対 サンドスター・ロウ①


「野生暴走…本能…」

「恐ろしい話なのだ…」

「ロッジにいてよかったよー」


確かめるように呟くかばんの横で、アライグマが震え上がった。フェネックの顔にも冷や汗が滲んでいる。

閉鎖空間にいることができた自分たちは、本当に幸運だった。

しかしこのジャパリパーク内で、そんな閉鎖空間で過ごしているフレンズなんて数えるほどしかいないはずだ。

元々動物だった彼女たちは、広い自然の中で暮らすのが普通なのだから。

一体どれほどのフレンズ達が、あの嵐に巻き込まれたのだろう。

少し想像しただけでも、かばんは目眩がしそうになった。


「ですが、妙なのです…。サンドスター・ロウは本来セルリアンの源的な存在。こんな現象をもたらすものではなかったはずなのです…。何かがきっかけで変異を――?」


ブツブツと呟きながら博士は思考を続けている。

そこでかばんは、ふと違和感を抱いた。

サーバルが静かすぎるのだ。

戦闘に疲れて眠ってしまったのだろうか。夜行性の彼女が…?

体を傾けて、ろうそくの向こう側のサーバルの姿を確かめる。

右腕の傷を押さえてうつむくその表情は窺えず、ただ、肩が呼吸で上下しているのは見てとれた。


「サーバルちゃ――」


心配になったかばんが彼女に声をかけようとした、その時だった。


ダンダンダン!!


「ぎゃあああああなのだあああ!!」


図書館の入り口を荒々しく叩く音が響き、アライグマが悲鳴を上げた。

何者かの襲撃かと身構えるかばんとフェネック。博士の目も、心なしか光を放っている。


「その声…アライグマか!?ということは、かばん!いるのか!?」


扉の向こうから聞こえてきたのは聞き覚えのある声だった。


「オオカミさん!?」


開かれた扉から姿を現したのは、ロッジに残ったはずのタイリクオオカミとリカオン。二人は激しく息を切らしながら膝に手をついた。


「ハァ…ハァ…追いついてよかった…」

「ロ、ロッジから走ってきたのー?」


呼吸を整えるリカオンに、さすがに驚いたようで声を詰まらせながら訊ねるフェネック。

自分たちはバスを使ったから楽だったものの、ロッジからここまでは最短距離で走ってもかなりの道のりだ。

リカオンが疲れの滲んだ声をこぼす。


「さすがにこの距離を休みなしで走り続けるのは疲れたよ…」

「まぁ、私達は元々持久力が高くて、長距離移動が得意だからね…。ロッジにこもって漫画ばかり描いているが、たまに同じく長距離走が得意なフレンズとマラソンとやらで息抜きをしているよ」


得意げに答えていたタイリクオオカミは、ぶるぶると頭を振った。


「――って、こんな話をしている場合じゃなかった。大変なんだよ、かばん」

「一体どうしたんですか?キンシコウさんやキリンさんは…?」


膝についていた手を離し、顔をあげて皆を見渡す二人。


その視界に、未だに座ったまま黙り込んでいるサーバルを――怪我をしたサーバルの姿を捉えた途端、二人の表情が一変した。


「っ下がるんだ、かばん!みんなも!!」


そう叫びながら血相を変えて駆け出したタイリクオオカミたちは、あろうことかサーバルに襲いかかった。

二人がかりでサーバルを取り押さえ、床にねじ伏せる。

突然押さえ込まれたサーバルは、ようやく我に返ったかのようにハッと顔を上げて辺りを見回すも、自分の置かれている状況が理解できない様子で苦しげに呻いた。


「い、痛いよ…!放してよ…!」

「や、やめてください!!何を!!」

「おまえたち、ひょっとして野生暴走してるのですか!?」


苦痛を訴えるサーバルに、かばんは悲鳴に近い声をあげる。博士も動揺の混じった叫びをあげた。


「野生暴走とやらが何かはわかりませんが…私達は正気ですよ…」

「正気ならなぜそんなことをするのだ!」


そう答えながらもサーバルを押さえる手から力を抜かないリカオンに、眉をつり上げ本気で怒るアライグマ。


「オオカミ、リカオン、なんで……」

「ごめん、サーバル」


瞳だけ動かし、悲しげに見つめてくるサーバルに、タイリクオオカミも辛そうに顔を歪めた。

サーバルは訳がわからず、もがいて抵抗し始める。


「お願い、放してっ…苦しいよ…放してよ…!」

「サーバルちゃん…!!」


思わず駆け寄ろうとするかばんを、リカオンが険しい表情で睨む。


「来ちゃダメだ!!」


それとほぼ同時に、サーバルが叫んだ。




「放してよおっ!!――フウウゥゥッ!!」




その声は、「ハアアァァ」とも「シャアアァ」とも聞こえるような、激しい吐息の混ざった音で。

どう聞いても普段のサーバルの声とは異なるその音は。




――獣の威嚇。だれもが、そう理解した。

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