対「 」~ぼくのフレンド~【後編】
―――…
――…
…
――カチリ。
かばんが、自由になった手で再び拳銃をサーバルに向けて、構える。
この距離なら、きっと外さない。
『誰かさんと同じデ、その子を止めることモ、パークのことモ、諦めるってことですネ?』
「…」
――声が、聞こえる。
『あーあー…余計な感情に振り回されない獣のままなら迷わず仕留めることができたのニ。やっぱりフレンズって存在は中途半端な欠陥品ダ』
――静かで、穏やかで、けれど強い意志を秘めた、真っ直ぐな声が。
『――…さようなラ、サーバルちゃん』
――目を閉じて、その声に全てを託す。
――――バァンッ!!!
引き金が引かれ、鋭い銃声が響き渡った。
放たれた弾丸は外れることなく穴を穿ち、柔らかな身体の中心を、貫いた。
――――黒かばんが開いたノートと、無防備に立ち尽くした彼女の身体の中心を。
『――…エ…』
かばんの放った一発の弾丸は、黒かばんの体を貫き。
そのまま彼女の背負う鞄まで貫通し。
その内部に隠されていた大きな【石】に、突き刺さった。
砕くには至らなかったものの、その一撃で石には蜘蛛の巣状に大きなヒビが、走る。
『ア、グ…!!アアアッ…!?』
体をくの字に折り曲げ、身悶える黒かばん。
ポタポタと、黒い液体が地面に落ち、触手がもがき苦しむようにのたうった。
表情を歪める黒かばんが視界にとらえたのは。
頭の上の耳を押さえながらも真剣な面持ちで、無傷のままこちらを見つめているサーバルと。
彼女に突きつけていたはずの銃口を少しずらして自分へと向けている、かばんの姿だった。
『ナ、んデ…!?サーバルは君ト、命の奪い合いを――』
「……サーバルちゃんには、戦うフリをしてもらいました。ボク達の会話を聞いていたのなら、きっとあなたはサーバルちゃんにボクと戦うよう煽るだろうと思っていたから」
それまでずっと口を硬く閉ざしていたかばんが、ようやく口を開いた。
発せられた言葉に、黒かばんは眉を顰めて困惑の声を漏らす。
『ハ……?』
「あなたが、ボク達への警戒心を解いて隙を見せるように…そして、サーバルちゃんとほぼ一直線上に並ぶような位置になるように…。――そんな指示を伝えて、ボクの動きに合わせて戦ってもらったんです」
『伝、エ…?』
「ツチノコさんの言うとおり、ボクもあなたも非力なヒトなんです。サーバルちゃんのように、どんなに小さな音でも聞き逃さない優れた聴力は、持ち合わせていない」
黒かばんは、かばんの言葉の意味が全くもってわからず、ただ呆然と立ち尽くすしかできなくて。
「…よほどラッキーさんに言われた言葉に腹を立てていたんですね…。勝ち誇ったあなたが喋るのをやめないおかげで、あなたに気付かれずに作戦を伝えることができました」
そこまで聞いて、ようやく黒かばんは理解した。
戦いを始めることなく、しばし見つめ合っていたかばんとサーバル。
あれは互いに牽制していた訳でも、躊躇っていた訳でもなく。
自分の挑発を、演説を、黙って聞いていた訳でもなかった。
『――…わかったよ……かばんちゃん…』
――かばんは自分に悟られないよう極めて小さな声で指示を出し、サーバルはそれを優れた聴力を持つ耳で聞き続けていたのだ。
…
『さァ、獣が放たれましたヨ!?君の目の前ニ!肉食の獣ガ!爪と牙を光らせて立っていますヨ!あァ、大変ダ!このままじゃ君ハ、知りたいことも見たいものにも出会えないまマ、やりたかったこともできないまマ、その獣に喰われて終わってしまウ!』
黒かばんの邪な煽りを背中に浴びながら、かばんが暴走したという事実を受け入れたくないサーバルは、俯いたまま銃を構え続ける彼女をただじっと、見つめ続けていた。
その時だった。
――――…サーバルちゃん…
声が。
風に吹き消されそうなぐらい小さな、でも確かに自分を呼ぶかばんの声が聞こえ、サーバルは耳を、尻尾を震わせて。
「っかばんちゃ――」
かばんへと、駆け寄ろうとした。しかし。
バァンッ!!!
「ひっ…!!」
激しい音と同時に少し離れた場所の地面が弾け飛んで、サーバルは身を竦ませた。
視線の先では、かばんが体勢を立て直しながら手の中の拳銃を見つめていて。
サーバルは、自分が聞いた声は幻聴だったのかと疑いかけた。が。
「……驚かせてごめん、サーバルちゃん……。でも、そのまま。動かないで。動かずに、静かに聞いて」
――それは確かに、かばんの声だった。
銃声を間近に聞いて、キーンと耳鳴りのような音がする中で、小さな、小さなその声をサーバルは逃さず聞き取った。
離れた所では、黒かばんが対立する自分たちの様子に大きな声を上げて笑っている。
しかしそんな黒かばんよりも、サーバルは必死になって目の前のかばんへと耳を傾ける。
「安心して、サーバルちゃん…。ボクは君を襲うつもりはないよ…」
俯くかばんの、帽子に空いた穴。
そこから覗く瞳は、いつもとは違う輝きを帯びていたけれど。
しかしその眼差しと聞こえてくる声は、いつもの優しさを忘れず残している。
どうして。良かった。嬉しい。心配。どうなってるの。
一気にこみ上げてくる様々な感情達を、それでもサーバルは無理矢理抑え込む。
全身をわなわなと震わせつつも、かばんの指示に従って、じっと我慢する。
「……サーバルちゃん、そのままボクの言うとおりにしてくれるかな…。――あのボクは、ボクが暴走してサーバルちゃんを傷つけようとしていると思ってる…。きっとサーバルちゃんにも…ボクと戦えって、言ってくると思う…」
「…」
「だからね…それに従って…ボクと戦うフリをしてほしいんだ。ボクも、サーバルちゃんと戦うフリをする。それで――…あのボクが油断したところを、この拳銃で攻撃しようと思う」
(え…?)
思わず黒かばんを振り返りそうになったサーバルは、ぐっとそれを耐えた。
当の本人は、ゲートの外のフレンズ達と会話しているのか、ラッキービーストに何か話しかけている。
「フリといってもバレちゃ駄目だから…できるだけ思い切りやってほしいんだ。サーバルちゃんには悪いけど…ボクも、本気でやる。チャンスはこの一回だと思うから…。できれば外さないように、サーバルちゃんの後ろにあのボクが来るような所まで動きたい。――お願い、できるかな…?」
淡々と作戦を伝えてくるかばんに、サーバルはほんの少しだけ違和感を覚える。
いつものかばんだけど、どこかいつもとは違うような、なんとも言えない感覚。
行動にも作戦にも…いつもの彼女が見せる遠慮というか…躊躇いをあまり感じない。
でも。
信じたい。
何が起こっているのかわからないけれど。
耳の端を掠めていく悪意に塗れた高笑いよりも、目の前の彼女から聞こえてくる消え入りそうな囁きの方が、強い意志が籠もっているから。
「――…わかったよ……かばんちゃん…」
サーバルはかばんの作戦通り交戦の姿勢を取り、それを見たかばんも拳銃をしっかり構え直した――。
…
『そんナ…馬鹿ナ…』
どうしてこんなことになっている?
なぜかばんはそんな指示をサーバルに出せた?
なぜかばんは自分に向かって銃を撃った?
本能の覚醒に失敗した?
