対 セルリアン⑥




――ゲート前。



歌い続けるトキに向かって伸ばされる触手を、ハシビロコウが翼で羽ばたきつつ槍で捌き、ショウジョウトキが脚で蹴り落とす。

地上ではへいげんちほーのフレンズ達が、トキに気を取られているセルリアンを次々と砕いていく。

しかしそれも楽にはいかない。何しろ数が多すぎる上、中には反撃してくる輩もいて。

すでに息があがってきているフレンズも何人かいた。


「サンドスターを消耗した者はアルパカからじゃぱりまんをもらえ!補給を忘れると動けなくなるぞ!万一負傷した場合はすぐに手当てできる者の所へ行け!無茶はするなよ!」


力強い声を張り上げて指示を出しながら、ヘラジカは角をなぎ払い周囲のセルリアンを一掃する。

その視線は忙しなく走り、仲間達の顔色を細かく確認していて。

共に闘う仲間達を気遣う姿勢こそ彼女を長たらしめるものではあるが。

それ故に自分の身を守ることが、疎かになる。


背後から音を立てずに迫るセルリアンの存在に、ヘラジカは気付かない。

無防備な背中目がけて、大きな爪が生えた腕が振り下ろされる。


が。


金色の輝きを纏った影がセルリアンとヘラジカの間に割って入ったかと思うと。

疾風の如き爪撃がその腕を、身体を、石をバラバラに引き裂き、消し飛ばした。


「――ったく…もうちょい自分のことも気遣いなよ。今のなかなか危なかったよー?」


恐ろしい程の猛攻を繰り出したその人物――ライオンは、背中越しにヘラジカをたしなめる。

しかし当の本人は相変わらず仲間を気にするように目を動かしながら、平然と返事を返した。


「何、私が気をつけなくとも援護してくれる誰かがいるのでな」

「……あぁそうかい…」


呆れた様に溜息をつくライオンに、ヘラジカは彼女を振り返ることはせず、それでも真剣なトーンで語りかけた。


「――私の背中を預けられるのはお前だけだ。頼んだぞ」

「――百獣の王を尻ぬぐい役にするなんて、森の王は滅茶苦茶だねぇ」


小さく笑ったライオンが、大きく腕を振るうと、衝撃波がセルリアン達をなぎ倒していく。


「…まぁ、任せときなよ」

「ははは、いつもの勝負といこうではないか。どちらが多くセルリアンを退治できるか…勝負だ、ライオン」


背中合わせで互いににやりと笑い合い、ライオンとヘラジカは光を纏って駆け出した。







「…っ野生暴走というのは、本当に厄介ですわね…。回避できて良かったですわ…」


一方で、暴れるジャガーを拘束し続けるカバは、自分の下で我を忘れて理性の無い咆吼を上げ続けるジャガーを見てゴクリと生唾をのんだ。


「お前が無事だったのは本当に助かったのです。どうやってあの嵐を避けたのですか?」

「水場に潜ってやりすごしましたわ。嵐が収まった後は誰にも出会わなかったから…まさかこんなことになっていたなんて、知らなかったですわ」


もっと早く気付くことができれば、と悔しげに唇を噛むカバに、博士は首を振る。


「お前の様に力を持ったフレンズが駆けつけてくれただけで我々は助かるのですよ。…とにかく今はあのセルリアンの群れをどうにかしないといけないのです。正直我々の戦力はヤツらに比べて少ない…ギリギリの状態なのです」


大きな瞳を戦いの中心地に向け、博士は歯噛みする。


「――トキの囮が有効で良かったのです。…ですが、さすがにあの声量で延々と歌い続けることは不可能なのです。トキに限界が訪れるまでに、できる限りセルリアンの数を減らさなければ…」


懸命に治療を続けるカワウソをちらりと見やり、博士はカバに声をかける。


「私は一足先に向こうへ戻るのです。カバ、ここは頼みましたよ」

「えぇ、私達もすぐ応援に行きますわ」


こくりと頷いて、博士は飛び立とうとした。が、


「博士!!」


思わぬ方角から飛んできた声に、一度飛び上がった博士は驚いた様に空中で体勢を崩して着地する。

声のした方へと顔を向けると、タイリクオオカミとツチノコが駆けてくるのが見えた。


「驚かせないでほしいのです、全く…。オオカミ、確かお前も負傷していましたね。無事に治療が済んだのですか?ならちょうど良いのです。急いで向こうに合流して、セルリアンを――」

