対 パークの危機①


「…はぁ…帰ってきたらどれだけお説教をしてやろうかと考えていたのですが…ヘラジカとライオンを仲間に引き入れた功績に免じて、見逃してやるのです」


握手を交わすかばんとライオンを見て、博士は肩をすくめてそう言った。


「そうそう。博士もあれだけ落ち着きをなくして、あっちこっちへウロウロするほどに心配していたんだから。かっかせずに無事を喜んであげるといいさ」

「よ、余計なことは言わなくて良いのです!」


羽をばたつかせて憤る博士に、タイリクオオカミはいい顔いただき、とニヤニヤ笑う。


「そだねー。私達も結局待ってることしかできなかったんだし、かたいことは言いっこなしだよ」

「なのだ!細かいことには目を瞑って、みんなの無事を喜ぶのだ!」

「あーでもアライさん、リカオンさんに違った方角教えようとしたのはダメだったよねー」

「ふえぇ!?今かたいこと言いっこなしって言ったばかりなのに…!!」


眉を八の字にするアライグマに対し、フェネックはわざと気付いていないふりをする。

冷え淀んだ空気を払拭しようとしてくれているその様子に、ライオンも張り詰めていた気を和らげるように微笑んだ。


「心配かけてごめんなさい」

「わたしも勝手なことしてごめんなさい!」

「それなら私も、迷惑かけてごめんなさい、だねー」


最初に頭を下げたかばんに倣って、サーバルが慌てて頭を下げる。

ライオンもそれに続いて頭を下げた。


「も、もういいのです!それよりも今後のことを考えるのです」


こほん、と一つ咳払いし、博士は気を取り直すようにして赤くなっていた顔を引き締めた。


「今後か…そもそもこの騒動は何の仕業なのだ?何か元凶となっている輩がいるのなら、一刻も早くそいつに突撃だな」


怪我を負っていても猪突猛進の考え方は変わらないようで、ヘラジカは本棚に身を預けたまま拳を振り上げる。


「――個人的には城の様子も気になるなぁ。…ヘラジカから聞いた話だと、私はあそこで部下を傷つけてる。ということは、あいつも――オーロックスも私と同じように暴走しているかもしれない」


