対 セルリアン⑤



『やっぱリ、フレンズたちにボクの話を理解してもらうのは難しいみたいだなぁ…残念だけド』


遊園地内を駆けるセルリアンに身を預け、黒かばんはぶつくさと文句を垂れ流した。


『所詮は彼女たちも獣だからネ…。ヒトの思考には追いつけないんダ…』


呆れた様な溜息をつき、黒かばんは一人項垂れる。


『――…でモ、あの子は違ウ。獣たちと一緒にいるからカ、いろいろと残念な所もあったけド――』


走り続けていたセルリアンが足を止める。

その背から降りた黒かばんは、一匹だけ遊園地内に残していた、ふわふわと漂う翼のセルリアンに歩み寄った。


『きっとしっかり教育してあげれバ、理解できるはずなんダ。ボクの求める命の美しさガ…』


だから、と黒かばんはおぞましい笑みを浮かべて翼のセルリアンに手を触れる。


『あの子ヲ、特等席に招待しよウ』


翼のセルリアンの大きな瞳が、ぼんやりと紅く光った。


『頼んだヨ』


黒かばんが同じ色に光る瞳を細めると、セルリアンはその翼を大きく広げ、ゲートの方角へと飛び立った――。







「カバ…!!」


オオカミを押さえることに必死になっていたサーバルは、聞こえてきたその声に思わず反応する。

視線を巡らせ、ジャガーを組み伏せるカバの姿を遠くに認めた。

その彼女はというと、暴れるジャガーを押さえつけたまま少し眉をつり上げる。


「ダメよサーバル!ちゃんとそっちに集中しなさい!」


カバの叱責に、サーバルはまるで親にしかられた子のようにびくんと肩を震わせると、慌ててオオカミに向き直った。


「ゴアゥ!ガアアアアアアァ!!」


ジャガーが牙を剥き出して、怒りの咆吼をあげながら身を捩る。

全力で暴れ、抵抗するジャガーを押さえるなど、並のフレンズには到底不可能なこと。

しかしカバは、少し顔をしかめただけで、はじき飛ばされることなく全身をがっしりと拘束していて。


「私に力勝負を挑んでも無駄ですわよ?」


余裕のある笑みを浮かべると、他のフレンズ達を見回して、叫んだ。


「この子は私が引き受けますわ!あなたたちはセルリアンを!」


カバの言葉に、フレンズ達は表情を引き締め直す。

頼れる仲間の到着に希望を取り戻した皆は、迷うこと無くセルリアンの群れに立ち向かった。

ジャガーともみ合うカバの元へ、オオカミを抑えるかばん達の元へ、セルリアン達が動こうとするのを必死に防ぐ。


「ジャガーとオオカミの治療の邪魔をさせるな!セルリアンの注意を私達に引きつけるのだ!」


ぶん、と角を振るい、ヘラジカが猛々しい声を上げる。

それに反応したのは、トキだった。


「引きつける…?――うふふ、ここは私の出番ね」


トキは翼をはためかせると上空へ浮上し、セルリアンの群れを見下ろす。

それを見たアルパカが、あ、と声を上げた。


「トキちゃんが歌うよぉ!みんな準備してぇ!」


アルパカの合図に、フレンズ達は皆慌てて耳に小さな物をねじ込んだ。

トキはスゥ、と息を深く吸い込むと、空気が震える様な大声量で歌い始めた。


「わたーしはートーーキーー!!ここにーーいるわよーーーー!!みんな見てえーーーー!!」


ぐわんぐわんと響くその歌声に、セルリアン達の目が一斉にトキに集まる。

ある者は触手を伸ばし、ある者は腕を振り上げ、セルリアン達はトキを捕らえようとする。

そんな、セルリアンの注目を一気に集める様なインパクトのあるトキの歌声は、本来ならばフレンズ達に与える影響も大きいのだが。


「今だ!かかれ!」

「わああ!ですぅ!」

「いきますわよー!」


皆その【強烈】な歌声に動じることなく、囮となったトキに釣られているセルリアン達を、手にした武器や己の爪で駆逐していく。

そんな彼女たちの耳にねじ込まれているのは、柔らかくて真っ白な毛玉だった。







『私の歌、セルリアンも思わず聞き入っちゃうみたい。ピンチの時は任せて。私が歌って引きつけるから』

『本当に凄いんだよぉトキちゃんの歌。でも、耳が良いフレンズの子はちょっとビックリしちゃうみたいでねぇ。そんな子達にはわたしの毛を丸めたものをあげるの。それを耳に入れておいたら、楽に聞くことができるんだってぇ。もしほしい子がいたら後で教えてね』

