【番外編】対 ワシミミズク⓪




あの時、あの瞬間。




図書館では博士と助手が、拾い集めたパークの遺物や本の整理を行いながら、取り留めの無い話を続けていた。


「これも恐らくヒトが作った道具なのです。ヒトとは本当に興味深い生き物なのです」

「…ヒトと言えば博士。かばん達は今頃どこにいるのでしょうね」

「先日来たフレンズの話によると、どうやらPPPのライブを観た後は、海を目指しているようなのです」

「後を追っているアライグマとフェネックは、追いつくと思いますか?博士」

「フェネックがうまくアライグマをコントロールすれば、可能だと思うのです。何やら興味深い話もしていたことですし、後日様子を見にいくのも面白いかもしれませんね、助手」


静かな森の中に佇む居心地の良い知識の宝庫で、気の置けない相方と他愛もないやりとりをする。

毎日続く平穏な時間。

たまにやってくるフレンズ達の相手をするのも、騒々しいがちょっとした刺激となってまた楽しくもあり。

島の長としての役目を二人で担うこの生活を、博士も助手も満喫していた。



「――…さて」



手に取っていたヒトの遺産を机に置き、博士は軽く伸びをする。

古びた本に目を通していた助手は、パタンとそれを閉じると、まだ何も言っていない博士の思惑を察したかのように、薄く微笑んで口を開いた。


「――最近恒例の地下室ですね、博士」

「ほう。さすがですね、助手。私の行動パターンはお見通しですか?」


笑みを返す博士に、助手は得意げな表情を浮かべつつ、机の上に雑多に置かれた本や遺物をまとめながら答える。


「あの部屋を見つけて以来、博士はあの部屋がお気に入りのようなので」

「この図書館に、まだあんなに資料が残っていたとは思わなかったのです。ひょっとするとアライグマではないですが、思わぬお宝が見つかるかもしれないのですよ、助手」


最近になって、床下に本の貯蔵庫となっている地下室があることを、博士は偶然発見した。狭苦しい空間ではあるが、中には大量の本や何かの資料、ヒトが作ったと思われる道具が保管してあったのだ。

