エピローグ ~ようこそ ジャパリパークへ~





――――……




「どんどんいくぜー!」

「おぉー!」


PPP達の放水によるアシストで、フレンズ達は戦闘を有利に進めていた。

五人の息の合った連携で、セルリアン達は次々と動きを封じられ。

疲労が蓄積している状態でも、フレンズ達はたやすくセルリアンを討ち取ることができた。


さらに。


「でえりゃあああああ!!」


勇ましい声と共に次々とセルリアンを貫いていく、大角。

一際大きい個体の体にそれを引っかけると、掬い上げるように投げ飛ばし、別の個体へと叩きつける。

その乱暴な力強さを発揮するのは、つい先ほどまで我を失っていたオーロックス。


「オラッ!次はどいつが相手だ!?」

「飛ばしてるね、オーロックス」

「大将やお前らに迷惑かけた分の遅れを取り戻したいから…な!!」


笑いかけてきたアラビアオリックスに応えながら、角を大きく振り回し、セルリアンを打ち砕く。

その後方では、同じく懸命な治療によって理性を取り戻したスナネコが、いつものマイペースっぷりを発揮していて。


「なんだかよくわからないけど、いろんなフレンズがいっぱいいて、いろんなセルリアンもいっぱいいて、賑やかですねー」

「……なんというか、いろんな意味で脱力したぞ……」


安堵やら呆れやら疲労やらで崩れ落ちて動けないツチノコと、そんな彼女を介抱するコツメカワウソを見やり、スナネコはぐぅー、と伸びをすると。


「えいやっ」


コソコソと近付いてきていたセルリアンに猫パンチをかました。


「フレンズがいっぱいいてー、セルリアンもいっぱいいると言うことはー…ボクもお手伝いしたほうが良いってことですかぁ?」

「まぁ、そういうこった…。気をつけろよ、万が一怪我でもしたらまた――」

「おぉーあのセルリアン見たことない形ですね。不思議ー」

「聞けよ…」


溜息交じりに呆れたように呟くツチノコだったが、その横顔がどこか嬉しさを滲ませているようにカワウソには見えた。


――流れは完全に、フレンズ達の方に傾いていた。


セルリアン達は奇妙な咆吼を上げながら、それでも考える力を持たぬ故に真っ向からフレンズ達にぶつかっていくことしかできず。

勢いに乗ったフレンズ達によって、次々と討伐されていった。



そして、そんな時だった。



「待て!様子がおかしい!!」


そう叫んだのは、誰であったか。

セルリアン達がピタリと動きを止め、小刻みに震えだしたのを見て、フレンズ達は攻撃を止めた。

バリアセルリアンとてその例外ではなく、巨体を不可思議に振るわせていて。

博士はいぶかしむように、眉を顰めた。


「これは、一体――」


なんなんだ、と口走ろうとした刹那。


それは、あまりにも突然に起こった。






ピシッ  ビキッバキッ






そんな、小気味の良い音を立てて。

黒いセルリアン達の体に、一斉に亀裂が走ったかと思うと。

音もなく、彼らの体はボロボロと崩壊し始めた。


「なっ――」


言葉を失うフレンズ達。

無数のセルリアン達は、彼女達が目を見はる合間にたちまちに崩れ落ち。

サンドスターへと還って、パークの空へと舞い上がっていった。


『凶暴化セルリアン並ビニ、変異サンドスター・ロウノ消滅…サンドスター化ヲ確認。各ちほーデモ同様ノ現象ヲ観測。暴走フレンズノ安否確認ヲ要請――』


ラッキービースト達が口々にそんな音声を発する中で。

きらきらと鮮やかに輝く大量の虹色の煌めきに、フレンズ達はただただ見惚れて息を呑む。

唐突な出来事に我を忘れていた彼女達の中で、いち早く言葉を取り戻したのは、博士とヒグマだった。


「…黒いセルリアン達が…一斉に消滅した…?」

「…強力な個体から分裂したりして生まれた同一個体と言えるセルリアン達は、核となる個体を潰すとまとめて消滅すると聞いたことがある。つまり、これは――」


現実を飲み込みきれないように呆然と、ヒグマは遊園地のゲートの方へと視線を動かした。


「――かばんたちが…やったのか…?」


ぽつり、と呟いたヒグマの言葉に、博士はぶるっと身震いすると、未だに呆気にとられて固まっているフレンズ達の間を猛然と滑空し、通信中のラッキービーストに食らいつく勢いで飛び付いた。


