対 サーバルキャット③
『………はァ?…なにこレ…?』
――遊園地の奥。
牙のセルリアンに跨がったまま、翼のセルリアンと視界を共有していた黒かばんは、記録用に手にしたノートをぐしゃりと握りしめた。
その顔に浮かぶのは、これまでフレンズ達に向けていたいたずらめいた笑みではなく。
困惑と、嫌悪と、怒りがない交ぜになった様な、黒い感情を剥き出しにした表情で。
『お邪魔虫がついてきたついでに面白い物が見れると思って残りのセルリアン達に囲ませたのニ、なんなのこレ、ねェ…』
八つ当たりをするかのように、黒かばんは文句を垂れながらへしゃげたノートで牙のセルリアンの頭を何度も叩く。
セルリアンは何も言わずに黙ってそれを受ける。
黒かばんは苛立ちが収まらぬ様子で、額に手を当てて歯を軋ませた。
『なんで襲わなイ?――本来の本能よりもフレンズとしての意志が強かっタ…?ヒトと深く関わる内に理性が強化されタ…?本能的に襲ってはいけないと判断しタ…?――はァ…どの説も馬鹿馬鹿しくて話にならないナ…』
黒かばんは曇った空を見上げ、すぅ、と息を吸う。
(サンドスター・ロウは大気中に拡散する速度が速イ…。この特性があるから島中にサンドスター・ロウを行き渡らせるのは容易だっタ…。だけどその分、供給が断たれた今この遊園地のサンドスター・ロウの濃度は急激に薄れていル)
『思った以上に拡散速度が速いネ…。かなりサンドスター・ロウの量が減ってるヨ。…だから覚醒が中途半端になっちゃったのかナ…?』
まあなんだっていいや、と黒かばんはノートをポイッと上に投げて触手で咥える。
『いずれにせよあの子を食い殺されちゃ困るかラ、死なない程度の所で止めるつもりだったシ。予定通リ、あの子の教育を進めよウ』
触手ごと鞄にノートをしまい込んで、先ほど乱暴に叩いていたセルリアンの頭を優しく撫でながら。
黒かばんは歯を剥いて、ほくそ笑んだ。
『――ヒトに飼い慣らされて野生を忘れた愚かな猫にハ、もう用はないヨ…』
…
「ルルル…」
『…』
しばらく座っておとなしくしていたサーバルは、上空に漂ったままのセルリアンを見上げ、牽制するかのようにウロウロと歩き回り始めた。
翼のセルリアンは襲撃してくる様子もなく、ただぷかぷかと浮いている。
「…っ」
頬を濡らした涙をグローブで拭いながら、かばんは背中から鞄を下ろし、救急箱を取り出した。
救急箱を除けた下からは、ぱんぱんに詰まった旅の思い出たちが顔を出す。
旅に使えると思って自分で入れた物、行く先々で出会ったフレンズ達にもらった物、大事に残しておきたいからと言ってサーバルが入れた物――そんな思い出の品の数々を眺め、かばんは表情を引き締めた。
――やっぱり、こんな所で終わるわけにはいかない。
まだサーバルとお話しすることも、一緒に行きたいところも、たくさん残っている。
諦めるな。怖がるな。どんなことが待ち構えていようとも。
パークを取り戻すために、できることをするんだ。
自分の存在について悩むのは――そのあとでいくらでも悩めば良い。
「…ん」
かばんは包帯を手にとって少し考えた後、端を口に咥えて腕に巻き付けていった。
自分を手当てする方法は本で学んでいなかったが、とにかく傷を防ぐことができればそれで良い。
すっかり手当てに慣れてしまっている自分に嫌気がさしながらも、独自の方法で傷を保護していく。
(サーバルちゃんに爪で刺されてから結構経ったけど、体調に変化はない…。オオカミさんやジャガーさんは怪我をしてから暴走までの時間があんなに短かったのに…)
鞄の中を漁り、包帯を切れそうな道具を探す。
以前サーバルがどこかで拾ってきて鞄の中に突っ込んでいた透明な何かの破片が、断面が鋭く尖っていて使えそうだった。
(ボクがヒトだから…?でも、ボクだってフレンズなんだからサンドスターの影響は受けるはずだし――傷の治りも遅かったから、サンドスター・ロウ自体が減ってきてる…?だからサーバルちゃんも、完全に暴走しなかった…?)
