対 ワシミミズク①
「そ、そんな…」
サーバルの身体を支えたまま、かばんは襲撃者の正体に絶望する。
博士と助手は、ちょっと変わったところもあったけど、博識で頼りになる存在だった。
きっとこの騒動に対しても、「我々は賢いので平気なのです」なんて言いながら、図書館で二人して胸を張っているのだと、そう思っていた。
「…」
見下ろしてくる紅い目は、どこまでも冷たい、狩人の目だ。
その目が、顔ごと動き、正面に捉えたのは――フェネックだった。
「…!」
吸い込まれるような紅い目に見つめられたフェネックは、凍り付いたように動かない。
それはアライグマが見慣れた、いつも飄々と、なんでもそつなくこなしてみせるフェネックの姿とは違っていて。
「フェネック何ぽかんとしてるのだ!!」
アライグマが声を荒げたのとほぼ同時だった。
ワシミミズクが翼を広げ、枝を蹴る。
広げられた翼は、普段よりもとても大きく、威圧的に見えた。
無音で羽ばたくその翼と、鋭い爪が光る突き出された手から、黒いサンドスターが溢れる。
「――うわっと…!!」
すんでの所で、フェネックは身を翻してワシミミズクの爪の一撃をかわした。
アライグマの警告がなければ、反応が遅れていたかもしれない。
「フェネックゥ…!ひやひやさせないでほしいのだ!」
「ごめんよーアライさーん。助かったよー」
ワシミミズクの姿が、森の闇へと溶け込んで消える。
フェネックは、サーバルに負けない大きな耳に意識を集中させて、苦い笑みをこぼした。
「…いやだなー…あの目で睨まれちゃうと、なーんか調子がくるうよー…」
サーバルの横で動けずにいるかばんは、完全に姿が見えなくなってしまったワシミミズクに、ただただ恐怖するしかなかった。
見回しても、360度鬱蒼とした木々と闇。
風もない森の中に聞こえるのは、襲撃に対する緊張感から荒くなる、自分たちの呼吸音のみ。
(ど…どこから来るの…)
サーバルに触れるかばんの手が、小さく震える。
それに気付いたサーバルは、痛みで滲んだ脂汗を拭うことも忘れ、目を閉じて耳を澄ませた。
一度頭を蹴られた経験から、サーバルはよく覚えていた。
博士や助手のようなフクロウやミミズクの羽音は、この耳を持ってしても捉えることが難しい。
同様にフェネックも耳を澄ませながら、自分の中の何かが羽音を聞き取るのは不可能だと囁いているのを感じていた。
だからこそ二人は、極限まで集中する。
羽音が捉えられないなら、枝の折れる音を聞け。身体がかすめる葉っぱのかすかな音を捉えろ。空気の揺れを感じろ。音にならない音に気付け。
「――……わたし達の正面…右…後ろ……来た!」
「またわたしかー…!」
枝の隙間を縫うようにして飛んできたワシミミズクは、スピードを落とすことなくフェネックを強襲する。
サーバルほどではないが跳躍には自信があるフェネックは、ひょいっと跳んでかわす。
二度もかわされたワシミミズクは、今度は森の中に消えることなく、そのまま急旋回して連続で仕掛けてきた。
また、狙いはフェネックだ。
「させるかなのだー!」
威勢の良い声をあげたのはアライグマ。道ばたに折れて落ちていた、葉がついたままのわりと大きな木の枝を、両手で持ち上げて振り回す。
これにはワシミミズクも驚いたようで、攻撃を中断して近くの木に着地した。
「おー、ありがとねーアライさーん」
「ふふん、アライグマは割と力持ちなのだ」
ふぅ、と一旦息をつくフェネックを見ながら、かばんは呟く。
「どうしてフェネックさんばっかり…」
『フェネックノ天敵ハ、ワシミミズクナンダ。地上デノ外敵モ多イフェネックハ、大キナ耳デ天敵ノ足音ヲトラエテ逃ゲテイタンダケド、ワシミミズクカラハ逃ゲルノガ苦手ダッタンダッテ』
