対 サンドスター・ロウ②
水を打ったように静まりかえる図書館内。
声を出した当の本人が、一番驚いたような顔で口をぽかんと開け、目をぱちくりさせていた。
「え…今の…何…?」
「やはり…」
呆然、といった様子のサーバルを見下ろし、タイリクオオカミは牙を軋ませた。
口から何かが飛び出しそうなぐらい胸の鼓動が収まらないかばんは、どこか聞きたくないという思いを持ちつつも、恐る恐る口を開く。
「ロッジで…何があったんですか…?サーバルちゃんに…何が起きてるんですか…!?」
自分でも驚くぐらいその声は震えていた。
リカオンが、何かを振り切るようにぎゅっと目を瞑ってから答えた。
「みんながロッジを出てから、部屋で休んでいたキンシコウさんやキリンの傷はたしかに治っていきました。…サンドスターの力で」
博士の肩がぴくり、と動く。
「でも、逆に具合はどんどん悪くなっていったんです。傷が治っていくのに、顔色は悪くなるし呼吸は荒くなるし…」
「一体どうすればいいのかわからなくて、手をこまねいているしかなかった。――そうしたら突然、だ。前触れもなくキンシコウが我を失い、アリツさんのように暴れ始めた」
全員が絶句した。押さえつけられたままのサーバルさえも。
背筋が凍るように冷たくなる。
「そん、な…だって、キンシコウさんは…あの嵐の時、ボクたちとバスの中に――」
「程なくしてキリンも。同じように我を失ったんだ」
ありえない、というように反論しかけたかばんを遮り、タイリクオオカミが言い放った。
「どうすることもできなかった。私達は二人をアリツさん同様に部屋に閉じ込め、ロッジを離れ、忠告するために君たちを追いかけることにしたんだ」
「でも…少し、遅かったみたいですね…」
サーバルの腕を押さえるリカオンの手に力がこもる。
アライグマは顔を真っ青にしているかばんと、押さえつけられたサーバルをあわあわと交互に見ていたが、耐えられなくなったように博士を振り返る。
「はっ博士!どーいうことなのだ!あの黒いサンドスターを直接浴びたフレンズだけがおかしくなるんじゃなかったのかぁ!?」
アライグマが見た博士の表情は、今まで見たことないような弱々しいものであった。焦りと絶望が滲んでいる。小柄な身体が、さらに一回り、小さくなって見えた。
「想定していた最悪のパターン以上に、事態は深刻だったのです…」
小さく呟いてから、博士はいつもの無表情を作った。
「確かにフレンズは怪我をすると、その傷口からサンドスターを吸収することで早く治すことができるのです。しかし今は、先ほどかばんが話したように、空気中のサンドスターの量がサンドスター・ロウに劣ってしまっているのです」
おそらく、と眉間にしわを寄せて博士は続ける。
「今怪我をしてしまったフレンズは、そこからサンドスターだけでなく…サンドスター・ロウも体内に取り込んでしまうのです。つまり――」
「襲われて負傷したフレンズも、ヒグマさん達のように暴走してしまう…ということ…」
リカオンの言葉に、博士はこくりと頷いた。
オオカミとリカオンは、サーバルの身体が強ばるのをその手に感じて黙り込む。
足下がふらつき、よろけてしまうかばん。フェネックが無言でその背中を支えた。
「い、嫌だ…そんなのやだよ」
「そんなのやだよぉ…」
かばんとサーバル、二人の声が重なる。かばんは息をのんでサーバルを見た。
「かばんちゃんやみんなのこと、わからなくなっちゃうのは…嫌だよぉ!」
悲痛な声をあげるサーバル。
だが、その言葉とは逆に、おそらく本人の意思とは関係なく。
リカオンに押さえられた腕に力がこもり、鋭利な爪が指先から飛び出した。
「ひいいぃ!」
『危険、危険。ハナレテ』
「落ち着くんだ、サーバル!」
喉の奥で悲鳴をあげるアライグマの腕を引き、フェネックはサーバル達から距離をとった。
沈黙していたボスも、警告音を上げ始める。
タイリクオオカミとリカオンは絶対に放すまいと、暴れるサーバルを押さえつつ彼女に呼びかける。
かばんは動かない。動けない。
何をしてあげることが今のサーバルにとって最善なのか。
今までどんな困難に直面しても少し考えればアイデアがわいてきたのに、悲しいほどに、何も思いつかない。
「サーバルちゃん…!!サーバルちゃん…!!」
名前を呼んであげることしか、できない。
「かばん、ちゃん…!」
もがくサーバルは絞り出すように応える。
ぎぎぎ、と鋭い爪が図書館の床に傷をつくった。
その腕からはかすかに、だが確かに、黒いサンドスターが溢れだしていた。
「――…!あれが使えれば…!」
それを見た博士が、何かを思い出したように翼を広げて飛び上がる。
そのまま上層部にあった本棚の前へ滑るように移動すると、そこから四角い箱のようなものを手に取り、急いでかばんのそばへと舞い戻ってきた。
「これを試してみるのです!」
手に取った箱をひっくり返す博士。
