対 ラッキービースト③
けがをしたキンシコウ、キリン、その二人を看病するリカオン、タイリクオオカミを残し、かばんたちを乗せたバスはロッジを後にした。
今まで通ってきたちほーに住むフレンズ達の様子が気になって仕方が無い。
以前ロッジにむかうまでに回り道をして立ち寄った、みずべちほーとゆきやまちほーで起きた被害の様子も知りたい。
だが、寄り道をしている余裕がないことを、かばんは十分に理解していた。
みんなを助けるには、この騒動の原因を突き止めることが最優先だ。
「最短ルートで、図書館に向かってください」
『マカセテ。通常ノパーク巡回コースカラ外レルヨ。整備サレテナイ道デ、揺レル所モアルカモシレナイカラ、気ヲツケテネ』
運転席をのぞき込み、かばんはボスに声をかける。そのまま顔を上げ、運転席の窓から外を見た。
パークの様子は、空を分厚い雲が覆っていることを除けば、今まで見てきた様子と変わらないように感じた。
サンドスター・ロウの濃度が通常のサンドスターよりも高い、というのは、一体どういうことなのだろうか。
周りのフレンズ達とちがって、サンドスターの使い方がよくわからないかばんには、いまいち実感がわかなかった。
「うぅ…」
「ぞくぞくするのだー」
「うーん…」
だが、サーバルたちはどこか空気に違和感を感じているようで、ロッジを出てからそわそわと落ち着かない様子だった。
「みなさん、大丈夫ですか?」
運転席から体を戻し、かばんは座席につく。サーバルは、丸めた手で顔をぐしぐしとこすった。
「うみゃ…ちょっと気持ちが落ち着かないけど…へーきだよ」
「こりゃー早くどうにかしないと、落ち着いて寝られないよー」
大きな耳をぴくぴくと動かして、フェネックは腕を組んだ。
「ア、アライさんはこれっぽっちのこと、どうってことないのだ!」
強がってみせるアライグマの尻尾は、毛が逆立ってしまっていた。
かばんは背中の鞄を下ろすと、中からジャパリまんを取り出した。
「こういうときは、ごはんを食べて元気を出すのが一番だね」
「わーい!」
「食べるのだー!」
…
それから、どれだけ走っただろうか。
いつの間にか日は沈み、あたりはすっかり暗くなった。
途中ガクガクと揺れる悪路を走ったせいか、それともバスに乗り慣れていないせいか。
「ぎぼちわるいのだ」と言って、アライグマは顔を真っ青にしながら、ビーバーたちがつくった寝床で尻尾を抱えて丸くなっていた。
フェネックはいつものことだ、とでも言うような表情で、アライグマの頭をなでている。
「アライさーん、生きてるー?」
「いぎてるのだ…」
そんな二人のやりとりを、かばんとサーバルが苦笑いで眺めていた時だった。
キイィーッ!
「わぁー!」
急にバスがブレーキをかけて止まり、サーバルがすっころびそうになったのを、かばんはなんとか受け止めた。
「ラ、ラッキーさん!どうしたんですか!?」
『図書館ノアル森マデハ来レタケド、道ガフサガッテイルヨ』
サーバルと一緒にバスを降りたかばんは、バスの前方を確認する。
そこには、木の枝や板、矢印が書かれた大きな板など、様々なものが積み重ねられてできた壁があった。
二人はそれに、見覚えがあった。
「これって…博士さんたちが、ボクたちを迷路に誘うために作ってた壁と同じだね…」
「これじゃあバスで行けないよー!どうしよう…」
フェネックに肩をかしてもらい、アライグマがバスから降りた。
一緒に降りてきたボスが、壁の強度を確認するように近付いて眺める。
『ナカナカ頑丈ニデキテイルネ。壊スノニハ時間ガカカリソウダヨ。バスヲココニオイテ、コノカベヲコエテイクシカナイヨ。森ニハ何ガ潜ンデイルカワカラナイカラ、注意シテネ』
この暗い森の中を、徒歩で。
思わず生唾を飲み込むかばんの手を、サーバルがきゅっと握った。
「だいじょうぶだよ!かばんちゃんは、わたしが守るんだから!」
「サーバルちゃん…」
手のひらから伝わる暖かさが、すくむ足に踏み出す勇気をくれる。
「――行こう…」
「そ、そうなのだ…!かばんさんは、アライさんたちがまもるのだー…!」
「その前にまず、自分が守られてることに気付こうよー」