ボスが木の上のワシミミズクをライトで照らしながら話す。
『ワシミミズクニトッテハ、フェネックハ恰好ノ獲物ナノカモシレナイ』
「えも、の…」
「それって…じょしゅがフェネックを食べようとしてるってこと…?」
かばんとボスの会話をそばで聞いていたサーバルが、信じられないといった表情で訊ねる。
「えっと…じょーだん、だよね…?ボスはオオカミよりもじょーだんがへたくそだよ…」
いつものように笑ってみせようとするサーバルだったが、痛みのせいか、はたまた動揺のせいか。引きつった笑みを浮かべることしかできていなかった。
「ふるる…ふー…」
露骨にライトを嫌がっている顔をして、ボスを睨むワシミミズク。
未だにサーバルを負傷させてしまったことに動揺が収まらないかばんだったが、とにかくこの状況を打破しなければと、必死で頭を回転させた。
紙飛行機は――ダメだ。ヒグマは好奇心が強かったのか、うまく興味をそらすことに成功したが、ワシミミズクは完全に目の前の標的に集中している。きっと効果はないだろう。
別の手段を考えろ。ワシミミズクから戦意を失わせる何かを。
さっきから明かりで照らされると嫌がっているような顔をしている。きっと明るいのが苦手なんだ。他にも苦手な何かがあれば。明かり…苦手な――
「――!!」
かばんは背中の鞄を下ろすと、その中に詰め込まれた荷物を漁る。
サーバルはそんなかばんの様子をちらりと見ると、ワシミミズクの方に耳と目を向ける。
(かばんちゃん、きっと何か思いついたんだ。わたしにできることは…かばんちゃんの準備ができるまで守ってあげること!)
一方でアライグマは、大きな枝を握りしめたまま、ワシミミズクをきつく睨み付けていた。
(フェネック、ずっと狙われてるせいで…あんまり顔には見せてないけど、疲れてるのだ。このままじゃいつか、あいつに捕まってしまうのだ。それだけは絶対させないのだ…!)
サーバルもアライグマも、ワシミミズクの次の一手に警戒する。
距離を確認するように、ワシミミズクはフェネックを見据えたままゆらゆらと身体を揺らし。
一気に姿勢を低くすると、枝を蹴り、疾風のごとく滑空する。
「こりないやつなのだー!」
フェネックの前に出て、手に持った枝を構えるアライグマ。
さらにその前に割り込んだ影があった。かばんだ。
「かばんちゃん、待って!」
「か、かばんさん!?危ないのだ――」
ワシミミズクに集中していたサーバルとアライグマは、突然身を投げ出したかばんに反応が遅れる。
標的の前に邪魔が入るも、ワシミミズクは止まらない。狙っていた獲物ではなくても、狩れるものは狩る。そんな「本能」が彼女を動かしていた。
そんな、「本能」に突き動かされていたからこそ。
「…っ!」
かばんが目の前に突き出してきた「それ」は、他のフレンズ達よりも強烈にワシミミズクの目と脳に焼き付いた。
「うわぁっ!?」
「おぉっ!?」
アライグマとフェネックが、背後で怯えと驚愕がない交ぜになったような声を上げる。
「火…!」
離れたところで三人の様子を見ていたサーバルは、かばんが博士たちからもらった【副賞】を使って作り出した「それ」を――合戦の時につくった巻物の棒に灯した火を見て思い出した。
料理の際…かばんが初めておこした火。あれに思わず恐怖したのは自分だけではなく、博士や助手も怖くて近寄ることができなかった。
「ギャアッ!!」
鋭い、悲鳴のような金切り声をあげて、ワシミミズクはもつれるように身を翻す。
そのままかばんやフェネック達の頭上を飛び去り、森の奥へと時折木に身体をぶつけながら慌てふためいて逃げていった。
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