対 黒セルリアン⑦




『――…付近ノラッキービーストノ破壊信号ヲ感知――当個体ハ任務実行中ノタメ、原因究明・状況確認ニ向カワズ、任務ヲ続行シマス…』




通信役を担っているラッキービースト達のそんな言葉が耳を掠める。

食い千切られた綺麗な青色の毛皮から、ばらばらと鈍色の破片が散らばって落ちていくのが、やけにゆっくり、時間をかけて目に焼き付いた。


二つに分かれたボスの体が、乱雑に地面に落ちる。


「あっ……」


すぐそばでサーバルがか細い声をあげるのを聞いてもなお、かばんは完全に言葉を失ったまま動くこともできなかった。


『食べる価値もないヨ、こんなガラクタ。君にお返ししまス』


不機嫌そうに顔をしかめたまま、黒かばんはボスの耳を掴むと、かばんの方へと放り投げた。

届かずに手前で鈍い音を立てて落ちたボスの上半身。

それを呆然と見やるサーバルに対し、かばんはようやく立ち上がり、ふらふらと歩み寄った。


「ラッキー…さん…」


抱え上げた手にかかる重さはいつもの半分で。

毛皮の下から覗く冷たくて硬い鈍色の体からは、無残に噛み砕かれた鋭利な残骸が飛び出していて、抱える手を斬ってしまいそうになる。

つぶらな瞳は何の光も灯しておらず、呼べばすぐに応えてくれたあの淡々としながらも優しさを感じられた声も、一切返ってこなかった。


つい先刻まで、責められてばかりの自分を庇って、鼓舞してくれて、支えてくれていたボスが。

今は手の中で物言わぬ真っ二つの骸になっている。

それは、かばんが初めて経験した、親しき者の明確な――




――【死】だった。




「――なんで…こんな、ことを…」

『はイ?』


千切れた触手を修復しながら、残ったボスの半身を忌々しげに見つめていた黒かばんは、震える声を漏らしたかばんに首をかしげる。


「なんでこんなことを、するんですか…。なんでこんなことが、できてしまうんですか…!フレンズさん達も、ラッキーさん達も、みんな生きているのに!!」


消え入りそうな呟きから、悲痛な叫びへ。

ボスの半身を抱きしめたまま、かばんは黒かばんに訴えかけるように顔を上げて叫んだ。

対する黒かばんは、本当に訳がわからないという面持ちで答える。


『エ?いやいや…フレンズさん達はともかク、その子は生き物じゃないですシ。ただの作り物じゃないですカ。えぇ…まさかそんなこともわからないんですカ…?どう見ても自分たちと違う存在じゃないですカ』


勘弁してくださいよ、と憐れむような瞳をかばんに向けて頭を抱える黒かばん。

しかし。


「――知ってます。ボク達と、ラッキーさんが、違う存在であることぐらい…わかってます」


予想外の答えが返ってきて、黒かばんは眉を顰め、顔を上げた。

かばんはボスの亡骸をそっと地面に横たえて、真正面から黒かばんを睨み付けた。


「だから、なんだっていうんですか…。そんなの、ラッキーさんの命を踏みにじって良い理由にならない!!」


声を荒げるかばんの脳裏には、図書館でライオンたちと交わしたやりとりが蘇っていた――。













ライオンとの戦いを乗り越えて帰り着いた図書館で、休息をとろうとしたあの時。

へとへとのサーバルの手を取って、共に眠りにつこうとしたかばんは、博士に渡したお守り石の付いた首輪を眺め、複雑な表情を浮かべているライオンに気付き、落ちそうになる瞼をこすりながら声をかけた。