堅い音を立てて、青い結晶のような綺麗な石がいくつか床に転がった。
かばんはどこかそれに見覚えがあった。
「これって…」
「これは我々が試行錯誤して保管に成功した、セルリアンの石の欠片なのです。これでセルリアンやサンドスター・ロウの研究をしていたのです。セルリアンはこの石を核とし、サンドスター・ロウを吸収することで成長するのです」
早口で、まくし立てるように説明する博士は、その石の一つを手にとってかばんに渡す。
「…っつまり!この石にはサンドスター・ロウを吸い取る力があるはずなのです。うまくいけば、サーバルの症状の進行を食い止められるかもしれないのです。サーバルの体に接触させてみるのです!」
絶望の最中渡された、わずかな希望。
かばんはその石をきつく握りしめるとサーバルのそばへ駆け寄ろうとした。が、
「フーッ…フーッ…!」
荒い呼吸をするサーバルと目が合った瞬間、足が止まってしまった。
いつも優しいまなざしで自分を見つめていた目が、金色に鋭く光っていたから。
「かばん!それをこっちへ!」
そんなかばんを心配してか、それとも時間が無くて焦っているのか、タイリクオオカミが手を伸ばす。
「…っ」
かばんは握りしめていたその石を、差し出されたその手にむかって放り投げた。
タイリクオオカミはぎこちない手つきでそれをなんとか受け止める。
「こんな石で本当になんとかなるのか怪しいが…えぇい、なるようになれだ…!」
タイリクオオカミは、その石をサーバルの背中に押しつけた。
オオカミの手の中で石がほんのりと、青く発光したような気がした。瞬間。
「ミャウッ!!」
「うわっ!!」
サーバルが嫌がるように短く鳴き、大きく抵抗する。思わずはねのけられそうになったタイリクオオカミは、必死で体勢を整えた。
リカオンも懸命にバランスを取りながらサーバルの体を押さえつつ、オオカミを背中ごしに見る。
「嫌がるってことは効いてるんですか!?もしかしてまずいんじゃ!?」
「害がないことを祈るしかないよ!」
不安がるリカオンに対し、タイリクオオカミは石を押しつける手を緩めない。
この石しか、すがる物がないのだ。
「ミャア!アア!!」
逃げ出したいのに腕も足も押さえられていて動くに動けないサーバルは、指だけを動かしガリガリと床をひっかく。
先ほどと同じように、その爪からわずかに溢れ出すサンドスター・ロウ。
それらがスウッと動き、タイリクオオカミの持つ石へと吸い込まれていったのを、アライグマは見逃さなかった。
「黒いサンドスターが吸い込まれてるのだ!」
「効き目がある…!」
アライグマとフェネックの言葉に、石の力に確信を持つ一同。
あとは、サーバルが落ち着くまで、オオカミとリカオンが耐えられるかにかかっている。
全力で暴れるサーバルに対し、一瞬たりとも気の抜けない状況に、タイリクオオカミとリカオンの頬を滅多にかかない汗が伝う。
純粋な力で見ると二人の方が確実に上回っているだろうが、二人は長距離移動で疲弊していた。
「サーバルちゃんっ…」
かばんは目の前の光景から目を背けたいという気持ちを押しつぶすように、友の名前を呼ぶ。
先ほど、思わず足を止めてしまった自分が、不甲斐なくて情けなくて、悔しかった。
苦しんでいる親友に手をさしのべられないなんて。
本人の意思とは関係なく、無理矢理晒されてしまった裏の姿に恐怖して立ち止まるなんて。
いつから自分はそんな薄情になったのだ。
そんな薄情者になるなんて。このまま黙って見ているだけなんて。
「絶対に、嫌だっ…!」
決心するように、低く呟く。
サーバルの瞳に射貫かれて止めてしまった足を、再度踏み出す。
「な、何してるんだよかばん!離れて!」
「かばん、気をつけるのです!」
『カバン、危ナイヨ』
もがき続けるサーバルに近付いていくかばんに気付き、リカオンと博士が色めき立った。
ボスまでもが静止を呼びかけるが、かばんはそれでも止まらなかった。
伏せられたサーバルの前でしゃがみ込むと、床に爪をたてるその手の甲に、自分の手を重ねる。
「――サーバルちゃん、大丈夫。大丈夫だよ。その石はサーバルちゃんを助けてくれるんだよ」
「フーッ…!フーッ…!」
「苦しくて嫌かもしれないけど…お願い、今は耐えて…」
「フーッ…ウゥ…かばん、ちゃん…」
名前を呼ばれ、かばんはサーバルの顔を見る。
涙で潤んだその瞳からは、鋭い光が消えていた。
床を傷つけていた手からスッと力が抜けるのを、重ねた自分の手のひらから感じる。
先ほどまでの抵抗が嘘のように、サーバルは全身を脱力させた。
タイリクオオカミとリカオンは、それでもサーバルの体を解放することはなかったが、もう彼女は暴れるそぶりを見せなかった。
ただ黙って目を瞑ったまま、石によるサンドスター・ロウの吸収を受け入れるサーバルの手を、かばんはずっと握り続けていた。
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