後日談②<それぞれの再会>





<それぞれの再会>






「…お二人が運び込まれたお部屋は、こちらですー」


部屋の案内を頼んだアリツカゲラが、一つの扉の前で立ち止まり、小さく微笑んでそう告げた。

足と共に呼吸が止まる。

ふーっ、と音を出しながら無理矢理息を吐いて、その扉の前に立った。

柄にもなく、胸の奥がドクドクと音を立てて暴れている。

これまで数々の修羅場をくぐり抜けてきたが、ひょっとすると、今が一番不安と緊張に包まれているかもしれない。



扉を開ける取っ手にかけた手が、なかなか動かせない。

すると、その様子を見たアリツカゲラが微笑みを浮かべたまま、穏やかに声をかけてくれた。


「大丈夫です。お二人とも、あなたとお会いするのを心待ちにされてましたから」


ゆっくりと彼女を見やる。

アリツカゲラはにっこりと笑い返してきた。




「お顔がかたいですよ。元気な姿を見せてあげてください――ヒグマさん」




アリツカゲラに促された彼女は――ヒグマは取っ手にかけていた手を一度離し、両手で自分の頬をバシンッと叩いた。

ビックリしたように目を丸めているアリツカゲラを尻目に、ヒグマはしばらく両手で顔を覆っていたが。


「……よし」


と、確かめるように一つ声を溢すと、今度は迷わず、一気に扉を開けた――







室内で椅子に腰掛けて話し込んでいた二人は、扉の開く音にすぐさま反応して立ち上がる。


「あっ!!」

「――ヒグマさん!!」


短く驚いた声をあげたのはリカオン。

心底嬉しそうに名前を呼んでくれたのは、キンシコウ。

対するヒグマは返事を返すこともできず、扉を開け放った瞬間から時を忘れたかのように固まってしまっていた。

しかし、ほんの一瞬の間を置いて。


「……っ」


表情が崩れかけるのを、必死に奥歯を噛みしめて保つ。

二人が次の言葉を口にする前に、駆け出す。

ヒグマは、腕を大きく広げると、二人の頭を両脇に抱え込むようにして、ガバッとその腕に抱いた。

少々乱暴なその抱擁に、リカオンがくぐもった呻きを漏らし、キンシコウが少し動揺したようにヒグマの名をもう一度呼んだ。


「う、ぶっ…!?」

「ヒ、ヒグマさん…!?」


それでもヒグマは離さない。

むしろ、二人を抱く腕にさらに力がこもった。

今二人を離してしまうと、情けない顔を見られてしまうから。

若干苦しそうにもがくリカオンと、どうすればいいかわからず、されるがままになっているキンシコウを両腕に抱いたまま何も言わないヒグマの背中を、部屋の外から眺め。

アリツカゲラは嬉しそうに微笑んで、その場を後にした。









「すまん…お前達には、迷惑をかけた」


それからしばらくして、キンシコウとリカオンを腕から解放したヒグマは、改めて二人に向き合うと深々と頭を下げた。


「迷惑だなんて、そんな…。それなら、何も力になれなかった私だって…」

「それを言うなら私も肝心なところで失敗してしまって、いろんなことをヒグマさんに押しつけちゃいましたし」


悔しげに呟くキンシコウと、まだろくに動かない体で椅子に座り直し、自嘲気味に笑うリカオン。


「ヒグマさんが島中のフレンズ達に呼びかけて、皆セルリアンへの対抗や仲間の保護に動いたとか…。さすがヒグマさんですね」


少し誇らしげにそう言うキンシコウの声に、ヒグマは頭を上げる。