「どうしました?ライオンさん…」

「あ、いや…」


言葉を濁しかけたライオンは、それでも心配そうに見つめてくるかばんに折れたように溜息をつくと、胸の内を打ち明け始めた。


「…さっき…暴走した私がやらかしたこと、かばん達が教えてくれたけどさ…あの首輪の元になったベルト…へいげんちほーのボスの物なんだよね」


そこまで聞いてなんとなく察したかばんは、すぅ、と眠気がひいていくのを感じた。


「――私は、いつも私達を支えてくれてたボス達を…手にかけてしまったんだな…」


自分の手を見つめ、弱々しく苦い思いを吐露するライオンに、かばんもサーバルもかける言葉を失う。

そんな時、二人の会話を聞いていたボスが、博士から離れて戻ってきた。


『仕方ナイヨ、コレハ想定外ノ事態ガ招イタ事故ダカラネ。ボク達ラッキービーストハ、パークデタマニ起キル災害ヤ、元動物トノ予期セヌ接触ナドデ壊レテシマウコトハ、ショッチュウアルンダ』


慰めのつもりか、ボスは淡々と喋り続ける。


『ダカラ代ワリノ個体ハタクサン用意シテアッテ、余裕ガアルンダ。気ニシナクテイイヨ』


ボスの言葉にライオンもサーバルも、かばんも眉を顰めた。


「こわれる…?かわりのこたい…?ようい…?」

『アァ、ソウカ…。――ボク達ハ、【ロボット】ト言ッテ、君達フレンズヤ動物ト違ッテ命ノアル生キ物ジャナインダ。カツテパークニイタヒトニヨッテ作ラレタ存在ナンダヨ』


いまいちぴんときていない様子のライオンに、ボスは自分について解説を始める。

ヒトが作ったという言葉に、かばんもサーバルも目を丸めた。


「つ、つくったー!?」

『ソウダヨ。君達ヤ動物達ヲオ世話シタリ、オ客様ヲ案内シタリスルタメニネ。ツマリバスナドト同ジデ、道具ノヨウナモノダヨ』


道具、という言葉にかばんは違和感を覚えた。

何が何だかよくわかっていない様子のサーバルの隣で、ライオンも相変わらず渋い顔をしている。


『ダカラ、命ヲ奪ッテシマッタトカ、ソウイウ心配ヲスル必要ハナイヨ。ボク達ハソウイウ物ダカラネ』


それだけ言って博士の下へ戻ろうとするボスに、ライオンはちょっと待って、と声をかけた。


「よくわかんないけど、私達とボスはちょっと違うってことはわかった。けどさ、私が【こわした】ボスは、もう元には戻らないんだろ?」

『ソウダネ。修復ハ難シイカナ』


それを聞いて、ライオンは俯く。


「…じゃあやっぱり何か償いをしたいな。生き物じゃない存在だとかよくわからないけど、現にボスはこうやって私達と会話できるわけだし、いろいろ私達のために考えてくれてる訳だろ?」

『…』

「それって、私達とあまり変わらなくないか?私はあのへいげんちほーのボス達と話したことはないけれど、それでも毎日私達のためにじゃぱりまん運んでくれたり、ちほーの様子を見守ってくれたりしてたんだ。――あのボス達はもう、帰ってこない」


ライオンの手前、言うのが憚られるが、かばんの想いもライオンと同じだった。

たとえ作られた存在だからといって、道具だと言い切ってしまうにはボス達はあまりにも特殊で。

ヒトを思い、フレンズを思い、動物を思って行動するボス達は、立派な生き物となんらかわりないのではないかと思ったのだ。

ボス達は――それぞれが確かな任務を背負って――生きているのだ。


「――そう思うならライオン、この騒動が終わった後、あのボス達をしっかり【弔う】といいのです」


黙り込んでしまったボスの代わりにライオンに答えたのは、歩み寄ってきた博士だった。


「とむらう?」

「これもヒトのやっていたことなのです。ヒトは命を失った者に対し、悲しみや祈りなどを捧げる【ぎしき】を行っていたそうなのです。方法は落ち着いた後でゆっくり調べるといいのです」


