【おまけ】後日談

後日談①<目覚め><ロッジへ>




<目覚め>







「――……ん……うん……?」


白銀の世界に散乱された眩しい日の光が、建物の中まで入り込み、顔を照らす。

瞼の向こうから視界を刺激され、体を縮こまらせて眠っていたギンギツネは、小さな呻きをあげて、長い【眠り】から目を覚ました。


「……あら……?私、いつの間に――」


記憶が酷く曖昧で、目をこする間、独りでに疑問が口から溢れる。

意識がはっきりしてくると、そこでようやく自分は誰かの膝に頭を預けて横になっていることに気付く。

身を起こすよりも先に、瞳を動かしてその誰かを認めた。



「――」



目が合い、彼女は――キタキツネは軽く開いた口を振るわせ、ほんの一瞬、泣きそうな顔を浮かべたように見えたものの。

それが見間違いだったかのように、穏やかな、少し大人びた微笑みを浮かべ、自分の膝に預けられたままのギンギツネの頭を軽く撫でた。


「――…おはよう、ギンギツネ。ボクもさっき、起きたところ」

「おは、よう…キタキツネ…。――やだ、私ったらなんでこんな…」


いつもは妹分で甘えん坊なキタキツネに、何故か自分の方が甘えてしまっているおかしな状況に、ギンギツネは顔を赤く染めながら身を起こす。

その間何も言わず、ただじっと自分の顔を見つめてくるキタキツネの様子がどうもいつもと違って見えて。

そもそも自分は温泉施設の様子を見に外出していたはずなのに、その辺りから記憶が散漫なのも不可思議で。

ギンギツネは眉を顰めて首を捻ると、キタキツネに問うた。


「ねぇキタキツネ。…何か、あったの?」


心配そうに表情を曇らせるギンギツネに、キタキツネは目を伏せて首を横に振ってみせる。

そして、透き通るような青空が戻った外を眺めて、淡々と呟いた。


「もうだいじょーぶだよ。全部、終わったみたい」

「終わった…?」


訳がわからず、ギンギツネはキタキツネの視線を追って外を呆然と眺めることしかできず。



「――…ちゃんと待ってたよ、かばん…」

「え……?」



キタキツネの呟きの意味もわからず困惑するギンギツネの耳に。


「――おーい!誰かいるー!?助けに来たよー!」


建物の外から、他のフレンズのそんな声が聞こえてきた。


「うーん……もうちょっとだけ、げぇむはお預けかなぁ」

「え?え?ちょっと、どういうことかちゃんと説明しなさいよ…!?」


少々残念そうに呟いて、応対に出るために立ち上がるキタキツネに対し、完全に置いてけぼりにされているギンギツネは狼狽えながらも彼女の後を追うのだった。









<ロッジへ>









「――………い……起き……起きるのです、お前達。着きましたよ」


優しさと呆れの入り交じった声色の呼び声に、かばんは意識を取り戻す。

ぼやけた視界に二、三度瞬きを繰り返すと、バスの客席の真ん中で腕を組んで立つ博士の姿がくっきりと浮かび上がった。


「あ…博士さん…」

「うっ…一番休ませないといけないヤツが一番に起きたのです…。お前は起きては駄目なのです。爆睡しておけばいいのですよ全く」

『カバン、目的地ノ【ロッジ】ニ到着シタヨ』


渋い顔をする博士から視線を動かして声のした方へ顔を向けると、運転席からラッキービーストがこちらを見つめていて。


「ラッキーさ――」


その名を呼ぼうとしたかばんは、そのラッキービーストの欠けた耳に気付いて、ようやく寝惚けた頭にこれまでの出来事が蘇り、口をつぐんだ。


「――えっと…二号さん、ありがとうございます」

『オハヨウ、カバン。気分ハ大丈夫?』


手首につけたパーツが緑の光を放ち、声を発する。

かばんはほんの少し寂しげな笑みを浮かべ、それでもいつもの調子で返事を返した。


「ラッキーさんも、ありがとうございます。遊園地に居たときよりはだいぶ良くなりました。…けど、安心したら疲れがでちゃったのか、眠くて…」

「…仕方ないのですよ。皆もあんな感じなので」


溜息交じりにそう言う博士の視線を追うと、バスの客席で所狭しとギュウギュウに身を寄せ合ったフレンズ達が、博士の呼びかけに気付くこと無く熟睡しているのが目に入り、かばんは苦笑するしかなかった。






遊園地での死闘を乗り越えたかばん達一行は、さほど広くない客席に、屋根の上を使ってまで全員で乗り込んで、野生暴走していたフレンズ達が大勢集められているらしいロッジにバスを走らせた。

