対 セルリアン③




――博士の叫びに、士気を取り戻したフレンズ達が一丸となって咆吼をあげた。



瞳を灯し、牙を光らせ、拳を振り上げ、翼を広げ、角を掲げて【けもの】達は吼える。

その様にセルリアン達はまるでうろたえるように大きな目を忙しなく動かした。

多種多様な咆吼の中には、この場にいないはずのフレンズの雄叫びも混ざっていて。

黒かばんはその不思議な現象に、無表情で首を巡らし。

虹色に瞳を光らせるラッキービースト達を発見する。


「どうやら博士やヘラジカの言葉に賛同してるのはここにいる奴らだけじゃないみたいだなぁ」


ツチノコがポケットに手を突っ込んだまま不敵に笑う。


「――かばんの指示で、ここの様子はこの島中のラッキービーストに【えいぞう】なり【おんせい】なりで届くようになっているのです。ここに来ることができないフレンズ達に、状況が伝わるように」


虹色に輝くラッキービースト達の前でボスが無言のまま黒かばんを見つめている。

決戦に向けて集結したのはフレンズだけでなく、彼女たちをここまでガイドしたラッキービースト達も同じだった。

かばんは博士と相談し、彼らに任務を与えた。

それは、この決戦の様子を、遊園地の様子をパーク中のラッキービースト達に届けること。

こちらに向かっている途中のフレンズ達に、現状を知ってもらうために。

来ることができないフレンズ達に、全てを伝えるために。

この決戦の行く末がどんな形になろうとも、残った者達がすぐに次の行動に移ることができるようにするために。

戦えぬラッキービースト達は、全ての観測者、伝達者としての任務を引き受けたのだ。


博士はビシッと黒かばんを指さした。


「聞いての通り、お前の言う『このパークを在るべき姿に直す』計画とやらは、この島中の全フレンズ達から願い下げなのです」


かばんは皆の咆吼を背中に浴びながら、鞄の肩紐をきつく握って正面から黒かばんを見据える。

対する黒かばんは深く息を吸い込むと。

はぁー、と仰々しく声を出しながら溜息をついた。


『――…話が出来るのに話がわからない珍獣さんたちですネ…。全く…これだからフレンズって存在はダメなんダ…。何もかもが中途半端すぎル…』


頭を抱えてブツブツと呟いた黒かばんは、かばんへと再び歩み寄りながら虚ろな瞳を彼女に向ける。


『…君ならわかってくれますよネ…?フレンズさん達の命の美しサ、力強サ、その可能性の大きさを知りたいというボクの気持ちヲ…』

「…」


何も言わないかばんに手を広げ、黒かばんは力説する。


『フレンズさんたちハ、ボクたちセルリアンに食べられそうになったラ、野生解放して抗いますよネ。ボクはあの輝きが好きだっタ…。キラキラと綺麗なサンドスターを纏ウ、ぎらぎらと強烈な野生の閃キ…』


瞳に野生の輝きを灯すフレンズ達を見渡し、黒かばんは恍惚とした表情を浮かべた。


『ああ…これがボク達セルリアンではなク、本来向けられるべき相手に向けられたラ、どんなに眩い野生と命の輝きを生み出してくれるのだろウ…。フレンズという新しい姿での命の奪い合いハ、どんな可能性を秘めているのだろウ…。ねェ…知りたいと思いませんカ?』