だから、と博士はライオンを真剣な眼差しで見つめた。


「今はよく休んで、あのボス達に償いたいという想いを、パークを守る力に変えることが必要なのです。平穏なパークを誰よりも望んでいるのは、ボス達に違いないのですから」


ライオンは拳をきつく握りしめると、ボスの小さな体を見下ろした。


「――わかった。とっととパークを元に戻して、私が命を奪ってしまったボス達を、しっかり弔うよ。それが私にできる償いだ」


黙ったまま話を聞いていたボスは、ライオンの大きな体を見上げた。


『――アリガトウ。ソウ言ッテクレルノハ嬉シイヨ。キットアノラッキービースト達モ、喜ブンジャナイカナ』


小さく微笑むライオン。

ほっと息をつくかばんの隣で、サーバルは腕を組んで首を捻りながら、一生懸命考えをまとめているようだった。


「ヒトも凄いしボスも凄いんだね」

「ははは…」

「でも、私達と違うって言ってたけど、うれしいとか、よろこぶって気持ちがあるなら、やっぱり私達とあまり変わらないんじゃないかなー。うーん、わかんないや」

「サーバルちゃん…」



わからないと言いつつも的を射た発言して、サーバルはふわぁと大きなあくびをしたのであった――。












『単なる機械や動物相手に感情移入しすぎなんですヨ、君ハ…』


睨んでくるかばんから目をそらし、黒かばんは馬鹿馬鹿しいとでも言うかのように息を吐く。


「あなたは知識はたくさん持っているけど、心は寂しい方なんですね…」


ぴく、と瞼を動かして、黒かばんはかばんに向き直った。


『あハ、だいぶお怒りのようですネ。珍しく言葉に棘がありますヨ』

「…」


黒かばんを、静かな怒りを秘めた目で睨み続けるかばん。

そんな彼女のそばでずっとボスの亡骸を眺めていたサーバルが、恐る恐るかばんが横たえた彼の体を指で撫でる。

何の反応も返さないボスを撫で続けるサーバルの大きな目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。


「う、うぅっ…!ボス…ボスっ…!!」


そして、その涙に溺れた瞳をキッと黒かばんに向けて、走り出す。


「うみゃあああああああーっ!!」

「サーバルちゃん!」


サーバルの体から溢れ出すサンドスターの量は先程よりも増していて、瞳や爪の煌々としたきらめきも強さを増している。

黒かばんはニヤニヤと浮かべていた笑みをスッと消すと、触手を揺らめかせて迎え撃った。


「…っ!」


サーバルは黒かばんの手前で膝を曲げ、跳躍の姿勢をとる。


『その手は通用しない――…!?』


また懲りずに頭上から飛びかかってくるのかと、触手の口を空に向けて牽制する黒かばん。

しかしサーバルは高く跳び上がるのではなく、姿勢を低く保ったまま地面を蹴って、黒かばんの体目がけて横っ飛びに突っ込んだ。

予想に反した攻撃を、黒かばんは咄嗟に動かした一本の触手で防ぐ。

そのままサーバルの体を弾き飛ばすかと思われた。


が。


「ううううぅ…!!」

『チッ…!』


両者の力は拮抗しているように、サーバルの爪と黒かばんの触手は競り合ったまま動かなかった。

あの触手は、タイリクオオカミの体を易々と持ち上げるほどの力があったはずなのに。



二人のかばんは、同時に思考を巡らせた。



(触手の力が、弱まってる…!?)


《サーバルの力が強まってル…》


(アライさん達が山のフィルターを直してくれたおかげで供給が断たれたから、バリアを張るために自分の体を保っているサンドスター・ロウを削った分力が失われているんだ…!)


《激情にかられて動いている分躊躇いがないかラ…?サンドスターも随分贅沢に使って…捨て身に近い攻めだネ…。全ク、どいつもこいつもたかが作り物一つ壊れただけで顔真っ赤にしちゃってサ…》


(サーバルちゃんも本気だ…。きっとあのボクもそのことがわかってて…サーバルちゃんに対して邪魔だという思いをより一層強めるはず…。だから――)


《サンドスター・ロウを止められたことが地味に響いててムカつくなァ…。きっとあの子も今が攻め時だなんて考えてるんじゃないかナ…。とりあえず――》




(――サーバルちゃんを守らなきゃ…!!)