穏やかに微笑む二人の表情が目に入り、ヒグマはゆるゆると首を振った。


「いや…私はまだまだ弱いよ。今回の件で、思い知らされた。支えられてばかりだ。島のみんなにも、お前達にも」


ヒグマは視線を動かし、リカオンを見つめる。

腹部の傷は癒えているものの、毛皮には引き裂かれた痕が生々しく残っていて。

びりびりに裂け、くすんだ赤い大きなシミが広がるその毛皮は、そこにあった傷の凄惨さを物語っていた。


「……痛かったろ、それ。本当に…すまん」

「あ、あー…うーん…あの時は必死だったし、サンドスター・ロウのこともあって意識もはっきりしてなかったしで、あまり覚えてないんですよ」


真実か、気を遣っての嘘かわからない、曖昧な返事をしたリカオンは、それに、とヒグマが口を開く前に続ける。


「私もヒグマさんを思いっきり殴っちゃいましたし。おあいこってことで」

「おあいこってお前な……」


つい溜息と共に小さな笑いを溢してしまった。

柔らかな表情を浮かべるヒグマを見たリカオンの目が、不意に潤む。

悟られまいと顔を背けたものの、ヒグマとキンシコウがそれに気付かぬ訳もなく。


「リカオン、大丈夫ですか?」

「う、ぁ、ごめんなさい。はは…ほっとしちゃったら、なんだか…」


キンシコウに声をかけられ、ぐしぐしと腕で目元を拭うリカオン。


「――正直、本当に、心細くて…私一人でハンターとしての役割が果たせるのか、不安で…だから、こうやってまたお二人と話せるのが、嬉しくて…」


ヒグマから顔を背けたまま顔を拭い続けるリカオンの背中を、キンシコウが優しくさすった。


「…ごめんなさい。あなたには本当に、重荷を背負わせてしまいました…」


そんなキンシコウの隣に立ち、ヒグマは彼女とは対照的に少々乱暴にリカオンの髪をぐしゃぐしゃと撫でた。


「何言ってんだ。お前は十分すぎるぐらいにハンターとして戦っただろ。暴走してた私の目まで醒まさせてくれたんだ」

「ヒグマさん…」


撫でられた頭に手をやって、リカオンは顔を上げる。

ヒグマはなんとも言えない笑みを浮かべると、キンシコウに目を向けた。


「リカオンに私の弱点を教えたのは、キンシコウか?」

「えっ…!?あっ!…その…、えぇっと……――はい…」


頼まれたからとは言え、勝手に情報を漏らしてしまっていたことがバレてしまい、急に話を振られたキンシコウは柄にもなく狼狽えた後、観念したように頷いた。


「ご、ごめんなさい…秘密にしておきたいことだったかもしれないのに…」

「いや、いいんだそれで。弱みを打ち明けることの大切さがわかったよ。互いに助け合ったり、高め合ったりするために、必要なことなんだろうな」


鼻を何度か指でこすり、ヒグマはリカオンにニッと笑いかけた。


「私の顔のド真ん中を突いてくるなんて大したもんだ。強くなったな、リカオン」

「えぇっ!?い、いやぁ、そんなこと…」

「アライグマもお前のことずいぶん褒めてくれてたぞ。体調が戻ったら、あとで顔見せてやるといい」


普段は厳しいヒグマからストレートに褒められ、反応に戸惑うリカオン。

照れくさいのか、小恥ずかしいのか、顔を赤く染めてもごもごと言葉を溢す。


「あ、あの時はヒグマさんも本調子のヒグマさんじゃなかったわけですし、ハンターとしての戦い方とか技とかきちんと使って戦われてたら絶対歯が立たなかったと思うし、アライグマはその、なんでも大げさに褒めてくれるから――」