何か、新しい発見があるかもしれない。博士はその貯蔵庫を見つけてから毎日欠かさず、保管されたものの調査を続けていた。

最も、博士にも読める文字は限られているので、あまり難しい本の解読はできないのだが。


「では、また気になる物が見つかったら見せてください。私はここの片付けをしているので」


そう言いながら、助手は本を積み上げていく。

博士は、頼んだのです、と一言投げかけて、床板とそっくりな地下に続く扉を持ち上げて開けた。

暗く細い入り口がその下から覗き、ひやっとした空気が肌を撫でた。




普段は何をするにしても助手と共に行動することがほとんどだ。

調べ物も、本来ならば助手と共に行う。

しかしこの地下室の調査は、博士が単独で行うことが多かった。

理由は単純。二人とも地下室に入ってしまうと狭苦しいし、誰かが図書室に訊ねてきた際気付けないかもしれないから。

だから博士は調査中の図書館の留守番を助手に任せ、助手もそれを快く引き受けてくれている。


ただ、一つだけ。心の片隅に少しだけ。

とっても賢い助手。有能な助手。そんな助手に、【博士】として負けたくない気持ち。

――助手よりも、少し先に進んでいたい気持ち。

そんな僅かな、くだらない見栄も、あったのかもしれない。




博士は、テキパキと片付けを進めている助手を地上に残し。

静かな地下室の中へと、翼を広げて降下し。


扉を、閉めた。









「ふぅ…お腹が空いたのです。かばんの作るカレーが恋しいのです…」


博士が地下室に潜ってからしばらくして。


まとめた本を運んで棚に戻しながら、助手は独りごちていた。

博士が地下室に籠もっているうちに、とっておきのじゃぱりまんでも一つこっそりいただいておこうか。

なんていたずら心を芽生えさせつつ本を手にしていた助手は。



ふと、何かを感じて図書館の壁に空いた穴から外を見やった。



「おや…?」


いつもは静かで穏やかなしんりんちほーの森が、心なしかざわついているような気配。

フレンズ化していない小鳥たちが、バタバタと飛び立っていく。

まさか、セルリアンでも出たのだろうか。

助手は残った本を机に置くと、もっと近くで、じっくり外の様子を確認しようと、翼を広げてふわりと飛翔する。

緩やかに飛んで壁の穴に足をかけてとまると、首を巡らせて森を広々と見渡した。


そして。


「な――」




凄まじい勢いで木々を、森を飲み込んでいく【黒】を、発見した。




「――っ!!」


壁を蹴って、助手は図書館の中へと舞い戻る。

しかし、それ以上の対策は、取ることができなかった。

できることと言えば、あの得体の知れない【何か】の襲来に備えて、図書館の中心にそびえ立つ大木の洞の中へと身を潜めることのみで。





それは、あっという間に図書館をも飲み込んだ。





「うっ…!」


黒と共に暴風が吹き荒れる。

壁に空いた穴から容赦なく図書館の中に入り込んでくるそれらを肌で感じながら、助手はそれでも冷静に状況を分析する。


(この黒い物質は…サンドスター・ロウ…!?サンドスター・ロウの嵐など…初めてなのです…!)


博士と共にセルリアンの研究を進めていた際に目にした、黒いサンドスター。

それがむせ返るほどの密度で吹きすさぶ光景はあまりにも異常で、助手は洞の中で必死に身を縮めていた。



その時だった。




「――助手…?何やら騒がしい気がするのです」




それまでびゅうびゅうとうるさく聞こえていた風の音が、その一瞬だけ鳴り止んだような気がした。

扉の閉まった地下室から聞こえてきた、くぐもった声。

その小さな声だけが、助手の耳を大きく貫いたのだった。









暗く狭い地下室は、博士にとってとても落ち着く空間だった。

扉を閉めると真っ暗になってしまうが、アフリカオオコノハズクである彼女には無問題。

しかし、本や資料を漁るのは、やはり灯りがあった方が捗った。

壁に備え付けられた【すいっち】を押すと、天井から下がっている【らんぷ】が控えめな灯りをもたらしてくれる。

賢い博士は、初めてこの地下室を見つけた時にすでにそのことを発見済みだった。

だから今日も、そのほのかな灯りを利用して、自分にも解読できそうな本を探していたのだが――


「……?」


読書に夢中になっていた博士がその違和感に気付いたのは、一体どれほどの時間が経ってからだっただろうか。

天井に吊された【らんぷ】が、心なしかカタカタと揺れているのだ。

一つの違和感に気付くと、本の世界から意識が瞬く間に現実に呼び戻され、更なる違和を感じ取る。

地下への入り口の扉も、【らんぷ】と同様に小刻みに震えている。

まさか扉や【らんぷ】に振動が伝わるほど、上で助手が走り回っているのだろうか。

そんなことあり得ないとわかっていながらも、少し気になった博士は持っていた本を閉じつつ、扉越しにも上に伝わるぐらいの声の大きさで訊ねてみた。


「――助手…?何やら騒がしい気がするのです」


返事がない。

天井のかたつきは依然続いている。

博士は眉を顰め、本を棚に戻そうとした。その時。


「すみません博士、読書の邪魔をしてしまいましたか」


少し間を置いてから、助手の声が返ってきた。

声の出所は近い。どうやら扉のすぐ側にいるようだった。

博士は手を止めて問う。


「いえ…何かあったのですか?」

「いえ?何もありませんよ、博士。博士が散らかしたものをばたばたと片付けていただけなのです」

「……そうですか」


心配してやったというのに助手らしい嫌みな返しが戻ってきて、博士は溜息交じりに苦笑する。

棚に戻そうとしていた本を再び手に取る博士。

しかしその手がまたも止まる。

助手が扉の側にいるにも関わらず、不自然な物音は依然続いていた。









地下室から聞こえてきた博士の声に、洞の中に身を潜めていた助手は色めき立った。

まずい。博士が地上の異変に気付いて、地下室から出てきてしまう。


(今のところこのサンドスター・ロウの嵐は暴風を伴うだけで実害はない…)


肌を叩き、羽根を乱れさせる黒い嵐をその身に受けながら、助手はそれでも冷静にその優秀な頭脳を働かせる。

荒れる風に息苦しさを感じ、大木の枝がざわつくものの、図書館が破壊されたり自分の身に異常が起きたりする様子は無い。


(――ですが、時間をおいてから何かしらの影響をもたらす可能性も考えられるのです…!)