《――遊ぶのもここまでにして、いい加減目障りなこの獣を処分しないとネ…!》




もう一本の触手が口を開いてサーバルに迫る。

ひらりと身を躱し、サーバルはしつこく黒かばんへの攻撃を試みた。

爪が、触手が、虹色と漆黒のサンドスターを散らす。


「ボスを…ボスを、返してよ!!」

『返したじゃないですカ』

「返してよぉ!!」

『…話にならないナ…』


駄々をこねるように泣きながら、我武者羅に攻撃を続けるサーバル。

必死な彼女は、自身の消耗に対する配慮まで気が回らない。

軽く開いたままの口からは、ハッ、ハッ、と短い呼気がこぼれ。

全身からは止めどなくサンドスターが溢れていく。


結果、もはや幾度目かわからなくなった跳躍攻撃をしかけるために足に力を込めようとした時。

思いに反して膝が折れ、サーバルの体は大きく傾いた。


「あっ……!?」


黒かばんはその隙を見逃さない。

歯を剥いて笑うと、一本の触手を勢いよく伸ばす。

そんな彼女の視界の端で【何か】がちらつき。




その【何か】に、彼女の意識は無性に惹かれた。




「っ――…?」


迫る脅威に堪らず目を瞑って身を縮めたサーバルに食らいつくことなく。

触手は、サーバルの脇を通り過ぎ。


後方でかばんが高々と掲げていた【何か】の正体――松明の柄にばくりと噛みついた。


「くっ…」


引きちぎられそうになる松明を、それでも離さず握りしめたまま、かばんは歯を食いしばる。


『……あァ、なんダ…。【火】ですカ。つい気を取られてしまいましタ。悪い癖ですネ』


松明を咥えて離さぬまま、黒かばんは頭を掻いた。

彼女がこの姿を獲得する前から確認されていた、黒セルリアンの明るいものに反応する性質。

ミライの記録を通して知ったその性質は、黒かばんのサンドスター・ロウを得て凶暴化したセルリアン達にも引き継がれていて。

当然黒かばん自身にも、少なからずその癖は残っていると、かばんは判断した。


――火による陽動。

それは戦闘で力を発揮できない自分にできる、サーバルを守るための数少ない手段だった。


『知識の乏しい君でモ、火を得ることはできたんですネ。偉いじゃないですカ』


小馬鹿にした態度で手を叩く黒かばん。


『でも使い方が下手くそですネ。君は火を今みたいに囮か牽制にしか使わないけド…』


松明に食らいつく触手に、力が込められる。


『火を使うなラ、やっぱり武器として扱わないト。物を燃やすという火の力ハ、非常に強力なんですヨ。――ほラ、こんな風ニ』


かばんが握ったままの松明を、黒かばんは触手で強引に動かそうとする。

触手に力負けしたかばんの腕が徐々に曲がり、松明の炎が、かばん自身の顔へと迫ってくる。

ゆらゆらと揺らぐ輝きが、肌を焦がすような熱が、じわじわと近付く。



「う、あっ――」



熱による汗と恐怖による冷や汗が、同時にかばんの額に滲んだ刹那。



「――ッ!!」


かばんの元へと猛烈な速さで駆けつけたサーバルの爪が、松明の炎が付いた部分を切り飛ばした。

切り飛ばされた松明の先端は、地面に落ちてくすぶる。

ただの巻物と化した松明だった物を見て、黒かばんは面白くないとでも言うかのように目を細め、触手を離した。


「…だいじょうぶ?かばんちゃん…」


息を少し切らせながら、サーバルはかばんの無事を確認する。