早口でそう謙遜するリカオンであったが。

言葉に反して大きな尻尾はぱたぱたと振られていて、そのことに気付いたキンシコウは小さくクスクスと笑うのであった。











「…――っていう訳だ。なんとなく、話の全体は理解できたか?」

「え?あ。はい」

「……おっまえぇ…!絶対途中から飽きて聞いてなかっただろぉ…!!」


青筋が立ちそうなぐらい顔を真っ赤にして怒るツチノコに対し、涼しげな表情で鼻歌を歌うスナネコ。

そんな二人を見て苦笑するのは、こはんちほーの二人とPPP。


「変わったコンビであります…」

「ス、スナネコさん、もうちょっと話を聞いてあげた方がいいと思うッスよ…」


フォローしようとするアメリカビーバーの声を遮る剣幕で、ツチノコは声を荒げて腕を組んだ。


「いや、もう知らんぞ!こいつに物事を説明して教えるなんざほとんど無意味なんだよ!だいたいあの騒動を一からってなると、ただでさえ説明がややこしいのにだなぁ…!」

「はい。難しかったです。でも、なんとなくわかりました」


机の上に置いてあったじゃぱりまんを頬ばりながら、スナネコは騒ぐほどでもない、とでも言うかのように、あっさりと一言。


「ツチノコはボクを心配してくれてたし、助けようとしてくれてたんですね。優しいです。もぐもぐ」

「……ハッ、はあぁああ!?お前どこをどう聞いたらそーなるんだよぉ!!」

「まぁまぁ。じゃぱりまん、食べますか?」


怒りか照れかわからぬ様子で顔をさらに赤くするツチノコと、飄々とそんな彼女を受け流すスナネコがどったんばったん大騒ぎしている最中。

部屋の扉が開かれて、アミメキリンが顔を覗かせた。


「えーっと、PPPさんの部屋はここであってる?」

「あぁ、そうだよ」


コウテイが返事を返すと、アミメキリンはニコッと笑い、一度扉の向こうへ姿を消す。

程なくして再び現れた彼女に背中を押されるようにして部屋の中に入ってきた人物に、PPP達は皆飛び上がるように立ち上がった。


「マーゲイ!!」


部屋に入った時からすでに涙目だった彼女――マーゲイは、自分の名前を呼ぶプリンセスの声を聞いた瞬間、堰を切ったように泣き出して、その場にへたり込んでしまった。


「み、み゛なさん~…!すみませんでしたぁ~…!!」


泣きじゃくるマーゲイの元へ慌てて駆け寄るPPP達。

マーゲイのまさかの反応にギョッとした様子のキリン。


「つ、連れてきちゃまずかったかしら…!?」

「いやいやそんなことないよ!みんな会いたかったんだ…!」


オロオロと慌てふためくアミメキリンをフォローし、礼を述べるコウテイ。

その間もわんわん泣いているマーゲイに、ジェーンが背中をさすりながら声をかけた。


「マーゲイさん、大丈夫ですか…?」

「わ゛たしはマネージャー失格ですううぅ…!」

「なっ何言ってるんだよ!?」


涙ながらに発したマーゲイの言葉を聞いて、イワビーが眉を顰める。


「アイドルを守るのがマネージャの役目なのに、逆にわたしはっ…!わたしは皆さんを傷付けようとしてしまったと……!!」


騒動のことや、自分があの部屋に閉じ込められていた経緯を、誰かから教えてもらったのだろう。

マネージャーとして認めてくれたPPPの皆を、肝心な時に守れなかった、むしろあろう事か襲いかかってしまったという不甲斐なさに、マーゲイは噎び泣いて嘆いた。


