対 サーバルキャット①



「さいさいさいさーい!お退きなさーい!」



角を脇に構え、トキに気を取られているセルリアンの塊に猛然と突進するシロサイ。

その様はまるで一本の剛槍。

角の先で的確に石を貫き走り抜ける彼女の後には、セルリアンの破片が散らばっていく。


「ひえぇええ…!」


その側ではアフリカタテガミヤマアラシが、襲いかかってきたセルリアンの爪を、情けない声をあげながら手にしたレイピア状の武器で捌いていたが。

セルリアンの強力な一撃でその武器を弾かれ、丸腰になってしまう。


「たっ、助けてですぅ…!」


涙目で悲鳴をあげるヤマアラシに振り下ろされる、無慈悲な爪。


「おっとっと!」


その爪を、間に割って入ったオオアルマジロが、身につけた防具で受け止め、弾いた。


「あーぶないあぶない…ヤマアラシ、大丈夫?」

「あわわ…ありがとうですぅ!」


歓喜の声を上げる仲間をちらりと振り返ったオオアルマジロは、ギョッとして目を丸めた。

ヤマアラシの背後に、牙を剥き出しにしたセルリアンが迫っているのが見えたから。


「わああ!ちょっ…後ろ…!」

「へ?何です?」


耳に入れたアルパカの毛のせいではっきり聞き取れなかったのか、ヤマアラシは首を捻る。

アルマジロは正面のセルリアンの攻撃を防ぐことに手一杯で、背後のセルリアンの相手などできるわけなくて。


「後ろ!!どうにかしてぇ!!」

「後ろ…?」


再度振り下ろされた爪をはじき返したアルマジロは、必死になって声を上げる。

ようやく聞き取れた言葉にヤマアラシが振り返ろうとしたときには、すでに牙のセルリアンは大口を開けて飛びかかる寸前で。


「ひゃああああああ!!」


甲高い悲鳴をあげたヤマアラシは。

背中の針毛をピンと逆立て、闇雲に後ろに向かって突進した。


『ギッ――』


その結果セルリアンの体は無数の硬質な針毛に串刺しにされ。

針山は彼の背中にあった石を、体ごと貫いて破壊した。


「あ、あれ?なんか、やった…ですぅ!」

「うっわぁ…」


何があったのかよくわからないが予期せぬファインプレーに喜ぶヤマアラシに対し、オオアルマジロは衝撃的な光景に思わず声を漏らした。


「ホントに、数が、多いな…っと!」


ぼやきつつも爪を振るい、セルリアンを打ち砕きながら、タイリクオオカミが二人の元へと駆ける。

ヤマアラシの武器を拾い上げ、しつこくオオアルマジロに攻撃を繰り返していたセルリアンの石にそのまま突き込んだ。

パッカーンと爆ぜたセルリアンと手にした武器を交互に見やり、オオカミは、ほぅと息をついた。


「なるほど、面白いものを使ってるね。今後の参考になりそうだ」

「た、助かったですぅ…二人ともありがとうですぅ…」


オオカミから武器を返してもらいながら、ヤマアラシは礼を述べる。

オオアルマジロは防御に使い続けていた腕を軽く振るいながら、上空を見上げた。


「トキの歌声、だんだん弱まってきてるねー…。こりゃまずいよ」

「あぁ…それに伴って、あの歌に釣られるセルリアンの数も減ってきているからね。覚悟しておいたほうがいい」

「が…頑張るですぅ…」


もう必要なくなりそうな耳栓を外しながら、ヤマアラシはごくりと唾を飲み込んで武器を握りしめた。





「はぁっ!」


角で乱れ突きを繰り出し、巨体なセルリアンを砕いていくアラビアオリックス。

その脇から、もう一体のセルリアンが襲いかかる。

オリックスはその姿を一瞥したものの、迎え撃とうとはせず、今自分が向き合っている相手にのみ集中する。

何故なら。


「えぇい!」


ツキノワグマが走り寄り、援護に回った。

熊手を横薙ぎにし、セルリアンの腕を吹き飛ばす。

二人の握る武器がほぼ同時に互いの相手の石を砕き、セルリアンの残骸が舞い散った。

仲間と連携して戦うことは、ライオン陣営の彼女たちが得意とするものだった。


「ほぉ、やるじゃねぇか」


小型のセルリアンを蹴り飛ばしながら、ツチノコが感嘆の声を漏らす。


「伊達にヘラジカたちと合戦を重ねていないさ」

「…オーロックスがいたら、向かうところ敵なしなんだけどね」


武器を構え直し、視線を走らせる二人。


「――ツチノコ、またあのぴっときかん?とかいうので潜ってるセルリアンの動きを探ってよ。また人質にされたりなんかしたら最悪だからね…」


苦い表情を浮かべて、ツキノワグマがツチノコを振り返った。


「あ、あぁ…ゲートで待ち伏せしてるヤツらを除けば、地中のセルリアンはだいぶ数が減ったはずだが――」


ツキノワグマに返事を返しながらツチノコは目を閉じ、神経を集中させる。

目に見えぬ気配を、ピット器官で感じ取る。

そして。


「――…ッまずい!」


――治療中のカバたちの方へ一直線に向かっていくセルリアンの影を捉えた。


