対 サンドスター・ロウ③
「よがったのだ…ほんどうによがったのだ…」
それからしばらくして、石の青い輝きがスゥッと消え、サーバルの体から石へと移るサンドスター・ロウは見られなくなり、完全吸収が成功したと博士が判断した。
タイリクオオカミとリカオンが身を離すと、サーバルはゆっくりと目を開き、身を起こした。
申し訳なさそうに耳を寝かせ、ごめんね、と似合わない苦い笑みをつくって謝ったその姿は、間違いなくいつものサーバルで。
感極まったかばんが涙を流すよりも先に、アライグマが涙と鼻水で顔面をぐちゃぐちゃにしていた。
「かばん、これでサーバルの傷をふさいでやるのです」
アライグマの様子を見ているとなんだか涙が引っ込んでしまったかばん。
そんな彼女に、博士はセルリアンの石が入っていた箱とは違う箱を、薄い本と一緒に手渡した。
「これは…?」
『救急箱ダネ。怪我ヲ応急処置スルタメノ道具ガ入ッテイルヨ。ソッチノ本ニハ、簡単ナ処置方法ガ書イテアルヨ』
受け取った箱をまじまじと眺めていたかばんの足下に近付き、博士の代わりにボスが説明をした。
「体内のサンドスター・ロウを吸収できたとはいえ、傷をあのまま露出していてはまたそこからサンドスター・ロウを取り込んでしまうのです。空気にふれないよう、傷を覆ってしまうのが一番なのです」
自分の腕をぽんぽん、と叩いて、博士は続ける。
「サンドスターに頼らなくとも、我々には元々自然治癒力があるのです。時間はかかりますが、サンドスターなしでも傷は治るのです」
「わかりました。やってみます」
サーバルに椅子に座るよう促すと、かばんは応急処置マニュアルを見ながら、救急箱から包帯とガーゼというらしい道具を取り出した。
見たことのない道具を興味深そうに眺めるサーバルを尻目に、かばんは包帯の巻き方について一通り目を通していく。
そばではタイリクオオカミとリカオンが、疲れ果てて床の上に寝転がっていた。
「えっと…こう、かな」
マニュアルを読み終わったかばんは、サーバルの腕を手に取ると、器用に包帯を巻いていった。
みるみるうちにぐるぐる巻きにされ、傷が隠されていく腕を眺め、サーバルは尻尾を揺らす。
「一度見ただけでできるとは…さすがヒトは器用な上に学習能力がとても高いですね。かばんはフレンズ化によって、ヒトの学習能力がより顕著になっているのかもしれないのです」
「あはは…」
まるで研究対象を眺めているかのように見つめながら呟く博士に曖昧な笑顔を返しつつ、かばんは包帯を巻き終える。
「えっと…なにかこれを切れる道具は…」
余った包帯をどうやって切ろうか、使える道具はないかと救急箱を漁っていると、サーバルが開いた方の手の指を包帯にひっかけ、爪でぷつりと切ってくれた。
「ありがと、かばんちゃん」
ふわりとほほえんで、サーバルはかばんに礼を言う。
包帯を切るのに使った爪を隠すように、指を丸めた手を即座に体の後ろに回した。
『すっごーい!けがが見えなくなっちゃったよ!アライグマ、見て見て!いいでしょー!』
『ヒトのどーぐがなくても、これぐらいなら自慢の爪で簡単に切れちゃうよ!』
そんな言葉を期待していたかばんは、そそくさと椅子から立ち上がってしまったサーバルに、どういたしまして、の一言も返すことができなかった。
いつもなら、この包帯のように変わった物を見たり触ったりしたときはもっと喜んだり、面白がったりするはずなのに。
いつもなら、ネコ科の誇りである爪は自慢の代物で、隠さず堂々と誇らしげに振る舞うはずなのに。
サンドスター・ロウを吸収し終えたものの、相変わらずいつもと少し様子が違うサーバルに、かばんの胸がちくりと痛んだ。
「セルリアンの石は効果てきめんだったのです。我々は賢いので、こういう時のために研究を進めていたのです」
「たまたまじゃないのー」
そんなかばんの気持ちを知ってか知らずか、床に散らばったままになっていた石を拾いながら少し大げさ気味に偉そうにふるまう博士を、フェネックがじとーっとした目で見た。
「そんなこというやつには、この石を貸してあげないのです」
「それはこまるよー」
なんてことを言いながらも、博士はこの場にいる全員に小さなセルリアンの結晶を手渡していった。
「とりあえず、おまえたちにこの【お守り石】を貸してやるのです。肌身離さず持っているのです。サンドスター・ロウによる思考の汚染を感じたら、すぐに使うのですよ」
「私達にとって天敵のセルリアンがまさか【お守り】にねぇ…」
「この石があれば…ヒグマさん達も元に戻せる…?」
なんともいえない顔をしているタイリクオオカミの隣で、お守り石を握るリカオンの目が期待に輝く。しかし、博士は難しい顔をした。
「確かに、この石を使えば何人かのフレンズはサーバルのように正気に戻せると思うのですが…完全に野生暴走に陥っているフレンズが、おとなしく吸収を受け入れてくれるとは思えないのです」
「うん…わたし、はっきり覚えてないんだけど…石を押しつけられている間すっごく苦しくて、逃げたくてたまらなかったよ…」
自らの経験を語るサーバルの様子に、小さな手で拳をつくる博士。
「野生暴走中のフレンズを正気に戻すためには、サーバルのように拘束するか…少々手荒ですが気絶させるなど行動不能にしないと、嫌悪感から激しく抵抗されてしまうのです」
それに、とさらに博士は表情を険しくした。
「このお守り石がセルリアンの核であることを忘れてはいけないのです。あまりにも多用してサンドスター・ロウを食わせすぎると、石がセルリアン化してしまうのです。石の数も、もう余分はほとんどないのです」
「そ、そんな…」
落胆するリカオン。博士はお守り石を指で挟むように持ち、ぶらぶらと揺する。
「…これもほんの気休めなのです。あの嵐によるサンドスター・ロウの濃度の急上昇が一時的なものなら、しばらく堪え忍んでいればやがて通常のサンドスターの量が勝り、野生暴走も収まるかもしれないのです。ただ、一時的なものではなく、何かが原因でこのサンドスター・ロウがパークに溢れ続けてしまうのならば、我々に逃げ場はないのです」
「こうやって普通に生活してる間も、体の中のサンドスターを消費しちゃってるからねー」
フェネックは毛皮――かばん曰く服であるが――の胸のところにある、小さい物なら入りそうな袋状の部分に、お守り石をしまい込んだ。
「その通りなのです。このままだと通常のサンドスターは消費する一方で、逆にサンドスター・ロウは怪我などによる大量摂取を避けても、呼吸や食事から少しずつ蓄積してしまう――いずれは全員が野生暴走に陥るのです」
「パ、パークの危機なのだ…。どうすればいいのだ…!?」
アライグマの問いかけに、答える者は誰もいない。
痛いほどの沈黙が図書館を包んだ。
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