対 ワシミミズク③



たどり着いた夜の図書館は当然明かりもなく闇に包まれていて、どこか不気味な空気が漂っていた。

おそるおそる扉をあけて中に入るかばんたち。中に誰かいる気配はない。

壁に大きく開いた穴からは曇った夜空が丸見えで、ここからワシミミズクが襲ってくるんじゃないかと、余計な心配ばかりが頭をよぎる。


「は、博士さん…いますか?」

「博士ー!どこにいるのだー!」


控えめな声量で呼びかけるかばんの声を消し飛ばすほどに、アライグマはまるっきり彼女と正反対の大きな声で呼びかける。


「アライさーん…もうちょっと考えて声だしなよー…。誰か来たらどうするのー」

「し、しかたないのだ!博士がどこかで寝てるかもしれないのだ!」

「寝てるだけならいいんですけど…」


不安げにこぼすかばんの足下で、ボスが光る目で図書館の中をあちこち照らしながら喋り出す。


『「アフリカオオコノハズク」ハ夜行性ダヨ。フレンズ化デイクラカ生態ガ変化シテイルトハイエ、コレダケ音ヲ立テテイルノニ眠リ続ケタリハシナインジャナイカナ』


その言葉の意味することを考え、かばんは青くなる。


「それじゃあ…これだけ呼びかけているのに反応がないってことは…」

「も、もうすでに助手にやられたのか!?」

「もしくは、助手さんと同じように――だねー…」


「勝手に悲惨な結末を押しつけるな、です」


最悪の展開を考えていたかばん、アライグマ、フェネックの背後から突如声が飛んでくる。


「ぎゃああああなのだああ!」

「うるさいです…!我々騒がしいのは得意ではないのですよ…!!」


飛び上がって悲鳴をあげるアライグマに、耳をふさいで悪態をついたのは、紛れもない博士であった。


「あぁ…今は我々、ではなくて…私、でしたね」


誰にでもなくそう呟いた博士の顔は、いつもと同じで感情が読み取りにくい無表情だが、心なしか寂しげな、悲しげな色が滲んでいた。


「博士さん…よかった。無事だったんですね」

「当然です。われわ――私は賢いので。かばんこそ無事でなによりなのです」


大きな目を細めて、博士はちらりとアライグマたちを見る。


「…おまえたちも無事だったのは意外なのです…」

「ひどいのだー!」


ぷんすかと怒るアライグマをスルーし、博士は首を動かしてサーバルを視界に捉えた。


「…?どうしたのですか、サーバル。妙に静かなのです」

「みゃっ!?う、うみゃ…ちょっとつかれてて…」


みんなから少し離れた場所でぼーっとしていたサーバルは、急に博士に話しかけられて驚いたように顔をこする。

その右腕の傷を見た博士の顔が、感情のこもった表情になる。

驚きと、悲しみが混ざったような、複雑な表情に。


「その怪我…それに先ほどの会話からも想像はしていましたが…やはり森で襲われたのですね――助手に」

「は、はい…。なんとか傷つけずに撃退することはできたんですけど…森の奥に逃げちゃって…」


サーバルの代わりに答えるかばん。博士は小さくため息をついた。


「そうですか…。あの状態の助手から逃げ切るだけでなく、傷つけずに済ますとは…さすがかばんなのです」

「――あの、博士さんこそ…さっき無事で良かったって言ってましたけど…この騒動のこと、何か知ってるんですか?ボクたち、博士さんなら何かわかるかなって思って、ここに来たんです」


かばんの質問に、博士は一つの棚に近付きながら口を開いた。


「助手がおかしくなったときの状況から最悪のパターンを推測しただけなのです…が、おまえたちの様子を見るに、その最悪のパターンが実際に起こってしまっているようなのです」


その棚から、白くて半透明の棒状の物を取り出した博士は、一緒に取り出した皿にそれを立てて振り返った。


「図書館の外の話、詳しく聞かせるのです。私は真っ暗の中で長話でも構わないですが、おまえたちのために良い物を用意してやるのです。かばん、我々があげた副賞でこれに火をつけるのです」