『ほぉ、凄いではないか。試しに一度聞かせてみてはくれないか』


遊園地突撃前に小屋で行った作戦会議で提案された、トキの囮作戦。

かなり有効そうな作戦に、一部何故が複雑な表情を浮かべた者達を除き、皆は明るい声を上げた。

――ヘラジカの頼みに気をよくしたトキが一曲披露した後、アルパカの所にはたくさんのフレンズが無言で詰めかけていた。







「――うふふ、面白い子がたくさんいるわね…。それで博士!私はどうすればいいのかしら!?」


セルリアンと戦うフレンズ達を見守っていたカバは、その奮闘ぶりに安心した様に微笑むと、上空の博士に助言を求めた。

コツメカワウソと共に空中で呆気にとられていた博士は、その呼びかけに我に返ると急いで彼女の側に降り立つ。


「ガウゥ!!」


手足を押さえつけられ動くことの出来ないジャガーは、ガチンガチンと牙を噛み鳴らし、博士とカワウソを睨んだ。

その様子に、カワウソは伏し目がちになりつつ拳を握り込んだ。


「カバ、来てくれたのですね。助かったのです。状況は理解できているのですか?」

「えぇ、ボスを通して聞いてましたわ。これが野生暴走、ですのね…。全く、趣味の悪いことをしてくれますわね…」


狂った様に吼えるジャガーを見下ろし、カバは呻く様に呟いた。


「そのままジャガーを押さえておいてほしいのです。ジャガーの体内に入り込んだサンドスター・ロウを、お守り石で吸収するのです。確か石を持っていたのは――」

「わたし、持ってるよ。ちりょー係だから」


いつになく真剣な表情のカワウソが、博士の言葉を遮った。


「…そうでしたね。では、その石を私に――」

「ううん、わたしやりたい。わたしがやる。だって、ジャガーはわたしを助けてくれたんだよ」


手を差し出した博士に首を振り、カワウソは手にした石をきつく握りしめた。


「今度は、わたしがジャガーを助けたい」

「…わかったのです。カバ、おそらく今以上にジャガーが暴れると思いますが…大丈夫ですか?」

「あら、心外ね。私が耐えられないとでも?」


少し不機嫌そうに頬を膨らませるカバに、博士は薄く微笑んだ。

カワウソは小さく一言、ごめんね、と呟いてから、手にした石をジャガーに押し当てる。


「ギャウアアアアアア!!」


悲鳴の様な咆吼をあげるジャガーの全力の抵抗をもがっちりと押さえつけ、カバはカワウソを励ます様に「大丈夫よ」と優しく囁いた。






一方オオカミの方も、治療は迅速に進められていて。

ツチノコは尻尾と腕を使って、サーバルはトキの歌声に耳を寝かせながらも、しっかりとオオカミを拘束していた。


「ぐぅ…う……」


傷の発見と保護が早かったおかげでサンドスター・ロウによる汚染の進行もジャガーよりは軽度だったオオカミは、石による治療の負担がさほど大きくはなかった様で。

大きく暴れて抵抗することもなく、比較的落ち着いたまま治療を終えることが出来た。

お守り石の発光が収まったのを確認し、かばんは石をオオカミの身体から離す。


「もう、大丈夫です」

「はぁ…はぁ…っははは…これは確かに、キツいな…。サーバルがあれほど暴れたのも、無理はないね…」


へたり込みそうになるオオカミの身体を、ツチノコとサーバルが支えた。


「助かったよかばん…。二人も、すまなかったね…」

「どうなることかと思ったぜ、全く」

「…手に傷を負わされるなんて、作家として不名誉なことだよ。全く、今後の活動に影響がでたらどうしてくれるんだ」


右手に巻かれた包帯を睨む様に見つめた後、オオカミはかばんにオッドアイを向ける。


「――私が甘かったせいで、大事なチャンスを逃してしまった…。本当に、ごめんよ」

「い、いえ…」


オオカミの謝罪に対し、かばんは曖昧に首を振ることしかできなかった。

甘かったのは自分も同じ。むしろ皆には助けてもらってばかりだ。

相対してよくわかった。

自分はあっちの自分より、力でも知能でも劣っている、と。


そして、よくわからなくなった。

――自分は、ヒトとは、一体何者なのか、と。