まさか。変異サンドスター・ロウをあれだけ大量に与えたんだ。それはないはず。
一体、何が起きて――
『どうしてその危険な獣を駆除しないんダ…!!狙うのハ、そっちの邪魔な害獣だヨ!!』
理解不能な状況に黒かばんは狂乱気味な叫びを上げる。
耳を手で押さえたまま、もう何を言われても表情を変えないサーバルの隣で。
かばんは、拳銃を構えたまま帽子のつばを上げて、そんな黒かばんを見つめた。
その目には間違いなくサンドスター・ロウの力によって燃やされた本能の灯火が宿っていたが。
「――…危険じゃない、害なんかじゃない…」
――瞳の奥には、その危うい焔とは別の、深く静かな【何か】が燃え尽きることなく確かに残っていた。
「――――サーバルちゃんは……ボクの【友だち】です」
血溜まりのように濁った紅い目を大きく見開き、先ほどまでの勢いは幻であったかのように、黒かばんは戸惑いの声を漏らす。
『…ハ…?…ナ、何言ってるんですカ…?そうじゃないでしョ…?ソレは友だちなんかじゃなくテ、ボクの計画の邪魔をする愚かな獣だヨ…?君の中の【ヒト】の本能も知りたがってるはずですよネ…?ボクの計画ノ、行く末を――』
「ちがう…」
短く小さな一言に遮られ、黒かばんは固まる。
「【ヒト】の本能――いえ…【ボク】の本能が言っているんです…」
「――サーバルちゃんを…。フレンズさん達を…!このパークを!何としてもあなたから、全力で守れって!!」
虹色と漆黒のサンドスターが混ざり合い、かばんの体から溢れ出す。
『ヒトは多様な生き物なのです。――異なる見た目、異なる考え方をもった変わった生き物なのです。かばんのように良いヒトもいれば、みつりょうしゃのように悪いヒトも現れてしまうのでしょう』
『こんなことしてる時点でこっちのかばんと同じだとは全く思ってないけどね』
『君とかばんは全くの別物だとよくわかった』
『旅ヲ通シテ成長シタカバント…遊園地ニ籠モッテ誰トモ関ワラナカッタ君トデハ……差ハ大キインジャナイカナ……』
『同じじゃない!!かばんちゃんとあなたは、同じなんかじゃない!!いっしょにしないでよ!!』
自分でも気付かないうちに心の奥底で形作られていた、自分の本能。
ひょっとしたらあの黒い自分のように、残酷で、冷淡で、恐ろしいものなのかも知れないと恐れていた。不安だった。
それが牙を剥く前に、いっそ消えてしまった方がいいのではないかとまで考えた。
しかし何も恐れることはなかった。
初めからみんな、教えてくれていた。信じてくれていたことだった。
密猟者とも、あの自分とも、ミライさんとも――他の、どんなヒトとも違う。
――ボクは、ボクだったんだ。
自分はどうなっても良い。
手段に悩んでいる時間は無い。
大きな罪を背負うことになっても構わない。
自分が大好きなこのパークを、みんなを、守りたい。
守るために――全力で、戦うんだ!
【暴走】するそんな【本能】に導かれるままに。
かばんは、黒かばんに向けた拳銃の引き金を、再び躊躇いなく引いた。
立て続けに響き渡る炸裂音に、サーバルが身を縮める。
放たれた二発の銃弾は黒かばんの腕と、鞄を貫く。
『クッ…!!』
しかし彼女の体内の石と、半壊した鞄の内部の石をとらえることはなく。
その二発の攻撃を最後に、拳銃はその凶悪な力を失った。
「…!」
弾切れ――攻撃できる回数の限度に達してしまったその武器を手放し、かばんはただ真っ直ぐ、唸る黒かばんを見据えた。
『ふざけるな…あり得ない…そんなはずがなイ…!!』
黒かばんの体内の石がぼんやりと赤い光を放ち、体に穿たれた穴と腕の傷が修復されていく。
黒い液体が流れ出す傷を押さえながら虚空を睨み、黒かばんはうわごとのように呟き続けた。
『ボクはヒトを喰って生まれたんダ…。ボクはヒトの輝きを完全に再現した存在のはずなんダ…。ボクが知るヒトの姿こそがヒトの全てのはずなんダ…。なんで君ハ、ボクの思うようニ、ならないんダ…!』
「かばんちゃんとあなたは同じじゃない!あなたの【ほんのう】がしたいことと、かばんちゃんの【ほんのう】がしたいことは、同じじゃないんだよ!」
耳を押さえていた手を下ろし、サーバルはまるで黒かばんに言い聞かせるように強めの口調で言葉をぶつける。
『黙レ!そんなはずなイ…!ヒトは自らの欲のためなラ、他の生き物がどうなろうと構わない生き物のはずなんダ…!!ボクが喰ったヒトだって――かつてこのパークにいたヒトだってそうだったはずなのニ!』
「違う!ミライさんたちも、そんなヒトじゃないよ!」
「違わなイ!あのヒトたちに支配されていた存在のくせに何を――」
頑なに認めようとしない黒かばんとサーバルが互いに声を荒げた、その時だった。
ガガッ、と妙な雑音が聞こえたと思った瞬間。
黒かばんと、かばんとサーバルの間に突如、半透明に体が透き通ったミライの姿が現れた。
『エ…?』
「えっ…?」「…!」
時折ノイズが混じり、かすれて乱れるミライの姿は、ロッジで見た幽霊事件の時のように、まるでその場に立って、存在しているかのようにも見えた。
戸惑いと驚きの声をあげる黒かばんとサーバルとは対照的に、かばんはその現象の正体にすぐに気付いた。
ミライの真下。足下に転がっているのは、両断されたボスの下半身。
偶然か、それとも周囲のラッキービースト達が何か細工をしているのか。
壊れたはずの彼の体から、ミライの記録映像が再生され始めたのだ。
それは遊園地へ出発する直前、図書館で途中まで見て中断したままになっていた、あの記録の続きだった。
『ザザッ――……者と充分に会話できないまま、このような形で彼と決着が付いてしまったのが、――…ザーッ…――彼の説得中にぶつけられた言葉が、未だに頭の中をぐるぐる回っていて…もやもやするんです。私は、私達は――フレンズさん達と、真の意味で【フレンズ】に…友だちになることができるのでしょうか』
『なんですカ…こレ…。昔パークにいたヒトの映像…?なんでこんなものヲ…』
傷の修復を続ける黒かばんは、訝しげに目を細めた。
『…フレンズ達をこの島に閉じ込めて、見世物にして、利益を得ているお前達も自分と変わらない、と。自分の欲を満たすためにフレンズ達を支配して利用しているじゃないか、と。――彼の言っていることも、全て間違いではないですよね…。結果として、フレンズさん達をこの島に閉じ込めてしまう形になっているのは事実ですし…パークにいる以上、どうしても【管理する者】と【管理される者】という関係ができてしまいます』
