対 火山⑤



完全修復を果たしたフィルターが眩い光を放つ。


思わず目を覆うアライグマとフェネック。

やがてその光が収束したのを肌で感じ、恐る恐る二人が目を開けると。

それまでおぞましい勢いで噴出していた黒いサンドスターは嘘のように火口から姿を消し。

虹色にキラキラと輝く純粋なサンドスターだけがフィルターを透過して舞い上がっていた。

今この瞬間も続いている惨事とはかけ離れた、美しく心奪われる風景。

その風景を一目見て、アライグマたちはついに作戦は成功したのだと理解した。


「やった…!」

「…フィルターが、治ったのだ…!ついにサンドスター・ロウを封じ込めたのだー!」


ようやく歓喜の声をあげる二人。

その背後でドッ、と鈍い音がして、気が緩んでいた二人はびくっと身を震わせて振り返った。

視線の先ではヒグマが膝をつき、熊手を杖代わりにして身を支えていて。

その熊手も形を保っていられなくなったのか、サンドスターに戻って光と消え、支える物を失ったヒグマはそのまま地面に倒れ込んだ。


「ヒッ、ヒグマ!?」


慌ててアライグマとフェネックは彼女の元へと駆け寄る。

フェネックが冷静にヒグマの容態を確認し、怪我はないことがわかると、焦るアライグマに視線をやって首を振った。

それを見て少しばかり安堵するアライグマ。その隣にボス2号がやって来た。


『体内ノサンドスターガ枯渇シテシマッタヨウダネ。今マデ野生暴走シテイタ上、休息モ取ラズニ戦イ続ケテイタンダ。無理モナイヨ』

「そ、そーなのか…。どうしたらいいのだ?」

『シバラク身ヲ休メテイレバ大丈夫ダヨ。一番イイノハじゃぱりまんニヨル補給ダネ。非常用ノじゃぱりまんハ、バスニモ積ンデアルハズダヨ』


アライグマに助言していたボス2号の頭を、倒れたままのヒグマの手がむんずと掴んだ。


『ア、アアワ…』

「私のことは…後回しでいい…。それよりも、遊園地に行ってる奴らがいるんだろ…。【つうしん】とかいうの…早くやってくれよ…」


ぐぐ、と頭をあげ、かすれた声でヒグマは2号に指示を出す。


「無茶しちゃだめなのだ、ヒグマ!」

『体内ノサンドスターガ尽キタ状態デ無理ニ活動ヲ続ケヨウトスルト、フレンズノ体ヲ維持スルタメニ使ワレテイルサンドスターニマデ影響ガデテシマウヨ。野生暴走ドコロジャナイ。元動物ニ戻ッテシマウ』

「…わかってる。ちょっと話すだけだ…。それぐらいなら、いいだろ…?」


真剣なヒグマの目に射貫かれて、アライグマは何も言えず。

やれやれという風に首を振ったフェネックが、代わりに口を開いた。


「たしかに早くゆーえんちのみんなに作戦成功を伝えるべきだし、バスに戻る前に報告しておこっかー。…そのあとはヒグマさんも、次のことは一旦置いといて休むんだよー。どーやらこの辺りのセルリアンは全部やっつけてくれたみたいだから、しばらくだいじょぶそーだしね」

