対 ワシミミズク②


「……枝や葉の揺れる音が遠くなってく…どーやら、もう襲ってくる気はないみたいだよー」


また執念深く攻撃をしかけてくるのではと、念のため耳を澄ませていたフェネックは、安心したようにみんなを見回した。


「あーこわかったー。生きた心地がしなかったよー…」


へたり込んだフェネックに、アライグマがかばんの持つ火にびくびくしながらも駆け寄る。


「フェネックゥ…怪我がなくてよかったのだぁ…」

「アライさんやかばんさんのおかげで助かったよー。かばんさんそれ、すごいねー」

「かばんさん、ありがとうなのだ!でもやっぱりちょっと、それ…こわいのだ」


ふーっと長い息を吐いていたかばんは、フェネックとアライグマの言葉に、慌てて松明を地面にこすりつけ、火を消した。


「あっ、ご、ごめんなさい!やっぱりこれ、みんな怖いですよね。図書館で料理をしたときに、博士さんも助手さんもサーバルちゃんも怖がってたから、ひょっとするとと思って――」


そこまで言って、自分が今口に出した名前にかばんはハッとする。


「サーバルちゃん!」


座り込んだままのサーバルの元へ駆け戻るかばん。

サーバルは、額に脂汗を滲ませながらもにっこりと笑っていた。


「すごいやかばんちゃん。またみんなを守ってくれたね」


かばんの目にその笑顔と、右腕の傷が同時に映る。

裂傷のようなその傷から流れ出した血は、腕の毛皮を紅く汚していて。

自分を守って怪我をしたのに一言も責めようとしないサーバルの優しさに、危機が去って緩んだかばんの心は大きく揺さぶられる。


気がつけばかばんは、サーバルの体をぎゅっと抱きしめていた。


「サーバルちゃん…!ごめん、ごめんね…ボクを庇って、こんな怪我を…!」


サーバルの肩に顔を埋めるかばんの目からは、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。

それに気付いたサーバルはギョッとした。

かつて自分も、ロッジでミライの記録を見たときに流した涙。その時にかばんから教えてもらった「泣く」という行為のこと。

ひどく悲しいことや辛いことがあったとき、もしくは言葉にできないぐらい嬉しいことがあったとき、自然と涙はあふれ出すらしい。

あの時の自分の涙はどの気持ちから来ていたのか未だに自分でもわからないけれど、今のかばんの涙の原因は、頭を使うのが苦手なサーバルでもわかる。

自分が怪我をしたせいで、心優しいかばんは辛い思いをしているのだ。


焦ったサーバルはあわあわと手を動かすも、抱きしめられているのでどうしようもできない。


「へ、へーきへーき!わたしってほら、結構じょうぶだから!崖登りしてたときも、落ちてもだいじょうぶだったし!…ね?だから、なかないで。かばんちゃん」


慌ててかばんを慰めるために、おどけてみせるサーバル。それでも、かばんの涙はなかなか収まらなかった。

密着した身体に、かばんの熱い呼気と、泣きじゃくるせいでドクドクと高鳴っている胸の鼓動を感じる。

どうすることもできないサーバルはうろたえるのを止め、その抱擁に身を任せた。





あーぁ…もうちょっとわたしが強かったら、けがなんてせずにかばんちゃんを助けられたのかなぁ。

ドジなせいで、かばんちゃんをなかせちゃったや…。

いっぱい、いっぱいないてるせいで…服…だったっけ?

その上からでもわかるぐらい、かばんちゃんの身体…熱い。


あつくて、いいにおいがする。

うでもからだも、やわらかくてきもちいいな。

ドクドクしてて…やわらかくて…あつくて…いいにおいで…。






なんだかとっても、おいしそ――







サーバルの表情が、凍り付く。


突き放すようにして、かばんから身を離したサーバルは、そのまま後ろへ跳躍して彼女から距離をとった。

突然のサーバルの行動に、アライグマもフェネックもボスも完全に沈黙する。

あれだけ泣き止めずにいたかばんもきょとんとしていて、涙がひっこんでしまっていた。


「サーバル、ちゃん…?どうしたの?――あっ、ごめん…!傷、痛めちゃったかな」


申し訳なさそうに眉をさげるかばんを見て、サーバルはかすかに乱れた呼吸を、悟られないように正しながら慌てて首を振った。


「ち、ちがうの!えっとね……な、なんかまた、助手が戻ってくるんじゃないかって思っちゃって!」


真っ直ぐかばんを見られず、斜め下に視線を落としながらサーバルは答える。

ぽかんとしていたアライグマは、乾いた笑みを浮かべた。


「あ、あはは…びっくりしたのだ。サーバルは心配性なのだ…」

「でも、たしかにサーバルの言うとおりだよー。助手が戻ってくる前に、早いとこ図書館に行っちゃおー。また襲われるようなことがあったら、今度は無事じゃすまないよー」


標的にされていたフェネックの言葉は、皆に重くのしかかった。

サーバルの負傷もあるため、一同は疲労した体を少し休めたい気持ちを抑えつつ、一刻も早く図書館へと向かおうと歩き出す。


皆が動き始める中、サーバルは立ち止まったまま、傷の痛む右腕に視線を落とした。

その指先には、戦闘が終わって引っ込めていたはずの鋭い爪が、何故かまたむき出しの状態でぎらりと光っている。

慌ててそれを引っ込めたサーバルは、何かを振り払うように二度三度大きく頭を振り、急いでみんなの後を追うのだった。









「ハッ…ハッ…ハッ…」

「ハァッ…ハァッ…」


――遠く離れた森の入り口。

息を荒げる二つの影が、かばんたちのあとを追いかけてきていることに、誰も気付くはずがなかった。

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