「そう悲観的になるな。アイツとのやりとりでわかったことも多い。セルリアンやジャガーは向こうのヤツらが抑えてくれてるから、今のうちに整理するぞ」


そんなかばんの乱れた思考を知ってか知らずか、ツチノコが二種類のサンドスターが飛び散り入り交じる戦場を眺めつつ、早口気味にそう述べた。


「ヤツの目的はやはりフレンズ同士の争いを引き起こすことだ。暴走したフレンズ達が集まるまで、セルリアンを使ってオレ達を足止めするつもりみたいだな」

「私達の命のことなんて、自分の欲を満たすためのおもちゃぐらいにしか考えていないようだね。…彼女は無邪気な悪意の塊だ」

「…」


黙ったまま二人の言葉に耳を傾ける表情の硬いかばん。

そんな彼女に、ツチノコが、オイ、と声をかける。


「かばん、オオカミとヤツの取っ組み合いを見てて、どう思った?」

「え…?えっと――」

「オオカミの方が力が強かったよね」


反応が遅れたかばんよりも早く口を開いたのは、意外な人物――サーバル。


「カバに抑えられてるジャガーと一緒で、あのかばんちゃん、オオカミに押さえつけられて動けなくなってたし。…あっ、でもあのニョロニョロしたのでオオカミのこと持ち上げてたから…やっぱりあのかばんちゃん力持ちなのかな?うー…わかんなくなってきたよ」

「ハッ…お前にしちゃなかなか良いとこついてんじゃねぇか」


頭を抱えるサーバルに、ツチノコはにやりと笑いかける。


「結論から言うと、おそらくヤツは身体的な能力自体は…かばん、お前とほとんど変わらんのだろうな。腕力がある訳でもなく、もっと言えばオオカミやサーバルの様な優れた聴力も、オレのピット器官の様な特殊な力がある訳でもない。非力なヒトなんだよ」

「…確かに、そんな能力があるなら…オオカミさんの嘘を見破ることができたはず…」


サーバルが聞き取ったツチノコとオオカミの密談に気付いた様子は全くなかった。

地中にフレンズが潜んでいるというはったりにも、本気で対応しようとしていた。

ヒトの身体を手に入れ、優れた知能に酔いしれていた彼女も、その代償にフレンズ達が持ち合わせている優れた身体能力を獲得することはできていないのだ。


「しかしその非力さを、セルリアンの力でカバーしていやがる。背中の鞄はおそらく巨大セルリアンだったころの名残の塊なんだろう。あの厄介な触手を生み出したり、何かを捕食して取り込んだりするのは、鞄を使って行っているんだ」

「あの触手の力、かなり強かったよ。まるで大きな何かに投げ飛ばされるような気分だった」


言われてみれば、黒かばんの触手は背中の鞄から伸びているところしか見ていない。

もしかしたらまだ手の内を隠しているのかもしれないが、ツチノコの仮説は信憑性が高いとかばんは思った。


「じゃあ、鞄を取っちゃえばいいんだね!」

「…取れるのかどうかは知らんが…あの鞄をどうにかすりゃ、ヤツを倒せる可能性は高い」


希望の笑顔を見せるサーバルとは対照的に。

複雑な表情が張り付いたままのかばんに、ツチノコが真剣な目を向けた。


「…かばん、セルリアンってのは元々オレ達フレンズにとって砂嵐や大雨なんかと同じ、災害のようなもんだ。命を脅かす【脅威】ではあるが、【邪悪】とは少し違う。【生物】というよりはなんとかして対処しなきゃならん【現象】として捉えてるヤツがほとんどだろう」


ツチノコが何を言っているのかよくわからない、といった様子でサーバルが首を捻るのを横目に見ながら、かばんはツチノコの言葉を受け止めていく。


「だが、アイツは違う。オオカミも言ってたがヤツは悪意の塊だ。それに…感情があって、言葉を話して…限りなくオレ達に近い存在だ。――ヤツは【邪悪】な【生物】だと言っていい。だからこそ、対処も…倒すのも困難だ。いろんな意味でな」


オオカミが、ツチノコの言葉に同意する様に無言で頷いた。

悲鳴を上げた黒かばんに怯んだ彼女も、思うところがあったのかもしれない。


「――…かばん、お前は…その…優しい。そんなお前にヤツと戦えってのは酷なことかもしれん。無理するな。戦いが苦手なフレンズ達と同じように、隠れて見守っていてもいいんだぞ」