ミライの独白を聞き、黒かばんは薄ら笑いを浮かべ、確かめるように呟く。
『…ほら…やっぱりヒトはそういう生き物なんダ…ボクは間違ってなんか――』
『――それでも…都合の良い解釈かもしれないけれど…フレンズさん達と共に生きたいと願う私達の【欲】と、フレンズさん達を欲を満たす道具のように扱う彼の【欲】は、全くの別物だと…彼に伝えることができるなら、そう言いたいですね』
黒かばんの顔から、笑みが消える。
ミライの独白は、本当ならば意志と感情を喰われ、抜け殻になってしまった密猟者へと向けられた、誰にも届くことのないものだったのかもしれないが。
『未だに謎が多いフレンズさん達が、いつか様々なヒトがいる環境の中でお互い安全に、不自由なく暮らしていけるように…今は私達の研究と、その費用を得るためのテーマパーク運営に協力してもらっていますが――』
その言葉は長い時を経て、かばん達と黒かばんの元へ、届く。
『――フレンズさん達とヒトが…互いに尊敬し合い、対等に関わり合っているような…そんな光景を、いつか見てみたいものですね…』
『あああああああああァッ!!!』
黒かばんが、吼える。
自分の理論を否定するミライを食い千切らんと、触手を走らせる。
しかしその牙はミライの体を通り過ぎて宙を裂くのみで、彼女の姿を歪ませることしか叶わない。
そんなミライの姿は、やがて空気にとけるように、薄れて消えてしまった。
『認めなイ!そんなくだらない想いが君の【欲】だなんて…本能だなんて認めなイ!!君はボクと同じはずなんダ…。君にはボクの計画に協力してもらわないと困るんだヨ…!一緒に楽しもうじゃないカ!フレンズ達の命がぶつかり合って生まれル、力強い輝きノ、美しさヲ!!』
黒い液体に塗れた手を差し出し、黒かばんは狂ったように叫ぶ。
かばんは動くことなくその手を見つめ、サーバルは姿勢を低くして身構えた。
『きっと今外は盛り上がりを見せている頃だヨ!さっき何匹か覚醒したフレンズが到着してたみたいだしネ!おそらく今頃さらに多くのフレンズ達がやってきテ、楽しいショーが始まっているだろうかラ、君も見てみるといい――…』
半狂乱で叫んでいた黒かばんの声が、どうしたことか喉の奥へと消える。
貼り付けたような笑みを浮かべていた顔が次第に無表情になり、魂が抜け落ちたかのように呆然と立ち尽くし、黙り込んでしまった。
突然の変化に眉を顰めるサーバルの横で、かばんはただ黙ってそんな黒かばんを見つめる。
『何、こレ…』
ぽつりと呟いた黒かばんが、セルリアンを通して見たゲートの向こう側では――
…
時は少し遡り、オーロックスとスナネコがこの場に連れてこられた直後のこと。
「キシャアアアアーッ!」
激しく息を吐いて憤りの声をあげながら、スナネコが爪を光らせてツチノコに躍りかかった。
ピット器官の能力を酷使したことによる疲労が未だに抜けきっていないツチノコは、ポケットに手を突っ込んだままふらつく足で立ち、彼女を正面から迎え撃つ。
爪がその体を捉えようとした直前、半ばよろけるようにツチノコは身を捻ってそれを避け。
蛇の仲間にしては短めの尻尾で、だがしっかりとその腕を締め付け、捕まえた。
「悪いな…」
ぽつりと詫びて、ツチノコは思い切りその尻尾を引き、スナネコを地面に叩きつける。
大地に転がったスナネコが体勢を整えるよりも先に、ツチノコはその体を上から押さえつけ、動きを拘束した。
「シャアアアアーッ!」
「おとなしく…しろぉっ!」
暴れるスナネコを取り押さえるツチノコの少し先では、同様にオーロックスを止めるためにアラビアオリックスとツキノワグマが彼女と武器を交えていた。
「オオオオオオオオオォッ!!」
「くっ…!!」
「ううう…!!」
オーロックスが突き出してきた角と、オリックスの角とツキノワグマの熊手が絡まり合い、競り合いが続く。
この競り合いに負けてしまったら、あの大きな角に貫かれるかもしれない。
そうなったら暴走どころの話じゃすまない。どう考えても致命傷だ。
オーロックスは強引に二人の武器を弾き飛ばそうと試みてくる。
「オオオオオ!!」
腕にかかる負担が大きくなり、オリックスとツキノワグマの額に汗が浮く。それでも。
(力自慢のお前との力比べは、これが初めてじゃないぞ…!)
(私達だって、伊達に何回も力比べに付き合ってたわけじゃないんだ…!)
ちらり、と目で合図をしあう二人。それだけで、お互いの意を汲むには充分だった。
オリックスが砂を蹴り上げ、オーロックスが一瞬だけ隙を見せる。
その僅かな間に、二人は瞬時に武器を握り直し、オーロックスの角を跳ね上げた。
力で及ばないなら、技で。
思わぬ連携に武器を弾かれ、手放してしまったオーロックスは完全に無防備で。
オリックスとツキノワグマは、そんな彼女を二人がかりで取り押さえた。
「グフーッ!!オオオオッ!!」
「捕まえたよ!」
「大将!やりました!」
怪力で引き剥がされてしまわないよう体を捕らえて声を上げる二人に、ライオンはセルリアンを砕きながら礼を述べる。
「よくやったぞ二人とも!!」
しかし、内心は焦りを滲ませていた。
(あの三人は暴走した二人を取り押さえるのに必死で動けない。いくらセルリアンが減ってきているとは言え、このままじゃ戦力不足だ。石で正気に戻そうにも、使える回数は限られているし…今使ってしまっていいのか…?)
杖を振るいながら戦況を見渡す博士も、同様の悩みを抱えていて。
「まだまだでござるー!」「ですぅー!」
「行きますわよ!」「こっちだ!」
(皆気力は保っていますが、疲労が溜まってきているのです。ここはあの二人を取り戻して戦力を増やすべきか…それともこの後増えるであろう、より凶暴な暴走フレンズの襲撃に備えて石を温存しておいた方がいいのか…判断に迷うのです…!)
銃声に錯乱したトキが、落ち着きと戦意を取り戻すのにも時間がかかる。
セルリアンの一斉討伐に有効な彼女の囮は使えない。
回数に限りのあるお守り石を、どう使えば――
その時だった。
――――バァンッ…!!