「中の、様子は…!!?」


映像へと視線を走らせた博士は、その大きな目で認める。

映し出された光景の中で倒れ伏す、かばんとサーバルの姿を。

そこにいるはずの、忌々しき黒かばんの姿が、消え去っていることを。


「かばん!サーバル!!」


思わず叫んだ博士の甲高い声に、フレンズ達はようやく時間を取り戻したかのようにハッとする。


「は、博士!一体何がどうなって――」

「かばん達が、やってくれたのです!!あの黒いかばんを、退けたのですよ!!」

「本当か!?」


口々に歓喜の声をあげ始めるフレンズ達の中で、アライグマがなお眉をつり上げて、切迫したような声を張り上げた。


「喜んでいる暇はないのだ!!早くゆうえんちの中へ突入して、かばんさんとサーバルが無事なのか確かめるのだ!!」

「待ってよアライさーん…!」


先陣を切ってゲートへと走り出したアライグマとフェネックに遅れぬよう、慌ててフレンズ達は後を追って駆け出した。

バリアセルリアンの消滅により、忌々しい不可視の障壁も消え去り、ゲートはフレンズ達を何事もなかったかのように迎え入れる。

目がくらむほどの虹色の煌めきを湛えるパークの空は、徐々に日の光と青空を取り戻しつつあった。









「いたぞ!!」


巨大な観覧車のすぐそばの広場で、フレンズ達は倒れ伏したかばんとサーバルの姿を発見した。

それぞれの元へと分かれて駆け寄ったフレンズ達は、満身創痍な二人の様子を目にして息を呑む。


「サーバル…!」


かばんの大事な鞄を抱えたままぐったりとしているサーバル。

目立った傷はないものの、異質に獣化した右腕は皆の不安を煽った。


「2号…!サーバルは、大丈夫なのか…!?」


ヒグマが抱えるボス2号を振り返って、ライオンがその不安を隠しきれない様子で訊ねる。

ピピピ…と目を光らせて横たわるサーバルを見つめていた2号は、しばらくして大丈夫ダヨ、と切り出した。


『活動ニ必要ナサンドスターガ底ヲツイテイルミタイダケド、命ニ別状ハナイヨ。セルリアンガ大量ニ消滅シタコトデ、大気中ノサンドスターノ濃度ハ急上昇シテイルカラ、安静ニシテオケバ体内ノサンドスターモ回復デキルヨ』

「そうか…よかった…。でも、この腕は――」


少しの沈黙の後、2号は目を光らせた。


『…フレンズ化ニ必要ナサンドスターヲ少シ失ッテイルヨウダネ。初メテ見ル症状ダカラハッキリトハ言エナイケド…体内ノサンドスターガシッカリ回復デキレバ、腕モ再フレンズ化ガ始マルト思ウ。シバラクハ絶対安静ガ必要ダネ』


2号の言葉にひとまず胸をなで下ろすライオンたち。

一方で、かばんに駆け寄ったフレンズ達は、鼻をついた鉄臭い空気に顔を歪ませた。


「これは…!」

「ひぃっ…」


臭いの元を辿って、かばんの背中を濡らす紅い鮮血に気が付いたヘラジカやアライグマが声を漏らす。

即座に傷口を確認する博士は、それが全く見当たらないことに気付く。


「傷が癒えているのです…」

『サンドスター・ロウヲ与エラレテ、傷ハ治療サレタヨウダネ。ダメージハ大キイケレド、カバンノ方モ命ニ別状ハナイヨ』


ぴょこんとヒグマの腕から飛び降りて、ボス2号はかばんの側へと歩み寄りながらそう言った。


『気ヲ失ッテイルノハ、体内ノサンドスター・ロウガ、黒カバン消滅ニヨッテ急激ニサンドスターニ変換サレタコトデ、ショック状態ヲ起コシタカラダト思ウヨ。各地ノ暴走フレンズ達モ、ミンナ同ジヨウニ眠ッテイルミタイダネ』