「大変なんだ!かばんが…かばんが遊園地の中に連れて行かれた!助けようとしたサーバルも一緒に…!」


息を切らせるオオカミの言葉を聞き、博士の表情が凍り付いた。


「何、ですって…!?」

「すまん…翼の生えたセルリアンに、あっという間に攫われた…。捕まえようとしたんだが届かなくて――」


ツチノコが項垂れ、滅多に出さない弱々しい声を漏らす。


「後を追おうとしたんだが、ゲートの下はセルリアンが待ち伏せしてやがる。遊園地内に入ろうとしたフレンズを片っ端から喰うつもりだ」

「遊園地の中に入るためには、飛んで塀を越えるしか方法がない…。鳥系のフレンズにしか不可能だ。頼む博士、私を運んで――」


三人の会話に耳を傾けていたカバが、ダメですわ、と口を挟んだ。


「……あの数のセルリアンに対して、こっちはギリギリの状態で応戦しているんですのよ。迂闊に戦力を分断するわけにはいきませんわ。それに、中の状況もわからない上、運んでもらうとなると運ぶ側も運ばれる側も動きが制限されるんですのよ。リスクが大きすぎますわ」

「…わかっているよ、しかし――」

「いいえ、わかってないですわ」

「わかっているんだ!そんなことぐらい!!」


冷静に口を開くカバに対し、オオカミは文字通り、吠えた。

カワウソが、びくり、と肩を震わせる。

ツチノコが長い尻尾でオオカミの肩を叩いた。


「――落ち着け…。オレ達が争ってる場合じゃないだろ…」

「あぁダメだ…ごめんよ…気が動転して…くそっ…」


右手の傷を包帯の上から押さえながら、オオカミはうわごとの様に声を漏らす。

冷静さを欠いたその姿からは、二人を助けられなかったことに対する悔いと憂慮が滲み出ていて。

気付けばツチノコも、無意識のうちにオオカミの肩を締め付けてしまうほどに尻尾に力がこもっていた。


「…わかるでしょう?みんなそう…私だって今すぐにでもあの子達を助けに行きたいのですわ。…でも――」

「…っ」



爪を噛んで思考を巡らせながらオオカミたちの会話を聞いていた博士は、目を伏せて小さく言い放った。



「――我々はこのままセルリアンの排除に努め、暴走したフレンズ達の襲撃に備えるのです」

「博士…!」

「セルリアンを放置したまま遊園地内には入れないのです。ただでさえ敵の数が多いのに、暴走したフレンズ達まで集まってしまったら、かばん達を助けるどころか全滅の危機なのです」


物言いたげなツチノコに、博士は早口気味に説明する。


「――かばん達のことを諦める気はさらさらないのです。今我々が相手しているセルリアンの群れは、図書館で見た通信映像に映っていたセルリアン達の数とあまり変わらない様に感じるのです。ひょっとすると遊園地内には、ヤツらは少ししか残っていないのかもしれないのです」


頭の翼を広げ、博士は戦場に向き直る。


「黒いかばんはかばんに興味津々だったのです。ひょっとするとヤツは、邪魔のない所でかばんとやりとりがしたいのかもしれないのです。…これはむしろ、かばん達がヤツを倒すチャンスなのです。かばん達を信じるのですよ」


それはまるで、自分に言い聞かせている様な言葉だった。

黙ったままのオオカミたちに、カバが再度語りかける。


「…たしかにサーバルは甘いところだらけですし、かばんは得意なことが少なくて…心配になる子たちですわ。でも、二人とも変わった子で…不思議な魅力がありますわ。――きっとあの子達なら大丈夫…大丈夫よ…。そう、信じましょう」