またも鳴り響く、【あの音】。
フレンズ達は様々な理由からどうしてもその音に反応してしまい、動きが鈍る。注意が散漫になる。
刹那。
「あっ…!」
ハシビロコウが小さく声を上げた。
フレンズの包囲網の隙を抜け、オーロックスの確保に手一杯で動けないオリックスとツキノワグマの元へ、大型のセルリアンが襲いかかったのだ。
「よせ!!」
それに気付いたライオンは、セルリアンの群れを相手にしていて動けず。
襲撃を察知した二人は、しかし迎え撃つことができない。
どちらか一方でも力を緩めると、オーロックスは押さえきれなくなる。
「くっ…!」
振り上げられた大きな腕から目をそらし、衝撃に備えて身を縮めるオリックス。
その、強大な一撃を。
「だああっ!!」
ジャガーが逞しい腕でしっかりと受け止めた。
「ジャガー!!」
「ううううぅ…!!」
低く呻きながらセルリアンの腕を押し返そうとするジャガー。
本来ならその並々ならぬパワーで、たとえ大型のセルリアンだろうと一撃でなぎ倒してしまう彼女であるが、両者の力は拮抗状態で競り合いが続き、その背中から余裕は感じられなかった。
その理由に、ツキノワグマがいち早く気付く。
「…あっ…!」
ジャガーの腕に巻かれた包帯に、血が滲んでいる。
足の傷はサンドスター・ロウによって癒えたものの、包帯によって保護された腕の傷は完全に塞がってはおらず、攻撃を受け止めた衝撃で、その傷口が開いてしまったのだ。
「これはちょっと…厳しい、か…?」
苦い笑みを浮かべ、弱音を溢すジャガー。
ずきずきと腕が疼くように痛み、力がうまく入らない。
背後からは暴れるオーロックスの哮りと、懸命に押さえる二人の息遣いが聞こえ、ジャガーは足を踏みしめ直す。
「耐えるのですジャガー!今助けに――」
ジャガーたちの窮地に慌てて助太刀に向かおうと、博士は翼を広げて飛び立とうとした。
が、その時だった。
「―――えっ」
視界に【思いも寄らないもの】が、文字通り飛び込んできて。
博士は大きくて丸い瞳をいつも以上に丸め、小さな声を漏らして立ち止まってしまった。
「全力疾走なのだあああああああーーー!!!」
あまりのスピードに、半ば大地を跳ねるように進みながら突っ込んできた巨影。
その巨影は、中から甲高い声を響かせながら、凄まじい勢いでジャガーたちに襲いかかるセルリアンに真っ向から突撃し。
『ギッ――』
思いっきりぶち当たって、跳ね飛ばした。
「へ…!?」
目の前で起こった衝撃的な光景に、ジャガーは固まって間抜けな声を漏らすことしかできず。
跳ね飛ばされたセルリアンは石もろとも粉々に砕けてサンドスターに還り。
その同胞と同じ目に遭わないよう、慌てて道をあけたセルリアン達に囲まれる中。
ギャギャギャ、と音を立てて砂埃を巻き上げながら急停止した巨影――ジャパリバスは、閉じていたシャッターや窓を元に戻すと、ドアを勢いよく開け放った。
「ふっはっはー!アライさんにお任せなのだ!!」
そこから飛び出してきたのは、アライグマ。
「セルリアンを吹っ飛ばしたのはアライさんじゃなくてボスだけどねー」
アライグマの後に続いて、フェネックがゆったりとバスから降りてきた。
頭には包帯が巻かれ、手には筒のような【何か】を持っている。そして。
「うぇっへっへ…おぉお…きもち、わるいで、あります…」
「プレーリーさん、大丈夫ッスか…」
千鳥足なオグロプレーリードッグと、そんな彼女を支えるアメリカビーバーや。
「着いたわよ、みんな!」
「せまかったねー」
「さすがにこの人数乗っていたらな…」
「そ、そんな話してる場合じゃないですよ…!」
「セルリアンの好きにはさせないぜ!!」
PPPの一同まで、姿を現した。
皆、その手にはフェネックが持っている物と同じ筒状の何かを握りしめていた。
「お、お前達…!なんでここに…!?――それに、その道具は…」
「その質問に答えるのは後回しなのだ!まずはそこの二人を元に戻すことを優先するのだ!」
「私の持ってる石は、まだ余裕があるっぽいから使ってー」
PPPとビーバーたちはまだしも、山で待機する予定だったはずのアライグマたちまでこの場にいることに博士は困惑するが、そんな彼女達から正論をぶつけられて我に返る。
「しっ…しかし、お守り石には限りがあるのです!これからさらに暴走フレンズが運ばれてくるかも知れないのに、石を使ってしまっては――」
「だいじょーぶなのだ!アライさん達が保証するのだ!これ以上アイツの思い通りにはさせないのだ!早くその二人を元に戻してやるのだ!!」
謎の自信に満ちた声をあげるアライグマに急かされ、博士は少しまごつきつつも仲間達を振り返った。
「…っどういうことかわからないのですが、お前達を信じるのです…!――カワウソ!ツチノコと一緒にスナネコを治療してほしいのです!オリックスとツキノワグマはそのまま二人でオーロックスを治療できますか!?」
「ま、まっかせてー!」
「こっちも任せてくれ!」
「フェネックの石を借りるよ!」
突然の増援にキョトンとしていたコツメカワウソも博士の指示に慌てて動き、オリックス達は駆けつけたフェネックから石を受け取って、オーロックスの治療を試みる。
ジャパリバスの特攻に怯んだように動きを止めていたセルリアン達は、それを見て再びフレンズ達を襲わんと行動を開始する。しかし。
「おぇっ…そうは、させないでありますよ!皆さん!やっちゃってくださいであります!」
「了解よ!」
「いっくよー」
顔を真っ青にしたプレーリーが拳を振り上げて叫ぶと、PPP達は手にした筒をセルリアンに向かって構えた。
そして。
「おりゃー!!」
放水。
PPP達が筒に付いた棒のような物を押し込むと、筒の先から勢いよく水が直線的に放たれて、セルリアン達の体に見事に命中した。
「水なんかで何を――」
攻撃にならない攻撃に、怪訝な表情を浮かべるショウジョウトキ。
しかし、予想だにしない光景が目に飛び込んできて、彼女を始めフレンズ達は大きく息を呑んだ。
水がかかった所から虹色の輝きが溢れたと思うと、まるでその部分は石のごとく硬質化し、セルリアン達は途端に動きが鈍くなったのだ。
「い、石になった…!?」
驚くオオアルマジロに、得意げな顔をしてみせるオグロプレーリードッグ。
「ハッハー!どーでありますか!我々特製の【みずでっぽう】の威力は!」
「こっ、この黒いセルリアン達は、水に触れたところが石になるッス!おれっち達がセルリアンの動きを止めるので、皆さんその間にやっつけてほしいッス!」
声を張り上げるアメリカビーバー。
それに応じるように、PPP達がみずでっぽうや木で作られたバケツのような物を使って、セルリアン達に次々と水を浴びせて固めていく。
「オレ達に任せろー!…って言いたいところだけど、バスの運転が荒すぎてせっかく汲んできた水が溢れまくってるぜ!?」
「これだと水が足りなくなるかもしれない…!」
焦りの表情を浮かべるイワビーとコウテイに、増援組の善戦っぷりに惚けていたアルパカが我に返って声を上げた。
「あっ!み、水ならいっぱい持ってきたのがあるよぉ!使って使ってぇ!」