透明な破片を使って半ば千切る様に包帯を裂き、手当てを終えたかばんは小さく息をついてサーバルに視線をやった。
相変わらずセルリアンを見上げたまま忙しなくウロウロしている彼女は、時折身をかがめて獲物との距離を測る様に耳をぴくぴくと動かしていて。
(――よくわからないけど…わからないことを考えていても時間が勿体ない。とにかく、サーバルちゃんを元に戻さなきゃ…)
地面に転がったままになっていたお守り石を拾い上げる。
脳裏に蘇るのは、これまでこの石を使って治療してきた暴走したフレンズ達の姿。
暴走の治療には苦痛が伴う。
今は自分に対して敵意を抱いていないサーバルも、あんな苦痛を与えられたらさすがにおとなしくはしていないだろう。
さすがに全力で暴れるサーバルを押さえつける力は、自分にはない。
それどころか、外敵と判断されてしまったら終わりだ。
(どうしよう…)
悩んで思考を巡らせるかばん。
その時、サーバルがふいに耳を震わせてこちらを向いたかと思うと。
「フウウウーッ…!」
と、耳を寝かせて威嚇の声をあげた。
驚いたかばんは顔をあげ、彼女の目は自分ではなく、さらにその後方を睨んでいることに気付く。
その視線を追って振り返ったかばんは、ピョコピョコと飛び跳ねて近付いてくる小さな青たちを見つけた。
「――!ラッキーさん!」
『カバン、ヨカッタ。無事ダッタンダネ』
心なしか興奮した様に声を高めるボスと、彼の後を慌ててついてくるラッキービースト達。
近付いてくる小さな群れを警戒する様に、サーバルは尻尾を逆立てて耳を寝かせたまま、頭上のセルリアンとラッキービースト達を交互に見やった。
まるで、どちらが自分にとって害のある存在かを伺っているように。
その様子を見て、かばんはボス達に手を向けて接近を制する。
「あっ!ス、ストップしてください、ラッキーさん!ボクがそっちに行きますから…」
『…?ワカッタヨ』
動きを止めて体を傾けるボスに歩み寄り、現状を説明し始めるかばん。
サーバルはその様子をじっと眺めた後、光を放つ瞳をまたも上空へと向け、セルリアンを牽制し始めた。
…
『……状況ハ把握シタヨ。確カニ、コノエリアノサンドスター・ロウ濃度ハ、ゲート前デアノ黒セルリアンニ接触シタ時ト比ベテダイブ低クナッテイルヨ』
「やっぱりそうなんですね…」
少しの負傷が命取りの状況だった突入時と比べたら、ほんの少しだけ心に余裕が持てる。
サーバルの様子が気がかりで、ちらちらと横目で彼女を確認するかばんを、ボスが呼びかけた。
『――カバン』
「…はい?」
『サーバルトノ対立ハ辛カッタヨネ。君ハ一人デ良ク頑張ッタヨ』
ちょっとした労いの言葉が、張り詰めていた心を緩ませる。
それに相まって元々緩んでいた涙腺からまたも涙が溢れそうになるが、かばんはなんとかそれを抑え込んだ。
「――サーバルちゃんが、助けてくれたんです…。ボクは何もできていません。…だから少しでも早く、元のサーバルちゃんに戻してあげたい。お礼が言いたい」
『今ノサーバルナラ、上手クイケバ安全ニ治療デキルカモシレナイ』
ボスからの思わぬ助け船に、かばんは声を上げて驚いた。
「えっ…!?それ、どういうことですか…!?」
ボスは、かばんと同じくこちらの様子を気にする様にちらちらと目を向けてくるサーバルを見つめて尻尾を揺らした。
『サーバルガ本当ニ君ニ害ヲ与エズ、アル程度大人シク従ッテクレルヨウナラ、救急箱ニ入ッテイル、フレンズノ処置用鎮静剤ガ使エルヨ』
「ちんせい、ざい…?」
聞き慣れない言葉に首をかしげるかばんに、ボスは説明を続ける。
『救急箱ノ中ニ、丸クテ細長イ容器ガナイカナ』
ボスの指示通り、かばんは目的の物を見つけ出す。
言われるがままに容器をあけると、中から片手で握れる様な棒状の道具が出てきた。
どうやらその中には液体が入っている様だ。
『ソレハペン型注射器ダヨ。中ノ液体ヲフレンズニ与エルコトデ、ホボ眠ッタ様ナ状態ニスルコトガデキルンダ。昔パークスタッフガ、大キナ怪我ヤ病気ヲシタフレンズヲ治療スル時ニ使ッテイタンダヨ。保存状態ガ良イカラ、マダ使エルハズダヨ』
