対 火山④
場所と時は移り、みずべちほー近辺。
「…ねぇねぇ、ほんとにマーゲイ置いてけぼりにしてよかったのかなぁ…?」
林の中を進みながら、心配そうにぽつりと呟くのは、フルル。
「こうする以外方法がないよ…。逆にあそこから出しちゃうと、他のフレンズと傷つけ合うことになるかもしれないんだ」
足早に歩を進めるコウテイが、強ばった表情で周りを伺いつつ返事を返した。
ショーステージの控え小屋の中で身を潜めていたPPPの五人も、パーク内のラッキービースト達に一斉通信されたかばんの話を、みずべちほー管轄のラッキービーストを通じて聞き、ようやくパークに起きた異変の全貌を理解した。
戦いを得意としないフレンズは身の安全に徹してほしい。
かばんは通信の中でそう話してはいたものの。
PPPの皆は誰一人、小屋の中に閉じこもる選択を取らなかった。
――友だちを、パークを守るのも、アイドルの仕事。
全員がそんな強い想いを胸に抱いていた。
故に彼女たちも遊園地を目指し、行動を開始したのだ。
得意の泳ぎを活かし、可能な限り水中を移動できるルートをラッキービーストに案内してもらう。
しかしながら当然、水辺を離れて陸地を進まねばならぬ時もあり。
今まさに、その陸地を進んでいる状況であった。
「コウテイ、思いっきり顔が引きつってるぜ。もうちょっと落ち着けよ」
怯えを滲ませるコウテイの様子を茶化してみせるイワビーもまた、言葉とは裏腹に上手く笑えていない。
なぜなら陸地は、【自分たちのせいで】危険な状況なのだから。
「はぁ…はぁ…」
「ジェーン、大丈夫…?」
「はい…まだちょっとドキドキしてますけど…平気です」
呼吸を整えるジェーンに、プリンセスは気遣う声をかける。
水中を泳いで進んでいた際、陸地を彷徨う暴走したフレンズ達を何人も発見した。
そのほとんどが見覚えのあるフレンズ達――自分たちのファンばかりだった。
本来行う予定だったPPPライブを見ようと各地から足を運んでくれていた最中に、嵐に巻き込まれてしまったのだろう。
自分たちの存在に気付いたブラックジャガーが、サンドスター・ロウを溢れさせながら牙を剥き、水に飛び込んできたときは肝を冷やした。
その時は、PPPの中でも飛び抜けて泳ぎが速いジェーンが咄嗟の判断で囮役を買って出て、全員が無事避難するまでブラックジャガーの周りを飛ぶように泳ぎ回り、攪乱することに成功したが…。
想像していた以上に、今のパークは最悪の状態だった。
大事なファン達を巻き込んでしまった悲しみはもちろん、いつどこでどんなフレンズに鉢合わせるかわからない緊張感が五人を包んでいた。
その時だった。
「――…!!危ない!!」
自分たちの後方の茂みが揺れ動いたことにいち早く察したプリンセスが、声高に叫んだ。
反射的に散るようにばらけたPPP達が、一瞬前まで立っていた場所に飛び出したのは、ピューマだった。
跳躍からの爪の一撃は誰も捉えることなく地面を打ち付け、その衝撃に大地がひび割れる。
それを見たジェーンが喉の奥で悲鳴を飲み込むのを聞きながら、コウテイは震える足をなんとか動かし、体勢を整えた。
「い、いつの間に、こんな近くまで…!全然気付かなかった…!!」
暴走する瞳でばらけた五人を見渡すピューマは、低い姿勢を保って唸り声を上げる。
獲物に悟られることなく忍び寄り、飛びかかって仕留める狩りを得意とするピューマは、瞬発力も一撃の力も優れている。
つまり、この状況で彼女から無傷で逃げ切ることは、不可能に近い。
「最悪だ…」
ここまで接近を許してしまった自分たちの甘さを悔いるもどうしようがない。
むしろプリンセスが襲撃にギリギリ気付いてくれたのが奇跡だ。
イワビーは背後に居るフルルを庇うように身構えながら、呻くように呟いた。
「ど、どうする…!?」