「ありがとうございます!」
消耗したフレンズの補給用に大量に用意していた水を慌てて差し出すアルパカに、ジェーンが礼を述べる。
その様子を見て、呆気にとられていたヘラジカが笑みを浮かべた。
「…ははは…心強い助けが来てくれた!ここで一気にやるぞ!!」
「おぉーー!!」
鬨の声を上げて、動きの鈍ったセルリアンを砕いていくヘラジカとその部下達。他のフレンズ達も、続く。
ビーバーとプレーリーは、博士のもとへと駆け寄った。
「ふっふっふ…図書館でいろんな道具の作り方を教えてもらっていてよかったでありますよ!」
「お前達の技術は大した物なのです…。しかし、どうやってあんなセルリアンの性質に気付いたのですか?」
「ここに来る途中にPPPの皆さんの合流したッスが、その時セルリアンに襲われて、皆さんが戦ってくれたッス。その戦いの最中、攻撃を受けたはずみで近くの川にはまったセルリアンが石になったッスよ。あの時は驚いたッス」
PPPとセルリアンの乱戦の最中、偶然発見した弱点。
これを戦いに有効活用しようと、二人はかつて図書館で得た知識やビーバーの発想力を使って、みずでっぽうやバケツなどの対セルリアン道具を拵えたのだ。
「それで…アライグマたちとも合流したのですか?彼女達には、山の防衛や残ったフレンズ達の指揮を頼んで、待機してもらっていたはずなのです。暴走フレンズ達を攫いに各地に散った翼のセルリアンのこともあって、てっきりそちらも混乱状態だったのかと――」
ビーバーとプレーリーは目を合わせると、小さく微笑んだ。
「…そのことなら、彼女から聞くのが一番であります」
「パークのために勇気を出して立ち上がったのは、ここにいる皆さんだけじゃないッスから」
二人がバスを振り返ると、同時に。
バスから飛び出した【彼女】の放った燃えるような橙の奔流が、セルリアンの群れを飲み込んで、砕いた。
彼女は――ヒグマは、片手にボス2号を抱いたまま、サンドスターが迸る熊手を軽く振るって肩に置いた。
「すまん、博士。指示を放棄して、勝手な判断で動いてしまった」
「ヒグマ…。――いえ、おかげで助かったのです…」
後の説明は任せてくれ、とプレーリー達を見やるヒグマ。
二人は黙ったまま頷くと、みずでっぽうを抱えてセルリアンとの戦いの場へ、臆することなく駆けていった。
「助かったのはありがたいですが…山の方や、他のフレンズ達はどうしたのですか?」
自分も戦場へと復帰したい気持ちもあったが、現状を把握するために博士はヒグマに疑問を投げる。暴走フレンズの拉致の件も大丈夫だと言い切ったアライグマの自信も気になった。
ヒグマはバリアに包まれた遊園地を睨むように見つめ、それでも少しばかり、笑みを浮かべてみせた。
「博士の言ったとおりだよ。アイツは私達の【けもの】の、群れとしての強さを甘く見すぎたんだ」
…
『――最高のショーを見せてくださいネ』
山の麓に止めたバスの中で休息をとりながら、通信で遊園地の戦いを眺めていた、あの時。
大事な仲間を――リカオンを愚弄し、嘲笑うかのように絶望的な状況を叩きつけてきた黒かばんをラッキービースト越しに睨み、ヒグマは衰弱しきった体に、なお怒りの炎を滾らせていた。
「許せ…ないのだ…」
怒りを通り越して半ベソをかきながら震えているアライグマ。
そんな彼女の背中をさすってやりながらも、片方の手はきつく拳を握り込んでいるフェネック。
ヒグマは、未だに遊園地の様子を映し出しているボス2号の頭をむんずと掴んだ。
『アワッ…!』
「ヒ、ヒグマ!2号に当たっても意味が無いのだ!」
「そうじゃない…。ボス、頼む。この【えいぞう】みたいに、私の声を島中のフレンズ達に届けてほしいんだ。できるか…?」
かばんと同様に、島中のラッキービーストへの一斉通信を要求するヒグマ。
え?と首をかしげるアライグマを尻目に、ボス2号は映像の投影を中断し、目を虹色に輝かせて飛び跳ねた。
『マカセテ。スグニ繋ゲルヨ』
ザザザッと不可思議な音を立て、2号が瞳を明滅させる。
そう時間が経たないうちに、2号はその大きな尻尾をふりふりと振ってヒグマを見上げた。
もう話しても大丈夫、という合図だと受け取ったヒグマは、2号に顔を近づけて小さく息を吸った。
「――…セルリアンハンターのヒグマだ。サンドスターの山から、ボスに声を届けてもらっている。今遊園地でパークを守るために戦っているやつらの力を借りて、山から吹き出していた黒いサンドスターを封じることに成功した」
ヒグマが何を語ろうとしているのかわからず、アライグマは黙って彼女の様子を見守る。
「だが、現状は見ての通りだ…。この騒動の元凶のセルリアンは…強い。遊園地のやつらも苦戦している上に、島中にセルリアンが飛び立った。…遊園地も、島全体も、最悪の状態だ」
拳を震わせ、ヒグマは唸るように言葉を絞り出した。
「…かばんからも声かけがあったそうだが、私からも…頼む。ここままじゃこの島は終わりだ。戦いが怖いヤツも、苦手なヤツもいるのはわかってる。だが、立ち上がってほしい。遊園地に向かえとは言わない。お前達の大事な仲間を、守ってほしい…」
フェネックが、アライグマの背中をさすっていた手を、ピタリと止めた。
「飛び立ったセルリアンの狙いは、暴走したフレンズ達だ。おそらく私達のような正常なフレンズよりも、率先してそっちを狙うだろう。暴走したフレンズ達が遊園地につれて行かれたら、向こうで戦っているやつらもさらに苦しくなる。…つれて行かれたやつら同士で、傷つけ合う羽目になる。――それを、何としても止めてくれ」
ボス2号の向こうから戻ってくる声はない。ヒグマはさらに続けた。
「すまん…ハンターである私が、皆を危険に晒すような行為を促すなんておかしいことはわかってる…。だが今は、皆の協力が必要だ。大事な仲間を傷つけて笑っているアイツの好きにはさせたくないんだ…!」
見えないとわかっていながらも、2号に向かって頭を下げるヒグマ。
静かな空気が、バスの中を流れる。
頭を下げたままなおも拳を震わせるヒグマの姿を見て、耐えきれなくなったアライグマが同様に声を上げようとした。
その時だった。
『我々もお手伝いするであります!』
ザザッと雑音を響かせた後、そんなハキハキとした声が2号の向こうから返ってきて、ヒグマは顔を上げた。
『あの黒いサンドスターを止めたなんて、凄いであります!我々は今、ちょうどサンドスターの山の近くにいるであります!そちらに合流したいでありますよ!』
『私達PPPも協力するわよ!…っていうか、そのつもりで遊園地に向かっている途中だったの!』
「この声…プレーリーと、PPPのプリンセスなのだ…!」
かばんの旅路を辿って、たくさんのフレンズ達と関係を築いていたアライグマは、すぐに声の主に気付いた。
そして、その彼女達の声を皮切りに。
『大事なお友だちをセルリアンに連れて行かれるのは嫌です!』
『こ、怖いけど…みんなが頑張ってるなら私達だって…!』
『さばんなちほーのパトロールはボクに任せて!もう何人か暴走フレンズ達を確保してるんだ!』
