対 ライオン⓪




「ヘラジカはさー、自分がフレンズになる前の事って覚えてる?」




――そんな会話をしたのは、いつのことだっただろうか。


かばんの作戦により初めてライオンと戦うことができ、引き分けることになった52戦目の合戦後、ヘラジカはこの戦い方が気に入り、ライオンと城で何度も手合わせをしていた。

幾度目かの力試しの後、戦いに満足して互いに寝転がりくつろいでいた時のこと。

ふいにライオンがそんな言葉を口にした。


「フレンズになる前?」

「そ。つまり動物だった時のことだね」


うーむ、と寝転んだまま腕を組み、ヘラジカは記憶を遡る。が、


「記憶にないな!」


遡れる限りの最古の記憶の中の自分は、やはりフレンズ化した姿で。

特に気にすることではない、とでも言うかのようにあっけらかんとそう答えた。


「そっかぁ。フレンズによってはっきり覚えてる子とかうっすら記憶にある子とかいるらしいけど、ヘラジカは私と一緒だねー」

「ライオンも覚えていないのか」

「さーっぱり」


ごろんと寝返りをうったライオンは、頭元にあるヘラジカの角のような髪を丸めた手でちょいちょいと触れた。


「博士が言ってたけどさぁ、私たちフレンズの姿って、「ヒト」のメスの体に元の動物の特徴が現れてるらしいじゃん?動物の時、オスだったかメスだったか関係なく、ね」

「あぁ」

「で、私のたてがみって、ホントはオスしか持ってない特徴なんだよね。ヘラジカの角もそうなんじゃないの?」


おぉ、と声を上げ、ヘラジカも自分の角髪に触れた。


「そういえばそうだな!」

「その様子だとあんま意識したことなかったっぽいな」


小さく苦笑し、ライオンは続ける。


「元がメスでもオスの特徴を得ることがあるーとか、もっともその動物らしい特徴を得るーとか、いろいろ噂はあるんだけど本当のことは誰も知らないし。動物だったときの記憶もないから、自分が元々オスだったかメスだったか知りようがないなーって」


はて、とヘラジカは相変わらず寝転んだまま首をかしげた。


「そんなに気になることなのか?自分がオスだったかメスだったかなど、私は正直興味が無いが…」


俯せになってヘラジカの角髪をいじっていたライオンは、その手を止めてぐぅっと背筋を伸ばす。


「いやーまぁ…もうフレンズ化しちゃってる訳だし、あんま関係ないっちゃ関係ないんだけどね。…もし私がオスだったなら、サンドスターと――部下達に感謝しなきゃなぁって思うんだ」

「ほう?」


予想のつかない話の流れ。ライオンの言葉の意味がわからず、ヘラジカは体を起こして座り直し、耳を傾ける。

そんなヘラジカを見て、ライオンもたてがみをいじりながら起き上がると、あぐらをかいた。


「この辺、私以外ライオンって全く見ないじゃん?ライオンってのは本来プライド――群れをつくって生きるんだけど…私はひとりぼっちな訳だ。ひとりぼっちのライオンは、狩りが得意なメスならともかく、オスだと正直めちゃくちゃ生き辛いんだよね」

「そうなのか?意外だな」


こんなにも強いライオンが一人では生きていけないなど、ヘラジカには信じられなかった。


「オスライオンは狩りが苦手だしねー。たてがみのせいで目立っちゃうし。――仲間をなくした孤独なオスライオンは、【ノマド】になる。ひとりぼっちで放浪するノマドのオスライオンは、ずっとおなかを空かせながら獲物を求めて彷徨い続けるんだ」


脱力モードでのんびりと話していたライオンの声色が、少しずつ低くなる。


「大半のノマドは、その厳しい生活に絶えられずに死ぬ。そこで生き残って力をつけた者だけが、新たに群れの長になれるのさ」


動物だった頃の記憶はなくとも、動物だった頃の生き方は奥底に眠った本能が覚えている。

血の記憶とも言える、ライオンの世界の掟を語る彼女を、ヘラジカは黙って見つめた。


「長になったライオンは食っちゃ寝してのんびり日々を過ごして、でもやんなきゃいけないときには腰を上げて戦うってわけ」


何が言いたいかっていうと…とライオンは尻尾をぱたつかせながら続けた。


「ひとりぼっちの私がこうやってのんびりだらだらと暮らせてるのは、サンドスターがこの姿を与えてくれたからと、部下達が種族の垣根をこえてプライドをつくってくれたからなんだよ」