「ということは、無事…なのですね…?かばんも、暴走したフレンズ達も」

『シバラクシタラ、目ヲ覚マスンジャナイカナ』


博士達もまた、ボス2号の言葉に安心したように息をついた。



そして――





「…ん…」





先に目を覚ましたのは、サーバルだった。


「サーバル!」

「サーバルが目を覚ましたよ!!」


皆が口々に歓喜の声を上げ、涙を滲ませる者もいる中で。

サーバルはぼんやりと辺りを見回し、はっきりとしない意識で疑問を紡いだ。


「あれ…みんな…?どうして…?セルリアン、は…?」

「サーバルとかばんが頑張ってくれたおかげで、いなくなったんだよ!二人のおかげで、パークのみんなが助かったんだ!」


ライオンが投げかけた言葉に、サーバルは耳をぴくりと震わせて、少しばかり目を見開く。


「助、かったの…?じゃあ、あの黒いかばんちゃんは――っか、かばんちゃんは…!?」


自分が口にした名前に大きく反応したサーバルは、慌てて身を起こそうとする。


「や、やめとけってサーバル!動かない方がいいって!」


それを制そうとするイワビーを振り切り、サーバルは瞳を動かして、自分と同じようにフレンズ達に囲まれているかばんの姿を見つけると。


「かばんちゃん…!」


這うようにして動きながら、かばんの元へと近付く。


「サ、サーバル…」


戸惑うヘラジカの脇で眠り続けているかばんに、細かな体毛に包まれた腕を伸ばし、掻き抱くようにして体を寄せるサーバル。


「かばんちゃん…かばん、ちゃん…!しっかりして…!」

「落ち着くのです、サーバル…。かばんは大丈夫なのです…」


軽い錯乱状態に陥っているサーバルを宥めるように、博士は囁くような声をかけた。

それでもサーバルは大きな目いっぱいに涙を溜め、眠り続けるかばんを心配して、やだ、起きて、と譫言のように繰り返す。

二人の様子が、凄惨な戦いの有様を物語っていて、博士はこみ上げてきたものをぐっと飲み込んだ。






――その時だった。






「…っ…」


微かな吐息に混じった呻き声に、サーバルとフェネックの大きな耳が反応し。

力なく地面に投げ出されていた腕が、その指先が僅かに動いて。

うっすらと開いた瞼が、その下の瞳が、ゆっくりと辺りを見回した。


「……ぁ……皆さん……」


フレンズ達が時を忘れたかのように固まる中。

耳元から聞こえてきた声にサーバルはがばりと身を離し、声の主の顔を確認する。

彼女は――かばんは、先ほどの自分と同様にはっきりとしない意識の中、ぼんやりと自分を見つめ返してきて。

錯乱気味のサーバルは、震える口から矢継ぎ早に問うた。


「かばんちゃん…?かばんちゃん、平気なの…?怪我は?暴走は?いつものかばんちゃんなの?大丈夫?私のことわかる?一番最初に会った時にしたお話覚えてる!?」


答えようと口を開いては次々と飛んでくる問いかけに、かばんは薄く目を細めて笑い。

息継ぎもせず言葉を紡いだために、乱れた呼吸を整えるサーバルに対して。

最後の問いにだけ、かすれた声で小さく答えた。




「――食べないで…ください」




その笑顔は、間違いなくいつものかばんの、穏やかで柔らかな表情で。

瞳は、あのどこか危うさを孕んだような深い光を宿しておらず。

サーバルは、まるで憑き物が落ちたかのように、強ばっていた表情をくしゃりと崩し、再びかばんの体を掻き抱いた。




「食べない…!食べないよ…!!ぜーったいに、食べないよ!!」




サーバルに抱きしめられたかばんは、そっと自分の腕もサーバルの背中に回した。

サーバルはかばんの鼓動とぬくもりを全身に感じて目を瞑る。

服に染み付いた血の臭いと、拳銃を使ったときに鼻をついた焦げるような臭いが残っている中で、サーバルはいつものかばんの優しくて心地良い匂いを捉える。


トクトクしていて、やわらかくて、温かくて、良い匂いで。




――なんだかとっても、幸せな、失いたくない感覚だと、サーバルは思った。




「うぇっ…ぐすっ…良かった…良かった…」


安心して泣きじゃくるサーバルに釣られてすすり泣くフレンズ達も出てくる中。


「ぶえぇええええ……」


