対 セルリアン④
「大丈夫か、カメレオン!」
「ヘ、ヘラジカさまぁ~…!」
足がすくんでしまって動けないカメレオンを、ヘラジカが抱え上げて黒かばんから離れる。
「どーなってるのさ!?地中にいるって言うセルリアンは――」
「二人を丸呑みにできるようなセルリアンがいるってのはヤツのはったりだ!そんなヤツおらん!だが――」
ツキノワグマに肩を貸しながらも困惑するライオンに、ツチノコが駆け出しながら叫んだ。
「…大勢お出ましだ!くるぞ!」
ツチノコの忠告に皆が慌てて向かい撃つ体勢を取るや否や。
どっ、と地中から小型のセルリアン達が湧きだしてきた。
「うひゃぁ~!いっぱい出てきたよぉ!」
「気持ち悪いんですけど!」
うろたえるアルパカとショウジョウトキを尻目に、ツチノコが蹴りや尻尾の一撃で次々にセルリアン達を潰していく。
戦闘が始まったのを見て、待機していた地上のセルリアン達も動き出した。
無数のセルリアン達が、迫る。
「つべこべ言わずにさっさとやれぇ!」
怒り気味の叫びをあげるツチノコに続き、他のフレンズ達もセルリアンに対処し始める中。
乱戦の中心から少し外れたところでは。
「かばんちゃん、大丈夫?」
黒かばんの言葉に呑まれかけ、青い顔をしているかばんを気遣う様に、サーバルがのぞき込んで声をかけていた。
「…うん、ありがとう。でも一体何が――セルリアンは…?」
「えっとね、よくわかんないんだけど、カメレオンたちを食べちゃう様なセルリアンはいなかったんだって。あのかばんちゃん、嘘ついていたみたい。かばんちゃんたちが話してる時、ツチノコがオオカミにそんなこと言ってたよ」
聴力がずば抜けて優れているサーバルは、離れた所で黒かばんに悟られないよう小声で話すツチノコの声でさえ、漏らさず聞き取っていた。
故にタイリクオオカミが仕掛けた際、即座にかばんが巻き込まれない様、彼女と共に黒かばんから離れることができたのだ。
そして彼女たちの視線の先。オオカミに組み伏せられた黒かばんは。
『ク…!』
オオカミが振り下ろした爪を、強引に身をよじって回避しようとしたものの避けきることができなかった。
爪の一撃は黒かばんの二の腕を切り裂き、黒い液体が流れ出す。
「どこに石を…隠し持っているのかな…!?」
もがく黒かばんの身体を押さえたまま、オオカミが再度爪を構え。
それを、振り下ろそうとしたときだった。
『ウ、うわあああああああああァ!!痛イ…!ああァ…!!痛いヨ…!!』
苦悶の表情を浮かべた黒かばんが、悲鳴の様な叫びをあげた。
涙をにじませた目をうっすらと開き、オオカミを見つめる。
『酷いです…オオカミさん…やめてくださイ…』
「…っ」
その悲痛な叫びと助けを乞う瞳に、覚悟を決めたオオカミでさえほんの一瞬判断が鈍った。
その一瞬の隙を、彼女は見逃さない。
黒かばんの背中の鞄から、一本の触手が飛び出してオオカミを襲う。
オオカミは咄嗟に、振り上げていた手でその触手を掴み、黒かばんもろとも押さえつけようとした。
が。
「なっ!?」
触手の力は予想以上に凄まじく、押さえつけるどころか逆に押し返されてしまい。
慌てて両手で掴んで踏ん張ろうとしたものの、それも大した抵抗にならなかった。
タイリクオオカミの身体は、一本の触手で軽々と持ち上げられ、黒かばんから引き剥がされてしまった。
「オオカミ!」
「オオカミさん!」
乱戦の輪から抜け出してこちらに加勢に来ていたツチノコと、かばんの声が、重なる。
『あっははハ…フレンズさんは優しいですネ』
身を起こした黒かばんが、立ち上がりながら呟き。
さらにもう一本、編み出した触手を持ち上げたままのオオカミに向かって伸ばす。
「まずい…!」
噛みつかれない様に触手の口を両手で押さえていたオオカミは、迫るもう一本の脅威に気付くと空中で身を捻り、押さえていた触手を蹴った。
追撃の触手を爪ではじき返し、オオカミはなんとか着地して距離を取る。
「オオカミ、へーき!?けがはない!?」
「あぁ、なんとかね。情けない…あれだけ躊躇しないようにと考えていたのに、やはり少し、戸惑ってしまったよ」
駆け寄るサーバルに応えつつも、オオカミは黒かばんから視線を外さない。
その彼女はというと、黒い液体が流れ出す腕をぷらぷらと揺すりながら微笑んでいた。
『普段セルリアンは声を上げませんからネ。痛イ、やめてと叫ばれるとさすがに怖じ気づきましたカ?それとも――』
黒かばんは無傷な腕を持ち上げ、かばんを指さした。