「そうなんですか…。でもこれ、使い方がわかりません」
『サーバルノ体ニ刺スダケダヨ』
「刺…!?」
とんでもないことをあっさりと言ってのけたボスに、かばんは思わず耳を疑う。
『刺スト言ッテモ怪我ニ繋ガルヨウナ危険物ジャナイヨ。コレマデノフレンズ達ミタイニ暴レル相手ニ使ウノハ危険ダケド、落チ着イテイル相手ナラ、場所サエ間違エナカッタラ大丈夫。刺シ方ト場所ハボクガ指示スルネ』
「う…は、はい…」
恐ろしい物を任せられてしまったが、これにすがる他方法がない。
サーバルの負担を軽減できるなら、安全に治療が進められるなら、やるしかなかった。
…
『鎮静剤ヲ打ッテサーバルヲ眠ラセタトコロヲ、アノセルリアンニ狙ワレルノダケハ回避シナクチャイケナイネ』
というボスの助言に、かばんは他のラッキービースト達が見つけてくれた建物の中で治療を進めることに決めた。
相変わらず翼のセルリアンは自分たちをじっと見下ろしてくるだけで、何もしてこないのが返って不気味だった。
その不可解な行動から、かばんはあのセルリアンを通して黒い自分はこちらの様子を眺めているのではないかと推測するも、それを確かめる術もなければ、だからといって何か手を打てるわけでもない。
手の打ちようがない相手は放置し、とにかく今できることをする。
「――サーバルちゃん」
意を決して名前を呼ぶと、サーバルはセルリアンに向けていた光る瞳でかばんを捉え、黙ったままじっと見つめてきた。
「えっと…おいで…?」
何と声をかければ良いのかわからず、かばんは迷いつつも軽く手招きして建物に向かって歩き出す。
ついてきてくれるか不安だったが、それは杞憂だったようだ。
一体何を想っているのかはわからないままだが、サーバルは歩き出したかばんをしばらく眺めていたものの、かばんの後を追ってゆっくりと歩き始めた。
おまけで動き出してついてくる翼のセルリアンを忌々しく思いつつ、かばんは建物の扉を開けた。
建物の中は休憩スペースだったのか、机やら椅子やらが倒れて転がったままになっている。
かばんが扉を開けたままにしていると、サーバルが恐る恐るといった様子で中に入ってきた。
そばにいるかばんを一瞥し、建物の中を見渡したかと思うと、素早く駆けて大きなソファの上に飛び乗った。
かばんも扉を閉め、入り口から離れる。
『キイイィイ…』
建物の外からセルリアンの鳴き声が聞こえてくるも、当たり前だが開けるわけがない。
入り口を壊して強引に突入されないかと身構えたが、それほどの力はないのか、それとも狭い建物内には入りたくなかったのか。
セルリアンは建物の中には入っては来ず、壁に空いた穴や割れ目から大きな目でこちらを覗き見し、触手を伸ばしてきた。
かばんはその触手が届かないところまで充分に離れると、一つ息をついてボスを見下ろした。
「…とりあえずはこれで、邪魔はされないかと…」
『ソノヨウダネ。ジャア、早クサーバルノ治療ヲ始メヨウカ』
ボスに促され、かばんは手にした鎮静剤とお守り石を確かめる様に握りしめ、サーバルを振り返る。
その彼女はソファの上に腰を下ろし、戦闘で乱れた毛皮や傷ついた素肌を、まるで毛繕いするかのように小さな舌で舐めていて。
「…」
かばんはそんなサーバルを刺激しないよう、静かに、静かに歩み寄っていく。
「…ルルル…」
サーバルは少し動きを止めて、近付いてくるかばんをちらりと横目で見たものの、特に気にすることもなく毛繕いを再開する。
かばんは思わず息と共に小さな笑いを漏らし、サーバルのすぐ側に腰を下ろした。
…相手は一応野生暴走中の身だというのに、よくここまで無防備に近づけるなと自分でも思う。
それでも、自分に敵意はないことを改めて彼女に伝えたくて。
毛繕いに夢中になっているサーバルの乱れた髪を、手ぐしで柔らかく整えてやった。
一瞬ビクッと身を震わせたサーバルだったが、その撫でる手が心地よいのか、野生を灯したままの目を薄く細めて喉を鳴らす。
「サーバルちゃん、ぼろぼろだね…。ごめんね、ボクのためにここまでしてくれて…」