「どーするもこーするも、こんなとこでビビってたらパークを救う手伝いなんてできっこねーよ…!やるしかねーじゃんか…!」
軽いパニック状態に陥っているコウテイに対し、血気盛んなイワビーは交戦の姿勢をとる。
「でも、普通に戦っても勝ってこないわよ!何か作戦を――」
強敵に対抗するために、プリンセスは五人の統率を取ろうとしたものの。
「ニ゙ャアゥウウ!」
悠長に会話をする時間など、狩人のピューマが与えてくれるはずがない。
鋭い鳴き声を上げ、ぎらつく瞳がプリンセスに狙いを定めた。
「あ――」
「は、走れ!プリンセス!!」
凍り付きかけた身体を、コウテイの叫びがつき動かした。
がむしゃらに踵を返して走り出すプリンセス。
「ニャウ゛ッ!」
その背中を捉えんと、ピューマも土を蹴り上げて駆け出した。
「チクショー!」
後を追うPPPのメンバー達。
しかし本来ペンギンは走ることはそれほど得意ではない動物。
どうしても追いかけるメンバー達とピューマの間は離れ。
プリンセスとピューマの差は縮まっていく。
「ナァアゥッ!!」
ピューマはグッと足を折ると、一気に跳躍してプリンセスに躍りかかった。
「プリンセスさん!」
ジェーンの呼び声が、遠くに聞こえる。
動物だった頃のただのロイヤルペンギンなら、ここでなすすべなく食らいつかれて終わっているだろう。
でも今の自分は、ただのペンギンじゃない。
――フレンズの、ペンギンアイドルユニットの、プリンセスだ。
「…っ!」
ぐっと軸足に体重を乗せ、華麗にターン。
ダンスの要領を活かし、急角度に進行方向を変えたプリンセスを捉え損なったピューマの一撃はまたも宙を空振り、体勢を崩した彼女は勢いを殺しきれずに大地を転がった。
「プリンセス、すごーい…!」
走るフルルが暢気な感嘆の言葉を溢した刹那。
「こっちッス!そのままこっちに走るッスよ!」
そんな声が。
逃げるプリンセスの前方から、そんな声と共に草むらから一人のフレンズが飛び出した。
プリンセスはわらにもすがる思いで、足を止めずに懸命に彼女に向かって走る。
起き上がったピューマが、しつこくその後を追う。
「あ、あわわ…!」
鬼気迫るピューマの迫力に、飛び出したフレンズはあからさまに怯えている。
頼ってしまって良かったのかわからないがもう後には引き返せない。
プリンセスは言われたとおり、彼女の方へ一直線に駆け。
差し出された腕を、しっかりと握った。
「ニ゛ャアアッ!!」
ピューマが強襲する。
プリンセスの腕を引き寄せ、抱き留めた茶色い毛皮のフレンズは、転がるように横へと跳び、その一撃を避けた。
先ほどの反省を活かし、避けられてもすぐ追撃ができるよう空中で体勢を整えたピューマは、着地して振り返ろうとする。
瞬間、彼女の足下の大地がボコッと陥没し、大きな口を開いた。
「ナゥッ!?」
驚愕の表情を浮かべるピューマが、大量の枝や木の葉と共に大地に空いた穴へと吸い込まれる。
「はっ!?」
突然姿を消したピューマに、驚きを隠せないPPP達。
「今でありますよ!」
どこからかそんな声が響き、何が起きたのか理解に遅れるプリンセスの横で、茶色のフレンズが木を格子状にがっちりと組み上げたものを持ち上げると、急いでそれを穴の上に被せた。
「ぃよいしょお!」
穴に蓋をした木の格子の上に、茂みから飛び出したもう一人のフレンズが大きな岩を置く。重しのつもりだろうか。
ブルブルと頭を振るい、自分が落とし穴の中に閉じ込められてしまったことに気付いたピューマは、唸り声をあげて跳躍するも、穴は思った以上に深くできていて蓋までは届かない。
土の壁に手をかけて登ろうにも、ボロボロと崩れてしまい、なすすべがない。
ピューマは諦めたように穴の中に座り込むと、情けない声を上げた。
「生き埋め作戦、またまた成功であります!」
「…あの、もうちょっと作戦名どうにかならないッスかねぇ…。なんか物騒な感じがするッスよ…」