『あれだけ違うと否定しておきながラ、やっぱりボクとそっちのボクを重ねて見ちゃいましたカ?』
オオカミの表情が嫌悪に歪み、喉の奥から低い唸りが漏れる。
「君と話していると虫酸が走って仕方ないな」
『光栄でス』
フッと笑い、黒かばんは腕の傷をもう片方の手でぐっと押さえつけた。
しばらくそうしているだけで、流れ出していた液体がぴたりと止まる。
押さえていた手を離すと、傷はきれいさっぱり消えて無くなっていた。
「やっぱ石を壊さねぇとダメだな…」
憎々しげに呟くツチノコ。
黒かばんは細く息を吐くと、結局の所、と口を開く。
『いくら否定しても変わらないものは変わらないんでス。ボクもそっちのボクモ、ヒトのフレンズなんだから共通する所はあるはずですシ――』
にっこりと、穏やかな笑顔をかばんたちに向け、黒かばんは言い切った。
『フレンズとしての…【けもの】としての新たな生き方、本能を得たと豪語した所デ、サンドスター・ロウで刺激してあげれバ、隠しきれない【獣】としての本能がちゃんと牙を剥くんですかラ』
ビュッ、と風を裂く音がした。
それはあまりにも唐突で、黒かばんと対話していたかばんやオオカミたちは、完全に反応が遅れた。
仲間であるはずのセルリアンの身体を貫き、破壊して。
――フレンズ達とセルリアン達がせめぎ合う戦場に、一本の触手が風を切って突き抜けた。
「がっ…!!」
くぐもった悲鳴があがって、フレンズ達は弾かれた様にその方を見やる。
穏やかに笑う黒かばんとは対照的に。
苦痛に顔を歪めるジャガーの足に、触手が深々と牙を突き立てていた。
「ジャガー!!」
動揺したコツメカワウソが甲高い声で叫び、駆け寄ろうとする。
黒かばんはその様子を横目でちらりと眺めて、小さく笑った。
所在なげにうねうねと蠢いていたもう一本の触手が、同様に風を切って伸びる。
オオカミとツチノコが怒号を上げながら黒かばんに躍りかかる。
しかし鞄から飛び出した三本目、四本目の触手が、二人の身体をはじき飛ばした。
動こうとしたフレンズ達をセルリアンが遮り。
伸ばされた二本目の触手は止まることを知らず、その大きな口をがばりと開いて。
コツメカワウソに、迫る。
「あっ…!!」
迫る脅威に気付いたコツメカワウソは動けない。
ただ恐ろしくて、目を背けることしか出来なかった。
それを見て。
「う、あああああああ!!」
ジャガーが、吼えた。
足に食らいついたままの触手を、強烈な爪の一振りで強引に断ち切る。
痛む足を無視して駆け、牙を剥き出した触手とコツメカワウソの間に割って入った。
カワウソに襲いかからんとしていた触手は、ジャガーが伸ばした腕に食らいつく。
「ぐぅ…!」
「あぁ!!」
絶望的な光景に、カワウソが悲鳴を上げる。
ジャガーはぎり、と歯を食いしばり、その触手も先ほどと同様に爪で引き千切った。
腕と足に突き刺さったままの触手の口を引き剥がし、地面に投げ捨てる。
傷口からは血が溢れ、ジャガーはその場に崩れ落ちた。
「ジャ、ジャガー!ジャガー!しっかり!!」
脂汗を流すジャガーの身体にしがみつき、カワウソは狼狽した。
「やられた…!」
博士が唇を噛んで空を駆け、二人の元へと急ぐ。
はじき飛ばされたオオカミとツチノコをサーバルと共に助け起こすかばんも、焦る。
早く、ジャガーの手当てをしなければ。
『さてト、じゃあボクはみなさんの様子をゆっくり眺めたいので戻りますネ。覚醒したフレンズさん達が集まるまデ、何人が正気を保っていられるんですかネ?それとも集まる前にみんなセルリアンにやられて覚醒しちゃうのかナ?…あはハ、せいぜい足掻いてくださイ』
千切られた触手を鞄に収めながら黒かばんは伸びをすると、駆け寄ってきた牙のセルリアンに跨がった。
「オイ!!待て――」
ツチノコの怒号を無視し、黒かばんは遊園地のゲートの中へと引き返していく。
嘲笑うかの様な紅い瞳が、青い顔をしたかばんを一瞥し、遊園地の中へと消えた。
「あのヤロォ…!!」
悪態をつくツチノコ。どうすれば良かったのか考えがまとまらず、歯を軋ませるかばん。
その横で。
「――グルルルル…ううぅ…」
小さな、唸り声が漏れる。
ぞく、と背中に悪寒が走ったかばんが振り向いたのと、サーバルがハッとして甲高い声をあげたのはほぼ同時だった。
「かばんちゃん!オオカミ…けがしてる!!」
サーバルの目線を追って、かばんはオオカミの右手の甲に裂傷の様な傷を認めた。
触手に弾かれたときに、牙で傷つけたのかもしれない。
しかし問題はそこではない。
いくらなんでも――暴走の進行が早すぎる!
