガーが一歩踏み出す。

オセロットは分が悪そうに牙を軋ませると、踵を返して密林の中へと姿を消した。

ふぅ、と安堵の息をはいて脱力したジャガーだったが。


「ねぇ…ジャガー…」


コツメカワウソの震える声が背後から聞こえ、ハッとして振り返る。

コツメカワウソは、倒れたまま硬直しているフレンズに寄り添い、泣きそうな顔をしていた。


「ジャガー…この子、動かないよ、どうしよう…死んじゃったの?ねぇ、死んじゃった…?」


ぴくりともしないそのフレンズを見て、ジャガーは血の気がひいていくのを感じた。

足から力が抜け、その場にへたり込んでしまう。


「…くっ…」


項垂れるジャガー。呆然と動かないフレンズを眺めるコツメカワウソ。

そんな二人の様子を、茂みの間から見つめる影があった。


「――…あっ…!!ボス…!」


その影に、ラッキービーストの存在に気付いたコツメカワウソが、切実に助けを求める。


「ボス!助けて!この子を助けてあげて!ねぇお願い!」

「カワウソ…諦めよう…。ボスは、かばんと一緒じゃないと話さないんだ…」


必死に呼びかけるコツメカワウソとは対称的に、項垂れたまま静かに諭すジャガー。

彼女の言ったとおり、ラッキービーストはカワウソの呼びかけに対して反応を返してくれることはなかった。

返したくても、返せないのだ。


『…』


フレンズとの干渉禁止令がある以上、いかなる状況においてもラッキービーストはフレンズに関わることができない。


「…っ」


ついには泣き出してしまったコツメカワウソと、相変わらず項垂れたままのジャガーを、ラッキービーストの機械の目はただ静かに見つめ続けていた。






――じゃんぐるちほーのみならず、他のちほーでも被害はじわじわと拡大しつつあった。

我を忘れた肉食系のフレンズが、本能的に獲物を求めてフレンズに襲いかかり。

我を忘れた草食系のフレンズが、本能的に我が身を守るためフレンズに敵意を剥き出した。

黒いサンドスターを絶えず吐き出す山の光景は、野生暴走の異変に対してそれでも立ち向かおうとしていたフレンズ達を、絶望と不安の渦に飲み込んだ。


各地のラッキービースト達は、それらをただ、眺めることしかできなかった。



――だから。







かばんは黙り込んでしまったボスと、しばしの間じっと向き合っていた。

膝の上に置いた拳にはずっと力がこもったままで、指先が痺れているのを感じる。

黙するボスとかばんの二人を、周りのフレンズ達も固唾をのんで見守った。


――アライグマたちを見送ったタイリクオオカミとツチノコが帰ってきても、ボスは黙ったままだった。

決断を下さぬままボスは黙り込んでしまったが、これ以上は…待てない。

かばんは唇を噛みしめながら、無理な要望を諦め、ボスの側から離れようとした。

その時だった。


『カバン、君ハ本当ニコノパークヲ、フレンズヤ動物タチヲ、大切ニ思ッテイルンダネ』


明滅させていた目を元に戻し、ボスが静かにそう語り出した。

かばんは足を止め、彼を振り返る。

その小さな目に映し出されたかばんの影は、かつての調査隊長とよく似ていた。


『君ノソウイウ所ハ、彼女ニソックリダヨ』


彼女?と首を捻るかばんを尻目に、ボスはピルルルと音を立てて言葉を続ける。


『キョウシュウエリア内全個体トノ通信完了。反対意見ハ、ゼロ』

「え――」

『君ノ旅ヲ、陰ナガラ見守ッテイタラッキービースト達モ、君ノ功績ヲ認メテイルヨウダ。ソレニ――』


ボスの耳が、瞳が、虹色に強く輝く。


『コレ以上何モデキズニ、コノパークガ破滅ニ向カッテイクノヲタダ見守ルダケナノハ、ボク達モイヤダ』


心なしかその声は、幾重にも、幾重にも重なっているような気がした。


『――カバン、君ヲ暫定パークガイド兼調査隊長ニ任命スルヨ。現在コノ島デ猛威ヲ奮ッテイル変異サンドスター・ロウ及ビ、ヒトノフレンズ型セルリアンノ調査ト野生暴走現象ノ阻止ニ全力デ当タッテホシイ』


輝く瞳が自分を見つめ、機械音を立てる。

ボスの言葉の意味を理解したかばんは、思わず彼の体を抱き上げた。


「ラッキーさん…!!ありがとうございます!」


軽く尻尾を動かして、ボスはかばんにされるがままの状態のまま答える。




『礼ニハ及バナイヨ。――サァ、カバン。ボク達ニ任務ヲ与エテ』



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