それならば。

助手は洞から飛び出して、嵐の中を大きな翼で飛ぶと、地下室の扉の上に舞い降りて返事を返した。

できる限り、平静を装って。




「すみません博士、読書の邪魔をしてしまいましたか」




洞の中にいたときよりも猛烈な黒い風が助手の体を叩きつけてくる。

博士の怪訝な声が、扉の向こうから聞こえてきた。


「いえ…何かあったのですか?」

「いえ?何もありませんよ、博士。博士が散らかしたものをばたばたと片付けていただけなのです」


敢えて嫌みっぽい言葉を交えた、苦し紛れの誤魔化し。

博士にこの扉を、開けさせるわけにはいかない。

万が一この嵐に何らかの害があった場合、自分はもはや手遅れ。

――だからせめて、博士だけは死守しなければならない。


「……そうですか」


小さな相槌が返ってくるのを聞いて、助手は僅かに安堵する。

が、しばらくの沈黙を挟み、再度博士の声が聞こえてきた。




「――…何か隠していますね、助手」




トーンを落とした真剣なその声色に、助手の胸の奥が跳ね上がった。


「……何を言っているんですか、博士」

「…どれだけ一緒にいると思っているのです。お前が何かを誤魔化していることなど、私にはお見通しなのです」


その言葉に、助手は様々な感情が沸き上がってくるのを飲み下すように唾を飲んだ。

駄目だ。博士には、敵わない。


「とにかく今からそちらに戻るので話を聞かせ――」


扉のすぐ向こう側で聞こえた博士の声が、途絶える。

きっと、この扉に手をかけているに違いない。だが。


「……なんのつもりですか、助手…。扉を開けるのです」


それは許さない。黒い嵐は徐々に収まってきている。これが、完全に収まるまでは。

誤魔化しが通用しないなら、正直に、真正面から。



「すみません博士。今博士を地下室から出すわけにはいかないのです」



――博士はよく素っ気ない態度を取るので、冷ややかな性格だと思われることも少なくない。

しかし、それこそ。ずっと一緒にいる自分にはわかる。

博士は、自分が異常事態に巻き込まれていると知ったら、きっと危険を顧みずに助けてくれようとするほどに、優しい。

だからこそ、それを許してはいけないのだ。


野生解放に瞳を燃やし、鉤爪で扉を床に押さえ、縫い付ける。

さすがの博士も、【夜の猛禽】の力には太刀打ちできない。

助手によって封じられた出入り口は、びくとも動かなかった。


「助手…!」


強引に自分を地下室に閉じ込めようとする助手の異常な行動に、ただならぬ気配を察した博士の焦る声と、扉を叩く音が続く。

それでも助手は、黒い嵐が過ぎ去るまで、頑なに地下室を開放しようとはしなかった――。









「どういうことなのか説明してもらうのですよ、助手…」


嵐が嘘のように消え去り、元の景色を取り戻した図書館。

あからさまに不機嫌な顔をして助手に対峙するのは、ようやく地下室から出てくることができた博士。

助手は未だに鼓動が落ち着かない胸に少し手を当てた後、口を開いた。


「…すみませんでした、博士。何しろ今まで見たことのない異常な事態だったので…何かあったときのためにと、博士の隔離を優先したのです」


博士は目を伏せ、項垂れつつ首を振る。


「…助手、お前は賢いのです…。しかし賢すぎるのも問題ですね…」


胸に当てた手で毛皮を握りしめ、助手は話を続けた。


「――何があったか、手短に伝えます。アレは言うなれば、サンドスター・ロウの嵐、でした。かなり密度の高いサンドスター・ロウが暴風と共に大量に押し寄せ、図書館はもちろん、しんりんちほー全体を飲み込んでいったのです」

「サンドスター・ロウの…嵐?」


博士の瞳が鋭く光る。


「サンドスターの噴出はこれまでに何度も見ましたが、サンドスター・ロウの噴出など、見たことないのです。それが形を保ったままこんな所まで…?もしや山に何か…?」

「それはわからないのです。凄まじい量でした。視界が黒く染まるほどに。体にも大量に浴びてしまいましたが――」


よほど異常な光景だったのか、助手の毛皮を握りしめる手に力がこもっているのが見て取れた。

博士は口に手を当てて、ウロウロと歩き回りながら考察し始める。


「原因は何かわからないですが、サンドスター・ロウがそれだけ大量に溢れ出したのならば、セルリアン周りの騒動が起きる可能性が極めて高いのです…。大量発生しなければ良いのですが…。巨大化や活性化の危険性もありますし、少し島の様子を見回る必要があるかも――」