「…かばんとサーバルがあの変なのに負けるわけないよ」


それまでずっと治療に専念していたカワウソも、ぽつり、と一言だけ呟いた。

オオカミは目を伏せて長く息を吐くと、ゆっくりと瞼を開いた。


「わかった。博士に従うよ。兎にも角にも、セルリアン達をいち早く駆除してしまえばいい話だからね」


チッ、と大きく舌を打ち、ツチノコもセルリアンの群れを眺める。


「オレはまだ腹の虫が治まらん。あんなセルリアンの群れ、手っ取り早くぶっ潰して…あのいけ好かんヒト型セルリアンの企みをぶち壊してやらんとな」


三人の視線が戦場へと向いた、その時だった。


フレンズとセルリアンが入り乱れる激戦の場から平然と抜け出し、ぴょこぴょことこちらへ向かってくる小さな姿が、三人の目に留まった。


「ボス…!?」


両の脚で飛び跳ねながら駆けてくるのはボス。

その後ろには、同様にラッキービーストが何体か連なってついてきていた。


「よくあの場から抜け出せましたね…」

『…セルリアンハ、ボク達ヲ認識シテイナイヨウダネ。襲撃対象ハ、アクマデモフレンズダケミタイダヨ』

「認識、していない…」


ボスの言葉を確かめるように復唱する博士に、ボスは背伸びして訊ねる。


『カバントサーバルヲ見失ッテシマッタンダ。ドコヘ行ッタノカナ?』


身体をかしげるボスを、博士は両手でがっしりと掴むと顔の高さまで持ち上げた。


『アワワ…』

「ボス、頼みがあるのです。かばんとサーバルは、遊園地の中に連れて行かれてしまって、我々は助けに行くことができないのです」


アワアワと上げていた声をピタリと止め、ボスは小さな足をばたつかせるのをやめた。


「セルリアンが待ち伏せしているゲートをくぐれるのは、襲撃対象として認識されていないボス達だけなのです。遊園地内に侵入して、中の様子を我々に伝えてほしいのです。――かばんとサーバルに、力を貸してやってほしいのです。頼めますか?」


ボスは瞳を緑に輝かせ、尻尾をぶんと振る。


『――マカセテ』


博士はこくりと頷くと、ボスを地面に下ろしてやった。

即座にボスは、ついてきていた他のラッキービースト達と額を寄せ合い、ピロピロと不可思議な音を立て始める。彼らだけの会話がそこで行われている様だった。

それもすぐに終わり、ボスは再び博士を見上げた。


『通信用ニ、何体カ連レテイクヨ。コッチニモ何体カ残シテイクカラ、外部トノ連絡ヤボク達トノ連絡ハ彼ラニ頼ンデネ』

「わかったのです」

『コッチノコトハ任セタヨ。ケガニハ注意シテネ』


ボスは両足で力強く地面を蹴って跳ねながら、仲間を引き連れてゲートへと向かっていく。

オオカミとツチノコはその様子を見て、互いに目を合わせて頷き合うと、トキへ群がろうとするセルリアンの群れへと突っ込んでいき。

博士はボス達の小さな姿が何事もなくゲートをくぐり、敵地へと侵入していくのを見送りながら、聞こえないとわかっていつつも、願う様に呟くのだった。


「…どうか、頼んだのです…」














「…ルルルルル…」



どこかで聞いた、不思議な声が耳をついて眠りから覚める。

何の音か確かめるために身を起こしたかばんは、喉に走った違和感に思わず何度か咳き込んだ。

呼吸を整え顔をあげると、自分がよくわからない、不思議な乗り物の中にいることに気付く。


「あれ、ボク――」


記憶にかかった霞を払う様に頭を押さえながら軽く振り、脳を働かせる。

何があったんだっけ。

何でこんな所にいるんだっけ。


(たしか、ツチノコさんたちと話している最中に襲われて…攫われそうになって…サーバルちゃんが、助けにきてくれて――)