「あぁ…。――ボス、頼む…」


ヒグマは倒れ込んだまま、ボス2号の額に残った赤い手形を撫でるように指を動かす。


『…ワカッタヨ』


ボス2号は短くそう言うと、ヒグマに向けていた瞳を虹色に輝かせ始めるのだった。









『――!カバン、2号カラ通信ダヨ。山ニ動キガアッタヨウダネ』


かばんを中心に作戦を立てていたフレンズ達は、皆一斉にボスを振り返った。

かばんは慌ててボスに駆け寄る。


「2号さんは何と…?」

『マッテネ、今通信ヲ開始スルヨ』


ボスの瞳が緑に輝き、雑音が響く。

少し遅れて、静かになった小屋の中に甲高い声が轟いた。


『かばんさーん!聞こえてるのだー!?』

「アライさん!よかった、無事なんですね!」


安堵の息をつくかばんの後ろで、フレンズ達も笑顔を溢す。

そこに、聞き覚えのない声が流れてきた。


『かばん、サーバル…ボスやアライグマたちから聞いたよ…。お前ら、パークの危機の元凶に…中心になって立ち向かってるんだってな…』


吐息に混じったかすれた声。リカオンでもフェネックでもないその声にかばんは眉を顰めたが。

サーバルが大きな耳を動かして身を乗り出した。


「ひょっとしてその声、ヒグマ!?」

『あぁ…。――悪かったよ…あの時、足手まとい扱いしてさ…。お前ら…すごいよ…』

「野生暴走から元に戻れたんだね!よかったー!」


嬉しげに尻尾を立たせるサーバル。ボスの向こうがわのヒグマは小さく咳き込んだ。

その声の覇気のなさに違和感を感じたかばんは、眉を顰めたまま返事を返した。


「…大丈夫ですか?ヒグマさん」

『こっちのことは気にするな…。それよりよく聞け。――アライグマたちが、山のフィルターの修復に成功した』


ぴり、と一気に空気が張り詰めるのをかばんは背中に感じた。


『火口からのサンドスター・ロウの放出は…完全に止まってる…。じきにそっちでも変化があると思う…』


何人かのフレンズ達が遊園地の見える窓へと駆け寄り、外を眺めている。


『どうやら、そっちは遊園地にいるらしいな…。いいか、遊園地は元からセルリアンの巣窟で…私達ハンターでさえむやみに近寄らないようにしていた、危険すぎるエリアだ…。――本当に、気をつけてくれ…』

「…わかりました」

『かばんさん!アライさん達もそっちの手伝いに行きたいのだ…!』

「ありがとうございます、アライさん。でも、皆さんはもうしばらく山で待機していてください。ひょっとすると再度フィルターを破壊しにセルリアンが動くかもしれません。それに――」


ごくり、と唾を飲み込んで、かばんは少し声のトーンを落とした。


「――…もし万が一ボク達が失敗するような事態になったら…残ったフレンズの皆さんの指揮をとっていただきたいんです」

『――っ…』


ボスの向こうでアライグマが息をのんだのがわかる。後ろのフレンズ達も。


――ここにいるみんなはパークの危機のために立ち上がった最後の希望だ。

しかしその希望が、待ち構えている絶望を完璧に打ち砕くことができる保証はない。

もしここで、この希望が全て潰えてしまったら。

希望が打ち勝つことを信じて待っている者達は、なすすべもなく絶望に飲み込まれてしまうだろう。


つまり、希望を引き継ぐ者達をいくらか残しておく必要がある。かばんはそう思ったのだ。


『…縁起の悪いことを言わないでほしいのだ…。かばんさんたちは勝つのだ!間違いないのだ!そんでもって!おめでとうの会をするのだ!!これは絶対なのだ!!』

「…はい」

『お前の願いはわかったよ…。とりあえずしばらくは、こっちで様子を見ることにする…。でも私の思いもアライグマと一緒だ…。――悪い方向に考えるな。…お前らなら、やれるさ…』

