対 サンドスター・ロウ⑥




「…ん…私としたことが、仮眠のつもりが熟睡してしまっていたのです…。思っていたよりも疲れていたのですね…」


木の洞の中で縮こまって眠っていた博士は、軽く伸びをして洞から体を出して下を見下ろした。

夜目がきく博士は、暗い中でも図書館の隅で爆睡しているタイリクオオカミとリカオンの姿をすぐに発見する。

あとの四人はどこで眠っているのか。博士はふわりと木から飛び立つと、静かに床に着地した。


「…うぅん…パークの…危機なのだ…」


聞こえてきた寝言を頼りに、本棚に囲まれた木の根元へ近付くと、自分と同じように洞の中で丸まって眠っているアライグマと、そんな彼女に寄り添うようにして丸くなっているフェネックを見つけた。


「皆も完全に爆睡ですね…しかたないのです…」


呆れたような、心配したような声を漏らす博士はさらに首を巡らせる。

かばんとサーバルの姿が見当たらない。ボスも居ない。

ふと、かばんの所持物である帽子と鞄が床に放置してあるのを見つける。

しかし本人の姿はどこを探してもない。

音のない翼で羽ばたきながら図書館内を旋回しても。

もしやと思って地下室の扉を開くも意味は無く。


次第に博士の胸中に、焦りが募り始めた。


「まさか助手に…?いや、それにしては抵抗した形跡がないし、さすがに二人揃って連れ去るほどの力は助手にはないはず…」


博士はタイリクオオカミとリカオンに小走りで駆け寄ると、二人の体を揺さぶった。


「おまえたち、目を覚ますのです!」







『無事ニ追イツケタミタイダネ』


かばんとサーバルがお互いの間に芽生えていた綻びを修復し一息ついていた所に、ようやっとボスがたどり着いてそう声を上げた。


「あっ!ラッキーさんごめんなさい…!ボク、サーバルちゃんを追うのに必死で、ラッキーさんのこと置き去りにしちゃって…」

『気ニシナイデ。ソレヨリ、早ク図書館ニ戻ロウ。アマリ長ク雨ニ打タレルト、体調ヲ崩スヨ』


ボスの言葉を裏付けるかのように、サーバルがクシャミをしてブルッと震える。


「そう言われると…びしょ濡れで気持ち悪いよー」

「そうだね。助手さんのこともあるし、戻ろうか――」


その時だった。


ドガッ!!ガラガラ!バキバキ!ドシャァ!!


そんな、いろんな音が入り交じった、何かが崩れるような激しい騒音が。

何かが崩れるような小さな地響きが、そう遠くない場所からして、二人は思わず身をすくめた。


「な、何今の…?」


心なしか囁くような声のトーンになるサーバル。

かばんは音がした方に目をこらすが、その正体を確認することはできない。と、

足下でジジジ、とボスが電子音を立てて目を虹色に光らせていた。


「ラッキーさん?」

『…付近ノラッキービーストノ破壊信号ヲ感知。パーク並ビニオ客様ノ安全維持ノタメ、現場ノ確認ト原因ノ解析ニ向カイマス』


そう言うと、ボスは音のした方へ急ぎ足で進み始める。


「ま、待ってよボス…!」

「追いかけよう…!」


サーバルとかばんは突然のボスの行動に困惑しつつも、後を追った。







「ざっと図書館周辺を見回りましたが、やっぱりいないですよ…」

「こっちもダメだね…。雨のせいで、においが全然追えないし足音も聞き取れないよ」


表情を曇らせたリカオンとタイリクオオカミが、図書館の外から戻ってくる。

皆をたたき起こした博士は小さく唇を噛んだ。


「困ったですね…」

「も、もしかしたら森の中で誰かに襲われてるかもしれないのだ!みんなで手分けして探さないと!」

「いや、それは良くないな」


焦るアライグマを、タイリクオオカミが制した。


「この悪環境の中、見当もつかないままにばらけて行動するのは余計な犠牲が出る可能性がある。ミステリーものの漫画でも、よくあるパターンだから覚えておくといいよ」


わざとおどけてみせて平然を装うタイリクオオカミだが、その横顔にもアライグマ同様焦りが滲んでいた。


その時、あの音が。

かばんたちの間近で起こった、あの何かが崩れる騒音が図書館にも届いた。


「なーんか嫌な音がしたような気がするんだけど…」


フェネックが耳をぴくぴくと動かして、博士を振り返る。

博士にもその音は聞こえたようで、苦い表情を浮かべていた。


「まずいですね…あれはおそらく、バリケードが破壊された音なのです」

「バリケードって、あの図書館に続く道の入り口に作ってた壁のことですか?私達は一応乗り越えて来たんですけど…」


リカオンの言葉に同調するように、アライグマとフェネックも頷く。


「おまえ達のように正気のフレンズはそうすると思っていたのです。…あれは、助手のようなフレンズが他にもいたら困ると思い、助手の目を盗んで作り上げたバリケードだったのです。正気を失ったフレンズが図書館にやって来るのを防ぐため…もしくは、あれを破壊するほどの力を持ったフレンズが接近していることに気付くため、でもあったのです」