地下迷宮で怒鳴り散らしていた彼女からは想像できないぐらい優しく、気遣う声色だった。

深く被ったフードの奥から、心配の色を滲ませた瞳が覗いている。



――かばんは迷っていた。



ツチノコの言う様に、また彼女と対峙したとき、躊躇無く戦うことが自分にできるのか。


――それだけではない。


『ひょっとして君ハ、そんなことすらも知らなかったんですカ?』


自分は彼女に勝てるのか。


『自分が見たいから、知りたいから、楽しみたいからという自分勝手な欲で、フレンズさん達の命を支配して、弄んでいるだけだ…!』

『そういうものなんですヨ!ヒトという生き物ハ!』


ヒトという生き物はなんなんだ。


『ボクモ!――君モ!!』


自分は、一体――。







「ボク、は――」







「――ッかばん!伏せるんだ!!」


それは、突然の襲撃だった。

目を見開いたオオカミが、手を伸ばして叫んだ。


しかしその手は、虚空を掴む。


――かばんの身体は細い触手に絡め取られ、宙に浮いた。


「…っ!」


声を上げる暇もなかった。

首だけ動かして後ろを振り返ったかばんは、蔓の様な触手で自分を拘束する翼のセルリアンの無機質な瞳と目が合った。


「かばんが、連れて行かれる!!」

「んのヤロォまだいやがったのか!!」


怒号をあげるツチノコが、脚をキツく折り曲げて思い切り、高く、跳躍する。

蛇にはあるまじき跳躍力を持つと言われるツチノコだからこそできる芸当。

しかし、それでも。


「くっ――」


届かない。

重力にひかれ、落ちていくツチノコ。


「あ…」


上昇するセルリアン。離れていく地上と、フレンズ達。

どうしようもない孤独感に苛まれそうになったかばんの目に飛び込んできたのは。





「うみゃああああーっ!!」





甲高い声を轟かせ、跳び上がる一つの影。

驚異的な跳躍力を発揮し、サーバルはツチノコよりも高く、高く跳んで。

――翼のセルリアンの身体に、爪を立ててしがみついた。


「かばんちゃん!!」

「サーバルちゃん…!」


予期せぬ事態にセルリアンはゲートの方へと戻りつつも、翼を大きくばたつかせて暴れる。

サーバルは絶対に振り落とされない様に、鋭い爪をセルリアンの柔らかい様な固い様な、不思議な感触の身体にきつく食い込ませた。

暴れるセルリアンは、それでも絶対獲物は逃さないとでも言うかの様に、かばんへの拘束を強める。

捕らえた獲物の安全を配慮する器用さなど持ち合わせていない。

セルリアンの細い触手は、かばんの華奢な腕を、身体を――首を締め付ける。


「…く、あっ…」


まともに呼吸ができず苦しげに声を漏らすかばんを間近に見て、サーバルは焦った。

片方の手で必死にセルリアンの身体を引っ掻き、拘束を緩めようとする。


「うみゃ!うみゃあ!かばんちゃんを離して!返してよ!」


聞く耳を持たないセルリアンは、かばんを捕らえ、サーバルをその身に乗せたまま、遊園地のゲートをくぐっていく。


「かばん!サーバル!!」

「――待て!オオカミ!!」


急いで後を追おうとしたオオカミの腕を掴み、ツチノコが制した。


「どうして止めるんだ!?早く追わないと――」

「ダメなんだよ!!あのゲートの下…待ち伏せしてやがる!!」


野生解放で研ぎ澄まされたツチノコのピット器官は確かに捉えていた。

遊園地のゲート。その地中に潜む、多くのセルリアンの姿を。


「何も考えずに突っ込んだ瞬間、地面の中に引きずり込まれて終わりだぞ!」

「しかし、それじゃあ、あの二人は…どうなるんだ!?」


もう見えなくなってしまった二人とセルリアンの姿を求める様に、ツチノコとオオカミの二人は遊園地のゲートを眺めたままきつく牙を軋ませた。









「かばんちゃん…!かばんちゃん!」


何度も何度も爪でセルリアンの身体を削りながらサーバルはかばんの名前を呼び続ける。

セルリアンはもはやサーバルを振り落とすことを放棄し、完全に彼女の存在を無視したまま、ただ目的を遂行するために閑散とした遊園地内を飛び続けていた。

大量のセルリアンが行く手を阻んでいたゲート前とはうって変わって、寂れた遊園地には徘徊するセルリアンの姿もなく、不気味な静けさに満たされていて。

だからこそ余計に、かばんの息苦しそうな呻き声がサーバルの耳に突き刺さり、焦燥を煽る。


「ねぇ!かばんちゃんを返して!返してよ!!」