腕を組んで自信に満ちた笑顔を浮かべるフレンズと、なんとも言えない表情を浮かべるフレンズ。
二人のコンビネーションのおかげで、PPP達は無事ピューマの襲撃から逃れることができたのだ。
「あ、ありがとう…助かったわ…」
「プリンセス!無事で良かった…!」
「プリンセスを助けてくれてありがとー」
へたりこむプリンセスに駆け寄るメンバー達。
「でへへーなんのなんの…って!PPPの皆さんでありますか!?うおー!なんたる奇遇!自己紹介をさせてほしいであります!」
自分たちが助けたのがPPPだと気付いた彼女は、手を身体の前で垂らした独特の姿勢で立って、ハキハキと喋り始めた。
「私は、オグロプレーリードッグであります!こっちはアメリカビーバー殿であります!我々、みずべちほーで行われる予定だったPPPライブを見にいこうとしていたのでありますよ!」
「プ、プレーリーさん、こんな所で話し込んでて大丈夫ッスかね…?他のフレンズさんが襲ってきたり、ピューマさんが飛び出してきたりしないッスか…?不安ッス…」
「おぉ、そうでありますな。…とりあえず続きは移動しながらにするであります。ボス、落とし穴の中にじゃぱりまんを何個か落としておいてほしいであります」
『マカセテ』
プレーリーの言葉に反応し、茂みからひょこひょこと現れたのは、じゃぱりまんの入ったカゴを頭上に乗せたラッキービースト。
そのカゴをラッキービーストは落とし穴の格子の上で傾け、隙間からじゃぱりまんを穴の中に落下させた。
振ってきたじゃぱりまんの匂いをふんふんと嗅いだ後、ピューマは格子状の空を見上げてフーッと鳴く。
「狭いところに閉じ込めて申し訳ないでありますが、しばらくそこでおとなしくしててほしいであります。お腹がすいたらそれを食べて凌ぐでありますよ。…許してほしいであります。これしか手段がないのであります…」
格子の隙間からピューマを見下ろし、プレーリーは弱々しく呟いた後その場を離れた。
…
プレーリーとビーバーの二人は、遠く離れたこはんちほーからかねてより楽しみにしていたPPPライブを見るためにみずべちほーへと向かう途中、黒い嵐に巻き込まれたそうで。
「心配性なビーバー殿が、こはんちほーのお家から離れて大丈夫だろうかとか、セルリアンに襲われたりしないだろうかとか言うので、私は時折高台に登っては周囲の安全確認をしていたでありますよ。そういうの得意なので」
「プレーリーさんには迷惑をかけたッス…」
「全然へーきでありますよ!むしろその安全確認をしていたおかげで、いち早くあの嵐の接近に気付けたであります」
嵐に巻き込まれる直前、ビーバーはプレーリーと共に近場の川へと飛び込んで難を逃れた。
潜水が得意なビーバーは嵐が過ぎ去るまで潜り続けることなど朝飯前だったのだが、一つ大事なことを見落としていて…。
「いやー嵐に巻き込まれなくてよかったものの…あの時は息が続かなくて、おぼれ死ぬかと思ったでありますよ」
「何も考えずに川に飛び込んだッスけど、プレーリーさんは潜るのそんなに得意じゃないッスからね…。申し訳なかったッス」
「じゃあ一体どうやって潜り続けたのー?」
フルルの素朴な疑問に、他のメンバーも頷く。
何故か目を泳がせて、ビーバーは歯切れの悪い声をだす。
「えっと…それはっすね、その…」
「息苦しそうにしていた私に気付いたビーバー殿が、水中でご挨拶をしてくれたので助かったでありますよ!!」
ビーバーの言葉を吹き飛ばし、とびきりの笑顔で割って入ったプレーリー。
その言葉の意味がわからずポカンとするPPP達と、またも何故か固まっているビーバー。
「ご…ご挨拶…?」
「ハッ!?しまった…自己紹介はさせていただいたでありますが、大変失礼なことにご挨拶を忘れていたであります…!!」
非常に深刻な表情を浮かべるプレーリーの肩に手を置き、ビーバーは彼女を何故か制した。