「サーバルちゃん…。そうだ…サーバルちゃんは…!?」


キョロキョロと辺りを見回し、乗り物の窓のような所から外を見ると。

おぞましい光景がそこには広がっていた。



――こちらを見つめる、目。目。目。



「――ッ!!」


喉の奥からせり上がってきた悲鳴を、必死に飲み込んだ。

――多くのセルリアン達が身を寄せ合って壁をつくり、周りを取り囲んでいる。

牙を剥き出し、爪を光らせ、刺す様な視線を向けてくるその姿からは、野生の勘のないかばんでも、明確な敵意を感じ取ることができてしまう。

その息苦しい敵意に威圧されたかばんは、その乗り物の中に閉じ込められた様に動けなくなる。


その時。




「…ゥルルルルルー…」




あの声が。

どこか聞き覚えのある、奇妙な声が再び耳をつき、かばんはその声にひかれるように顔をあげ。


そして、見つけた。



「――…サーバル、ちゃん…?」



視線の先。

セルリアンの輪の中心で、こちらに背を向けて立ち尽くす見慣れた姿。

いつもよりも猫背気味に背中を丸め、愛しい尻尾は毛が逆立って膨らんでいて。

大きな耳が自分の声に反応した様にくいっとこちらに向き。

彼女はゆっくりと、身体ごと振り返った。


「あ――」




――瞬間、かばんは全てを理解し、足下の地面が抜け落ちて奈落へと落ちていく様な感覚に襲われ…へたり込む様に崩れ落ちた。




「…フーッ…ルルルル…」


金色に光る鋭い瞳。

喉の奥で転がる様な唸り声を、牙の間から漏らす口。

屈託のない笑顔を絶やさず浮かべていたその顔は、冷徹な狩人のような殺気に満ちて歪み。

怪我を保護していたはずの腕の包帯はずたずたに引き裂かれた状態で、綺麗に傷が癒えた腕に絡まっていて。

ぎらりと光る爪の先からは、真っ赤な血が滴っていた。


「そん…な…」


嘘だ、と否定したくても、サーバルの体から溢れ出す黒いサンドスターがその事実を突きつけてくる。




――サーバルは、自らの手で、野生暴走に陥ったのだ。




「なんで…なん、で…!」

「フウウゥーッ…」


サーバルは野生を呈する瞳を細め、ぼろぼろと涙を零すかばんを見つめる。

へたりこんだまま動かない彼女から視線を動かし、自分を取り囲むセルリアン達を眺める。

対するセルリアンも、まるで獲物を見定める様にかばんとサーバルを大きな瞳で見比べる。


そして。


『ギイイイイィ…』


その内の一体が、逃げようとしないかばんを狙い、滑る様に動き出した。

大きな爪が、ぎらりと光る。


瞬間。



「ニ゛ャウウウウゥッ!!」



サーバルが吼えた。

弾かれた様に駆け出し、地面を蹴ったかと思うと、大きく跳躍してセルリアンに躍りかかった。

サンドスター・ロウが溢れ出す爪を何度も振り回し、その身体を乱暴に引き裂いていく。

石を狙うなどという考えは、彼女の中に残っていない。

ただただ闇雲に、セルリアンの身体を削り、削り、削りまくる。


『ギッ…ィ…!』


やがてその爪は石まで到達し。

粉々に砕かれたセルリアンはそのまま光を散らして消滅した。


『ギイイイイィ!』『ギイイヤアアア!』


仲間がやられたのを皮切りに、他のセルリアンも動く。


「フウウウウーッ!!ウウウウミャウウーッ!!」


まるで獲物を横取りされるのを許さない獣の様に、サーバルは牙を剥いてセルリアン達を威嚇し、近付いてきたものは細切れに切り刻む。

その光景を、ただただ呆然と眺めながら、かばんは嗚咽した。




『またおかしくなっちゃうかもしれないし――』

『ならないよ。――サーバルちゃんは弱くない』




森でかわした言葉が脳裏に蘇り、声が漏れる。


「あ、あぁ…!うあぁ…!!」


サーバルは弱くなんかなかった。

むしろ、強すぎたのだ。



かばんを――大事な友を守りたいということだけを一心に想うあまり、自分の身を傷つけることを厭わず、あれほど嫌がっていた野生暴走にその身を委ねてしまうほどに。



『ギヤアア!』

「ミャウウウウウッ!!」


セルリアンの断末魔と、サーバルの咆吼が空を裂く。

俊敏に駆け、跳躍し、アトラクションの柱を登り、屋根から屋根へと飛び移りながら。

止まることを忘れた様に、サーバルは動き続け、セルリアンの目を惑わしながら襲いかかる。

攪乱されたセルリアンは時折誤って仲間同士を攻撃し合う様な場面もあり。


「ミ゛ャアアアアッ!!」


優しさや理性を放棄した代わりに、力を、俊敏性を、容赦のなさを――野生の獣としての凶暴性を獲得したサーバルは強かった。

仮初めの爪や牙で応戦するセルリアンは、彼女を捉えることができないまま無残に散っていく。

徐々にセルリアン達の黒い壁は、崩れていきつつあった。


野生の力を曝け出して外敵を排除していくサーバルの姿を、かばんは為す術無く眺めるしかなくて。






――この戦いの果てに何が待ち受けているのか考える余裕など、彼女の中に一切残っていなかった。



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