手にしたノートのページをめくり、黒かばんはニィと笑う。


『――サンドスターの山にやって来た三人組ハ、君たちの差し金でしょウ?サンドスター・ロウを止められたのは不本意ですガ、おかげで良い物も見れましタ』


かばんはその言葉に眉を顰める。

フレンズ達も、黒かばんの言葉の真意が読み取れず眉間に皺を寄せた。


『――…リカオンさんニ、麓の森を徘徊していた覚醒中のヒグマさんをけしかけてみたんでス。っははは…二人の戦いはとても素晴らしかったですヨ』


それは、リカオンが伏せていてほしいと願っていた情報だった。

フレンズ達の間によからぬ気配が走る中。

ラッキービーストの一体がノイズを上げ、怒声を張り上げた。


『黙れ!!!』


その声は、ヒグマのものだった。

小屋の中で通信した時の憔悴しきった声とは一転した、怒りに満ちた怒鳴り声。

そんな彼女の叫びも気に留めず、黒かばんは穏やかに微笑んだ。


『あァ、聞いているんでしたよネ。ちょうど良かっタ。お礼を言いますよヒグマさン。あなたたちの戦いハ、ボクが理想とするものそのものでしタ。動物の姿ではもちろんヒグマさんが圧勝するんでしょうけド、フレンズの姿では体格差が埋められますからネ。熱い戦いでしタ…』

『ふざけるな…!やめろ!!黙れ!!!』


必死の制止も空しく、黒かばんは楽しげに語った。


『脇腹を切り裂かれてもなお粘り強く足掻いたリカオンさんの見事な勝利!死んでもおかしくない状態で必死に食らいつく姿は最高な見物でしたヨ!フレンズならではの良い命のぶつかりあいでしたネ!欲を言うならあの後覚醒した彼女とあなたデ、もう一勝負してほしかったでス!あははははハ!!』


けもの達の咆吼の次は、黒かばんの高笑いが場を支配する。

う、と呻いて口に手を当てるシロサイの横で、ヘラジカが角を握る拳をぎしりと軋ませた。

痛いほど静かな空間に響く笑い声をかき消すように、ラッキービーストからおぞましい哮りが響き渡った。


『…今すぐそこへ飛んで行ってお前をずたずたに引き裂いてやりたいよ…』

『…残念ですけどヒグマという動物には飛行能力は備わってないですから――』


呪うようなヒグマの唸りにしゃあしゃあとした面で黒かばんが返事を返していたその時。


バシッ、と彼女の手からノートが払い落とされ、地面に叩きつけられた。

ヒグマをからかって楽しんでいた黒かばんは、空っぽになった手をぽかんと見つめ、視線をあげる。

ノートを弾いた腕をそのままに、かばんが静かな怒りを秘めた目で黒かばんを睨み付けていた。


「――…それがあなたの本性ですね…」

『…はイ?』

「この島の間違いを正すとか、動物としての本来の生き方をフレンズさん達に取り戻すとか…それも目的の一つなのかもしれないけど…」


伸ばしたままの手を握りしめ、かばんは続ける。



「…やっぱりあなたは、自分が見たいから、知りたいから、楽しみたいからという自分勝手な欲で、フレンズさん達の命を支配して、弄んでいるだけだ…!」



会話をすることで、理解できる所も…歩み寄れる所もあるかもしれない。

そんな微かな願いを胸に、彼女との対話に応じたものの。

彼女の本質は理解できる範疇にない、悪意の塊だった。


言いようのない怒りを、それでも冷静にぶつけるかばんに対し。

黒かばんは、嘲笑うかのように息を吐いた。


『それの何が悪いんですカ?』

「何――」


黒かばんはかばんの肩紐を掴むと、強引に引き寄せ。



『そういうものなんですヨ!ヒトという生き物ハ!ボクモ!』



全てを飲み込むような紅い目をかばんに近づけ、叫んだ。


『君モ!!』

「――ッ!!」

「かばんちゃん!」


サーバルがたまらず叫んだのと、かばんが黒かばんを突き飛ばして距離を取ったのと。

遊園地から無数の翼のセルリアン達が四方へと飛び去っていったのはほぼ同時だった。

サーバルは、呼吸を荒げるかばんに寄り添いながら空を見上げ、散っていくセルリアン達を眺める。


「何をするつもりですか!?」

『サンドスター・ロウを止めて優位に立ったつもりでしたカ?残念でしたネ。止められたせいでゆっくりと島の様子を観察して楽しむ時間を奪われてしまったのはこちらとしても残念ですガ、サンドスター・ロウはもう充分に島に行き渡リ、たくさんのフレンズさん達が本能に目覚めましタ。ボクの計画はここからがスタートダ』