「――…だから、わたしは、もう…PPPのマネージャーは――」


涙を拭って表情を引き締め、苦渋の決断を下そうとしたそんなマーゲイの言葉を。



「えー、でもマーゲイがいなかったら、わたしたち絶対あの黒いのに巻き込まれてたよね?」



いつもの調子を崩さないフルルの声がかき消した。


「…ふぇ?」


思わぬ介入に、間抜けな声を漏らしてしまうマーゲイ。

顔を上げると、フルルだけでなく他のメンバー達も優しく微笑んでいて。


「フルルの言う通りだ。マーゲイが居なかったら、私達は今まで通り、ステージの調整や練習のために、みんな外に出ていたはずなんだ」

「マーゲイさんが私達の体を気遣って、室内での練習を薦めてくださったから…外での作業を全て受け持ってくださったから、私達は助かったんです」


コウテイ、ジェーンに続いて、イワビーが申し訳なさそうに頭の後ろをかきながら口を開いた。


「大変な仕事任せた上に、オレ達の身代わりにさせちまったんだ。だから…むしろごめんな」


ぽかんと口を開けたまま固まっているマーゲイに、プリンセスが手を差し伸べる。


「誰がなんと言おうと――あなたがなんと言おうと、マーゲイは私達の最高のマネージャーよ。勝手にやめさせたりなんか、しないんだから」


退いていた涙が、その言葉を聞いて再び溢れ出す。

マーゲイは言葉にならない声をあげながらプリンセスの手を取り、立ち上がった。

PPP達に囲まれ、ようやく涙ながらではあるが笑みを取り戻したマーゲイを眺め、オグロプレーリードッグは腕を組んでウンウンと頷いた。


「いやー、めでたしめでたしであります」

「でもたしかに、みずべちほーはあんなにも暴走したフレンズさん達が集まってたッスから…もしPPPの皆さんが全員暴走していたらと思うと――」

「そーであります!我々があれだけ生き埋め作戦で暴走フレンズを捕獲してもキリがなかったのであります。あんな所で訳もわからず彷徨ってたら、あっという間に襲われるに違いないでありますよ。マーゲイ殿のファインプレーのおかげでPPPの皆さんは助かったのであります」


想像しただけで恐ろしくなったのか、自分の腕をさすりながら呟くアメリカビーバーに、プレーリーも真剣な顔で腕を組んだまま語った。

しかし、その真剣な表情を崩して満面の笑みを浮かべ、プレーリーは揚々と口を開く。


「何はともあれ、これで一件落着であります!マーゲイ殿ともご対面できたし、彼女含め改めてPPPの皆さんに先延ばしになっていたご挨拶を――」





そしてその笑顔のまま、凍り付いた。言葉は開いたままの喉の奥に消える。





「……?プレーリーさん?どうしたッスか…?」


眉を顰めるビーバー。

プレーリーは凍り付いたままの姿勢で、ぎぎぎと音が出そうなほどぎこちなく首を回し、怪訝な表情のビーバーを見た。


「ビ、ビーバー殿……我々、大変なことを忘れていたでありますよ……」

「えっ」

「い、生き埋め作戦…」


冷や汗をだらだら流すプレーリーが発した言葉に、ビーバーの顔色も一変した。


「――…あっ。あああああぁ…っ!!大変ッスよプレーリーさん…!!」

「うおおおおおっ!!全然一件が落着してなかったであります!!我々休んでる暇なんてないでありますよぉ!!急いで落とし穴にはまったフレンズ達を救出しに行くでありますよビーバー殿ー!!」