そんな彼女の腕が小刻みに震えていることに、かばんは気付く。

当然だ。炎に近付くことさえ怖がっていたのに、それに向かって腕を振るうなど、よほど恐ろしかったに違いない。


「ありがとう、サーバルちゃん…。助かったよ」


守るはずが、また守られてしまった。

短くなった巻物を握りしめたまま、かばんはサーバルに礼を述べる。

サーバルは安心したようにニコッと笑ったが、顔色が優れない。

かなり、消耗が激しい様子だった。

今攻撃を続けられると苦しい。


かばんは黒かばんへと視線を走らせる。

その黒かばんはというと。




――何を思ったか追撃してくることもなく、それどころかあの忌々しい二本の触手を鞄へと戻し、佇んでいた。




『ねぇ【かばん】…君に良いことを教えてあげまス』

「…結構です…。あなたからは、何も教わりたくない…」


黒かばんの術中にはまりたくなくて、かばんは素っ気ない返事を返し、攻撃を止めた彼女の行動の意図を探る。

黒かばんはそんな返答を意に介さずに腕を広げ、勝手に話を続けた。


『獣たちのように牙や爪を持たないヒトにとっテ、道具を作り出すほどの叡智と器用サ、絶大な力を持つ炎を扱うことハ、非常に強力な武器なんですヨ』

「…」


そしてその手を、背中の鞄の中へと突き刺し、ぐちゅぐちゅと音を立てながら何かを探す。






『――君に見せてあげますヨ。ヒトの叡智が生み出しタ、最高の産物ヲ…』






ずるり、と黒かばんは鞄から腕を引き抜いた。

その手に握られたものを見て。




「――ッ!!!!」




表情にありありと恐怖を浮かばせたサーバルが、反射的に後ろに飛び退き、黒かばんからさらに距離をとった。






――黒かばんが握るのはいつか見た、鈍く光る、奇妙な形をした、金属の塊だった。






「それ、は…!!」


かばんは即座に思い出す。

ボスが再生した、密猟者の監視映像。

フレンズ達が尋常でない恐怖を示したため、途中で再生をやめたあの映像で、密猟者が握っていた武器。




その武器が今、黒かばんの手の中にあった。










「こんのおおー!」


悔しげに吼えるジャガーが、遊園地のゲートの何もない空間目がけて腕を振るうが。

弾力のある見えない壁に、その一撃は空しく拒絶された。


厳しい状況だったにも関わらず、フレンズ達は各々が得意なことを活かして善戦を繰り広げ、助け合いながら立ち向かい続けた。

その結果、セルリアンの数は大幅に減少し、先の見えぬ戦いにようやく希望の光が見え始めた。

しかし、そんな時にもたらされた、ツチノコからの耳を疑う報告は、フレンズ達に新たな絶望を突きつけた。


「やはり…駄目か……チクショー……」


アルパカからもらった水を呷って大きく息を吐き、弾かれるジャガーの様子をやつれた表情で見守っていたツチノコは、かすれた声で呟いた。


「【ばりあ】…私も聞いたことはありましたが、実際に目にしたのは初めてなのです…。完全にしてやられたのです…」


たくさんのセルリアン達に守られるように包まれている、バリアの要の一つとなっているのであろう大型のセルリアンを見上げ、博士は憎々しげに唸る。

フレンズ達は自分たちに襲いかかってくるセルリアンを排除しつつ、なんとかして入り口を塞ぐ障壁を破らんと、バリアセルリアンの守りを崩しにかかったり、直接バリアに攻撃を加えてみたりと必死に攻め続けた。


