【番外編】対 マーゲイ


あの時、あの瞬間。




マーゲイは、みずべちほーのショーステージでPPPペパプライブを行うためのセットを整備していた。


「スポットライトの角度はこれでオッケーね」


かばん達との出会いにより、夢みていたPPPのマネージャーとなったマーゲイは、図書館で得たアイドルやライブの知識を存分にいかし、PPPライブを盛り上げるための演出やセットの整備も担当することになった。

本来木上での生活が中心の彼女にとって、ステージの骨組みを登り、ライトの位置を調節するなど朝飯前。

すいすいと骨組みの上を移動しながら、マーゲイはステージを見下ろした。


完璧な舞台、最高の眺めだと思う。

まだまだライブまでには時間があるため客の姿はなく、あえて言うならみずべちほー管轄のラッキービーストが無言でこちらを眺めているぐらいであるが。

ここに観客が大勢集まり、ライブが盛り上がっている様子を思い浮かべただけで気分が高まって仕方ない。


「むふふ…待ちきれないわ」


愛おしそうに骨組みをそっと撫でながら、マーゲイはPPPがライブに向けて練習を続けている控え室代わりの小屋に目を移す。

調子はどうか覗きに行きたいが、彼女たちのマネージャー兼超絶なファンであるマーゲイは、ライブ本番まで楽しみはとっておきたい気持ちもあった。


「…もうちょっとセットを細かく考え直そうかしら」


興奮して落ち着かない心を紛らわせるために、とにかく動く。

居心地の良い骨組みの上から降りようと、マーゲイは背筋を伸ばし手をこすり合わせる。

その視界の端で、ラッキービーストの耳が赤く光ったような気がした。




――その時、風が。


一陣の風が背後から吹き抜けた。

ふと、本当に何気なく、マーゲイはその風が吹いてきた方を振り返る。



目に映ったのは、それまで見たことがなかった異様な光景。

ゆきやまちほーの山を越えて、その美しい白銀の山肌と対極な、どす黒い何かが押し寄せてくる。

それがなにか、今見ているのは現実か、頭を整理する暇も無く。

凄まじい速さで押し寄せてきた【それ】は、あっという間にみずべちほーを、ショーステージを――


マーゲイを飲み込んだ。







「わぁっ!?なんだ!?」


小屋の中で打ち合わせをしていたPPPの一同も、すぐさま異変に気付く。

窓から差し込んでいた日差しが急に途切れ、部屋の中が闇に包まれ、イワトビペンギン――イワビーが驚きの声を上げた。


「あれ?もう夜になったの?」


こんな時でもマイペースなフンボルトペンギンのフルル。そんな彼女を尻目に、コウテイペンギン――コウテイが窓のそばに駆け寄って事態を確認する。


「なんだこれ…黒い霧みたいな…サンドスター?」

「サンドスターって、こんな色でしたっけ?しかも、こんなにたくさん目に見えるなんて…」


ジェンツーペンギンのジェーンも、コウテイに倣って外の様子を見る。


「ちょっとこれ…普通じゃないわよ。――マーゲイ、大丈夫かしら…」


ロイヤルペンギンのプリンセスは、この異常な光景に一早く嫌悪感を抱いていた。

外で作業をしていたマーゲイの身を案じる。


「見に行った方がいいかな?」

「で、でも、今はこの小屋からでない方がいいんじゃ…」


プリンセスの不安がうつったかのように、コウテイとジェーンの表情が曇り始めた。


「…まぁ、あのマーゲイのことだから大丈夫だと思うぜ」


状況がいまいち飲み込めていない様子のフルルの頭をぽんぽんと軽く叩き、イワビーは皆の不安を紛らわすために笑顔を作るのだった。







黒い嵐が――サンドスター・ロウの爆風が過ぎ去っていく。

びゅうびゅうと耳元で鳴り響いていた風の音が収まるのを感じ、体を丸めていたマーゲイはきつく閉じていた目を開く。


先ほどまでと全く変わらぬステージの光景が広がっている。

ラッキービーストが目や耳を赤く光らせ、忙しなくウロウロしているのが少し気になるものの。

風の影響でライトの角度などがずれてしまったかもしれないが、どうやら被害は少ないようだ。

全く、一体なんだったんだとマーゲイは息を吐く。

これまで経験したことのなかった異常な出来事に、我にもなくよっぽど驚き、緊張していたようだ。


熱い血が全身を駆け巡っている感覚。胸の鼓動がドクドクとうるさい。


(…PPPは、無事…?)