焦りの表情を見せる博士にクツクツと笑いながら黒かばんは落としたノートを拾い上げた。


『知っていますカ?遊園地ではよク、【ショー】というものが行われていたそうでス。戦いの様子を表現したアクションショーはお客さんにも大人気だったそうですヨ。…ボク、そのショーが見たかったんでス』


ノートを鞄の中に戻して、黒かばんはほくそ笑んだ。


『ボクが願ったとおリ、たくさんの役者がこの遊園地に集まってくれましタ。あとは敵役の皆さんが揃うまデ、もうしばらく待っていてくださイ』


ちらり、と人質に取ったままのツキノワグマとカメレオンを見やり、低く呟く。




『――最高のショーを見せてくださいネ』




大きな声で嘲笑する黒かばん。

かばんはどうしようもない気分の悪さに目眩を覚え、サーバルに支えられたまま立ち尽くす。

敵役の皆さんとは、暴走したフレンズ達を意味しているのだろう。

先ほど嬉しげに語ったヒグマとリカオンのように。

セルリアンと戦うために集まったこのフレンズ達に、暴走したフレンズ達をぶつけて、大規模な争いを引き起こすつもりだ。

フレンズ達が命を懸けて戦い合う様を眺めて、楽しむつもりだ。


それが彼女の、本当の狙いなのだ。


彼女の目的と本質を理解した今、これ以上会話を続けていても、意味が無い。

説得も、無理だ。

やはり戦うしか…抗うしかない。

でも、この状態を、どうやって打破する。

人質を取られてしまった状態で、どうやって仕掛ければいい。

黒かばんの言葉を受け止めきれぬまま、それでも必死に思考を巡らせていたかばんの耳に。




「――君のことはよくわかったよ。もう十分だ」




沈黙を破って届いたのは、タイリクオオカミの凜とした声だった。


「君の目的も、君の性格も、君のやり方もよくわかった。君の不愉快極まりない話を我慢して聞き続けた甲斐があった」

『…理解していただけてなによりでス』


にこっと微笑む黒かばんに、タイリクオオカミも冷ややかな笑みを返す。


「おかげで君とかばんは全くの別物だとよくわかった。――君と戦う覚悟が、みんな決まったみたいだ」


黒かばんは改めてフレンズ達を見回す。

極限まで野生の力を解放し、フレンズ達は七色の光を強烈にその身に纏っていて。

かばんを支えるサーバルでさえ、その目に光を宿していた。


『…デ?攻撃するつもりですカ?いいんですカ、そんなことしテ?そこの二人は見放すんですネ?』

「――人質をとって優位に立ったつもりかい?」


先ほどの自分の言葉を返され、黒かばんの笑みが少し歪んだ。


「君は、私達を甘く見すぎだな。私達フレンズはそれぞれ得意なことが違う。それぐらい君だって知っているだろう?」

『ハァ…?』

「走るのが得意な子、空を飛ぶのが得意な子、泳ぐのが得意な子、考えるのが得意な子…本当に様々だ。そんな中で…」


オッドアイの瞳を細め、タイリクオオカミは牙を剥いてほくそ笑んだ。




「――たとえば穴掘りが得意な子が、そっちのセルリアン同様、最初から地中に潜んでいて、ずっと機をうかがっていたとしたら?」

『…!』




黒かばんが僅かに目を丸くした。

タイリクオオカミが、彼女の背後に視線をやって、大きく叫んだ。


「――いまだ!やれ!!」

『チッ…!』


小さく舌を打って、黒かばんは振り返って身構える。




が。




『――……エ?』


誰かが地中から飛び出してくる様子なんてまるでなく、目の前にはただただ静かな光景が広がっていて。

一瞬訳がわからず固まった黒かばんは、直後に感じた気配にハッと息を呑んだ。