「プ、プレーリーさん…!ご挨拶も大事ッスけど、今はパークの一大事が最優先ッスよ。時間を大事に使うッス」
「そ、そうでありますか…。うぅむ…では、PPPの皆さんとのご挨拶は騒動の解決後に改めて丁寧にさせていただきたいであります」
「はぁ…」
曖昧な返事を返してビーバーを見たプリンセスに、彼女は何も言わずただ苦笑いを向けるのだった。
――ビーバーたちの話によると、嵐をやり過ごした後移動を続けていると、突然鳥のフレンズ達に上空から襲われたらしく。
辛うじて逃げ切ったものの何が起こっているのかわからぬまま夜を迎え、プレーリーが掘った巣穴の中で一晩を過ごしたそうだ。
その後出会ったラッキービーストから通信を聞き、事態を把握した彼女たちも、遊園地を目指して来た道を引き返していたそうだが。
「何人かの暴走したフレンズさんを目にしたとき、ふと思ったッス。彼女たちをこのままにしておくと、暴走したフレンズさん同士で争いが始まってしまうんじゃないかって」
「この辺はフレンズがたくさん集まってきていたので、鉢合わせる可能性が高いと思ったのでありますよ。それで我々話し合って、あの作戦を思いついたのであります」
「…生き埋め作戦…」
ぽつりと呟いたジェーンに、プレーリーは大きく頷いた。
「暴走したフレンズを見つけ次第、ビーバー殿に落とし穴を掘る場所と大きさ、形などを考えてもらって、私が準備をしたのであります。あとはどちらかが囮になって落とし穴にはめ、上から蓋をしてやるだけであります」
「えっと…そうやって、大勢のフレンズさんを捕獲することに成功したッス。ピューマさんも捕まえようと準備を進めていたッスけど、その合間に皆さんを見つけてしまって、襲いかかってしまったッスよ…」
つまりビーバーとプレーリーは、暴走する危険なフレンズ達を、たった二人だけで力を合わせて捕獲し続けていたのだ。
ごくり、と唾を飲み込み、イワビーは感嘆の声をもらした。
「すげぇ…」
「でもその分時間がかかっちゃって、なかなか遊園地に向けて進めないッス…。それに、おれっち達がやってることは結構手荒な作戦ッス…。フレンズさん達に申し訳ないッスね…」
「暴走したフレンズ達がじゃぱりまんをおとなしく食べてくれるとは限らないであります。みんなが弱ってしまう前にはやく騒動を解決させて、穴から出してあげないと大変であります」
悲しげな表情を浮かべる二人に、コウテイは小さく首を振った。
「でも、こうして二人がみんなを隔離しなかったら、もっと傷つけ合うことになってたかもしれない」
「そうですね…。私達のように暴走していないフレンズは、逃げて戦いを避けることができます。でも、お互い暴走しているフレンズ同士出会ってしまったら、どちらかが倒れるまで戦い続けることもあるかもしれません…」
ジェーンの言う最悪の事態を少しでも回避するために。
プレーリーとビーバーは迷いを捨て、お互いの顔を見合わせた。
「それだけは阻止してみせるでありますよ!セルリアンの好きにはさせないであります!」
「お、おれっちも…この先どうなっていくのか不安ッスけど…やれることは全力でやるッス!」
強い意思を見せる二人の姿に、PPP達も思わず胸の奥が突き動かされる。
そんな決意新たに気合いを入れる二人の前でがさがさと草むらが揺れ。
真っ黒なセルリアンの群れが、爪を剥き出しにして飛び出した。
「ってギャー!噂をしたら飛び出してきたでありますよ!噂はするもんじゃないでありますね!」
「さ、さすがに今から落とし穴の準備はできないッスよ!」
「――…二人が頑張ってるとこ見せられちゃったし、私達も負けてられないわよね?」
うろたえるプレーリー達を尻目に、プリンセスはPPPの仲間達を振り返る。
皆、力強い笑みを浮かべしっかりと頷いた。
「アイドルは歌って踊れるだけじゃなくて、強くなくっちゃいけませんから!」