落ち着いた様子で語るライオンだったが、その拳に力が入っているのをヘラジカは見落とさなかった。

当然だとヘラジカは思った。

仲間が傷つくのを誰よりも嫌がっていた彼女のことだ。

あろうことかその自分が仲間を傷つけ、暴走させてしまっていると思うと、気が気でないだろう。

図書館の皆に協力すると言った手前こうしてここにいるのだろうが、今すぐここを飛び出して仲間の様子を確かめたい思いも少なからず持っているに違いない。

――現に、自分もそうなのだから。だが。


「大丈夫!あいつ達なら想定外の危機に対しても、上手く動いているに違いない。なんと言っても、ライオンと私の部下なのだからな」


今は仲間を信じ、祈るしかない。優先すべきは、パークの危機なのだ。


「今は皆を信じよう。それが第一だ」

「…そーだね」


ため息交じりにライオンは頷いた。

二人のやりとりを見ていたリカオンが何かを思いついたように、あっと声をあげる。


「あの、へいげんちほーの様子が気になるなら、ボスに教えてもらえばいいんじゃないですか?」


リカオンの言葉の意味が理解できない様子で、ライオンとヘラジカは眉を顰める。

しかしかばんは違った。


「そっか…!ラッキーさん達は、離れていてもお互いの見た物を教え合うことができるから――」

「へいげんちほーのボスから、城の様子を教えてもらえば良いのだ!」


かばんの呟きを聞いて合点がいったアライグマが、早速足下でライオンを黙って見つめていた欠け耳のラッキービーストを抱き上げた。


「ボス!へいげんちほーのボスと、つーしん?をしてほしいのだ!」

『…』


目と目を合わせて、アライグマはラッキービーストに呼びかけるも。

反応は全くなく、返事も返ってこなかった。


「ふえぇ…ボスが無視するのだ…。フレンズともお話ししてくれるようになったのは嘘だったのか…?」

「あれ?こっちのボスは普通にお話ししてくれたんだけどな」


そう言って、サーバルはボスを振り返る。ボスは首をかしげるような動作をした。


『今、フレンズトノ干渉ガ許可サレテイルノハ、ボクダケダカラネ。カバンガ認メルナラ、ソッチノラッキービーストモ干渉禁止令ヲ解除スルヨ』

「あ、じゃあお願いします。ラッキーさんお二人とお話できるなら、できることも増えそうですし」


かばんの言葉に応えるように尻尾を振ると、ボスはアライグマが抱き上げるラッキービーストを見上げた。

ボスの目が虹色に輝くと、応えるように欠け耳のラッキービーストの目も輝く。

しばらくすると欠け耳のラッキービーストは、尻尾をぴこぴこ動かして声を上げた。


『干渉禁止令ノ解除ガ完了シマシタ。――アライグマ、へいげんちほーノラッキービーストト、通信ヲ開始スルヨ』

「うわああああー!喋ったのだー!!」


初めてボスが口を利いたのを目にしたサーバルと同じようなリアクションで、アライグマは驚いて欠け耳のラッキービーストを床に落としてしまった。


「なぁに今更おどろいてるのさー」


床に転がってじたばたしていたラッキービーストを起こしてやりつつ、呆れたような声を出したフェネックに、アライグマは口に拳を当てて咳き込んだ。


「…ごほん。ボス!あ、ボスだともう一人ボスがいるからややこしいのだ。えーっと…」


二匹のラッキービーストはしばし見つめ合うと、欠け耳の方がアライグマを見上げた。


『…ジャア、ボクノコトハ【2号】ト呼ンデクレタライイヨ。ボク達ラッキービーストハ、パークガイドト行動ヲ共ニシテイル個体ガ自動的ニ階級ガ上位ニナルカラネ』

「ほうほう……何を言ってるのかよくわからないけど……了解なのだ!じゃあアライさんのことも親しみを込めて【アライさん】と呼ぶといいのだ!」


アライグマとボス2号のやりとりを眺めながら、じゃあ自分もアライさんって呼んだ方がいいのかな、なんてかばんは思っていたが。

ライオンとヘラジカと博士がなんとも言えない表情でアライグマを見つめていることに気付き、慌てて小声で催促した。


「ア、アライさん…通信、お願いして良いですか?」

「あわわそうだったのだ!ボス2号、つーしんお願いなのだ!へいげんちほーのお城?の様子が知りたいのだ!」

『マカセテ。城周辺ノフレンズノ様子ヲ、付近ニイルラッキービーストカラ教エテモラウヨ』


そう言うとボス2号は虹色に目を輝かせて黙り込んだ。

その間ボスの方はというと、2号を見守るヘラジカとライオンをまじまじと眺めるように二人に視線を向けていた。

やがてボス2号は、ピルルル…と情けない音を立てて目の輝きを消した。


『――城ノ付近ヲ巡回シテイルハズノ個体ガ消息不明ダヨ。コレジャア城ノ様子ガワカラナイヨ。少シ離レタ場所ニイル個体ニ、移動指示ヲ出スシカナサソウダネ』


2号の言葉を聞き、かばんの脳裏に破壊されたラッキービーストたちの姿がよぎった。

あれがおそらく、城の近くにいたラッキービーストたちなのだろう。


「そっか…」

「では、その遠くにいるボスとやらに動いてもらうよう、頼んでくれないか」


拳を小さく握って項垂れるライオンを見て、ヘラジカがボス2号にすかさず指示を出す。


『移動指示ハ上位個体ノ特権ダカラ、ソッチノラッキービーストニ頼ムトイイヨ』


2号の視線を追って、ボスを振り返る一同。ボスはぴょこんとはねると、まるで胸を張るかのように小さく背伸びをした。