「――はい」


アライグマとヒグマ、二人の言葉に強く背中を押され、かばんは見えないとわかりながらも、しっかりと頷いた。

そして。


「あっ…!ゆうえんちに流れ込んでたサンドスター・ロウが止まったよぉ!」


窓の外を見ていたアルパカが叫び、ボスとかばんを見つめていた皆は彼女の方を振り返る。


「――ボスの言ったとおりだ…。サンドスター・ロウのベールが、徐々に薄れてきてるな…」


アルパカの隣で遊園地を眺めていたツチノコの言葉通り、遊園地を包むように吹き荒れていた黒い嵐が、少しずつ勢いをなくしていて。


『始まったようだな…。すまん、後は頼んだぞ…』


こちらのざわめきが伝わったのか、ヒグマが少し悔しさの滲む声でそう言った。


「――皆さんも、お気をつけて」


かばんが返した言葉を最後のメッセージだと受け取ったボスは、そこで通信を終了した。

瞳の光を収めたボスを見て、かばんは静かに立ち上がる。




「――いよいよ、ですね…」


振り返ると、フレンズ達は皆、強い信頼の眼差しを自分に向けていて。


「…みんなでパークの危機を乗り越えましょう」


かばんの一言にフレンズも、ラッキービースト達も、応えるように無言で頷いた。

こんなにも優しいフレンズの皆を、パークのために小さな身で頑張ってくれるラッキービースト達を、失いたくはない。

このパークを、失いたくはない。




ぎゅっ、と確かめるように帽子を被りなおし、小屋の扉を開け放つ。


「――これで全部、終わりにしましょう…!」









「かばんさん…」


通信が終わってもなお、アライグマは名残惜しそうにボス2号を見つめていた。


「…フェネック、お話ししなくてよかったのか…?」


通信中黙って見守っていた相棒を振り返り、アライグマは小さく訊ねる。


「んー、私が喋ったら、唯一残ったリカオンさんはなんで喋らないのかなーってなると思ってねー。なら、二人に全部任しておいたほうがいいと思ったのさー」


自分のことは伝えないでほしい。リカオンの願いを尊重した気遣いだった。

それに、とフェネックは続ける。


「別にこれが最後のお話になるわけじゃないしねー。ぜーんぶ終わった後、かばんさん達とゆっくりたっぷりお話することにするよー」


ふわっと笑って伸びをするフェネック。

その彼女の言葉に、アライグマは鼻をすすって大きく頷いた。


「なのだ!よーし、アライさん達はアライさん達でできることをするのだ!」


通信終了後、力尽きたように動かなくなってしまったヒグマの腕をとり、自分の肩に回して立ち上がるアライグマ。フェネックももう片方の脇からヒグマの身体を支えた。


「……すまん…」

「なんで謝るのだ。ヒグマはアライさん達を全力で守ってくれたのだ。少し休んで当然なのだ」

「セルリアンの気配がない今のうちに、バスに戻って休憩しながら今後のことを考えよー」


大きなヒグマの身体を二人がかりで支えながら、アライグマとフェネックは山を下る。

彼方に見える、遊園地の観覧車を静かに見つめながら――









『うわー…さすがハンター経験のあるヒグマ、信じられないぐらい強いヨ…』


遊園地の中心部。黒かばんは頭を抱えてセルリアンの上に倒れ込んだ。


『あーア、せっかく山の周辺にいた子たちを集めて一斉攻撃させたのになァ。あっという間に全滅しちゃったヨ。せっかく牙まであげたのニ、さすがに弱すぎなイ?』


セルリアンの上に寝そべったまま不服そうに呟いた黒かばんは、側に居た小型のセルリアンを掴むと、そのまま近くを漂っていた別のセルリアンに投げつけた。

ゴッと鈍い音を立て、小型のセルリアンは浮遊していたセルリアンの石に命中し。

それだけでそのセルリアンの石はパキッと壊れ、爆散してしまった。

投げつけられた小型セルリアンも石は無傷だったものの、身体が半分崩れたように壊れてしまい、上手く動くことが出来ず地面を這っている。


『うーん…慣れないものを与えちゃった分、全体的に脆くなっちゃったのかナ?使えないナー…』


セルリアンの上で寝返りをうつ黒かばん。


『山の子達が全滅しちゃったせいデ、向こうの様子もわからなくなっちゃったネ…。困ったなァ』


言葉とは裏腹に、大した問題ではないようにニヤニヤと黒かばんは笑う。


『まァ、セルリアンを退治したところでサンドスター・ロウが収まる訳じゃないんダ…。あの三匹で何ができるんだろうネ』


大きく息を吸い、山から送られてくるサンドスター・ロウを吸収する。

黒かばんはセルリアンの上で横たわったまま、変異サンドスター・ロウの放出を続けていた。

………


……



『――!?』


がばり、と身を起こす。

突如急激に動いた彼女に、周りのセルリアンが反応してぎょろりと瞳を集めた。


『嘘ダ…なんデ…?』


黒かばんはセルリアンから降りると、曇った空を仰いで両手を広げる。

サンドスター・ロウを、呼び寄せる。しかし。

前触れもなく、これまでずっと保たれてきたその供給が、途切れてしまった。

…山から流れてきていたサンドスター・ロウが、ぴたりと止まってしまったのだ。


『…あの三匹、一体何をしたのかナ…?』


何か、サンドスター・ロウを封じこめる手段があったのか。

さすがにその知識は持ち合わせていなかった黒かばんは、ぎり、と拳を握りしめた。

供給が止まってしまった今、遊園地を覆っていた変異サンドスター・ロウのベールを保つ手段も失われ。

吹き荒れていた黒い嵐がだんだんと薄れていくのを肌で感じる。

黒かばんは握りしめた拳をわなわなと震わせ――




『――まァ、いいカ』




肩をすくめて、溜息をついた。



『でモ、一体どうやってサンドスター・ロウを止めたのか気になるナ』


そう言って、黒かばんは牙のセルリアン達を見やる。移動速度の速い個体達だ。


『山周辺が手薄になっちゃったシ、君たち増援に行ってきテ。全速力デ』

『ギイイアア!』『ギイアア!』

『はいはイ、いってらっしゃイ』


ひらひらと手を振る黒かばん。

オオカミの群れのように連なって、牙のセルリアン達はゲートの方へと駆けていった。


『ハー…余計なことしてくれるネ…。これじゃいろいろ台無しだヨ。もっとたっぷり時間をかけて様子を見ておきたかったのにサ。…でもまぁ…そろそろ頃合いかもしれないナ…』