次々と、声が。
『頼まれなくても、こちとらさっきからセルリアン退治に向けて準備中だぜ!何匹か戦ったけど、あいつら結構もろいからハンターじゃなくても倒せるぜ!』
『シッシッシッ、こっちもすでに動いてるぞ。みずべちほー周辺は任せなー。暴走フレンズから逃げつつセルリアン退治なんて、軽いもんだよ』
『私を助けてくれた子達の力になれるなら…頑張ります!』
『こっちも負けてへんで!近くの子達と協力して、セルリアン退治中や!暴走フレンズも見つけたら、どうにかして捕まえられへんか試してみる!』
『ハンターさんにはいつも助けてもらってたから、お手伝いできるなら嬉しい!』
聞き取れないほどの無数の声が、返ってきた。
遊園地に向けて動いていた者、仲間同士が傷つけ合うのを防ぐために暴走フレンズの確保に動いていた者、身を守るために隠れていた者――皆が今一度、黒かばんの思惑を絶つために、想いを一つに立ち上がったのだ。
パークを、仲間を、守りたい。誰も傷つけたくない。そんな【けもの】の本能に、導かれるように――
…
「山の監視を買って出てくれたやつらがいたから、そっちに任せて私達はこっちに加勢に来た。PPP達が発見した黒セルリアンの弱点も、島中に伝えてある。皆、善戦してくれているみたいだ」
ヒグマの腕の中で、ボス2号が目を虹色に輝かせて欠けた耳を動かした。
『翼ノセルリアンノ討伐報告ガ、次々届イテルヨ。各地ノラッキービーストモ、フレンズ達ヲ全力デサポート中ダヨ』
ヒグマからの報告を聞いた博士は、大きな目にこみ上げてきた熱いものを堪えるのに必死で、うまく相づちが打てず。
ヒグマは、そんな博士の小さな頭に手を置いて微笑んだ。
「おいおい、まだ泣くなよ。決着はついてないんだ。気を抜くわけにはいかない」
ボス2号を博士の側に下ろし、ヒグマは再び熊手を構え、セルリアンの群れに守られたバリアセルリアンの大きな瞳を睨む。
無数のセルリアンが取り囲むようにして守っているため、水をかけて固めてしまうわけにもいかず、フレンズ達は対処に悩んでいるようだった。
「――おい、見ているんだろ…?散々馬鹿にしてくれたが、お前は私達フレンズの力をなめすぎていたようだな」
それはバリアセルリアンにではなく、その瞳の奥からこちらを見ている、憎き相手に対して。
ヒグマは熊手をきつく握りしめ、強く、言い放った。
「私の爪が直接お前を砕くことは叶わないが――皆の爪は、牙は、想いは、着実にお前の思惑を打ち砕こうとしているぞ…!!」
…
『なんなんですカ…これハ…』
頭を抱えて、虚脱気味になりつつ独りごちる黒かばん。
遊園地の中から、外の様子を見ることは叶わない。けれど、伝わってくる。
諦めないフレンズ達の想いが、黒かばんの生み出した悪夢のような現状を、計画を、叩き壊そうとしている様子が。
『せっかくボクの意志や力を与えてやったのニ、脆くなるし石化するしハンターでもないフレンズ達にやられるシ…!使えなイ…!!使えない手足共メ…!!憎たらしイ、フレンズ共め…!!』
ぐしゃり、と自分の髪を乱暴にかき上げて、怒りを剥き出しにする黒かばん。
かばんはその様子を黙って見据えたまま鞄を背負い直し、どうすれば良いのかわからず自分と同じように静かに黒かばんを見守っていたサーバルに、小さく囁いた。
「――…サーバルちゃん、遊園地の中に入る前にツチノコさん達とお話ししたこと、覚えてる?あのボクは、背中の鞄をどうにかすれば勝てるかもしれないって」
「えっ…?あ…う、うん…」
「見て。ボクが拳銃を使って攻撃した傷…体の傷は治せてるのに、鞄の傷はそのまま残ってるんだ」
かばんの視線を追って、サーバルはそれに気付く。
追撃でかばんが放った二発の銃撃は、黒かばんの腕と背中の鞄を打ち抜いた。
その腕の傷は、最初に身体の中心を打ち抜いた時の傷と同様に修復されているものの、鞄に穿たれた穴はそのままになっている。
「石が壊れかけているせいで、傷をなおす力がなくなってるのかもしれない。今ならあの鞄を…奪えると思う」
散々怒りをぶちまけて、わめき散らして、息を荒げたまま黒かばんはじろりとかばんとサーバルに目を向けた。
サーバルはきゅっと唇を結んだ後、小さい声で返事を返す。
「…任せて、かばんちゃん。わたし、やるよ。かばんちゃんが作ってくれたチャンスだもん」
ごめんね、とかばんも囁くような声で謝った。
「最後までサーバルちゃんに頼ってばっかりで…。サーバルちゃんが成功したらその後は――ボクが、頑張るから…」
「え…」
かばんを見るサーバル。
しかし、それ以上の会話はできなかった。
黒かばんが触手をのたうたせ、声を荒げる。
『もういイ…!!君がボクの計画に協力しないなら…君を喰ってしまえばいいだけダ!!君の知識ヲ、ヒトとしての輝きを喰らっテ、ボクはさらに進化すル!!』
「…っそんなこと、させないよ!」
『うるさイ!!邪魔を…するなあああァ!!』
黒かばんの二本の触手が、がばりと大きく口を開く。
サーバルは思い切り大地を蹴って駆け出した。
瞳には野生が灯り、爪からはサンドスターが煌めく。
かばん目がけて伸ばされた一本の触手を、思い切り爪で裂いた。
『ああああああァアッ!!』
切断するには至らなかったものの、千切れかけた触手の動きは鈍る。
さらにもう一撃加えようとしたサーバルに、黒かばんは叫びをあげながらもう一本の触手を食らいつかせようとする。
「うみゃぁ…!」
サーバルの瞳の輝きが強まり、野生の力がさらに高まる。
ぐっと折り曲げた両足から大量のサンドスターが溢れ、体に触手が牙を立てようとした直前、サーバルは高く、跳び上がった。
勢い余って絡まり合う、二本の触手。
サーバルはその絡まり合った触手達を目がけ、空中で大きく振り上げた両腕を。両の爪を。
「っみゃああああああ!!」
落下の勢いに乗せて、思い切り振り下ろした。
虹色の煌めきを散らせて一直線に落ちた、黄色い斬撃。
それは、その斬撃は。
ものの見事に、二本の触手をザックリと断ち切った。
『…ッ!!鬱陶しいなァ…!!』
千切れた触手を縮めながら苛立ちの声をあげる黒かばん。
その断面を見つめ、少し黙り込んだ彼女の表情は、見る間に驚愕に塗りつぶされた。
『――修復が…できなイ…!?』
やはりそうだ、とかばんは拳を握り込んだ。
核である石が半壊した影響で、鞄の再生能力が失われている。
「よぅし…!」
地面に叩きつけた爪を引き抜いて、サーバルはさらに追撃を試みんと顔を上げ。
――ガクリ、と膝をついた。
「あっ…?」
「――!」
体を纏うサンドスターも、瞳の力強い輝きも、消え失せる。
体に上手く、力が入らない。
――当然のことだった。
『…そっちももう限界みたいだネ…』
遊園地の中へ足を踏み入れてから、野生暴走に自ら陥って無数のセルリアンと格闘し、休む間もなく黒かばんと長時間にわたる戦闘を続けている。
それも、自分の体にかかる負担も考慮せず、大量のサンドスターを用いることでほぼ最大まで能力を高めた状態で力を酷使し続けた。
――もうサーバルの体には、活動に必要なサンドスターは残されていなかった。