言われたとおり、かばんは【副賞】で火をおこす。

アライグマが真横でビクッとするのを感じながら、かばんは博士が用意した白い物の先の、ひょろりと伸びているところにその火をうつした。

穏やかに燃える火が、真っ暗闇だった図書館に優しい明かりをもたらした。


「明るいのだ…。アライさん、これぐらいの火なら…少しぐらい近くにいても平気なのだ!」

「ろうそく、というヒトが作った道具なのです。これなら夜でもお互いの顔を見ながら話せるのです。さぁ、早く情報をよこすのです」


ろくそくのそばに腰を下ろす博士に習い、一同は明かりを囲むようにして座る。

かばんは正座をしながら、こういう時いつも隣に来てくれるはずのサーバルが、なぜか自分から一番距離のある向かい側にいることに気付いた。

ろうそくの明かりにぼんやりと照らされた彼女の顔色がなんだか優れないように見えて、かばんは少し心配しつつも、博士に自分たちが経験した騒動について語り始めるのだった。







「なるほど…そうですか…」


かばんが話し終わる頃には、疲れがたまっていたアライグマがウトウトとしていた。

フェネックが肘でそんな彼女の脇腹を小突くと、ハッと目を開けて垂れかかっていたよだれを拭い、いかにも聞いていましたという真剣な顔をつくる。

その横で博士はろうそくの明かりを凝視したまま、考え込むように手を口に当てた。


「そーいえば、どうして助手はあんな風になっちゃったのに、博士は大丈夫なのー?」


フェネックが小首をかしげながら博士に問う。博士はしばらく目を閉じると、ぽつりと語り出した。


「この図書館には、床の下にさらに本が貯蔵してある部屋があるのです。地下室、というのですが、私はそこで本を見ていたのです。助手は今我々がいるこの場所で過ごしていたのです」


博士の大きな目が、図書館の壁に開いた大きな穴へとうつる。


「閉鎖空間の地下室にいた私は気付かなかったのですが、その時大量のサンドスター・ロウが押し寄せてきて、図書館も飲み込まれてしまったのです。壁に穴が開いているこの建物の中にまでサンドスター・ロウは侵入し、助手はそれを浴びてしまったのです」


壁の穴を睨む博士の表情は、どこか自責の念が滲んでいるように感じた。


「地下室から出た私に、自分が巻き込まれたサンドスター・ロウの嵐のことを説明していた最中に、助手は急変したのです。突然呻きだしたかと思うと、目の色が野生解放の色に変わって、襲いかかってきたのです。地下室に逃げ込むことができたからよかったものの、判断が遅れていたらひとたまりもなかったのです」


サンドスター・ロウの嵐に巻き込まれた助手の急変。その時の様子を聞きながら、かばんはヒグマやアリツカゲラのことを思い返す。


「――あれは助手ではないのです。あれは…【野生のワシミミズク】だったのです。本来のワシミミズクは我々猛禽類の中でも大型の捕食者。その本能に突き動かされて、私やフェネックを狩ろうとしたのです」


ひょっとして、と思考を巡らせていたかばんは口を開いた。


「ヒグマさんもアリツカゲラさんもバスやロッジの外にいて、あのサンドスター・ロウの嵐に巻き込まれてしまったから…?」

「おまえたちから聞いたヒグマの様子も、まさに【野生のヒグマ】なのです。警戒心の強さから近付いたキンシコウに本能的に攻撃し、好奇心の強さからかばんの投げた紙飛行機に本能的につられて去って行ったのです」



これではっきりしたのです、と博士はかばんを見つめ返す。



「黒い嵐――大量のサンドスター・ロウの爆風を直接浴びたフレンズは、野生解放ならぬ【野生暴走】に陥ってしまっているのです。本能が強く刺激されて凶暴化し、獲物や敵と判断した相手を襲っているのです。あの嵐がどこまで広がっているのかわからないですが、おそらく被害は大きいのです」



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