――何故なら彼女達もまた、ラッキービーストの通信を通し、ボスが破壊される一部始終を見てしまったから。

言いようのない怒りと悲しみと焦りは、フレンズ達を我武者羅に突き動かす。

それでも、かばんとサーバルに救いの手をさしのべることは叶わない。


未だ多く残る外敵と、見えなくても存在の大きい障壁が、二人とフレンズ達の間を無情に引き裂いていた。


「焦りは禁物なのです…!遊園地の中に気をとられて、自分たちの身の安全を疎かにしてはいけないのですよ!」


まるで自分に言い聞かせるように、博士は再び飛び立ちながらフレンズ達に向かって叫ぶ。




セルリアンの群れだけでなく、新たに問題として立ちふさがった見えない障壁。

フレンズ達はこの二つの対処に追われ、ラッキービーストの通信を見る余裕を失っていて。

遊園地の内部で起きようとしている最悪の事態に、誰も気付いてはいなかった――











――どくん


かばんの胸の奥が大きく跳ね、言いようのない不安が背中を走った。


「なんで、そんなもの…」


無意識にかばんの口から呟きがこぼれる。

黒かばんはそれを聞いて、少し眉を顰めると、またも面白くなさげに笑みを消した。


『あレ…その様子だト、ひょっとして知ってるんですカ?【これ】のこト』


見るからに不機嫌になる黒かばんに、サーバルは本能的に恐怖で強ばる身体を奮い立たせ、なおも立ち向かう。

遠く、距離を保ったまま、それでも眉をつり上げて虚勢を張った。


「うぅ…こわい…けど!それならもう知ってるよ!みんなで見たもん!おっきな音がして胸の奥がぞわぞわするし、火が噴き出してビックリするけど…一回見たからもうへーきなんだから!」

『おっきな音がしテ、火が噴き出ス、ネ…』


サーバルの言葉を小さく反芻した黒かばんは。





――何故かまた、嬉しげにニヤリと笑った。





『ははは…何で見たのかは知らないけど…よく知ってるネ。まさか君達が知ってるとは思わなかったなァ。かしこいねぇサーバルちゃン。――これはネ、【拳銃】っていうんだヨ』

「拳、銃…」


ニヤニヤと笑みを浮かべ、淡々と述べる黒かばん。

あのどうしようもなく胸をざわつかせる道具の名前を知り。

かばんの脳裏にはミライやフレンズ達の言葉と、あの記録を見た後にしばらく残り続けたどうしようもない違和感がフラッシュバックする。





『密猟者は、動物の命を奪うヒト』

『たいした武装もせず、所持した武器は拳銃のみ』

『強烈な音だけでなく、火まで噴くとは…恐ろしい道具なのです』





――どくん


(何この…いやな、感覚…)


かばんの中の野生の勘か、ヒトの知識か。

何かが警鐘を鳴らし、かばんは必死に考えを巡らせる。

その間も黒かばんは、満面の笑みを浮かべたまま、自慢げに語る。


『ボク達セルリアンが【再現】を得意とすることはご存じだと思いますガ、ゲート前でもお話ししたようニ、ボク自身には残念ながら【再現】する力はありませン。フレンズさんを食べテ、サンドスターを頂きでもしない限りはネ』


でも、と黒かばんは続けた。


『もう一つの得意技――【保存】の力はこの姿になっても保つことができましタ。この道具ハ、かつてボクが食べたヒトが持っていた物デ、今までずっと大切に【保存】し続けてきたんです』


『…ボクの、大事な宝物なんですヨ』




拳銃を愛おしそうに眺めながら、穏やかな笑みを浮かべて語る黒かばん。

疲れを隠し切れていないものの、そんな黒かばんを睨んだまま虚勢を張り続けるサーバル。

違和感の正体を暴くために、二人の会話を耳の端で微かに聞き取りながら、頭を働かせ続けるかばん。




――その時は、近付きつつあった。





――どくん

(あれは、あのボクのルーツになったヒト…密猟者が持っていた武器…)




「けんじゅーか何か知らないけど…おっきな音でびっくりさせようとしても、効かないんだから!ざんねんだったね!」




――どくん…!

(動物の命を狙うような密猟者が持ち込んだ、ただ一つの武器があれだっていうなら――)




『あはハ…そっカ。サーバルちゃんはすごいなァ。じゃア、本当に平気かどうか試してみよっカ。サーバルちゃんがこれにビックリしなかったラ、もうそっちの勝ちでいいヨ。絶対ビックリするからネ』




――どくん…!!

(あの道具は、大きな破裂音と一瞬の火でフレンズさん達を錯乱させるようなものではなくて、もっと何か…恐ろしい、何か、が――?)