さすがに島中のフレンズ達をロッジアリツカ一ヶ所に収容するのは難しいが、ボスの話によると、あのちほーには他にもいくつかの宿泊施設があるらしく。

怪我人や暴走していた者達を可能な限り集めておくことで、万が一【後遺症】などの問題が見られた場合、速やかに対応できると博士は判断した。

かばんは博士の言葉に従って、改めて各地のラッキービーストに、被害に遭ったフレンズ達をロッジへ集めるよう指示を伝えたのだった。


集められた皆の様子が心配で気が気でない様子だった一行も、遊園地でのギリギリの攻防戦で体力もサンドスターも精神も極限まですり減らしていた。

結果、心地よいバスの揺れに次第に眠りに誘われたようで。

泥のように眠る彼女達を起こすことに若干躊躇しつつも、博士は最初よりも大きく声を張り上げる。


「起きるのですお前達!ロッジに着いたのです!!」


何度目かの呼びかけにようやく目を覚ました皆は、重い瞼をこすりながらも、仲間の無事を確認するために次々とバスから降り立った。



そんな中。



「あ、あ、あの、ボク、一人で歩けますから…!」

「うみゃー!わたしもへーきだよ!?」

「駄目だ」

「駄目だねー」


赤面したかばんと、尻尾をぱたつかせるサーバルを脇に抱え、ヘラジカとライオンは平然と歩く。


「あんなふらふらした足取りで一人で歩けるわけないだろう。お前にこれ以上無茶はさせられん」

「サーバルも、腕が治るまで絶対安静だーって言われてただろー?二人仲良く同じ部屋で休ませてもらいなよ」


為す術無く担がれたままロッジに運び込まれた二人。

そんな一行を出迎えたのは、大げさすぎるほどのリアクションで喜びの声を上げた、彼女だった。




「ああああーっ!!かばん、サーバル――先生!!」

「――!!キリン!!」




前にいたヘラジカとライオンを思わず押しのけそうになるような勢いで、タイリクオオカミがその声に反応して身を乗り出す。

名前を呼ばれた彼女――アミメキリンは、腕いっぱいに抱えていた木の板のようなものを床に落とすと、脇目も振らず駆け出してオオカミに飛び付いた。


「うぉっと…!」

「先生!先生!!ここに集まってきてるみんなから聞きましたよ!さすがです先生ー!」


全力で抱きついてくるアミメキリンをしっかりと受け止めて、タイリクオオカミは穏やかな笑みを浮かべた。


「私じゃなくて皆の活躍のおかげさ。…いろいろと話したいことが山積みなんだけどとりあえず、無事で何よりだよキリン。アリツさんはどこかな?」


オオカミの問いにキリンが答えるよりも早く、彼女はその場に現れた。


「あっ!!」

「あぁ!噂をすれば――」


驚いた表情から一変、泣きそうな顔で駆け出したアリツカゲラは。

キリンと同様にタイリクオオカミに飛び付いて、さすがに二人まとめては受け止めきれなかったオオカミは体勢を崩し。

三人はもつれ合う様にして床に倒れ込んだ。


「あいたたた……ははは、どうやら二人ともすこぶる元気みたいで安心したよ」

「オオカミさぁん…!」「せんせぇ…!」


困ったように笑いながら、タイリクオオカミは二人の王に抱えられたままのかばんとサーバルを見上げた。


「積もる話もあるけれど、こんな所で長話するわけにもいかないし、かばん達や他のみんなを休ませてあげたいんだ。良い部屋に案内してくれるかな?」


アリツカゲラは滲んだ涙を指で拭うと、心底嬉しそうに笑う。

恐れと怒りで我を失っていたあの姿は、もう微塵も感じられなかった。


「――喜んで…!」











「――何があったのか、私が何をしてしまったのかは、キリンさんやロッジに来た皆さんから全部教えてもらいました。かばんさん達が私を閉じこめてくれなかったら、私…大好きなこのロッジを自分の手で滅茶苦茶にしてしまうところでした。本当にありがとうございました」


かばんとサーバルが一度泊まったことのある【みはらし】の部屋に案内してくれたアリツカゲラは、ベッドに身を預けるかばんに丁寧に頭を下げて礼を述べた。

かばんの隣のベッドではサーバルが同じように横になっており、アミメキリンが持ってきてくれた【ふとん】というらしいふわふわしたものを体にかけ、心地よさが増した寝床に上機嫌になっている。