「PPP秘伝のペンギンチョップを食らわせてやろうぜ!」
「えへへーなんかアイドルっていうか、ヒーロー戦隊みたいだねー」
「フルル、そんなのどこで知ったんだ…?」
プレーリーとビーバーを守るようにして、セルリアン達の前に立ちふさがった五人は、フリッパーを構えながらいつものように掛け合う。
不安や恐れは感じない。五人の心が一つになった今、セルリアンなんかに負ける気はしなかった。
「みんな、行くわよ!」
「オーッ!!」
プリンセスのかけ声を合図に、PPP達はセルリアンの攻撃を上手く避けながら腕を振るい、フリッパーの一撃を石へと叩きつけていく。
「やー…さすが五人も息ぴったりであります」
「おれっちたちの出る幕、なさそうッスね…」
まるで踊っているかのような鮮やかな戦いぶりに、プレーリーとビーバーはただただ見とれるしかなかった。
…
そして現在。サンドスターの山の頂では。
「――始めるぞ」
ヒグマの熊手に包帯を使って四神像の一つを結びつけたアライグマは、彼女の確かめるような声にこくりと頷いた。
無事最後の四神像も見つけ終えたアライグマたちは、ボス2号の指示する場所に像を奉ろうとした。
が、言われた場所に置いてもうんともすんとも、何の変化も見せない山の様子に、アライグマたちは最初かなり戸惑った。
『アライグマ、高サガ足リナイヨ』
2号の助言を元に、フェネックがヒグマの熊手に像を取り付けて高く掲げる案を出した。
言われたとおり、アライグマは熊手に像をしっかりと固定し。
そして、ヒグマがその像を高く、高く掲げてみせた。と。
キイィン…と甲高い音を鳴り響かせ、四神像に刻まれた紋様が光を放つ。
それに応えるように、黒いサンドスターをゴウゴウと吹き出す火口の中心部分のみに存在していた、網目状の薄い何かがぼんやりと輝いた。
その薄い物は輝きを収めると、ずずず…と低い音を立てながらその面積を少し拡大して止まった。
おそらくあれがフィルターだ、とフェネックは理解した。
あれが火口全体まで広がったら、サンドスター・ロウを封じ込めることができるのだ。
「よし、次だ」
「任せるのだ」
光を止めた四神像を下ろし、次の四神像と交換するためにヒグマは像を固定する包帯をほどこうとした。
しかし、やはりそううまくはいかない。
ヒグマがぴたりと動きを止めたのと、フェネックが麓の方を向いて眉間に皺を寄せたのはほぼ同時だった。
「…何か来るね…」
「チッ…やっぱりしつこいな…」
動きを止めたヒグマの代わりに、包帯をほどいて熊手から四神像を回収するアライグマ。
その彼女に残りの四神像を全て預け、ヒグマはヒュンヒュンと手の中で熊手を回した。
「後は二人で掲げてくれ。高さは肩車でもすればなんとかなるだろ」
「わ、わかったのだ」
「――フィルターの修復に集中しろよ。こっちは任せろ。約束したからな」
山の斜面を駆け上がってくる黒い影がいくつも見える。
「行け」
その影を睨んだまま、ヒグマが短く声を上げ、アライグマとフェネックは彼女から離れ、次の設置位置へと走った。
影は見る間に斜面を駆け上がり、ヒグマとの距離を詰めてくる。
その正体はやはりセルリアン。しかし、その姿形はハンターのヒグマでさえ初めて見る物で。
さほど体格は大きくないものの、四つ足で地面を蹴り、イヌかワニの仲間のような大きな口をがばりと開いていた。歪な牙が光る。
「爪の次は牙かよ…!似合わないもの身につけやがって…!」
悪態をつくヒグマに一斉に飛びかかる牙のセルリアン。
ヒグマは熊手を大きく振るい、セルリアン達の牙を根こそぎへし折ると、反撃の隙も与えずに石を砕いていく。
弾けるセルリアン達に一瞥をくれる暇も無く、ヒグマはすぐに身構えた。
次の群れが、すでに接近しつつあったのだ。
(四つ足で駆ける分すばしっこいな…。気を抜いてられないぞ…!)