鼻水も涙も盛大に垂らして号泣するアライグマに、フェネックは困ったように笑いながら背中をさすってやるのだった。









皆が見守る中、少しの間体を寄せ合っていた二人。

しかし、意識がはっきりとしてきたかばんが、ふいに表情を歪め。

まだ思うように動かない体を、それでもなんとか動かして、サーバルの背中をぽんぽんと叩いた。


「…ねぇ、サーバルちゃん。サーバルちゃんにも、みんなにも…いっぱい、いっぱいお話ししたいこととか、お礼を言いたいことがあるんだけど…でも――」


背中を叩いた手で、ぎゅっとサーバルの毛皮を掴み、かばんは絞り出すように溢した。


「――…その前に、ラッキーさんに…ちゃんとお礼と…お別れが言いたい…」

「…っ」


その言葉に、サーバルは胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚を味わった。

全て…全て黒かばんから取り戻したかった。取り戻すはずだった。

だけど、一つ。かけがえのないものを、失ってしまったのだ。


ピコピコピコ…と、不可思議な無数の足音が聞こえ、フレンズ達は思わず道をあける。

その開かれた道を、観測や連絡役を担っていたラッキービースト達が小さな群れを成して歩く。

その耳の上に、同胞だったものの…砕けた体や破片を乗せて。

まだ自分で身を起こせないかばんは、サーバルに体を支えてもらいつつ、彼らが集めてくれたボスの亡骸を見つめた。


「…」

「うぅ…ボスゥ…」


牙を噛みしめ、視線をそらすライオンと、か細い声を漏らすアライグマ。

かばんはボスの上半身を、サーバルは下半身を手にとって、優しくその表面を撫でてやった。


「ボス……」

「ラッキーさん…ラッキーさん…!」


二人の頬を、止まらぬ涙が伝う。


「ボク、ラッキーさんが居てくれなかったら…あのボクに立ち向かうことができませんでした…!ラッキーさんが、支えてくれたから…!ラッキーさんが、ボクを信じて、励ましてくれたから…!」


光を灯さなくなった無機質な目を見つめ、かばんは時折声を詰まらせながらもボスに対して感謝の言葉を紡ぐ。


「ボス…ボスゥ…しんじゃやだよぉ…!まだまだ三人でいろんな所に行きたかったのに…!」


サーバルは駄々をこねるように、ボスの体に額を擦りつけて嘆いた。


「こんなのって…ないよ…」


悲痛な二人の様子に、悔しげに呟くコウテイの声が地に落ちる。

沈痛な面持ちで黙り込むフレンズ達の息遣いと、二人のすすり泣く声だけがしばらく遊園地内の空気を揺らした。
























『――緊急時移行システム、実行完了。再起動ガ完了シマシタ』


『……良ク頑張ッタネ、カバン』




「――へっ…!?」


聞き覚えのある声に弾かれたように顔を上げるかばん。

しかし自分が抱いているボスの瞳は以前何の輝きも宿しておらず。

ボス2号や他の個体が喋ったのかと、かばんは声の出所を探して瞳を動かし。

その視線を横へ滑らせると、涙をぽろぽろと零す目を丸めたサーバルが、口をぽかんと開けて、抱いたボスの下半身を穴が空くほど眺めていた。


『…サーバルモ、カバンヲ助ケテクレテアリガトウ』

「え!?え!?うわあ!!ボス、しんじゃったのにしゃべったあああ!!」


食い千切られたボスの下半身が、喋っている。

あり得ない光景にサーバルは涙を引っ込め、手にしたその下半身をどうすればいいのかわからず、両手に抱えたままあたふたとし。

フレンズ達も衝撃を受けたようで、サーバルと同様目を白黒させている者もいれば、恐怖を感じて他のフレンズの影に隠れている者までいた。


「ラ、ラッキー、さん…?」

『カバン、ココダヨ。コノ四角イパーツダヨ』


声に導かれるがままに、かばんはよろよろと体を動かし、サーバルの持つボスの残骸をのぞき込んだ。

そして、その下腹部に取り付けられた四角いパーツが――その中心の丸いレンズのような部分が緑の光を放っていることに気が付いた。


「え…?えぇ…!?」

『ボクノ本体ハコノメモリナンダ。ボディガ壊レルト自力動作ガ不可能ニナルカラ、一応破壊信号ガ出テ、スタッフヤ他ノラッキービーストニ通知ガ届クンダケド――コノパーツガ心臓ヤ脳ノヨウナモノダカラ、ココサエ無事ナラ会話ヤガイドハ可能ナンダ』