『マカセテ。へいげんちほーノラッキービーストニ、移動指示ヲ出シテオクヨ。チョット距離ガアルカラ、様子ガワカルノハ早クテモ夜明ケニナリソウダネ』

「夜明け、かぁ…」


早速ボスは通信に入ったようで、電子音を立てて黙り込んだ。

歯がゆさを声に滲ませ、ライオンは呟く。


「こればかりは仕方がないのです。むしろ夜明けにはわかることを喜ぶのです。走って戻っていては、もっと時間がかかるのですよ」

「…そーだね。贅沢は言えないよ」


取り繕うように笑みを浮かべるライオンに、博士は第一、と続けた。


「今から動き出そうにも、お前達みんな消耗しきっているのです。ボロボロなのです。気付いているのですか?」


その言葉に、先ほどまで戦闘を繰り広げていた面々はお互いの顔を見合わせる。

ヘラジカが動けないのは当然のこと、他のみんなも泥や雨にまみれて毛並みは荒れ、表情には疲れが表れていた。


「とにかく、そんなズタボロの状態で行動はできないのです。お前達が次にしなければいけないことは、休息をとることなのです」


博士はそう言いながら一つの机に歩み寄ると、その上に置いてあった布きれと、包装されたジャパリまんを手にとった。


「こっちで待っている間に用意しておいたのです。この布で体をよく拭いて、しっかり食べて、夜明けまでぐっすり眠るのです。私が寝ずの番をしておいてやるのです」









博士に言われたとおり、ほとんど取れずじまいになっていた休息をとろうと、かばんたちは体や服の汚れを落とす。

サーバルの体を拭くのを手伝っていたかばんに、ライオンが首をかきながら声をかけた。


「かばん、これ取ってくんないか。自分のたてがみが邪魔で見えないというか、取り方がわからないというかー…」

「あっ!そうでしたね、すぐに外します」


かばんはライオンにつけっぱなしになっていた首輪を慌てて外してやった。

首輪に結びつけられたお守り石は、心なしか黒ずんできているような気がした。


「そう言えば、ヘラジカにお守り石は使ったのですか?」


アライグマやフェネックに体の汚れを落としてもらっているヘラジカを眺めながら、博士が訊ねてきた。


「いえ…まだです」

「そうですか…。野生暴走まで陥っていないとはいえ、あの傷ではすでにいくらかサンドスター・ロウを取り込んでしまっているでしょうし、一応あとで吸収しておくのです。その石、借りるのです」


手を差し出してきた博士に、かばんはお守り石を首輪ごと渡した。

そんな二人のやりとりをじっと見ていた二匹のボスが、テクテクと近付いてくる。


『――ソノ石、ボク達ニ調ベサセテクレナイカナ。何カワカルカモシレナイ』

「ラッキーさん…?」


そういえば先ほどから、ボスがライオンがつけていたお守り石をずっと眺めていたことにかばんは気付く。


『野生暴走ノ元凶ヲ探ルニハ、サンドスター・ロウノ調査ハ不可欠ダヨ。コノ石ハソノサンドスター・ロウヲ上手ク貯メコンデクレテイルカラ、調査ニウッテツケナンダ』


ぴょんぴょんと跳びはねながら話をするボスの隣で、2号も尻尾を振る。


『ボクモ前々カラ図書館ノ二匹ガ調ベテイタソノ石ニハ興味ガアッタンダヨ。濃度ノ高イサンドスター・ロウヲ封入スル技術。パークノ研究者デモ不可能ダッタコトヲ実現デキテイルノハトテモ興味深イヨ』


干渉禁止令が解除されたことでようやく気になっていたものについて聞ける、とでも言うかのように、2号は博士を見上げた。


「おぉ…おぉ…!ボスはやはり我々の賢さをよく理解しているのです。良いでしょう。私も付き合うのです。一緒にこの野生暴走の元凶について考察するのです」

『ヘラジカノ体内ノサンドスター・ロウヲ除去スル前ニ、彼女ニツイテモ調査シテオキタイネ。サンドスター・ロウガフレンズノ体内デドンナ作用ヲ引キ起コシテイルノカ調ベヨウ――』


二匹のボスと難しい言葉を交わしながらヘラジカの元へと歩き去って行く博士。

その後ろ姿は、失ってしまった助手の代わりとなる支えを見つけ、喜んでいるようにも見えた。


「博士とボスはすごいね。わたしには何を言ってるのか全然わっかんないや」


ぐしぐしと丸めた手で髪を撫でつけながら、サーバルは純粋に感心した表情を浮かべている。

かばんはようやく張り詰めていた気が緩んだ故か、こみ上げてきたあくびをかみ殺し、サーバルに微笑んだ。


「とりあえずボク達は寝よっか。疲れちゃったね」

「うん。わたしももうへとへとだよ…」

「もうボクが寝てる間にどこかに行っちゃダメだからね」


かばんは、サーバルに手を差し出す。


「んみ…。い、行かないよ…」


反省したように耳を垂れたサーバルは、その手をぎゅっと握った。








――こうしてようやく、長かった夜が明ける。

降り続いていた雨はあがるも曇った空からは太陽は覗かないままではあるが。


パークを包んでいた夜の闇は去り。

その闇に隠されていたパークの危機の全貌が。

少しずつ、明らかになっていくことになる。



新たな一日の始まり。

それが希望の始まりになるのか。終わりの始まりになるのか。

かばんたちはまだ、何も知らない。



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