「……まだ、まだぁ!!」
しかし、フレンズとしての肉体を動かすサンドスターが枯渇した体にむち打って、彼女は強引に動き続ける。
黒かばんの鞄を無力化して、かばんに全てを託すために。
かばんとの約束を、果たすために。
立ち上がり、黒かばん目がけて、走る。
『ホントしぶとい…獣ですネ…!』
サンドスターがなくても、爪はある。
サーバルは自慢の爪を高々と振り上げ、悲鳴を上げる足で一気に黒かばんに肉薄し、彼女の側面へと回り込んだ。
「みゃあああ…!!」
狙うは一点。
透けた鞄の中に見える、ヒビの入った大きな石。
渾身の力で、サーバルは腕を振るう。
『させるカ…!!』
その腕を、黒かばんは千切れた触手の残りを巻き付けて捕らえた。
触手はサーバルの腕をきつく締め付けたかと思うと。
どろりと溶けたように纏わり付き、包み込んできた。
『輝きを――力を…寄こセ!』
「あ、うあぁ!!」
ドロドロとした触手に包み込まれた腕が、その内部で光を溢している。
腕が熱い。
喰われている。
凶器となる触手を失った代わりに、サーバルのサンドスターを喰らって力を得るつもりだ。
「サーバルちゃん!!」
堪らず、駆け出そうとするかばんの動きを。
「ダメッ!!」
額に汗を滲ませて黒かばんを睨み付けたまま、サーバルは短くも強い一言で制した。
残ったもう一本の千切れた触手で離れたかばんを狙うか、至近距離にいるサーバルをさらに拘束するか、一瞬判断に迷う黒かばん。
その紅い瞳と、サーバルの黄金色の瞳が、交錯した。
「ウウゥゥゥ…ミャアアア゛アアアッ!!」
渾身の咆吼。
手放しそうになる意識を、気合いで引き留めて。
サーバルは触手に捉えられたままの腕を――強引に振り抜いた。
自分を包む触手を引きちぎり、真っ黒な鞄を裂いて。
かばんの攻撃で半壊していた鞄側の大きな石を、爪が捉え、粉々に破壊した。
『ウ、あ゛あああああァァァ!!』
苦悶の悲鳴をあげる黒かばんの背中で、石を失った鞄は歪に形を崩し、爆ぜた。
ボンッ、とサンドスターを派手にまき散らし、爆風は持ち主の黒かばんと側にいたサーバルを吹き飛ばす。
大地を跳ね、転がる二人。
「――ッサーバルちゃん!」
俯せに倒れ込んだまま呻いている黒かばんの様子を伺いつつ、かばんは同様に倒れたまま動かないサーバルの元へと駆け寄った。
鞄を下ろし、ぐったりとしたサーバルの体を抱え起こしたかばんは息を呑む。
触手に呑まれていた腕が。
その腕を包んでいる毛皮が。
――【本物の毛皮】になっている。
「サーバル、ちゃん……」
ヒトの形は保っているものの、フレンズの体を保つためのサンドスターを幾分か奪われてしまったその腕は、獣に戻りかけていた。
負傷があったら手当てをしようと思って下ろした鞄も、これでは役に立たない。どうしたらよいのか、わからない。
「ありがとう……。無理させてごめんね…」
せめて安静に休ませようと、鞄を枕代わりにして寝かせてやり、細く柔らかい毛に覆われた腕をそっと撫でる。
本当ならもっと落ち着いて休める場所まで連れて行ってあげたい。しっかり看て、処置の仕方を考えてあげたい。
けれど――
『ハァ…ハァッ…サー…バルゥウ…!!』
おぞましい呻き声を上げて、大事な鞄を奪い取られた黒かばんが、ゆっくりと身を起こす。
まだ終わっていない。
ここで判断に迷って、サーバルが繋いでくれたものを無駄にするわけにはいかない。
この先は自分が、決着をつける。
『許さなイ…ボクの計画の素晴らしさを理解しない愚かな獣たちモ…ボクの邪魔ばかりしてくるその忌々しいサーバルモ――獣たちをそんな風に躾けている君モ…!!』
めきっ、ぐじゅ、と気味の悪い音を立てて、地面について体を支えていた黒かばんの右腕が、奇妙に歪む。
その腕は次第に、見覚えのある形へと、変化していく。
「――…っ」
黒かばんが、サーバルから奪い取ったもの。
鋭い爪が光るサーバルの腕を――喰らったサンドスターで再現していた。
『君ノ大事ナ友だちのチカラデ、ズタズタニ引き裂いてカラ喰ってヤル…!!!』
殺意を剥き出しにしながら立ち上がろうともがく黒かばんを見やり、かばんは一度目を閉じて深く息をついた。
自分を強く保つために、守りたいものを確かめるように、これまでの旅の思い出を再度思い返す。
負けるつもりはない。けれど、何が起こるかはわからない。だから。
「サーバルちゃん…本当に、ありがとう」
――全ての思い出の中で常にそばにいてくれたサーバルに、改めて礼を述べておきたかった。
「見るからにダメで…何で生まれたかもわかんなかったボクを受け入れてくれて…ここまで見守ってくれて――」
動くことの出来ないサーバルの傍らで囁き、ゆっくりと立ち上がるかばん。
決意を固め、ようやくふらふらと立ち上がった黒かばんを見据えて踏み出そうとした足。
――その足を、獣に戻りかけているサーバルの手が弱々しく掴んだ。
かばんは驚いてサーバルを見下ろす。
今にも途切れそうな意識の中、薄い目を開けたサーバルが、半開きのままの口から声を漏らした。
「――…かばん、ちゃんは…ダメじゃない、よ…。かばんちゃんが…生まれて、なかったら…わたし…他のちほーや、フレンズのみんなの良いところ…あんまり、知らないままだった…」
かばんの細い足首を掴む指先に、僅かに力がこもった。
「…かばんちゃんが、いなかったら…今頃わたしも、みんなも…あの黒いかばんちゃんの思い通り…お互いのことが、わからなくなって…傷つけあってたんだよ…」
乱れる呼吸を整えることも忘れ、サーバルは儚い笑みを浮かべる。
「――…ね?かばんちゃんは…すっごいんだよ…」
するりとサーバルの手が、かばんの足から離れて地面に落ちた。
「…そっか…」
『かばン…カバン…!』
憎しみに表情を歪ませてゆらゆらと歩き出す黒かばん。
「自分がなんのために生まれたのかわからなかったけど…でも、一つ。ボクにできることが…しなくちゃいけないことがあったんだったよ…」
『カバンンンンンッ!!』
爪を構えて、黒かばんが駆け出す。
「――あなたをここで、絶対に、止めてみせる!!」
『アアアアアアアアッ!!』
かばんも、黒かばんに正面からぶつかっていくように、駆け出した。
鋭利な爪を振りかぶり、黒かばんは濁った紅い目でかばんを捉える。
頭上から振り下ろされた大振りの一撃をしっかりと躱し、かばんは黒かばんの脇を走り抜けて、叫ぶ。
「そんなんじゃ…ボクは食べられませんよ!」
『ううゥ…!!』
挑発するようなかばんの言葉に、黒かばんは折れそうなぐらいに歯を軋ませると、瞳を紅く光らせてかばんを猛追する。
動けないサーバルを、狙われないように。
かばんはサーバルから少し距離を取ることができたことを確かめると、踵を返して立ち止まり黒かばんを迎え撃つ。
『丸腰の君ニ、何ができル…!反撃できるものなラ、やってミナヨ!!』
何の獲物も持たずに立ちはだかるかばんに、黒かばんは憎まれ口を叩いて爪を振るった。
躱す。振るう。躱す。何度も。
横薙ぎ。袈裟懸け。逆袈裟。振り下ろし。
当たらない。当たらない。何度やっても。当たらない!