混乱するかばんに対し、小さなパーツとなったボスは心なしか饒舌気味に緑の光を明滅させながらつらつらと語る。


『デモ、ココマデボディガ壊レチャウト、緊急時ノデータ移行システムガ実行サレテ、バックアップヲ反映シタリ、運行可能ナプログラムヲ確認シタリスルノニ時間ガカカルカラ、再起動スルマデ何モデキナクナッチャウンダ。ゴメンネ、最後マデ協力デキナクテ。デモ、君達ナラ勝テルト――』

「うわあああんボスウゥー!何言ってるのか全然さっぱりわからないけど、生きてて良かったー!!」


小難しい言葉を並べるボスの声を遮って、先ほどまで悲しみの涙を流していたサーバルが、歓喜の叫びを上げて喜びの涙で頬を濡らした。

かばんもサーバルが抱く上からボスの体を包み、三人で無事を喜び合う。

二人とも、ボディの断面で怪我をしないようにね、とくぐもった声を二人の体の間から上げるボスの声色は、どこか嬉しそうにも聞こえ。

フレンズ達はようやく、パークに平和を取り戻した喜びを、三人が無事に帰ってきてくれた喜びを、咆吼に近い雄叫びをあげて分かち合った――。











全てが、終わった。

けれど、まだ島中のフレンズ達の安否確認が終わっていない。

暴走していたフレンズ達の保護も、どこまで進んでいるかわからない。

だから、ラッキービーストのフレンズに対する干渉禁止令の解除は、もうしばらくの間必要だと、かばんは手に収まる大きさになってしまったボスに指示した。


『ラッキービースト同士連絡ヲ取リ合ッテ、迅速ニ対応中ダヨ。動ケナイフレンズヤ、暴走シテイタフレンズハ、無事ダッタフレンズニモ手伝ッテモラッテ、ロッジ等ノ安全ニ休メル施設ニ搬送シテモラッテイルヨ』


かばんはボスから状況を教えてもらいながら、ボスの小さくなった体を、彼の元々のボディについていたベルトを用いて自分の手首に固定した。

これで、ボスはボディを失ったが、自分と共に行動することができる。


フレンズ達は各々、これからの事を話し合ったり、騒動の解決の喜びを噛みしめ合ったり、仲間の無事をラッキービーストに訊ねたりしている。

かばんは自分で身を起こすことは可能になったものの、まだ動くことはできず、遊園地の硬い地面に座り込んだまま、虹色の煌めきが美しく舞う空をぼんやりと見上げた。

隣ではサーバルが、少しでも楽になるように気を遣ってくれているのか、自分に身を寄せて体を支えてくれつつ、体力を少しでも回復するために、アルパカからもらったじゃぱりまんを頬ばっている。

異形の姿になってしまっている片腕が痛々しくて、かばんは無言で手を伸ばし、その本物の毛皮を柔らかく撫でた。


「ごめんね…こんなになるまで頑張ってくれて…。ボク、サーバルちゃんに無理させてばっかりで…」

「ううん。へーきへーき。わたしがやりたくてやったんだもん。かばんちゃんが無理させたんじゃないよ。というか、かばんちゃんの方が無理しすぎだよ。かばんちゃんがケガしたとき――怖かった…」

「う……ごめん…」


不機嫌そうな悲しそうな、複雑な表情を浮かべていたサーバルは、困ったような笑みを浮かべてその表情を崩すと、両腕を伸ばして、うーんと唸る。


「変かなー、これ。かばんちゃん、どう思う?」

「…どんな姿をしていてもサーバルちゃんはサーバルちゃんだから、ボクは変だとかは思わないよ」


獣の腕に指を絡め、かばんはサーバルと手を繋いだ。


「ただ、サーバルちゃんの体が心配、かな。治るなら治ってほしいよ」

「えへへ、ありがとう」


少し照れくさそうにはにかんで、サーバルはかばんに礼を述べた。

そこへ、博士がやってくる。


「かばん、サーバル。お前達と黒かばんの戦いの様子、記録をしていたボスから教えてもらったのです」


自分たちも戦闘中だった故に、遊園地内のやりとりは要所要所しか確認できていなかった博士は、ラッキービーストの記録からその始終を把握した。


「――かばん、お前には辛い役回りをさせてしまって…すまなかったのです」


自分たちと同じレベルまでに進化したセルリアン――あれはもはや「動く災害」などと呼べる【脅威】ではなく、確固たる意志を持った【生き物】だった。

それを止めるということは、その【生き物】の命を奪うということで。

しかも、初めての同胞とも言えなくもない同じ【ヒト】を――それも自分と同じ姿をした相手を手にかけたという苦しみは、如何に「賢い」博士であろうと計り知れないものであった。