「――まぁ、今のはたとえばの話なんだけどね」





黒かばんがその声を聞いたときには、すでにタイリクオオカミは懐まで飛び込んできていて。

すらりとした腕に力強く身体を捉えられた黒かばんは、そこで初めて焦りを滲ませた表情を浮かべた。


「良い顔いただいたよ」


いたずらな笑みを浮かべたタイリクオオカミは、そのまま黒かばんを大地に組み伏せた。

呆気にとられてその光景を眺めていたかばんを、サーバルがしっかり抱えて黒かばんから距離を取る。

抵抗しようともがく黒かばんの腕を、タイリクオオカミはがっしりと押さえつけて離さない。


『ぐ…離してくださいヨ。じゃないト、あの二人を食い殺し――』

「フフ…誰かを騙すときは引き際が大事だよ」


ちらり、と横目でカメレオンとツキノワグマの元へ、ヘラジカとライオンが駆け寄るのを確認し、タイリクオオカミは爪を構え。


「どうやら嘘は私の方が上手かったようだね」




押さえつけた黒かばん目がけて、振り下ろした。








黒かばんとかばんが対峙する中、ツチノコとタイリクオオカミは密談を続けていた。


「――アイツが言ってる地中に潜んでるとかいうセルリアン、ありゃ嘘だ」


風でかき消えそうなツチノコの小声を、聴力の良い耳で聞き取ったタイリクオオカミは、わずかに目を細めた。


「うまいことブラフを重ねてオレ達の動きを封じやがった。チッ…少し出遅れた。もっと早くワザを発動できてりゃ良かったんだが…」


囁きに苛立ちを滲ませながら、ツチノコは続ける。


「…ピット器官で確かめた。確かに地中にもセルリアンはいるが…あの二人の真下にはいねぇ。そもそも二人ごと丸呑みできるようなサイズのセルリアン自体見当たらん…。ヘラジカがろくな人質にならんと判断して、咄嗟にはったりをつきやがったんだろうな…」


タイリクオオカミは尻尾を高く持ち上げ、その毛を逆立たせた。

ツチノコがオイ、と小さく制する。


「落ち着け、まだ仕掛けるな。…今はアイツの企みに乗せられてるふりをしてろ。自分が支配してると思い込ませてやるんだ。そしたら思い切りアイツの隙をつける」


それに、とツチノコは声を低くした。


「…如何せんアイツの姿に動揺してる奴らが多い。かく言うオレも、少しキツい。たぶんこのままやりあっても、躊躇するヤツがでてくるだろ」


離れた所で楽しそうに会話を続けている黒かばんを見つめ、タイリクオオカミは本当に小さく頷いた。


「……話し相手に飢えていたのか知らんが、ありがたいことにアイツは少しお喋りだ。かばんもたぶんそれを察して、情報を引き出そうとしてる。早く勝負に出たいのは山々だが、このまましばらく様子を見るぞ…」


笑顔の黒かばんと、硬い表情のかばん。二人のかばんを眺め、タイリクオオカミは尻尾を下ろした。


「戦うためには相手のことを知るのも大事だ…。アイツの目的、能力、戦力…なんでもいい、聞き出せるところまで聞き出す。その間に、恐らく皆も準備が整うはずだ…」


その時は、と囁くツチノコ。


「――オレ達をうまく騙してると高をくくってやがるアイツを騙し返す番だ。はったりを返して、ヤツの足下をすくう。…お前、そんなの得意か…?できるなら尻尾を振って――」


ツチノコが言い終わる前に、タイリクオオカミは尻尾の先をゆらゆらと揺らしていて。


「……上出来だ。頼んだぞ…」


フードを深く被ったツチノコは、小さく、小さく鼻で笑ったのだった。





―――――


――


―…


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