二人をこの部屋に運んでくれたライオンやヘラジカを始め、遊園地から帰還したフレンズ達は一旦解散し、各々の仲間を探してロッジ内に散っていた。

【みはらし】の部屋に残ったのは、元々ロッジで過ごしていたオオカミ、キリン、アリツカゲラの三人だった。


「しかし…やはり無傷、というわけにはいかなかったみたいだね、このロッジも」


腕を組んだタイリクオオカミが、見晴台からロッジの外を眺めつつ呟く。

何人かのフレンズ達が、先ほどのアミメキリン同様に、木の板や壊れた装飾などを手に忙しなく動いている姿がそこから確認できた。


「はい…。皆さんに手伝ってもらって、壊れた壁を直してもらったり、散らかったものを整理してもらったりしてるんです。私が壊してしまった分もあるんですが…セルリアンが入ってきてたみたいで」

「――セルリアンによる暴走フレンズの誘拐…恐ろしすぎる事件だわ…」

「君達は平気だったのかい?」


ロッジ内まで侵入してきたセルリアンの標的は、間違いなく彼女達だったはずだ。

オオカミの問いに、アミメキリンが苦笑気味に答えた。


「えぇとその…私もよく覚えてないんですが…聞いた話だと、だいぶ私が暴れて抵抗したみたいで。入ってきたセルリアンをかなり返り討ちにしたみたいなんです。ヒグマさんの呼びかけでロッジの様子を見に来てくれたフレンズ達も手に負えないぐらい興奮してたらしく…」

「あぁ…なるほどね」


恥ずかしげに語るキリンの話に、オオカミが苦虫を噛みつぶしたような顔で相づちを打った。

おそらく、彼女が野生暴走を発症した際、その片鱗を目の当たりにしたことを思い出しているのだろう。


「私の居た【しっとり】の部屋はだいぶ奥の部屋なのでセルリアンには気付かれませんでした。けど、キリンさんとキンシコウさんは襲撃されて…。キリンさんは大丈夫でしたが、キンシコウさんはロッジから連れ去られかけていた所を他のフレンズさんに助けてもらったようで、今は別室で休んでます」


話ながらもじゃぱりまんの入ったカゴや飲み水などをテキパキと用意してくれていたアリツカゲラは、少し息をついた後、さて、と小さな翼を羽ばたかせた。


「皆さんにご迷惑おかけした分、いっぱい働いてお返ししますよー。どうやらお客さんがまだまだ来られるようなので、はりきっておもてなししちゃいます!」

「私も事件解決に協力できなかったのが悔しいので、アリツカゲラさんのお手伝いをいっぱいして、ちょっとでもみんなの役に立ちたいと思います!かばん達や先生は休んでてください!」


やる気満々な二人を見て、思わずかばんは、えっ、と声を漏らして体を起こした。


「あの、お二人は大丈夫なんですか…?暴走状態だったフレンズさん達は、まだみんなボクみたいに上手く体が動かないんじゃ…」


キリンとアリツカゲラはお互い顔を見合わせて、首を捻る。


「私は平気だけど…」

「私も大丈夫ですね…。最初は気を失っちゃったみたいなんですが、目が覚めてからは全然問題ないです」


かばんはまだ痺れているような感覚に冒されている自分の手を見つめた。サーバルの心配そうな視線も隣から感じる。

その時。



「――体内に取り込んでいた変異サンドスター・ロウの量が原因なのです」



ガチャ、と扉を開けて、部屋に入りながら博士が会話に加わった。


「サンドスター・ロウの、量?」

「アリツカゲラやキリンは暴走を発症したものの、ロッジの中にずっといたのでそれほどサンドスター・ロウを取り込んではいなかったのですよ。他のフレンズ達も同じでした」


博士はかばんのベッドの傍らに椅子を移動させると、それに腰掛けた。


「逆に暴走後ずっと外をうろついていたり、無茶をしてさらに傷を重ねてしまったりしたフレンズ達は、より多くのサンドスター・ロウを蓄えてしまっていたので、お前と同じようにショック症状が重い者が多いのです」

「そうなんですね…」

「お前は【ヤツ】から直接濃度の高いサンドスター・ロウを流し込まれたのです。しばらくまともに動けないでしょうね」

「うぅ…」


すっかりシュンとしてしまったかばんを一瞥し、博士はアリツカゲラたちに顔を向けた。


「かばん達の様子は私が見るのです。お前達は自由にするといいのです」

「…では、お言葉に甘えて。かばんさん、サーバルさん、何か困ったことがあったらいつでもお声かけくださいね」


アリツカゲラとキリンは、ロッジの運営と修復作業に戻っていく。

残されたタイリクオオカミは、欠伸を噛み殺して頭を軽く振った。


「さすがに私も疲れたよ。アリツさん達には悪いが、一眠りさせてもらおうかな」

「無理をして他の者の手を煩わせるより、その方が賢明なのです。隣の部屋が空いているので、使うと良いのです」


博士の言葉に従い、タイリクオオカミも部屋を後にする。

オオカミが去るのを見送り、博士はサーバルに向き直った。


「で、お前の調子はどうなのです?」

「わたしはへーきだよ。手がこんなのになっちゃっただけで、あとはちょっとまだ疲れが残ってる感じがあるけど、アルパカからいっぱいじゃぱりまんもらったし、だいじょーぶ」