黒かばんがゆっくりと腕を上げ――【拳銃】をサーバルに向ける。




サーバルは身構えるように姿勢を低くし、それでも動かずに離れたままじっと黒かばんを睨んで警戒を続けていて。




黒かばんがあの時の記録の密猟者と同じように、拳銃の部品に親指を引っかけ、カチリと音を立てて動かした、刹那。











――それまでずっと浮かべていた黒かばんの穏やかな笑みが、これまで以上に邪悪な狂気を孕んだのをかばんは見た。








「…ッ!!!」


うなじの毛が、逆立つような感覚。



気が付いた時には、かばんは。



それ以上考えることも忘れて。



弾かれたように、走り出していた。












バァンッ!!!











空を裂くような破裂音。



大きな耳を吹き飛ばされそうになる感覚。



強がってみせたとはいえ、その強烈な音に、サーバルはやはり本能的に身を竦め。




それと、同時に。




突然全身を何かに包まれ、圧迫されるのを感じ。



きつく、きつく閉じていた目をうっすらと開いた。





「……かばんちゃん…?」





だった。

サーバルと黒かばんの間に割り込む形で入り込んだかばんは、その細い腕でしっかりとサーバルを抱きしめていた。


なんで?どうしたんだろう?

かばんの不可解な行動に、抱きしめられたサーバルは困惑する。






その時。






「っっあ゛……」






肺の奥からこみ上げてきた吐息と同時に、絞り出したような呻き声をかばんが漏らした。

そして、サーバルに身を預けたまま、ズルズルと崩れ落ちる。


「かっ、かばんちゃん!?どうしたの!?なんで!?」


状況が飲み込めず、後ろによろめきながらも慌ててかばんの身体を抱きとめることしかできなかったサーバルは。

そこで、ようやく異変に気付く。


「なに、この匂い…」


サーバルの敏感な嗅覚が、何かを捉える。

それは、何故か無性に興味をそそられるような、自分の中の何かが絶対に嗅いではいけないと叫んでいるような、生々しい匂いで。

その正体を考えようとした矢先、サーバルの目に映ったのは、抱きかかえるかばんが背負う鞄の微かな違和感。


「あ、れ…かばんちゃんの鞄…そんな穴、空いてたっけ…?」


大きく膨らんだ、白い厚手の生地の鞄。

サーバルにとっての、宝箱。

その中心に穿たれた、一つの穴。




「――」




むせ返るような、生々しい匂いはどう考えてもここから生まれている。

サーバルは急に震えだした自分の手を無理矢理動かして。

かばんの背中から、恐る恐るその宝箱代わりの鞄を外してやり。




目に飛び込んできた信じられない光景に、完全に思考が停止した。




鞄を外して見えた彼女の背中にも、同様に小さな穴が空いていて。

そこを中心に、ジワジワと。

元から赤いかばんの服を、さらに濃く染め上げていく紅が、広がっていた。




「あ……え……?」




消え入りそうな疑問の声を漏らす、サーバルに抱えられたかばんは、吹き出した脂汗を拭う余力も無いが、それでも。

なんとかして、サーバルの名前を呼ぼうとする。




「サ…けほっ…」




背中が焼けるように熱かった。

それが痛みだと理解するのに、少しだけ時間を要した。

背中を中心に、胸の鼓動に合わせて痛みが全身に広がる感覚。

そのせいで、まともに動けないし話せない。

ただ、どうしても確認したかった。




「――サー…バル、ちゃ…だいじょ…ぶ…?」




鞄を貫き、自分の身体に穴を穿った恐ろしい脅威が、サーバルまで届いていないか、確かめたかった。

――これで、ようやくわかった。

あの拳銃の恐ろしさは、つんざくような轟音でも、瞬間的に吹き出す火花でもなく。

離れた所にいる相手を一瞬にして傷つけ、行動不能にしてしまう、凶悪な攻撃性だったのだと、かばんは身をもって理解した。


「か…かばんちゃ……え…?ど、どうし、て…これ…血が…」


完全に錯乱している様子のサーバルの体に傷はなく。

どうやら拳銃から放たれた何かは、自分の体で止まってくれたようだと知り、かばんは安心する。