独言にふけっていた博士は、妙な声にぴたりと声と足を止めて助手を振り返った。





その視線の先で助手は、机に片手をついて体を支え、呻き声を漏らしながら呼吸を荒げていた。





「助手…!?」


柄にもなくうわずった声をあげて動揺する博士に、助手は薄い笑みを向けた。


「――…私の、判断は…間違っては、なかったようですね…」


側に寄ろうとする博士に手の平を向けて制し、助手は荒れる息に声を途切れさせながらも言葉を紡ぐ。


「――身体が、熱い…。体温が、上昇しているようです…。胸の鼓動も…激しさを増していて…血液が、猛烈に体中を…駆け巡っているようなのです…。体の奥から、何かが、沸き上がってくるような…おかしな気分なのです…」




その姿を見て、博士は絶句した。

助手は、自らの体を材料にして、自分に情報を与えようとしているのだ。




「助、手…」

「う、グ、ゥウ……!」


しかしそれさえもまともに続けることができなくなり、助手は身を折って呻く。

固まる博士に顔を向けることもできず、助手は身を折ったまま絞り出すように、か細い声を漏らした。




「――博士…すみま、せん。肝心な時に、私は……博士の助手が、できそうに、ないのです…」




博士はようやく我に返って息を大きく吸うと、弱音を吐く助手に対し声を荒げた。


「もっ、もう良いのです助手!無茶をしてはいけないのです!!とにかく少し横になるのです…!私が、どうにかして、その症状をやわらげてやるので――」


どうにかと言っても、どうすればいい。

初めて見る症状で苦しんでいる相方を目の前にして、博士はいつもの冷静さと聡明さを欠いてしまっていた。

何を、どうしたら良いのかもわからず、手をこまねいてしまうだけの状態だった博士は。


助手の息遣いが明らかに変化したのを、敏感にその耳で捉えて動きを止めた。


「……助手…?」


苦しげな荒い呼吸が、とても静かで落ち着いたものになっている。

身を折った姿勢のまま固まっている助手を、博士は恐る恐る呼んだ。


「ふー……ふー……ふるるる…」


返事の代わりに返ってきたのは、聞いたことのないような声で。

異変を察知した博士は、助手の顔を覗き込もうとし。

それよりも早く振り返った――首をぐるりと巡らせてこちらへと向けた助手の目を見て、凍り付いた。




――落ち着いた深い色の瞳を、真っ赤な野生解放の色に染めて、無表情でじっとこちらを見つめてくる、助手の目を。




「なっ…ん、で――」


毛皮の下の肌が、一気に粟立つ。

無意識に足が、一歩、二歩と後ずさる。

目の前に居るのは、大事な相方のはずなのに。

自分の【本能】が、何故か、無性に。



逃げろ、と言っている。



「ふるるる…ふるるるるッ…!」


ゆっくりと体を伸ばした助手は、その目の中心に博士を捉えたまま。

何度か、小首を傾げるような仕草をして。


「――」




バサッと大きな翼を、大きな、大きな翼を広げて爪を構えた。




「っ!!」


博士は咄嗟に床を蹴り、小さな翼を羽ばたかせて飛び立つ。

そして。


「ギィッ…!!」


一瞬前まで自分が立っていた所に鉤爪を突き立てる助手の姿を空中で確認した。


(これは――…!!)


考える暇も、悲しむ暇も与えてくれない。

助手はぐるりと首を巡らせてこちらを見やると。

同様に床を蹴って、音も立てずに風を切りながら自分を追いかけてきた。


「じょしゅっ…!」


逃げる博士。追う助手。

図書館の中で行われる、静かな空中戦。

まともに考える余裕もない博士だが、それでも確かにわかることがある。

何が起こっているのかわからないが、この追いかけっこだけは、絶対に捕まってはいけないだろうということ。

そして、もう一つ。


(このまま逃げ回っても振り切ることは、できない…!)


大きな翼を持ち、宙を舞うスピードが速い助手を相手に、純粋な空中追いかけっこで勝ることなど不可能。

だから。


「――っ!」


博士は空中で器用に身を翻すと、図書館の中心にそびえ立つ大木の枝の間に紛れ込む。

後を追って、飛び込んでくる助手。

博士は小柄な体と翼を活かし、枝の間をすり抜けて飛び回る。

助手も強引にそれを追い続けていた。が。


「ギャッ――」


野生の力を解放し、大きく膨らんでいた立派な翼が、枝に捕らわれて動きが止まった。


(今…!!)