「生き埋め作戦」で捕らえた暴走フレンズ達の解放がまだだったことを思い出した二人は、血相を変えて部屋を飛び出していく。

どったんばったんと大騒ぎする二人を、さばく組もPPP達も呆気にとられて見送るしかなかった。


「騒がしいヤツらばっかりだな…」

「え、ツチノコが言うのですか」

「ア゛ァン!?」









「行ってくるでありますー!」

「慌てずに、気をつけていくのですよ…」


ビーバーとプレーリーは、鳥のフレンズ達の協力を仰ぎ、みずべちほーまで運んでもらうことになった。

救出活動のために、他にも数人の鳥のフレンズ達を引き連れて飛び立っていく二人を見送り、博士はロッジの中へと引き返す。

ハンター達やPPP達の部屋の様子を、廊下に漏れてくる声を聞いて確認した彼女は、喜びに満ちたその声に薄く微笑み、他の部屋のフレンズ達の様子もさらに見回っていく。

島の長として、皆の様子を把握しておくのも自分の役目だ。


「……」


我を失って傷付けかけた相手に頭を下げる者、そんな友を優しく受け入れる者。

暴走の後遺症で動けぬ者、そんな友の身を案じる者。

抱き合って無事を喜び合う者達。

フレンズ達の間に戻った絆と、パークに戻った平穏。

その幸せを噛みしめ合う多くのフレンズ達の様子を見て、安堵すると共に。


一抹の空虚感を、博士は抱いていた。



「……」



長としてどの部屋を見回っても、こことは別のロッジの様子を見に行っても、【彼女】の姿は見つからなかった。

探しに行きたいのは山々だが、自分は長としてこの場を仕切り、皆の様子を把握する使命がある。

私情に振り回されて、役割を放棄するわけにはいかない。

しっかりしなければ。――【長として】。




「……はぁ」




それでも無意識に重い息が口から漏れる。

足が止まり、手が懐へと伸びる。

その手が自然と握りしめたのは、一枚の茶色い羽根。

博士はその羽根をぼーっと眺め、指でくるくると回すように弄りながら、一人廊下に佇んでいた――。







コツン




コツン







ふいに、背後から何か硬い物が床を突くような音が聞こえた。

その音は一定のリズムで小さく響きながら、少しずつ近付いてくる。

博士は羽根を懐にしまうことも忘れたまま、ぼんやりとその音が聞こえてくる廊下の角を振り返って見つめた。



「――」



現れた人物に、博士は呼吸すら忘れて目を見開いた。




「――博士…やっと会えました…」




普段あまり変化を見せない顔に、穏やかな微笑みを浮かべ。

おぼつかない足取りの身体を、手にした木杖で支えて。

【彼女】は――助手は、いつもは落ち着いた声を歓喜に少し弾ませて、博士の元へと歩み寄った。


「じょ、しゅ…」


杖を頼りに歩く彼女にこちらから駆け寄ってやりたいのに、体は言うことを聞いてくれない。

助手が一歩一歩近付いてくるのを、ただ呆然と立ち尽くして見守ることしかできなかった博士は。

傍までたどり着いた助手がバランスを崩しよろめいたのを見て、そこでようやく反射的に動き、手を出して彼女の体を支えてやることができた。




温かい。

たった一日、二日離れていただけなのに。

何故か非常に長い間、果てしなく遠い場所に行っていた彼女と再び巡り会えたかのような。

そんな温かさと、懐かしさと、安心感が、触れた手から伝わる。


「すみません…。まだ、うまく動くことができないので――」

「……そんな体でウロウロするなんて、かしこくないのです。…お前はいちいち、無理をしすぎなのです」

「…えぇ、かしこくないのはわかっているのです。それでも私は、早く博士を見つけたかったのです」


助手の体を支えたまま、しかし彼女と目を合わせることはできず、待ち望んだ再会だというのに淡々と、少々無愛想なぼやきを漏らす博士。

助手は、そんな博士の態度を想定していたかのように微笑みを浮かべ――彼女とは反対に正直に想いを述べる。



「――…博士は一人だと、長であろうとするあまり、私以上に無理をしてしまうので」



ぴくり、と体を震わせて、博士はようやく助手と目を合わせた。

申し訳なさそうに眉を下げた顔に、それでも穏やかな笑みを浮かべて、助手はゆっくりと博士に語りかける。


「無力な助手ですみませんでした、博士。博士を一人にしてしまった償いは、これから助手として責任を持って働いて返すのです。なので博士はもう、無理をしなくていいのです」


博士に支えてもらったままの助手は、その手を博士の背中に回し、そっと撫でる。



「――…もう、強がらなくても大丈夫なのです、博士。ゆっくり、休んでください」

「――っ!」



長い時間を共に過ごした相棒だからこそ、全てを見透かされていて。

それまでは、強大な敵と島の危機に対抗すべく、常に長らしくあろうとするあまり、感情を抑え込んだ振る舞いが癖のようになってしまっていたのだが。

助手の一言は、博士の凝り固まった心を、一気に解し、和らげてくれた。



身を離そうとする助手の体を掻き抱くようにしがみつき、博士はその茶色い毛皮に顔を埋める。


「博士…!?」


そこからはもう、一気に何かが崩れていった。

【長として】、なんとかしなければという想い。

弱音を吐いてはいられないという想い。

助手が居ない分、自分がやらねばという想い。

そんな我武者羅な想いで自分を強く保っていたのだが。

伝わるぬくもりが、強情すぎるほどのその想いで固まった心を、溶かして、崩していった。




あぁ、もう、終わったのだ。

やっと、帰ってきてくれたのだ。




「――……ぅ、あ、ああぁ…あ゛ああぁ……!」




幼子のように声を上げて泣き出した博士を包み込むように抱き留め、助手はただ黙って、彼女の背中をさすり続けた――。



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【番外編公開予定】「けもの」の本能 大上 @k-mono_o-kami

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