石がどこにあるのかわからないサーバルは、がむしゃらに爪を振るう。

細い触手に爪を引っかけ、引き裂こうとするが、それも叶わない。

片方の翼に思い切り噛みついてやると、さすがにバランスを崩したのか、セルリアンは空中で大きくふらついた。


「う゛ぅ~…!返してよぉ!!」


翼に牙を立てたまま、サーバルは叫んだ。

その時だった。


『キイイイィ!!』


翼のセルリアンが突如金切り声を上げ。

かばんを、空中で手放した。


「あっ!!」


力なく落下していくかばんを見て、サーバルは慌ててセルリアンの身体を踏み台代わりに蹴り、飛び降りる。

空中でしっかりその身体を抱き留めると、ネコ科特有の反射神経と柔軟性を発揮し、身を翻して器用に着地した。


「かばんちゃん!しっかりして、かばんちゃん!」


サーバルはぐったりしたかばんの身体を抱いたまま軽く揺さぶり、声をかける。

まともな呼吸を封じられていたかばんは、時折咳き込むもののまだ意識が朦朧としている様で、サーバルの呼びかけには反応を示さない。

それでもかばんを取り戻せたことに安堵したサーバルは、ほんの少しだけ肩の力を抜いて息をついた。




刹那。




「――ッ!」


大きな耳をぴんと立たせ、サーバルは機敏に視線を走らせた。


『ギイイィ…』『ギヤアアア…』


様々な【あとらくしょん】の影から。

正面から、左右から、背後から。

奇妙な声をあげながら、ぞろり、ぞろりと姿を現した、セルリアン達。

ゲート前の大群に比べればその数は圧倒的に少ないものの。

それでもサーバルとかばん達を取り囲んで包囲できるぐらいの数のセルリアン達が、自分たちの周りに集まっていることにサーバルは気付いた。

いや、待っていた、が正しいのかもしれない。

待ち構えていたセルリアン達の輪の中に二人を落とした張本人は、上空からじっとこちらを見つめたままふわふわと漂っている。


「どうしよう…!」


サーバルはじりじりと距離を詰めてくるセルリアン達を見渡しながら、先ほどよりも強めにかばんを揺さぶって起こそうとする。

この数のセルリアン相手に戦って勝てる自信は、ない。

ましてやかばんを守りながらなんて、不可能だ。

だって自分は、全然弱いし、おっちょこちょいだ。

だからせめて、かばんだけでも避難を――


「かばんちゃん!かばんちゃん!!…起きてかばんちゃん…逃げて!」


かばんは小さく唸るだけで、やはり目を覚まさない。

サーバルは泣きそうになりながら、それでも懸命に考えた。


かばんはいつもこういう時、一生懸命考えて良いアイデアを出してくれる。

自分もかばんのように、何か良いアイデアを思いつくことができれば。

もしくは同じネコ科のライオンの様に、力があって、強ければ。

森で戦った時のライオンは、本当に強かった。

勝てたのは、ヘラジカやリカオン、かばんの協力があったからだ。






あぁ、自分も、あんなに本気で、戦えたなら――――






「――…」





サーバルは、かばんを揺さぶる手を止めた。

そのままかばんを抱き上げて運び、側にあった小さなバスの様な【あとらくしょん】の中に、そっと寝かせる。

セルリアンの輪はどんどんと縮まり、完全に包囲された。

サーバルは寝かせたかばんから離れると、野生を解放する。

溢れ出した煌めきに、セルリアンの瞳は一斉にサーバルに集まった。



「――かばんちゃん…」



セルリアン達をじっと見つめたまま、サーバルは聞こえないとわかっていつつもかばんに語りかける。


「…おっちょこちょいで、いつも失敗ばかりで、ドジなわたしをいつも頼ってくれて、たくさん、たくさん楽しいことを教えてくれてありがとう」


指の先に光る爪をゆっくりと構え――







その矛先を、包帯が巻かれた自分の腕に、向けた。







「ダメだね、わたし。かばんちゃんみたいに考えるの得意じゃないから、かばんちゃんを守るために…うまくいくかどうかもわかんないこんな方法しか思いつかないや」


ちらり、とかばんを寝かせた【あとらくしょん】を振り返り、困った様な笑みを浮かべたサーバルは。




「――…ごめんね、かばんちゃん」











――きつく目を瞑ってその爪を振り下ろし、かばんが巻いてくれた包帯ごと…自分の腕を切り裂いた。




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