そうこうしている内に、遊園地を包んでいた変異サンドスター・ロウはあっという間に空気中へと分散し、解けていく。

黒に覆われていた遊園地の空気はほとんど澄んでしまい、視界が広がっていった。


『あーあー…ボク好みの風景だったのニ…』


深く溜息をついた黒かばんは、目を閉じて額に手を当てた。


『えーっと…今山に一番近い子達ハ――』




ブツブツと呟いていた彼女は、ふいに動きを止めて目を開いた。

ゆっくりと、首を巡らせ、遠く離れたゲートの方角を向く。


『あレ…?』


彼女はすぐに違和感に気付いた。

先ほど送り出したばかりの、牙セルリアンたち。

彼らの反応が、何故か次々と消滅していく。

おかしい。何が起きている。



――黒かばんは、今までそうしてきたように、牙のセルリアンの内の一体と、視界を共有した。



そして。



『――あハッ…!あははハッ!…そっか…そっかァ…!』



歯を剥いて、楽しそうに、笑った。


『もう来てたんだネ…。――じゃあ、計画変更ダ』


黒かばんはぱんぱんと手を叩き、周りを見回す。

セルリアン達はその音に反応し、ぞろぞろと動き出した。


『ほラ、みんな行くヨ。ちゃんとお出迎えしなくちャ』




キュッ、と確かめるように黒いグローブを引っ張ってはめ直し、ゲートに向けて歩き出す。


『――さァ、始めよウ』
















「オゥラッ!!」


ツチノコの後ろ回し蹴りが、牙のセルリアンの顎を捉え。


「…っ!」


ハシビロコウの槍の一撃が、そのセルリアンの石を砕く。


「ぺっ!」


その横ではアルパカがセルリアンの瞳目がけて唾を吐きかけ。


「せやっ!」


視界を潰された彼の頭上から、トキが急降下して石を踏みつけた。


「やはり…動きましたね…」


皆の戦いの様子に目を走らせるかばんの隣で、博士が目を細める。

小屋から飛び出したかばん達一行は、嵐が収まった遊園地のゲートを目指して進んでいた最中、そこから飛び出してきた牙のセルリアンの群れと鉢合わせる形となった。

突然の会敵にも、フレンズ達は動じることなく落ち着いて対処していく。

できるだけ一人で戦わず、仲間と協力して立ち向かう。

かばんの作戦通り、フレンズ達は仲間と息を合わせて動いていた。


「すばしっこい…なっ!」


錯乱するように走り回ってから飛びかかってきたセルリアンを、タイリクオオカミの爪が的確に捉え、叩き伏せる。

動きが止まったそのセルリアンの石を、アラビアオリックスの角が貫いた。


「最初っから飛ばしすぎるなよー!こんなの序の口だぞ!」


仲間に声をかけながら爪を振るうライオンは、野生解放をせず温存しながら戦っている。

これもかばんの指示だった。


『ギイアアア!』

『ギイイイアアアアア!』


奇妙な咆吼をあげ、フレンズ達を威嚇しながら走り回るセルリアン達。

その様子を見て、身構えるフレンズ達。


「来るぞ!」


彼らが一斉にフレンズ達目がけて飛びかかろうとした、その時だった。






『そこまでですヨ』






その声はセルリアン達の咆吼よりも、やけに耳をついた。

牙のセルリアン達はたったその一声で、吼えるのをやめ、ゲートの方へと帰って行く。

フレンズ達は爪を、武器を構えたまま、凍り付いたように動きを止め、彼らが走り去っていった方へと瞳を動かした。


「かばんちゃん…」

「…っ…」


不安げな声を隣で漏らす、サーバル。

胸の奥がざわつくのを感じ、かばんは自分の胸元をぎゅっと握った。

しかし、目は背けない。

かばんは、ゲートから現れたその人影を、正面から睨み付けた。




『――はじめましテ』




彼女は――自分と同じ姿をしたセルリアンは。




『ボク…君をもっと知りたかったんでス。やっと会えましたネ』




驚くぐらい穏やかな笑みをたたえてそこに立っていて。




とうとう二人は――出会ってしまった。


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