乱れた毛皮を軽く直し、かばんは優しくサーバルの体を腕で包み込んだ。
抱きしめられてもサーバルは嫌がることも暴れることもせず、かばんの腕の中で大人しく動きを止めていて。
――かばんはそっと、ボスに教えてもらった通りに、サーバルの腕にペン型注射器をあてがった。
「…ごめんね…ちょっとだけ、我慢してね…」
ぽつり、と小さく謝って。
かばんは一気にその注射器を、サーバルの腕に押しつけた。
カチッと音がして、飛び出した細い針が皮膚を突き刺す。
「ミッ…!!」
短く甲高い悲鳴を上げて、サーバルの体が強ばった。
その体を抱くかばんの腕に、力がこもる。
注射器の中の液体は、あっという間に減っていき。
「ミ゛ャウッ!」
さすがに驚いて暴れたサーバルにかばんは振りほどかれてしまったが、その時にはすで注射器は空っぽだった。
床に投げ出されて呻くかばんを、サーバルはフーッと呼吸を荒げて睨んでいたが。
すぐに。
「…ッ…ァ…?」
膝から力がストンと抜け、サーバルはその場に崩れ落ちた。
思うように動かない体に困惑の表情を浮かべていた彼女は、そのままばたりと床に倒れ、全く動かなくなってしまった。
「サッ…サーバルちゃん…!!」
その恐ろしい程のサーバルの変化に、とんでもないことをしてしまったのではないかとかばんは慌てて彼女に駆け寄ったが。
穏やかに寝息を立てて眠るその姿を近くで確認し、震える息を吐きながら胸をなで下ろした。
『上手ダヨ、カバン。サァ、今ノウチニ』
「は…はい…」
上手くいって嬉しいような、衝撃的な光景を目にして落ち着かないような。
気持ちの整理もうまくつけられぬまま、かばんは手にしたお守り石をぐっすり眠っているサーバルの体に押し当て、治療を始めた。
…
「ハァ…ハァ…、か…体が重いですわ…」
少し前までは破竹の勢いでセルリアンを蹴散らしていたが、完全にスタミナ切れで動けなくなってしまったシロサイ。
角を地面に突き立て、それにすがるようにしてなんとか立っているだけの彼女に。
大きなセルリアンが、迫る。
『ギイイイイィ!』
腕を振り上げて咆吼をあげる。
が、刹那。
ぼむ、とこもった爆裂音がして、色とりどりの煙幕がシロサイとセルリアンの間に広がった。
『ギッ…!?』
目をくらまし、怯むセルリアンを尻目に、シロサイと共にその場から逃げ出したのは、彼女の側に姿を消して駆けつけたカメレオンだった。
「ま、間に合った…。煙幕の術がうまくいってよかったでござる…」
「ありがとう、カメレオン…」
「ダメでござるよ。ヘラジカ様も、消耗しすぎるなと言ってたでござる。無理は禁物でござる。アルパカにじゃぱりまんと水をもらってくるでござるよ」
カメレオンに促され、戦線から一時離脱するシロサイを横目で眺めながら、ライオンが呻く。
「セルリアンもだいぶ削れたけどまだまだだし…こっちは疲れも目立ち始めたねぇ…。ここが正念場って感じかな…。ヘラジカ、まだいけるよな?」
側にいたヘラジカに振り返って声をかける。
その彼女は無言で角を振り回し、セルリアンの群れをなぎ倒していて。
その迫力に、うひゃー…とライオンが感嘆の声を漏らした。
その時。
「――…!?」
その角が、いきなり自分目がけて薙がれ、ライオンは反射的に飛び退いてそれを避けた。
「なにすんのさヘラジカ!!」
思わず怒鳴ったライオンは、乱れた髪の間から覗いたヘラジカの瞳を見て、息を呑む。
荒く呼吸するヘラジカの瞳は、野生解放の力強い煌めきとは異なった、危うい光を鈍く宿していて。
ライオンの怒鳴り声に、彼女は我に返ったかのようにハッとした。
「あっ…?す、すまない…!私は――」
「…怪我してるのに無茶しすぎなんだよ…。それで傷ふさいでてもサンドスター・ロウを完全に防げる訳じゃないって博士も言ってただろ…?」
あくまでも冷静に、ライオンはヘラジカに語りかける。
肩の傷を包帯越しに押さえたヘラジカは二、三度頭を振るって、すまない、と再び謝った。
「…カワウソに少し治療してもらう。ここは任せたぞ」
「…あぁ」