「こんなのになっちゃっただけって――軽く言いますが、それはなかなかの重症なのですよ…」


あっけらかんと話すサーバルに、博士は頭を抱えて呟く。


「…まぁお前のは単なる無茶のしすぎなので、腕の再フレンズ化が進むまできっちり休むのです。元気だからって動き回ってはいけないのですよ」

「はーい」


溜息交じりにサーバルに忠告した博士は、もう一度かばんを見た。


「かばんの体調は言わずもがなですが、気になるのは背中の傷です。拳銃とは恐ろしい道具なのですね」

「――ボクも…まさかあんな恐ろしい道具をヒトが作っていたなんて、思いませんでした…」


キュッ、と布団を握りしめて唸るかばんに、博士は真剣な面持ちで口を開いた。


「大事なのは、作られたものをどう使うか、なのです。お前は、あのセルリアンのような私利私欲のためではなく、我々を守るためにアレを使った。…お前は、大丈夫なのです」

「……」



かばんが黙り込んでしまい、空気に重みが増す。

博士はそれを取り繕うかのように、あー、と声を上げた。



「その、拳銃は【たま】を飛ばして攻撃するものだとボスから聞いたのです。お前はそれがサーバルに当たらないよう自分の体で止めたようですが、大丈夫なのですか?」

「……え?」

「いや、傷はふさがっているようですが、そのたまとやらが体内に残ってたら、体にとって良くないのでは――」


サァ、とかばんの顔色が青くなるのを見て、博士は口をつぐんだ。


「えっ!?か、考えてなかったです…。ボク、大丈夫なんですか…!?」

「えぇ!?かばんちゃん、大変なの!?どうしよう!わたしのせいだよね!?」

「…私に聞かれても困るのです…」


不安げにたずねてくるかばん。かばんの身を案ずるサーバル。

まさかの反応にたじろぐ博士。

そこに助け船を出したのは、かばんの腕に取り付けられたボスだった。


『ソレニ関シテハ安心シテイイヨ。スキャン済ミダカラネ。アノセルリアンガ治療ノ際取リ除イタノカ、サンドスターノチカラデ自然消滅シタノカハワカラナイケレド、カバンノ体内ニ銃弾ハ残ッテナイヨ。手術ノ必要ハナサソウダネ』

「よかったー!よくわかんないけど…かばんちゃん、だいじょうぶなんだね!」


サーバルが心底安心したような笑顔を見せる。

かばんもほっと一息ついて、少しばかり手首を持ち上げてボスに礼を述べた。


「ありがとうございます、ラッキーさん。えっと――ちなみに、【しゅじゅつ】って何ですか…?」

『モシ体内ニ異物ガ残ッテタラ取リ除カナイトイケナイカラネ。マズハ体ヲ切ッテ――』


ボスの説明を途中まで聞いたかばんは、いらぬ知識欲で質問したことを後悔しながら、生々しい解説を中断するようボスに頼み込むのだった。










バァーン!!


「かばんさんはこの部屋にいるのか!?」

「アライさーん、その入り方はよくないねー」


それからしばらくして、騒々しくドアが開かれたかと思うと、アライグマが転がり込むように部屋に飛び込んできた。

その後に続いて、のんびりとフェネックがやってくる。


「騒々しいヤツが来たのです…。もう少し静かにするのです。かばん達が休めないでしょう」

「うぅ…ごめんなさいなのだ…。アライさん、かばんさんのために何かしたくて…」


じとっとした博士の目に見つめられ、アライグマは尻尾をへなへなと垂らせて落ち込む。

かばんは慌ててフォローに入った。


「だ、大丈夫ですよ!ボクもアライさん達と、一度ちゃんとお話ししたいと思ってたので。アライさん達が山で頑張ってくれたから、ボク達は勝てたんです。本当に、ありがとうございます」