「いえ…」

「…我々が無力だったばかりに、結局ヤツの勝ち逃げのような形になってしまったのです。本当に、すまないのです。――ヤツの言葉を気にしてはいけないのですよ。お前は欲に従ってアイツの命を奪ったわけではないのです。お前は、ヤツと同じなんかでは――」

「――博士さん」


ふいに、かばんが博士の言葉を遮った。

眉を顰める博士。サーバルも、二人のやりとりが気になって静かに見守っている。


「あの…勝手なことして、ごめんなさい。甘いって、怒ってくださっても構いません。でも――」


かばんはぐっと一度唇を結ぶと、ズボンのポケットに手を入れて続けた。


「…あのボクは、ボクに命を奪われることを望んでいました…。でも、あのボクの思い通りには、やっぱりなりたくなくて…」


ポケットから抜いた手を、かばんは博士に差し出して見せた。




「あのボクは、確かに一度消滅しました。でもまだ――命までは消滅していません」




博士が、大きく息を呑む。サーバルも驚いてかばんを見やった。




かばんの手には、サンドスター・ロウの汚染から皆を救ってくれたお守り石――セルリアンの核が。

否、それに酷似しているものの、赤黒い色に染まった核のような石が、握られていた。

その表面にはうっすらとヒビが走っている。


「それ、は――」


あり得ない、とでも言うように目を見開く博士。

かばんは石を握りしめると、小さく頷いて口を開いた。






「あのボクの――左胸に埋もれていた石です。ボクが、切除しました」






「まさかそんな…。それができるのは、助手だけのはず――」


そこまで言葉にして、博士は図書館でのやりとりを思いだし、固まる。






『一度見ただけでできるとは…さすがヒトは器用な上に学習能力がとても高いですね。かばんはフレンズ化によって、ヒトの学習能力がより顕著になっているのかもしれないのです』

『あはは…』





『かばんちゃんならこれぐらい覚えてできるんじゃない?』

『えっ、ボク?うーん…覚えられたとしても、ボクには石をセルリアンから切り離せるような爪はないし、もし爪があったとしても怖じ気づいちゃって無理かなぁ。躊躇って止まっちゃう、かな』






あの、図書館で一度見せたセルリアンの研究レポートから、かばんは切除方法を学習していたのだ。

爪の代わりに、黒かばんの胸を貫き、切り裂けるほどの鋭さを持った、ボスの破片を使って。

【暴走】していた彼女は、怖じ気づくこともなく。




黒かばんの核を、壊さずに取り除いてみせたのだ。




驚嘆の溜息を漏らした博士は、ぶるっと首を振って表情を引き締め直した。


「…お守り石を使い続けたからには…わかっていますね、かばん。破壊されていない石は、サンドスター・ロウやサンドスターを喰らって、成長する。――つまり、その石の持ち主であったセルリアン…黒かばんは死んではいない」

「…はい」



「――やがて、復活する可能性もある」



博士の視線が、少しだけ鋭くなる。

かばんはその視線をしっかり受け止めて、それでも、と口を開いた。


「それでもあのボクを、彼女の言葉に従って終わらせてしまうのは嫌でした。終わってはいけないと思いました。…本当なら、あのまま生きて、やり直して、自分の体でもっとこのパークの良いところを体感してほしかったんですが…それが叶わなかったのは残念です」


かばんは握りしめた黒かばんの核に視線を落とす。


「――だから、この手段を選びました。見ていてもらいたいんです、このボクには。ボクが…ボクたちが選んだこの生き方は、このパークの在り方は、間違いなんかじゃないって。これも【けもの】が生きる道の一つなんだって、理解してもらいたいから。ボクと一緒に旅をして、このパークの良いところ…いっぱい知ってもらいたいから」


額に手をついて溜息をつき、博士は半ば呆れたように――しかし微笑みを浮かべながら――お前らしいのです、と溢した。


「…そもそもその核の状態で、ヤツに意識があるかどうかはわからないのです。見ているかどうかなんて、わからないのですよ」


博士も博士で、彼女らしい少し嫌みを交えた言葉を返してくる。

かばんも小さく笑って、そうですね、と続けた。


「これはボクの…単なる自己満足なのかもしれません。でも――散々あのボクのわがままに振り回されたから、彼女にはボクのわがままにも…ちょっと付き合ってもらおうと思います」