マーゲイは骨組みから飛び降りてステージに着地すると、PPPが控えている小屋へと向かう。

どうやらあの嵐自体は物を吹き飛ばしたりするほどの影響力を持っていなかったようだ。

が、ライブ前の彼女たちのコンディションを乱してしまっているかもしれない。

早く様子を見に行って、不安をぬぐい去ってあげなくては。




――身体が…熱い。

我ながらライブを目前にして…興奮しすぎよ…。

まずは落ち着いて、PPPのみんなに…声をかけてあげないと…

最高の状態で…ライブに挑んでもらわないと…ダメなんだから…。








「収まったみたいですね」

「一体何だったんだ…?」


窓の外から差し込む日差しが戻ってきた。


「夜ー?昼ー?どっちー?」


外の様子を眺めていたジェーンとコウテイは、何が起こっているのかさっぱりなフルルを見て脱力する。

そんなジェーンとコウテイの間に割り込むようにして、イワビーも窓から外を眺め、そして。


「おっ。よかった、マーゲイも平気みたいだぜ」


小屋の方へと歩いてくるマーゲイの姿を発見する。

彼女の安否が気になっていたプリンセスはその報告にほっと息をつくと、小屋の入り口に駆け寄り。


「マーゲイ!大丈夫だったの!?」


扉を、開けた。









あぁ…よかった…みんなぶじ…。

…やっぱりぺぱぷは、さいこうだわ…。

だってみんな、こんなにやさしくて…かわいくて…すてきで…かんぺきで――



――おいしそう。





「…」


出迎えたプリンセスを、マーゲイはただ虚ろな瞳で見つめている。


「マーゲイ…?」


彼女らしからぬ態度に、怪訝な面持ちになるプリンセス。

いぶかしげなプリンセスの声色に異変を感じ取ったコウテイとイワビーは、プリンセスの後ろからのぞき込むようにしてマーゲイの姿を確認する。


その直後。


「――ニャウゥウウウッ…!」


それまで虚ろだった瞳が突然野生解放の光を放ち、聞いたことのない声を上げてマーゲイが背中を丸めた。


「な――」


固まるプリンセス。息をのむコウテイとイワビー。そして。

牙と爪をむき出す、マーゲイ。


「え?いや、おい、ちょっと、なにして…」


冗談だろうとでも言うように引きつった笑みを浮かべるコウテイを気にも留めず。

マーゲイはむきだしの爪を光らせたまま、火がついたように駆け出した。

野生に光るその目が見据えているのは、固まったままのプリンセス。


「プリンセス!!」


イワビーがそんな彼女の腕を掴み、強引に引き寄せる。

突然のことに、プリンセスの脚がもつれ、二人は床に倒れ込む。

一瞬前までプリンセスが立っていたところを、マーゲイの爪が通り過ぎた。


「きゃああっ!!」

「えっ?えっ??どうしたの?マーゲイ、機嫌悪いの?」


悲鳴を上げるジェーンと、さすがにうろたえるフルル。

その二人を睨んで、マーゲイがフーッと音を立てて息を吐く。


「なにすんだマーゲイ!やめろ!!」

「マーゲイ…!!」


転んだイワビーとプリンセスが体勢を立て直しながら声をかけるも反応はなく。

手のひらから黒いサンドスターを溢れさせながら、マーゲイはまた背中を丸める。


「――ッコウテイ!」

「わ、わかってる!!」


何が起こっているのかさっぱりだが、このままではジェーンとフルルがまずい。

そう判断したイワビーとコウテイは、マーゲイに一気に肉薄すると後ろから二人がかりで羽交い締めにした。


「ニャウゥウウ!!フウウウゥッ!!」

「ちょっ暴れんな!」

「爪!危ないぞ!」


敵意を曝け出して暴れるマーゲイの爪に引っかかれないよう、イワビーとコウテイは声を掛け合いながら彼女を押さえつける。

――本来小型の動物相手に、木上で狩りを行うことを得意とするマーゲイは、さすがに自分より大きなコウテイには力が及ばず、地上での狩りでは本領を発揮できなかったようで。

両手を後ろ手にコウテイに拘束され、爪を振るうことができなくなったマーゲイは叫び声のような言葉にならない奇声をあげつつ、必死で身をよじった。


「なんなんだ…?どうなってるんだ…?!」


混乱しつつも絶対に放すまいと、マーゲイの手を拘束するフリッパーに力をこめて呻るコウテイ。


「マーゲイ、しっかり――」

「ギャウウウウゥッ!!」


会話を試みたプリンセスの声は、マーゲイの上げる奇声にかき消されてしまう。

鋭い鳴き声を彼女があげるたび、ジェーンはビクッと身震いして、ヘッドホンの上から耳を塞いだ。


「意味わかんねぇよ…」


どこか涙声な声色で言い捨てるイワビー。


「…ねぇ、マーゲイ…どうするの?」


牙をむくマーゲイの姿をまともに見ていられず、プリンセスは目をそらしながらコウテイに訊ねた。


「…とりあえず、この小屋の奥にある物置になってる部屋に、落ち着くまで入っててもらおう。なぜかはわからないけど…このままじゃ会話にならないよ」

「えっ…マーゲイ、閉じ込めちゃうの…?なんだかかわいそう…」

「私だって本当はこんなことしたくないよ。けど――」


マーゲイを奥の部屋に連れて行こうとしたコウテイは、フルルの言葉に足を止めかけてしまったが、それでも今はこれしか方法がないと判断する。

表情を曇らせるコウテイを見て、フルルは口を閉ざした。

他の皆も、何も言わなかった。



コウテイがマーゲイを物置部屋に押し込んだあとは、中から開けられないようにするため、部屋にある荷物を皆で扉の前に移動させていく。

扉の向こうから聞こえてくる鳴き声と、壁をひっかくような不快な音に胸が痛んだが、どうすることもできなかった。







一連の騒動を小屋の外から観測していたラッキービーストが、ロッジでパークの異変を調べていたボスに通信を入れるのは、この少し後になる。



おかしくなったのはマーゲイだけでなく、このパーク全てであるとPPPの一同が知るのは、果たしていつになるのか――


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