「カバ!カワウソ!!そっち行ったぞ!!地面の中だ!!」





ツチノコの叫びはトキの歌が響く中でも辛うじてカバに届く。

その叫びが届くほどにまで、トキの歌は弱まっていた。


「地面…!?――カワウソ、離れるのよ!」

「わぁっ!?」


咄嗟にカワウソを突き飛ばし、自身はジャガーを捕まえたまま共に大地を転がる。


『ギイイイイ!』


一瞬前まで自分たちがいたところに、地中から大きな爪が飛び出した。

地面から数体のセルリアンがのそのそと湧き出てきて、不気味な瞳がもつれ合ったままのカバとジャガーをとらえた。


「くっ…!」


まずい、と顔をしかめるカバに、セルリアンの一体が狙いを定めて迫る。

カバはその腕が自分に振り下ろされる直前まで迷ったあげく、両手でその一撃を受け止めた。

――ジャガーが、拘束から解放される。


「面倒なことを、してくれますわね…!」


カバは受け止めたセルリアンを軽々と持ち上げると、地面に叩きつけて破壊し。

即座にジャガーの動きを封じようとした、その時だった。


「あ…っ!!」


それよりも一瞬早く、ジャガーが身を起こし、カバの体の下からすり抜けて、爆発的に駆け出した。

真一文字に、カワウソに向かって、走る。


「カワウソ――!」


逃げて、という暇も無い。

ジャガーはその手の先に鋭い爪を光らせて。

あっという間にカワウソとの距離を詰め――


「――」




彼女の側にいたセルリアン達を、一瞬にして粉砕した。




「ジャ、ジャガー…?」


キラキラと煌めくセルリアンの残骸を浴びながら、カワウソは目をぱちくりさせ、爪を構えたまま動かないジャガーに恐る恐る声をかける。




「――…すごいね、その石。まほうみたいだよ…」




ぽつりと返ってきた言葉に、固まっていたカワウソは溢れんばかりの笑みを浮かべた。


「ジャガー…!わたしのこと、わかるの…!?」

「――わかる…わかるよ…。わからない訳、ないじゃないか…」


俯いていた顔を上げ、ジャガーはニッと笑って構えを解いた。


「ありがとう、カワウソ。腕の良い治療係のおかげで――もう大丈夫みたいだよ」

「――っジャガあぁ~!心配したよぉ~!」


顔をくしゃくしゃにして泣きついてきたカワウソを受け止め、ジャガーはごめん、ごめんと小さく謝りながらカバを振り返った。


「本当に助かったよ…ありがとう」

「…はぁ…さすがにヒヤヒヤしましたわね…。――無事に目が覚めたようでよかったですわ」


胸をなで下ろしたカバは、でも、と即座に表情を引き締める。


「残念ですけど、まだ何も終わっていないのですわ。喜びに浸りたいところでしょうけど…すぐにみんなと合流しますわよ」

「…りょーかい」

「…そーだね」


ジャガーに背中をぽんぽんと軽く叩かれ、カワウソは名残惜しそうに彼女から身を離す。

カワウソが見上げたジャガーの瞳は野生の色に輝いていたが、先ほどまでの理性を失った恐ろしいぎらつき方ではなく、真っ直ぐな力に満ちた煌めきを放っていた。


「みんなに迷惑かけた分は――きっちり働いて返すことにするよ」


掌に打ち付けた拳を、ポキポキと音を立ててほぐすジャガー。


「それじゃあ…私も、あなたの相手で動けなかった分、存分に暴れさせてもらおうかしら」


優雅な笑みを浮かべて髪をかき上げ、カバはその目に初めて野生の光を灯す。

尋常ではない迫力を滲ませる二人を見送るカワウソは、ぽかんと口を開けたまま、


「…すっごーい…」


と呟くしかできなかった。





ドッ、と衝撃で地響きが走り、粉塵が舞い上がった。

桁外れのパワーを持った二人が放った豪快な一撃に、他のフレンズ達も一瞬圧倒される。

しかしすぐに我に返った皆は、彼女たちに感化された様により一層野生の輝きを強めてセルリアンに立ち向かっていく。

ヘラジカに至っては、「早くこの戦いを終えて、彼女たちと手合わせしたいものだ」などと興奮気味に口走っていた。

その様子を見ていた博士は、ほんの少しだけ安心した様に息を吐くと、ラッキービースト達を振り返った。


音沙汰無し。何の反応も見せない彼らを見て、博士は拳を握りしめた。


(ジャガーが正気に戻ったことで、この場は少し安定したのです…。しかし、かばんたちは…。ボスはまだ合流できていないのか連絡は無し。それに、先ほどまで反応があった外部からの連絡も無い。――どちらも気になるのです…)


思考にふけっていた博士の耳に、それまでずっと届いていたトキの歌声が、聞こえなくなる。

視線を走らせると、空中で力尽きた様に項垂れ、ショウジョウトキに支えられるトキの姿が目に入った。

彼女の陽動に気を取られていたセルリアン達も、我に返ったかの様に不気味な瞳をぎょろりと動かし始める。


(トキの囮もここまでなのです…。また歌える様になるまでしばらく時間を要する…。ここが踏ん張りどころなのです…!)