「うぐぅ…がばんざん…!」


涙をいっぱいに溜め、鼻水を垂らしそうになりながら、アライグマは顔を上げた。

そんな彼女の隣で微笑むフェネックを見て、サーバルが訊ねる。


「フェネックは、ケガ、大丈夫なの?」

「んー?あー、そーいえば手当てしてもらったの、つけたまんまだったねー」

「かばんさんとおそろいなのだ」


アライグマに言われ、かばんは自分の額に手をやった。

黒かばんが仕組んだセルリアンの捨て身の一撃で切ってしまった額の傷は、思った以上に出血が酷く、サンドスター・ロウの侵食の心配がなくなった今でも包帯で保護していた。


「もうサンドスター・ロウの心配も無いし、取っちゃっても大丈夫かなー?」


むず痒そうに頭の包帯を掻くフェネックに博士が答える。


「出血が収まっているなら構わないと思うのです。本当ならもう少し保護して置いた方が【ばいきん】が入らなくて良いらしいですが、今はサンドスターが豊富に溢れているので、じきに傷も塞がるでしょうし」

「じゃあ、あとで外してあげるのだ!」


ニコニコ笑うアライグマに、ありがとー、と微笑むフェネック。

一方かばんはもう少しだけこのままにしておくことにした。

サンドスターによく触れられるようにしておいた方がいいのかもしれないが、生々しい傷跡を皆に見られることに些か抵抗感があった。

その思いは頭の傷だけではなくて。


「あの、ケガだけじゃ無くて、ふ――えっと…毛皮もサンドスターの力で直るんですか?」

「もちろんなのです。じゃなきゃ、普段大人しくしていないフレンズ達の毛皮は汚れ放題のズタボロなのですよ。ケガよりも少し時間がかかるようですが」

「時間が……」

「どうしたのだ?」


博士の返答に少し苦い顔をしたかばんに、アライグマが訳を尋ねる。


「その、傷は塞がったのはいいんですけど……汚れが気になって。――…あまり、見ていて気持ちの良い物でもないですし…」

「あっ…」


かばんの言葉を聞いて、サーバルが耳と共に眉を下げた。

元々赤い色をした服ではあるが、小さく空いた穴を中心に背中を染めている紅のシミは隠しきれず、嫌でも目と鼻についてしまう。

悲しげに表情を歪めたサーバルを見て、さらに困ったように慌てふためくかばんの様子に。

ぐぬぬと腕を組んでいたアライグマが、突然何か思いついたかのように目を輝かせ、どん、と胸を拳で叩いた。


「そういうことなら、アライさんにおまかせなのだ!!」

「え?」


キョトンとするかばんに大股で歩み寄ったアライグマは、彼女に手を差し伸べると自信満々に口を開く。


「アライさんがかばんさんの毛皮をぴっかぴかに洗ってあげるのだ!アライさんの得意分野なのだ!毛皮を取るのだ、かばんさん!」


鼻息荒く豪語するアライグマに、博士が呆れたように溜息をついた。


「一体何を言っているのですか…。脱皮ができる動物でもないかばんが、毛皮を取るなんてできるわけ――」

「ほんとですか…!じゃあ、お言葉に甘えて――上のこれだけお願いしてもいいですか?」

「まかせるのだ!」


嬉しそうに笑うアライグマの前で、かばんはごそごそ身じろいだかと思うと、赤い毛皮から両腕を、頭を、体を抜いてそれを脱ぎ捨てる。

頓珍漢なアライグマの発言を否定しかけていた博士は、丸い目をより一層丸めて言葉をのんだ。


「――……はっ!?」

「ふふん。アライさんは、毛皮がとれることを知っていたのだ!なぜならば、アライさんはかしこいので!」


ここぞとばかりに博士の口癖を真似してアライグマが得意げに胸を張り、フェネックが固まる博士に補足した。


「正確に言うと服って言うらしいよー。ゆきやまちほーでギンギツネたちに教えてもらったんだよねー。あの子たちもかばんさんから教えてもらったらしいけどねー」

「いよーし!早速洗ってくるのだー!!」


かばんから赤い服を受け取ったアライグマは、尻尾をブンブン振って駆け出した。

待ってよー、とフェネックもそのあとを追う。

黒いインナー姿のかばんを見て口を開けたまま固まっている博士に、サーバルが不思議そうに首を捻った。


「あれ?博士って博士なのに、ひょっとして毛皮がとれること知らなかったの?」

「――……う、ううううるさいのです…!おしゃべりタイムはおわりなのです!無駄に喋ってないでとっとと寝るのですよ!!」

「え、えー…」




顔を赤くした博士に理不尽に怒鳴られたサーバルは、部屋を出て行く彼女の後ろ姿をなんとも言えない表情で見送ることしかできないのだった。






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