歩き出したかばんとサーバルに、へろへろのアライグマとあきれたようなフェネックも続いた。
…
サーバルに教えてもらった木登りの要領で壁をこえたかばんは、改めて図書館へと続く森の道を見る。
曇った夜空からは頼りになる月明かりもなく、うっそうとした木々がさらなる闇を生んでいる。
『明カリヲツケルヨ』
そう言ったボスの目が、バスの明かりのように光を放ち、足下を照らしてくれた。
「ボス、すっごーい!かっこいいよ!」
「よし…急ごう」
ようやく元気を取り戻してきたアライグマが、壁を乗り越えるのを待ってから、かばんたちは進み始めた。
ボスを先頭に森の中を進んでいく四人の足並みは速い。
早くこの騒動を解決させたいという焦りと、夜の森に対する恐怖、誰かが襲ってくるかもしれないという不安のせいだ。
痛いほど静かな森の中に、四人の足音と、ボスの機械音だけが鳴り響いていた。
…
『アト少シデ、図書館ノアル広場ニデルヨ』
前を行くボスが、正面の道を照らしたままそう声を発する。
緊張して黙ったまま歩き続けていた中で急にボスが声を出したので、皆は肩をビクッと震わせた。
「び、びっくりした…」
「こっちは気を張ってるんだからさー、もうちょっと気を遣ってよー」
胸に手を当てて息をつくかばんと、少し頬を膨らませてぶつくさと文句を言うフェネック。
その後ろで、アライグマはまた尻尾の毛を逆立たせている。
「お、お、おおどろかせないでほしいのだ!まったく!」
「アライさんはおおげさすぎだよー」
「しょーがないのだ!あんなの誰だってびっくりする――」
「しっ!」
緊迫した声で皆の言葉を遮ったのは、サーバルだった。
今まで見たことないような真剣な顔つきで、人差し指を口に当てたまま静止している。
「ふぇ…?」
間抜けな声をもらすアライグマの口を、即座にフェネックが後ろから押さえた。
サーバルは動かぬまま、目を左へ、右へと走らせる。それよりもせわしなく動いているのは、頭の上の大きな耳。
右と左、それぞれ別の動きをしていた耳が、小枝の折れる音に反応し、揃って同時にある方向を向いた瞬間。
「かばんちゃん!!」
サーバルは自慢の脚力で地面を蹴り、横っ飛びでかばんを突き飛ばした。
「わっ!!」
吹っ飛んで地面を転がったかばんは、ずれた帽子を正しながら慌てて顔をあげる。
目に飛び込んできたのは――
「いったぁ…」
右腕を押さえて呻くサーバルの姿と、音も立てずに空を舞い、近くの木の枝に着地する影。
その影は枝の上で体勢を整えてこちらを向く。赤々とした二つの目がぎらりと光るのが見て取れた。
「で、出たのだ…!!フレンズを襲うフレンズなのだ!!」
「…ッサーバルちゃん!!」
苦痛に顔をゆがめて座り込んでいるサーバルの元へ、かばんは急ぐ。
暗い中でも、左手で押さえる腕からは、ぽた、ぽた、と血が滴っているのがいやでもわかった。
喉の奥がきゅっと絞まるような感覚がかばんを襲い、嫌な汗が噴き出した。
「サー、バル…ちゃ――」
「かばんちゃん、平気!?けがはない!?思いっきり突き飛ばしちゃってごめんね…!」
傷を押さえたまま、サーバルは心配そうにかばんをのぞき込む。
サーバルが怪我をしているという信じたくない光景に、気が遠くなりかけていたかばんは、その声を聞いてハッと我に返った。
「サ、サーバルちゃんのおかげでボクは大丈夫だよ。本当に…ありがとう。でも、今のって――」
「かばんさん気をつけるのだ!また来るのだ!」
アライグマの甲高い声に弾かれたように振り返る。木の上の影は、姿勢を低くしてこちらを見ていた。
微動だにしない目を、首を動かして顔ごと向けながら、品定めをするように。
不気味なその動きに、アライグマは目をこらして歯をきしませた。
「お、お、おまえは誰なのだ!」
ボスが木を見上げ、ライトで影の主を照らし出す。
「…フルルル…」
枝を掴む手の爪をサーバルの血で濡らし、光を嫌がるように小さく声を漏らして目を細めるその襲撃者の正体は――博士の助手、ワシミミズクだった。
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