《他ノ場所以上ニ変異サンドスター・ロウノ濃度ガ高クナッテイル》
《シバラクノ間負傷ハ命取リダヨ。暴走ガスグニ始マッテシマウカモシレナイ》
小屋でのボスの言葉が脳内に響く。
「ツチノコさん、サーバルちゃん!オオカミさんを、押さえててください!!」
鞄を下ろし、救急箱を取り出しながらかばんは叫ぶ。
ツチノコとサーバルの二人に抑え込まれたオオカミは、苦しそうに呻く。
「う、ぅ…」
乱暴に拘束されても、オオカミは暴れなかった。
まだ辛うじて自分を保っているようだ。
かばんはオオカミの手を取ると、迅速に手当てを進めていく。
(オオカミさんは間に合う…!でも、ジャガーさんは――!)
焦るかばんの視線の先では、カワウソも震える手で包帯を手にしていて。
「どうしよう…!どうしよう…!!ジャガーごめんね…!ごめんね…!!」
「落ち着くのですカワウソ!うろたえるよりも先に、手当てを進めるのです!」
邪魔をしようとするセルリアンをはねのけ、カワウソとジャガーの二人を庇う博士。
ほぼ泣きじゃくりながら、必死にジャガーの腕の傷を保護していくカワウソ。
しかしその間に、足の傷からは変異サンドスター・ロウがどんどんジャガーの身体に入り込む。
その影響で見る間に傷が癒えていく異常な光景が、博士とカワウソの焦りを煽った。
「最悪だ…!!」
大振りの爪でセルリアンをなぎ倒しながら、ライオンが呻いた。
暴走したジャガーを止めるのは間違いなく困難だ。
せめて暴走する前に、自分とヘラジカの二人で抑え込むことができれば。
しかし、セルリアンの大群に囲まれたこの状況では――
「くそぉ!!」
次から次へと行動を遮ってくるセルリアンに、ライオンは煩わしそうに悪態をついた。
「ハッ…ハァッ…!」
息を荒げるジャガーが、鈍く光る目をカワウソに向けた。
「も…ダメ、だ…カワウソ…。…は、離れて……」
荒い呼吸に言葉を途切れさせながら、ジャガーは傷ついていない方の腕でやんわりとカワウソを押し離そうとする。
カワウソは言葉にならない声をあげて泣きながら首を振り、包帯を巻く手を止めない。
ジャガーは瞳を動かし、博士を見た。
「――博、士…頼むよ…」
博士はぐっと唇を噛み、苦しげに顔を歪める。
が、すぐに眉をつり上げると、カワウソを羽交い締めにして、ジャガーから引き剥がした。
「やめて!やめてよぉ!」
「ダメです!避難するのです!このままではジャガーがお前を傷つけることになるのですよ!!」
止められないなら、離れるしかない。
嫌がるカワウソを連れ、博士は飛んだ。
その、直後。
「フーッ…フーッ――ゴルルルル…!!」
ジャガーの瞳から理性が消えた。
背中を丸め、鋭利な爪を剥き出し、牙を光らせて吼えた。
「ガオオオオオォッ!!」
響き渡る咆吼。
「あぁ…!いやだよ、ジャガー!!」
博士の腕の中で、コツメカワウソが泣き叫ぶ。
絶望に包まれる、フレンズ達。
大きな瞳をぎょろりと動かし、荒れ狂うジャガーを眺めるセルリアン達。
かばんの脳裏に、聞こえるはずのない黒かばんの高笑いが木霊する。
そんな、最悪の戦場に。
「あらあら…」
場違いなほど暢気に響く、一つの声。
「は?」
固まるフレンズとセルリアン達の目に。
猛烈な勢いでジャガーに突進する黒い影が飛び込んできた。
その影は、牙を剥いて吼えるジャガーの首を掴み、地面に叩き伏せる。
思わず目を瞑りそうになるような勢いで、ジャガーは地面に縫い付けられ、押さえつけられた。
「――おいたしちゃ、ダメですわよ?」
穏やかな口調とは裏腹に、震え上がりそうになるほど乱暴な力強さを発揮した黒い影――カバは軽く頭を振って髪を整えると、優雅に微笑んだ。
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