そういうことか、とヘラジカはライオンの言葉の意味をようやく理解した。

同じライオンのプライドではないが、自らを大将と呼び慕う部下達がつくったプライドの頂点に、今彼女はいる。


「ひょっとしたらフレンズ化しても、ずっとひとりぼっちのままだったら、ノマドの特性がよみがえって荒くれ者になってたかもしんない。そう思うと、ほんと部下達には頭が上がんないんだー」


自分の手を見つめ、ライオンは小さく語る。

真剣な表情で頷きながら話を聞くヘラジカに、ライオンは照れくさくなったのか一つ咳払いして小声で囁いた。


「――…これ、同じ群れの長のよしみでヘラジカにだけ話すんだからな。部下達には内緒だぞ」

「なるほどよくわかった!お前は良い部下に恵まれたなぁ!大事にしてやるんだぞ!」

「ばか!声がでかい!!」


顔を赤くするライオンの様子がおかしくて、ヘラジカはからからと笑った。








――そんな、仲間思いのお前が。どうして。









「ちょっと…ライオン遅すぎない?」

「約束を忘れて、どこかで昼寝しているのかもしれないでござる」


その日。

ヘラジカ陣営のフレンズ達と、ライオン陣営のフレンズ達は城で一堂に会していた。

この日は、新しい合戦の方法をみんなで寄せ合って考える約束になっていた。

ライオン以外の全員が集まり、後は彼女の到着を待つのみだったのだが、いつまで経っても彼女は現れなかったのだ。

部屋の中でわいわいと喋っていた一同だったが、さすがに遅すぎると思ったのか、オオアルマジロとパンサーカメレオンがそう口火を切った。


「ヘラジカ様をこんなに待たせるなんて失礼ですわ。おたくの頭領はどうなっていますの?」


不機嫌そうに頬を膨らませるシロサイに、いつもは勢いの良いオーロックスも困ったように眉を下げる。


「いや…確かにもう一眠りしてから行くから先に行っていろ、とは言われたが…楽しみにしている合戦の話をほっぽり出すような方ではないはずだ」

「遅れないように行くから、とも言っていたし…」

「大将のことだから、何かあったとも思えないしね。どうしたんだろ」


アラビアオリックスとニホンツキノワグマも首を捻る。

オーロックスは腰を上げると、ヘラジカを振り返った。


「すまない。少し城の外を探してくる」

「おぉそうか。なら、うちの部下も行かせよう。ヤマアラシ、ハシビロコウ、一緒に探してきてくれないか」


ヘラジカ様の頼みなら、とアフリカタテガミヤマアラシが立ち上がる一方で、ハシビロコウはなぜか障子をじっと見つめたまま動かなかった。


「おい、ハシビロコウ?」

「…あっ。ご、ごめんなさい。行きます」


慌てて立ち上がったハシビロコウは、すでに動き出しているヤマアラシとオーロックスの後を追う。


「どうしたんです?」


追いついたハシビロコウにヤマアラシが訊ねる。


「……気のせいだと思うんだけど…少し前…みんながお話ししている間……なんだか外が暗くなったような…」





話に夢中になっていただけでなく、外の様子が確認しづらい障子に囲まれた部屋にいたせいか。

誰一人、あの異常な光景に――へいげんちほーを襲う、真っ黒な嵐の存在に気付くことができなかった。

だから、パークに何か良からぬことが起きているなんて、誰も想定できなかったのだ。







「あれ?ライオン、あんなとこに普通にいるです…」


城の中から、ほぼ日が沈んで夜が訪れようとしている外へと出た三人は、近くの道でふらふらとしているライオンの姿をすぐに見つけた。

眉を顰めるヤマアラシを尻目に、オーロックスはライオンに駆け寄りながら声をかけた。


「大将!今日の約束をお忘れですか!?みんな待ってますよ!」


ぴくり、と耳を動かしゆっくりと振り返るライオン。

その目が光を放っていることに、オーロックスは気付くのが遅かった。




「――…ガオオオォッ!!」




自分を迎えに来た部下に対し、ライオンは敵意をむき出しにした咆吼で応えた。


「なっ――」


予想だにしなかった大将の反応に、オーロックスは固まる。そんな彼女に。

大切な仲間に。


「グルァッ!!」


ライオンは、鋭い爪を袈裟懸けに振るった。