博士は翼を広げ、セルリアン達に向かって飛び立つ。



「かばん、サーバル…きっとお前達なら――大丈夫なのです…!」








博士の、祈りは――








「ミャウウッ!ミャアアアァッ!!」


自分より一回りも、二回りも大きなセルリアンにしがみついたまま、がむしゃらに爪を振り下ろすサーバル。

その様を力なく眺めていたかばんは、背後に感じた気配にハッとして振り返った。


「――あっ…!」


暴走したサーバルにより、ほとんど数が減ってしまったセルリアン。

一番大物の一体を討伐するのにサーバルが夢中になっている隙を狙い。

残った小物達が、徒党を組んで無防備なかばんを襲撃した。

かばんが身を隠している乗り物型のアトラクションに集るように迫り、ひとかたまりになって体当たりを繰り出し。


その衝撃で、乗り物は強くはじき飛ばされた。


「うわあああああっ!!」


かばんの悲鳴と乗り物が大地を転がる轟音が重なって、サーバルの耳がびくりと震える。

歪に変形し、破壊された乗り物から、かばんの体が勢い余って外へ投げ出される。


「…っうぅ…」


小さく呻くかばん。もはや彼女が身を隠せる場所は、存在しない。

セルリアンの残党が、ウゴウゴと距離を詰める。


「ウウゥニ゛ャアアアウウゥ!!」


大物セルリアンの体を石ごと引き裂き、サーバルは興奮した様に哮りをあげ、かばんとセルリアンの残党の元へと駆けた。

かばんに襲いかかろうとしていたセルリアン達に対し、サーバルは牙を剥いて威嚇の声をあげる。


「フウウウウゥーッ!!」

『ギイイイイィッ!!』


間に挟まれたかばんはどうすることもできないまま、自分の置かれた立場と争い合う両者を、客観的に眺める。




あぁ、まるで――…一つの獲物を奪い合う獣の争いの様じゃないか、と。

互いに自分の獲物だと主張し合っているように、両者は牙を剥いて吼えている。




『ギィ――』

「フギャウウウウウッ!!」


セルリアンの僅かな動きを察知したサーバルが、口火を切るように躍りかかった。

小さなセルリアン達ともつれ合うサーバル。

そんな彼女の上げる鋭い鳴き声を、曝け出す野性的な姿を、それ以上聞くのも、見るのも、どうしようもなく辛くて。

かばんは思わず頭を抱えて蹲ってしまった。










――どれほど時間が経っただろうか。










いつの間にか、遊園地に静寂が帰ってきていることに、かばんは気付く。

恐る恐る目を開け、顔を上げ。


最後に残った一体のセルリアンを握りしめたまま立ち尽くし、荒く呼吸を繰り返すサーバルの背中を見つけた。


「フッ…フッ…!」

『ギィイ…』


弱々しく声を上げるセルリアンを握る指先に、力がこもる。

鋭い爪がセルリアンの石に食い込み、バキッと音を立てて破壊した。

手の中で粒子と化したセルリアンを眺めるサーバルは、相変わらず荒い呼吸を続けていて。


「フッ…フゥッ…!」


毛皮は乱れ、ぼさぼさになってしまった尻尾は力なく垂れ下がり、呼吸によって上下する肩には汗が滲んでいる。

その表情は、窺えない。








  「――…サーバルちゃん」








かばんの口から、無意識に声が溢れていた。

大事な、大好きな友だちが無事なのか、気になって。

ひょっとしたら、振り返ると笑顔を見せてくれるんじゃないかと期待して。

自分が無事だったのは彼女のおかげだから、お礼を言わないといけないと思って。




――あまりにも受け入れがたい現実が続いてしまって、正常な判断をする能力が、鈍ってしまっていて。




無意識に、彼女の名前を、呼んでしまっていた。






「――フゥッ…フウウッ…グルル…!!」






呼吸の声は荒さを増し、唸り声を伴う。

セルリアンを潰してだらりと垂らした手の先には、鋭利な爪が光ったままで。

ぼさぼさの尻尾は再び大きく膨れあがり。


――かばんは、そこでようやく、後悔する。






「…っ」







振り返った友の表情は、自分に向けられたことのない――【野生】の【獣】に堕ちたままのものであった。






「――ウウウウミ゛ャアアアアッ!!」




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