博士はその僅かな隙を見逃さず。

枝の中から飛び出すと、床に向かって急降下。

狙いは一つ。確実に身を隠せる場所。


――地下室の上に着地すると、急いでその扉を持ち上げて、中へと滑り込んだのだった。









扉についた【鍵】を内側からかけることで、外からは開けられなくなる。

それを知っていた博士は、鍵をかけた扉から離れ、それでも用心して物陰に身を潜めていたのだが、その後はただただ静かで孤独な時間だけが過ぎていった。

地下室に逃げ込んだ直後は、床をガリガリと引っ掻くような音や、何かを落とすような物音が聞こえてきていたのだが、そんな音も、地上に誰かがいるような気配も感じなくなった。


(助手のあの姿…知性のあるフレンズではなく、まるで、狩猟本能に突き動かされているような――)


縮こまったまま思考に耽る博士は、自分の腕を握る指先に力を込めた。


(――野生の、獣のような、姿…)


助手がああなってしまう前に伝えてくれたわずかな情報を整理し、博士は暗い地下室の中で現状から考えられる最悪のパターンを思い浮かべる。


(助手が話したサンドスター・ロウの嵐…。それに巻き込まれた助手はまるで【野生のワシミミズク】のようになって私を襲い、回避した私には異常なし。サンドスター・ロウを浴びたフレンズがおかしくなると仮定するなら、もしや助手だけでなく、他のフレンズ達も、同様に――?)


小刻みに震える自分の肩をぎゅっと抱いて、博士は深呼吸を繰り返す。

落ち着け、冷静になれ。

もし、そうだったとしたら。次にしなければいけないことは、何だ。


(――……とりあえず、図書館に直通している通路をバリケードで封鎖するのです…。リスクを少しでも、減らさなければ…)


このまま部屋の隅で固まっていても、言いようのない不安に呑まれそうになるだけで。

博士は、地下室の扉を少し持ち上げ、図書館内に助手の姿がないことを確認すると、静かに行動を開始する。

太陽の位置は曇り空に隠されてわからなかったが、辺りは薄暗くなりつつあった。

もし仮に、しんりんちほー周辺のフレンズ達が助手のようになってしまっているのであれば、急ぐ必要がある。


力を持った危険な【獣】たちは、夜になると活動が活発になるものが多い。


「ふぅ…」


焦る気持ちを息を吐いて押し殺し、博士はおそらくこの森の中に飛び立っていったのだろう助手に遭遇しないよう気をつけつつ、通路の入り口を封鎖するために飛んだ――。











「はぁ……はぁ……ふぅ…なんとか、できたのです…」


他のちほーから図書館へと繋がる道は、いくつかある。

博士はその全ての入り口を、大きなバリケードで封鎖した。

助手や、他のフレンズに決して気付かれぬようコソコソと作業を進めたので、かなり時間がかかってしまった。

あたりはもう、真っ暗だった。

図書館に訪ねてくるかもしれない【まともな】フレンズ達のために、少し登りやすく細工したつもりだが、果たしてそんなフレンズ達がどれぐらいいるのか。


「…」


こんな所に長居するのも危険かもしれない。

用が済んだら早急に、博士は枝の中に身を隠しながら図書館へと戻る。

帰り道に付き添ってくれる者も、自分の帰りを待ってくれる者も、いない。

一度冷静になってみると、どうしようもない心細さがこみ上げてくる。




『――博士…すみま、せん。肝心な時に、私は……博士の助手が、できそうに、ないのです…』




失って初めてその支えの大きさを痛感する。自分の愚かさに腹が立つ。

助手の悔やむような、か細い言葉が脳裏に響く。

博士は手の平に爪が刺さりそうなほどに拳を握りながら、一人、小さく溢した。


「――任せるのです、助手…。これしきの問題、お前がいなくても解決してやるのです。私は、この島の長ですし、賢いので」


いなくなってしまった助手に誓うように、弱さに呑まれそうになる自分を焚きつけ、奮い立たせるように。

図書館に戻った博士は、真っ暗な建物の中を、一人歩きながら、呟く。


「だから、待っているのです…。お前のことも、じきに助けてやるのです」


枝に捕らわれてもがいた際抜け落ちたのか、床に一枚の茶色の羽根が残っていて。

博士はそれを拾い上げて静かに見つめた後、懐にしまい込んだ。







「――お前は私の、大切なパートナーなので」

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