その爪は、反射的に身を捻って避けようとしたオーロックスの左肩をとらえ、切り裂いた。


「ぐああっ!!」


悲鳴をあげてよろけ、地面に倒れ込むオーロックス。深くはないが大きなその傷からは血が流れ、その信じられない光景はハシビロコウとヤマアラシの目に焼き付いた。


「――!?」

「え…?な、なにして…」


呻くオーロックスに近付いていくライオン。

それに気付いたオーロックスは、何が起こっているのか理解できないが、応戦せねば、と咄嗟に思う。

――フレンズは念じることでその手に武器を出現させることができる。オーロックスはライオンに手をかざし、そして…止まった。


大将に武器を向けることは、できない。そう思ってしまったのだ。


「どう…したんだよ…大将…」


ただただ悲しくて、そう言葉を溢すしかできなかった。

ライオンは止まらない。戦う意志を見せないオーロックスにとどめを刺さんと腕を振り上げる。



「――ッ!!」



そんなとき、風と共に割って入ったのは、ハシビロコウだった。

翼を広げて地面すれすれを滑空した彼女は、ライオンが爪を振り下ろす直前にオーロックスを両手で捕まえると、一気に上空へと舞い上がった。


「ハ、ハシビロコウ…!」

「………間に合った…」


目の前の獲物を失ったライオンは、憎々しげに空を見上げていたが、ふと視線を地上に戻す。

もう一人、そこにいたからだ。


「………ヤマアラシ!にげて!」


滅多に出さない大声で、ハシビロコウは空から叫んだ。

凍り付いていたヤマアラシが我に返ったのと、ライオンが地を蹴って走り出したのはほぼ同時だった。


「ひゃあああああああっ!!」


恐ろしい勢いで突進してくるライオンに対し、ヤマアラシは恐怖にすくむ足を動かせず、背を向けてうずくまることしかできなかった。






――だが、それが功を奏する。


「ギャウッ!!」


腰から生えたヤマアラシの針毛。異常なほどの鋭さと強度を持ったその針は、ライオンにとって脅威だった。

振るった腕に軽くその先端が突き立っただけで、ライオンは甲高い悲鳴をあげた。


「へ…?あ…き、効いてる、です…!」


ひるむライオンの姿を確認したヤマアラシは、恐怖に震える手でしっかりと拳を握ると、背中からライオンにタックルした。


「くらえー!ですぅー!!」


迫る無数の針毛にライオンはたまらず後退する。それでもさらに距離をつめるヤマアラシ。

――本来、ヤマアラシは猛獣の群れに囲まれようともその針毛を振るい、一匹で撃退してしまうような攻撃的な動物であり、ライオンにとっても苦手な相手である。

反撃しようものなら、体に針毛が突き刺さる。


「ゴルルルッ…!!ガウッ!!」


結果、たまらなくなったのか、ライオンはヤマアラシに背を向けると、城とは逆方向へ走り去っていった。


「や、やべぇよあいつ…大将を追っ払いやがった…」

「………」


怪我のことも忘れて、ヤマアラシの健闘っぷりに感嘆の声をもらすオーロックスを降ろしてやるハシビロコウ。


「や…やった…です…?」


とにかく戦うことに必死だったヤマアラシは、未だに何が何だかわかっていないようだった。


「…………とりあえず、このことを…ヘラジカ様達に伝えないと…いけないんじゃないかな」


半ば放心状態のオーロックスとヤマアラシに、ハシビロコウが深刻な面持ちでそう声をかける。


「あ、あぁ…。――大将…どうして…」


敬愛する群れの長に傷つけられた衝撃はやはり相当なもののようで。


城に戻った三人の様子に色めき立つ皆に、一連の事件を説明することができたのは、一番話が苦手なはずのハシビロコウであった。









ライオンの乱心にショックを隠せないライオン陣営と、彼女たちを介抱させるために、そして皆を傷つけさせないために仲間を城に残し。

ヘラジカはハシビロコウから聞いた方角へ、夜のへいげんちほーを駆け抜けてライオンの後を追った。



――そして、今。

二人は再び相まみえることになったのである。


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