背中の鞄に詰め込んでいた旅の思い出達が、その何かの勢いを殺すのを手伝ってくれたらしい。




そこまで確認すると、急激に気が遠くなる。


倒れてしまうとサーバルに不安を与えてしまうから嫌なのに、体は言うことを聞いてくれなくて。


かばんは、理解できない――したくない状況に呆然とするサーバルを巻き込むように、その場に倒れ込んだ。




「…かばん、ちゃん…?かばんちゃん…!?」




サーバルは身を起こしてかばんを呼ぶが、返事はかえってこない。

かばんの身に何が起きたのか、全く理解できなくて。


「ね、ねぇ…ボ――」


つい、救いを求めるようにボスを探そうとし、それが叶わぬことを思い出して、サーバルは凍り付く。

そんな彼女の体に。


黒かばんの触手が音もなく巻き付いた。

サーバルが我に返った時には何もかもが手遅れで、触手はサーバルの腕を上半身ごと拘束し。

倒れて動かないかばんの側から、サーバルを引き剥がす。


「あっ…!!」

『…』


黒かばんは拘束したサーバルを自分の方へと引き寄せながら、もう一本の触手をうねらせると。

俯せで倒れたままのかばんへとその触手を伸ばした。


「――っなにするの!!やめて!!」


悲鳴に近い声で叫ぶサーバルを無視し、黒かばんは触手でかばんの背中の傷に触れた。


「ああぁッ…!!」


かばんの苦痛に歪む表情が、さらに険しさを増す。


「やめて!やめてよ!!かばんちゃんに触らないで!!」


腕の自由を奪われたサーバルは自由な足を懸命に動かし、かばんの元へ戻ろうとする。

しかし黒かばんはそれを許さない。

触手でサーバルの体を引き寄せ続け、サーバルはまるで鎖につながれた獣のように、その場で足踏みをするしかなかった。


『暴れないでヨ、サーバルちゃン。…本当はサーバルちゃんを始末するつもりだったんだけド、予想外の状況になっちゃったネ。さすがにちょっと焦ったヨ。あの子、本当に馬鹿じゃないノ』

「離して…!!かばんちゃん…かばんちゃん…!!」

『まぁでモ、結果オーライっていうのかナ。これはこれで、面白いことになりそうだシ』


その言葉を聞いたサーバルは、体の芯から燃えるような熱がわき上がってくる感覚に襲われた。

その正体は彼女が滅多に覚えたことのない感情。

純粋な、怒りと憎しみ。


「み゛ゃああぁッ!!!」


牙を剥いて黒かばんを振り返るサーバル。

怒りを露わにするサーバルを見ても、彼女は動じなかった。

上半身をぐるぐる巻きにされた彼女がいくら怒りの目を向けたところで、何も変わらないのだから。


『どうしたノ、サーバルちゃン?そんな顔、君には似合わないヨ』

「やめてッ!!かばんちゃんの真似、しないでよ!!」

『ひどいなァ。別に真似してる訳じゃないヨ。同じなんだからしかたないでショ?』

「同じじゃない!!かばんちゃんとあなたは、同じなんかじゃない!!いっしょにしないでよ!!」


きつく瞑った目から涙を散らしながら首を振り、黒かばんの言葉を否定するサーバルに。

黒かばんは紅い目を細め、ほくそ笑んだ。




『…同じだヨ』




もう一度否定しようと、サーバルは目を開いて黒かばんを睨む。


そこでサーバルは大きな変化に気付く。

黒かばんの身体が何故か半透明状に透けていて。

ずっと探していた弱点が。

弱点である大きな石が、黒かばんの左胸と鞄の内部にあるのが目に入った。

セルリアンの様子の変化に疑問を持つよりも先に。






背後の、少し離れた所で、誰かが動く気配を感じ取った。






サーバルはゆっくり、ゆっくりとその気配の正体を確かめるために後ろを振り返る。













視線の先にはかばんが。

先ほどまで大地に倒れ伏していたはずの、かばんが。
















かばんが――その手に握りしめた拳銃をこちらに向けて、立っていた。












「かばん…ちゃん…?」

















次回、最終章「対 ヒト」。






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