ヒグマの瞳が光を放ち、虹色の煌めきが熊手から溢れ出した。
フェネックはアライグマの隣を駆けながら、耳をそばだて、瞳を山の斜面へと走らせる。
どうやらセルリアン達は、ヒグマいる方面の斜面からしか登ってきていないようだ。
分散して襲う作戦ではなく、一カ所に集中して襲撃する作戦らしい。強敵のヒグマを崩すためだろうか。
なんにせよ急いでフィルターを修復しなくては。
『ココダヨ』
フェネックに抱かれた2号が声をあげ、二人は足を止める。
「フェネック!アライさんが下で支えるのだ!四神像を掲げる役、頼んだのだ!」
「はいよー…!」
渡された像を手にしたフェネックの足の間に、アライグマがすぽっと頭を入れる。
「のだー!」
「おあっとと…」
準備もろくに出来ていない状態のフェネックを強引に持ち上げるアライグマ。
落ちないように体勢を整えたフェネックは、急いで像を火口に掲げた。
紋様が輝き、またもフィルターの面積がじわりと広がる。
「次なのだ!」
フェネックを下ろしたアライグマは、次のポイントへと止まることなく駆け出す。
フェネックも彼女から遅れないよう、慌てて後を追った。
…
「ハァ…ハァ…」
一体何十体のセルリアンを打ち砕いたのかわからない。
さすがにあがってきた息を整える暇も無く、ヒグマは斜面を見下ろした。
少し離れた場所で、ぞろぞろと牙のセルリアン達はこちらの様子を伺いながら集結している。
「ハッ…なるほどな…集中攻撃で…手数で攻めるってわけか…。クソ、こんなときキンシコウがいてくれたらラクなんだがな…」
そのキンシコウも、リカオンも、自分のせいでここにはいない。
背後ではアライグマたちが三つ目の四神像を奉り終え、最後の場所へと移動を開始していて。
前方では牙のセルリアン達が奇妙な咆吼をあげて突撃の構えを取っていて。
ヒグマは熊手を握る右手を、だらりと垂らした。
「これは…このままだと…捌ききれない、かもな…」
ぽつり、とアライグマたちには聞こえない小声で呟くヒグマ。
目を閉じて、深呼吸する。
牙のセルリアン達が一斉に走り出したのが足音でわかる。
(リカオンだって、自分の限界を超えて戦ったんだ…)
ゆっくりと瞼を開き、熊手を握る右手はそのままに空いた左手を正面にかざし、掌をせまるセルリアン達に向ける。
「私もやらないと、リカオンに怒られるよな」
にぃと牙を剥き、ヒグマはほくそ笑んだ。
ヒグマの瞳が強烈な輝きを帯び、その掌がカッと爆発的な光を放ち、サンドスターが溢れ出した。
目をくらませたように動きを鈍らせるセルリアン達に、次の瞬間無数の爪撃が襲いかかる。
身体を細切れにされながら、セルリアンは大きな瞳を見開いてヒグマの姿を捉える。
――両の手に熊手を握りしめて仁王立ちする、ヒグマの姿を。
「手数で攻め落とすんだろ?――…やってみろよ」
『…ギイイアアアアア!!』『ギアアア!!』
『ギイイイイイアアア!!』
牙のセルリアン達は狂ったように吼えながら、群れになって突撃するも。
縦横無尽に振るわれる二振りの熊手の前に、その牙を誰にも突き立てることなく塵となって消えていく。
「お前らの…ッ大将に、伝えとけ…!」
一匹、また一匹と身体ごと石を叩き切りながら、ヒグマは両の爪を振るい、叫んだ。
「山は、サンドスターは、お前らの物じゃない…返してもらうぞってなあ!!」
『ギイアアアアアッ!!』
最後の一匹をクロスした熊手で切り裂き。
全てのセルリアンを駆逐し終えて大きく息を吐いたヒグマの背後と。
最後の四神像を高々と掲げたアライグマとフェネックの目の前で。
――ついにフィルターは、火口全体を覆い尽くした。
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