「え、それって…」


何かを察したように反応するリカオン。博士は音がした方角を見やる。


「いくら暴走状態だったとしても、通路をふさぐ壁を見れば非力なフレンズなら引き返すか、通路を外れて鬱蒼とした森の中に入り彷徨うのです。それを強引にぶち壊して正面突破したヤツがいるようですね…。乗り越えるのが面倒で力業にでた正気のフレンズならばいいのですが――暴走状態のフレンズだとしたら…相当気が立っているかもしれないのです」

「かばん達、まずくないですか…!?」

「かばんさんは今、大事な鞄を持っていないのだ!きっとすごく困っているのだ!!早く助けに行くのだ!!」


うろたえるリカオンとアライグマに、博士は目を伏せて答える。


「まずいのも助けに行きたいのも重々承知なのです…!けど今は下手に動くとこちらもまずいのです。――非情に思うかも知れませんが、かばん達を信じて、待つしかないのですよ…」


気をもむ一同に対し、博士は感情を押し殺して冷静な判断を下すしかなかった。







動きを止めたボスを見て、かばんとサーバルも足を止める。

目の前の道に、博士が作ったであろう壁が、ばらばらに壊されて散らばっているのが見えた。


「あれって、ボクたちがバスから降りた森の入り口に作ってあった壁と同じだよね。ここもどこかのちほーに繋がってる森の出入り口なのかな…。だいぶ図書館から離れちゃってたんだね」

「あの壁って、結構頑丈につくってあったんでしょ?だれがこわしたんだろう?」


コソコソと話すかばんとサーバルを尻目に、ボスはキョロキョロと辺りを見回すと、近くの茂みの中へと入っていく。

サーバルがその茂みをかき分け、固まる。かばんも後ろからのぞき込んで、同様に凍り付いた。

立ち止まったボスの前に、顔に当たる部分が無残にも抉り飛ばされ、ボロボロに破壊されたラッキービーストの残骸が転がっていた。

ラッキービーストの体のつくりは自分たちと全く異なり、吹き飛ばされた体の内部から覗いているのは肉や骨ではなく、不思議で複雑な構造をした金属であった。


「ひどい…」

『…カバン、ソノラッキービーストノベルトヲ外シテ、ボクニ見セテクレナイカナ。ベルトノ着脱ハ、ワンタッチ式ダカラ、スイッチヲ押シタラ簡単ニ取レルヨ』


言われたとおり、かばんは破壊されたラッキービーストのベルトを触って確かめ、押せそうな所を見つけると、指に力を込めて押し込んだ。

カチッと音がして、ベルトが外れる。そのベルトの内側に、文字が書かれている部分があった。

その部分をボスの目に近づける。


『H-M029…へいげんちほーノ管理・監視ヲシテイルラッキービーストノ一体ダネ。アノバリケードヲ破壊シタノハ、へいげんちほーニ住ムフレンズノ可能性ガ高イヨ』

「えっ…へいげんちほーって――」


ラッキービーストのベルトをズボンのポケットにしまおうとしていたかばんは、ボスの言葉に手を止める。

ふいにその手を、サーバルががしっと掴んだ。


「帰るよ、かばんちゃん」


その声色はいつになく真剣で、表情もいつになく硬く。

かばんが返事を返す間もなく、サーバルは踵を返して歩き出す。

空いた方の腕で、足下のボスを有無を言わさず抱き上げる。


「サーバルちゃん…!?」


その一歩一歩はだんだん大股に、早足に、小走りになっていく。

泥濘んだ地面に時折足をとられて転びそうになりながらも、かばんは必死に足を動かしてサーバルについて行く。

こんなにも強引に腕を引かれたことはなかった。

いつものサーバルなら、自分よりも前を行くときは時折振り返って様子を確認しつつ、こちらのペースに合わせて歩く速さを変えてくれる。

今のサーバルはただ前を見据え、自分を引きずってでも連れて行くぐらいの勢いで歩いているのだ。


「ちょ、ちょっと、サーバルちゃん、待って…」


ほぼ走るぐらいの速さになり、一旦体勢を立て直したいかばんはサーバルに静止を求める。刹那。

サーバルは喉の奥でヒュッと息を吸い、かばんをボスとまとめて一緒に抱え上げると近くの茂みの中に飛び込んだ。

訳がわからないまま地面に下ろされたかばんは、突然のことに軽く頭を振ってからサーバルを振り返る。


「一体どうし――」


疑問を口にしようとしたかばんだったが、今度は口を塞がれる。

一連のサーバルの行動の理由が聞けなくなってしまった。が、


サーバルの視線を追って茂みの向こうの光景を視界に捉えたかばんは、理由なんて聞かなくとも、すぐに察知した。



「ゴルルルルルルル…!」



地の底から響いてくるような唸り声。

サーバルとは比べものにならないぐらい鋭くぎらつく金色の目。

闇の中で鈍く光るむき出しの牙。

猫背で徘徊するその影は、全身から殺意を滲ませていて。

その影が誰なのか。あの立派なたてがみを見れば一目でわかってしまう。

かばんの口を塞ぐ手に走る震えをおさえられないまま、サーバルは目を細め、小さく、小さく呻いた。




「――……ライオン……」



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