なんとも言えない表情を浮かべている博士に、かばんは笑みを消して真剣な顔を向ける。


「…この石がボクになんらかの悪影響を与えたり、何かしらの怪しい兆しを見せたりするようなことがあるならば――破壊します。仮に彼女が復活して、またパークに危険を及ぼすようなことになりそうなら、ボクが責任を持って対処します」


石の表面に走る浅いヒビを指で撫でるかばん。

そんな彼女の様子を眺めながら腕を組んで、博士は口を開いた。


「…正直私はヤツがいけ好かないので、そこまで危険を背負ってなお、それを残しておくメリットを感じないのが本音なのですが…」


あれだけ苦しめられ、仲間を弄ばれ、危機に晒されたのだ。博士がそのような感情を持つのは当然の結果である。

きっと、他のフレンズ達も同様だろう。

けれどこの行動に踏み切った理由は、ただの自己満足のみならず…もう一つあって。


「あのボクは、意思を持たない他のセルリアン達に自分の意思を分け与えることで、フレンズさん達を襲撃させていました」


ならば――その反対も、可能なはずなのだ。




「…もし彼女が、ボク達の生き方を理解してくれたなら、彼女の意思を通して他のセルリアン達とも共生していくことができるんじゃないかって思うんです。そんな奇跡が、起きてもいいんじゃないかなって」




「そんな時が訪れたら、サーバルちゃんがボクにそうしてくれたように…笑顔で彼女たちを改めて迎え入れてあげたい」






「――ようこそ、ジャパリパークへって…」






目を丸めた博士は、組んでいた腕を解くと、参ったように笑った。


「…お前のその発想力には頭があがらないのです」


そっか、とそれまで静かに会話を聞いていたサーバルが声を漏らし、かばんは彼女を振り返る。

満面の、柔らかい笑みを浮かべ、サーバルはかばんと目を合わせた。




「――まるで【セルリアンのフレンズ】…だね」

「…そんな存在に、あのボクがなってくれたら、嬉しいな…」




――三人のやりとりを知ってか知らずか、少し離れた所からフレンズ達が博士を呼んでいる。

博士は長く息を吐くと、ふわりと軽く宙に浮いた。


「…お前の考えはよくわかったのです。しかし皆がなんと言うかはわからないのです。とりあえずその石の扱いについては、後で話し合うとして――お前達はしばらく絶対安静なのですよ」

「えー、せっかくみんなが元に戻ったのに――」

「えーじゃないのです!自分の体の具合を見てわからないのですか!」


サーバルの残念そうな声に、博士は眉をつり上げてぷんすかと怒った。


「博士ー!どうやら続々とロッジに倒れた子達が運び込まれてるみたいだよー!」

「それは朗報なのです。あそこは収容と看病にはうってつけの場所なのです。我々も後で向かうことにしましょう。――ロッジから離れたちほーのフレンズ達の安否も気になるのですが、とにかくこの二人も休ませなければならないので」

「あ…フレンズさん達の安否確認なら、ボクも手伝います」

「じゃあわたしも――」

「話を聞いていたのですか!?お前達は安静にしておくのですよ!!自分たちの身を顧みない困ったコンビなのです全く!!」




怒る博士の甲高いわめき声と、かばんとサーバル、そしてフレンズ達の笑い声が、輝きを取り戻した遊園地に、響き渡った――。















弱肉強食。命と命がぶつかり合う世界。

それが本来の獣の姿であり、それが野生の世界なのかもしれない。




それでも。




ここはジャパリパーク。

サンドスターによって、数々の【奇跡】がもたらされた島。

ここにいるのは【けもの】であって、【獣】ではない。

たとえ外から見たら偽りの姿であったとしても、ここではこれが、この関係が、あるべき姿なのだ。

肉食動物も草食動物も、ヒトも。

皆がフレンズとして生きられる世界。

本来の自然の摂理に逆らっているのかもしれない。誤った道を選んでいるのかもしれない。


けれども、かばんとサーバルの活躍により取り戻されたこの世界では、全ての命がたしかにキラキラと美しく輝いていて。





祝砲をあげるかのように噴火した火山からは、虹色に光るサンドスターがどこまでも、どこまでも広がっていた――













――――「けもの」の本能    おわり


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