黒かばんの猛攻を、かばんは全て躱していく。
『ナンデ…!?なんで当たらないンダ…!!』
目を見開いて震える声を発する黒かばんの一挙手一投足を、かばんは見落とさぬようにじっと見つめていた。
「サーバルちゃんとの狩りごっこの方が、もっと逃げるのが大変なんです…!」
サーバルと何度も何度も遊んだ狩りごっこ。
攻めるのはなかなか上手くならなくて、サーバルを捕まえることはあまり叶わなかったけど、素早いサーバルの追っ手から逃れることを繰り返す内に、避けることは得意になっていた。
『意味がわからないことヲ…言ウナ!!』
ぶんっ、と大きく薙いだ黒かばんの一撃を、飛び退くようにしてまたしても避けたかばんは。
そのままそばに合ったアトラクションの柱に駆け寄ったかと思うと。
その柱の装飾や傷など、僅かな出っ張りや凹みに手足をかけて、いとも簡単にするすると登ってみせた。
『ナッ…!?』
呆気にとられる黒かばんを、アトラクションの屋根の上から見下ろした後、かばんは視線を走らせる。
何かを探すかのようなその仕草が気に障り、黒かばんは苛立って柱を殴りつけるも。
――彼女は、それを簡単に登るコツを…木登りの方法を、知らない。
『この…野蛮ナ、獣ガ…!』
吐き捨てるように呟く黒かばんを尻目に。
かばんは、アトラクションの屋根を思い切り蹴ると、黒かばんから少し離れた所に着地する。
『ちょこまかト、逃げ回ルナ!』
着地した姿勢のまましゃがみ込んでいるかばんを再び捕らえんと、黒かばんが駆ける。
「――…もう、逃げません。これで終わりにしましょう…!」
立ち上がったかばんは、やはり丸腰で。武器にしていた机の脚も、遠くに転がったままで。
何が、終わりにしましょうだ。説得なんかには応じない。
旅の経験だかなんだか知らないが、獣のような得意技を見せていい気になるのも、ここまでだ。
迎え撃つように再度正面からかばんが突進してくる。
黒かばんも足を止めず、走る。爪を振り上げて、構える。
両者が、あと少しでぶつかり合うまでの距離まで近付いた、その時。
黒かばんが、にぃと不気味な笑みを浮かべた。
「――」
それに気付いたかばんが、足を止めようとした、刹那。
地面の、敷き詰められたタイルを突き破って。
小さな、本当に小さな黒いセルリアンが、勢いよく飛び出し。
――コアである硬い【石】が、かばんの額に鈍い音を立ててぶつかった。
「いっ…!」
体勢を崩してよろめくかばん。捨て身の攻撃で石が砕け、消滅するセルリアン。そして。
『――切り札ハ、最後の最後まで取っておくものなんですヨ』
かばんを振り上げた爪の間合いにとらえ、邪悪な満面の笑みを浮かべた、黒かばん。
――駄目だ…避けられな――
『ボクの…勝ちダ――!』
ふわり、と。音もなく。
【それ】は、綺麗な火の粉を舞い散らせながら、二人の間を滑るように飛んだ。
――燃える、紙飛行機。
温かい光を放ちながら滑空するそれを、黒かばんは。黒セルリアンは。
動きを止めて、【本能的】に目で追った。
―――ドッ
そんなくぐもった音と、僅かな衝撃が、黒かばんの意識を呼び戻す。
視界にうつったのは、少し離れた所でかばんの鞄を胸に抱き、投擲の姿勢のまま地面に倒れているサーバルの姿と。
肩からもたれかかるように、自分に体を押しつけているかばんの姿と。
その彼女が握る、見覚えのある【破片】が。
自分の左胸に、突き込まれている光景だった。
『――……ァ……』
突き込まれた破片は、体内の石まで達し、その石はぴし、とひび割れていて。
コアを傷つけられた黒かばんの全身からは力が抜け落ち。
数歩、後ろによろめいた彼女は、そのまま地面に吸い込まれるように仰向けに倒れ込んだ。
『…ハ…ッハハハ…』
大の字に倒れたまま、曇った空を仰いで小さく笑う黒かばん。
その視界に、自分を見下ろすかばんの姿が入ってきた。
額から伝う血を拭おうともせず、酷く悲しげな顔で自分を見下ろす彼女の手には。
自分の胸を刺し貫いた、大きな鈍色の破片が握りしめられていた。
『――サッキ探シテいたのはソレデシタカ…。ボクが壊した…アノいけ好かないロボットの破片デスネ……』
――爪も牙も持たないかばんが最後に選んだ武器は、いつも自分を助けてくれたボスの残骸だった。
一際大きくて鋭い破片を拾って隠し持ち、黒かばんの一撃を躱したところを狙うつもりだった。
予想外だったのは、黒かばんの方も最後の武器を隠し持っていたこと。
サーバルの決死のアシストがなければ、今頃倒れていたのは自分の方だったと、かばんは心の中で親友に礼を述べる。
『アーア…良いですヨ…ボクの負ケダ…完敗デス…。核ヲ傷つけラレチャ、もうマトモニ動けないシ』
先ほどまでの鬼気迫る勢いを完全に放棄し、黒かばんは全てを諦めたようにそう言い捨てた。
寝転がったまま目を細め、にやりと笑ってかばんを見上げる。
『…最後に聞きますケド、ボクの計画に協力スルツモリハ…?』
無言で首を振るかばんに、当たり前ですよね、と黒かばんは鼻で笑う。
「――ヒトだって【けもの】の仲間だから…ボクはヒトのフレンズとして、このパークの動物や、フレンズさん達と、仲良くなりたい…」
『アーハイハイ…もういいですそういうノ…』
はー、と長い息を吐き、黒かばんは呟く。
『ナンダカンダ言ってボクの目標はある程度達成デキマシタシ…。モット、モット命がぶつかりあう美しさを見てみたかっタシ、更なる可能性モ知りたかったケド…欲張るのはココマデニシテおきまス…』
心残りなのは、と目を瞑る黒かばん。
『君をボクの思い通りにデキナカッタのは本当にムカツクヨ…。君とボクは違ウ…?ボクの持っているヒトに対する知識は…一体ナンダッタノカナ…?』
瞼を上げてかばんを見上げた黒かばんは、僅かにその目を見開いた。
『ハ…?なんで泣いてるノ…?』
自分を見下ろすかばんが、静かに涙を流していることに気付き、黒かばんは眉を顰める。
「…わかりません…。でも…」
涙も血も拭わずに黒かばんを見つめ続けるかばんは、消え入りそうな声を絞り出した。
「もし、あなたがもう少し違う生まれ方をしていたなら…ボクと、あなたは――」
『ヤメロ…』
低く呻くような一言で、黒かばんはかばんの言葉を遮った。
『ボクに情けをカケテイルつもりですカ…?もう君達のお友だちごっこニ付き合うノハうんざりダ…。ボクはこの生き方を変えるつもりはナイ…。ボクを構成スル輝きガこういうものである以上、変えられないンデスヨ…』
それにまだやることが残っている、と黒かばんはいつもの邪悪な笑みを浮かべてみせた。
『君はボクに言いましたよネ…。フレンズ達もあのロボット達モ、みんな生きていル、ト…。君ノ言葉を借りるナラ…ボク達セルリアンだって生きてイルんですヨ。特にボクなんテ、君達とほとんど変わらない存在にまで到達シテイル…。言葉を使イ、意志を持チ、コミュニケーションをとることがデキル…』
涙を零し続けるかばんに、黒かばんは、さぁ、と笑いかけた。
『君の「フレンズを守りたい」とイウ【欲望】デ――ボクの命を奪うんダ…!ハハハ…アハハハハッ……!君に対する最期の嫌がらせデス…!ボクを倒さなキャ、セルリアン達は止まらナイ…!変異サンドスター・ロウも島を支配したままダ…!!』
自分の手を傷つけてしまうぐらい破片を強く握りしめ、かばんはきつく、目を閉じた。
黒かばんは笑う。
最期まで、彼女は自分を曲げなかった。
曲げてあげることすら、できなかった。
『――【欲】に従って君達の命を弄んだボクのようニ、君の【欲】に従ってボクを…殺セ!!ボクと君は同じだと…証明してミセロ!!』
「――……あああああああああああああっ!!」
悲鳴のような、怒号のような、悲痛な叫びをあげるかばんの体から、虹と黒のサンドスターが溢れ出し。
勝ち誇ったように笑う黒かばんの上に、倒れ込むように。
かばんは、ボスの破片を、穴が穿たれたままになっている黒かばんの胸に突き立て、切り裂いた――
サーバルは霞む視界の中、その全てを見届けた。
かばんの下で大の字になっていた黒かばんの体が、ゆっくりと、解けるように虹色のサンドスターに還っていく光景を。
何か、大きな力を失ったかのように、ぐらりと揺らいだ後倒れ伏す、かばんの姿を。
空を覆う分厚い雲が少しずつ裂け、柔らかな日の光が差す様子を。
全てを見届けた後、静かに目を閉じて、意識を手放した――
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