進路を塞いでくるセルリアンを角で貫き、カワウソの元へと向かうヘラジカを眺めながら、ライオンは苦い笑みを浮かべた。
「やー…これは結構厳しいねぇ…。こんなとこにフレンズ集められちゃ、どうしようもないぞ…」
…
壁の穴から入り込んでニョロニョロと蠢く触手を、ラッキービースト達が見張るように囲んでいる。
その様子をぼんやりと眺めていたかばんは、側で眠り続けるサーバルに目を落とした。
鎮静剤の効果は覿面で、眠りこけるサーバルは石を押し当てられている最中も時折苦しげに呻いたものの、他のフレンズ達のように暴れ、取り乱すことはなかった。
石が発する青白い光が収まったのを見て、サンドスター・ロウの吸収が終わったと判断する。
あとは、彼女が目を覚ましてくれるのを待つだけだ。
「…」
閉じられた瞼の奥の瞳が、狂気に満ちたあの光を宿していないことを願う。
かばんは小さく声を漏らして身じろぐサーバルの髪を、先ほどと同じように撫でてやった。
その時。
コトッ
ふいに、側で小さな物音がした。
かばんは目を走らせ、その音の発生源を探す。
そして――見つけた。
「あっ…!?」
今しがた使い終わったばかりの、お守り石。それが、独りでに、震えている。
治療に必死で気付かなかったが、その石の色は真っ黒に染まっていて。
かばんはすぐに理解した。
――サンドスター・ロウを、喰わせすぎたのだと。
石から腕が生え、脚が生え、ボコッボコッと黒い不気味な物体が溢れ出し、体を形成する。
かばんは咄嗟に鞄の中から戦いごっこに用いた巻物を取り出して、それで石をたたきつぶそうとした。
しかし。
ガシッと、できあがったばかりの腕が巻物を掴んで攻撃を防いだ。
大きな瞳がぼこり、と表面にできあがる。
その瞳は、自分を見つめた後――
眠ったままのサーバルの姿を、捉える。
『ギ…ギィ…』
生まれたばかりのセルリアンは、ぎこちなく体を引きずりながら、そんな状態でも安易に襲えそうなサーバルに狙いを定めて動き始めた。
「だ、だめ…!サーバルちゃん…!!」
再度巻物を振り上げるが、セルリアンは腕で完全に石を守っていて。
あの腕ごと石を破壊するような武器も力も、自分は持っていなくて。
ずるり、ずるりとサーバルへと近付いていくセルリアンの動きを止めるために、かばんは必死に考えを巡らせた。
そして、一つの記憶を呼び戻す。
図書館で見た、ミライの記録。
「――っ!」
鞄から急いで取り出したのは、マッチ。
かばんはそれを使い、手にした巻物の先に火をつけた。
――助手と対峙したときにも効果を発揮した、松明だ。
『ギ……』
サーバルを捉えていた瞳が、ぬるりと松明に向いて、まるで見とれているかのように釘付けになる。
――黒いセルリアンは明るいものに反応する。黒かばんとほぼ一体化している彼らは、その習性もしっかりと受け継いでいるようだった。
「よし…そのまま…そのままこっちへ――」
かばんはそのセルリアンを誘導するように、松明でおびき寄せつつ歩き出す。
セルリアンはぼーっと松明の明かりに導かれるようについてきた。
このままどこに連れて行くか――かばんは辺りを見回して、セルリアンを追い出せそうな所を探す。
そんな時だった。
パキッ ボンッ
何かが割れる音と、爆ぜる音が背後から聞こえ。
かばんは、へ?と間抜けな声を漏らして振り返った。
自分が誘導していたはずの小さなセルリアンは四角い破片となり、キラキラと輝きながら空気に消えていく。
そのセルリアンを退治した彼女は――サーバルは。
石を砕いた爪をしまいながら、困ったように微笑んだ。
「――かばんちゃん、その火…もう消していいよ?かばんちゃんに近付きたいのに、それじゃ近づけないや」
火を怖がってちょっと耳を寝かせて笑うサーバルは。
間違いなく自分が大好きな、いつもの彼女で。
「――…っサーバルちゃん…!」
かばんは松明を放り捨てて、脇目も振らずサーバルに駆け寄り、彼女を思いっきり抱きしめたのだった――
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