対 密猟者①




「みつりょうしゃ…?とは、一体何なのですか?」


博士を始め、ほとんどのフレンズ達は皆頭が疑問符で満たされた顔をしてかばんを見る。

唯一サーバルだけが、いつもと同じ様子で不思議そうに首をひねった。


「みつりょーしゃってたしか…バスの中で見たミライさんのお話に出てきたとってもこわいヒトのことじゃなかったっけ?でも、なんで?」


どうして今更そんな話が浮上するのか、サーバルは訳がわかっていない様子だった。


「サーバルちゃんの話を聞いててちょっと思ったんです。確かにラッキーさんはこれまで旅の途中で、急にミライさんのお話を聞かせてくださることがよくありました。いきなりでびっくりすることもいっぱいあったけど、よくよく考えれば、お話が始まるタイミングは、そのお話に関係するものに近付いた時が多かったな…って」


かばんは博士達に簡単な説明をしながらゆっくりとボスを見る。


「――ボク達が山で一番初めの黒い嵐に遭遇したとき、ボクはバスの中から嵐の中平気で佇むフレンズさんらしき人影を目にしました。…今思うと、あれは恐らく元凶の黒いボクだったんだと思います」


そして、とかばんは続ける。


「その人影をボクが見つけたのとほぼ同じタイミングで、ラッキーさんが昔パークの中に入り込んだ【密猟者】についての記録を見せてくれたんです。なんであのタイミングであんな話をしてくださったのか、ずっと疑問に思っていました。けど…」


話の理解が早い博士が、深く頷いた。


「なるほど。つまりそのみつりょうしゃとやらの話が、例のセルリアンに関係していると考えたわけですね。――そうなのですか?ボス」


大きな瞳でボスを見つめる博士。ボスは少し体を傾けた。


『対象ノ物ヤ場所ニ近付イタ際再生サレル記録ハ、ボクノ意思トハ関係ナク自動的ニ再生サレルカラ、ボクニモヨクワカラナイヨ』

「???…えーっと…」

『…ボクガ君タチニ見セヨウト思ッテ出シテイタンジャナクテ、勝手ニ出タモノナンダ』


何を言っているのかさっぱり理解できていないサーバルの様子に、ボスは彼女にも伝わるような言葉を選んで説明しなおす。


「あ、なんとなくわかったよ!あくびやクシャミみたいなものなんだね!」

『……』


へにゃ、とわずかに耳を折ったボスは、気を取り直すかのようにかばんの方へと体を向けた。


『トニカク、ボク達ノデータバンクニ残ッテイル記録ノ中カラ、【密猟者】ノキーワードガタグ付ケサレテイルモノヲ検索シテ連続再生スルヨ』

「は、はい!お願いします」


ボスの言葉の大半は理解できなかったが、自分の頼みがしっかりと伝わっていることを信じ、かばんは大きく頷いた。

ジジジジといつもの音を立て始めたボスを、かばんとサーバル、トキと博士は静かに見守る。

他のフレンズ達は出発の支度を調えつつも、こちらを気にしているようだった。


そう待たずして、初めの映像が再生される。

それはかばんとサーバルが、キンシコウと共にバスの中で見た記録だった。







「…みつりょうしゃとは、動物の命を狙うヒトのことを言うのですね」


確かめるように博士が呟く。

かばんはこの記録を見るのは二回目だが、相変わらずその言葉は重く背中にのしかかった。

考えられない。考えたくもない。自分と同じ仲間が、そんな行為をしていたなど。


「信じられないわね。だってこの子はこんなに良い子なのに。ヒトは良い動物じゃないの?」


自分が落ち込んでいることに気付いてか否か、そばに来てくれたトキに、かばんは顔を上げる。


「前も言いましたがヒトは多様な生き物なのです。記録に出てきていた【ミライ】と呼ばれていた彼女も、かばんと同じヒトですが見た目が大きく異なっていたのです。ヒトはそれぞれ異なる見た目、異なる考え方を持った変わった生き物なのですよ」


それ故に、と博士。


「かばんのように良いヒトもいれば、みつりょうしゃのように悪いヒトも現れてしまうのでしょう」


黙り込んでしまったトキの足下で、ボスが音を立てて次の記録の再生を始める。

ここから先はきっと、自分の知らないことがたくさん溢れている。そしてその知識は、セルリアンに対抗する際に大切な要となるはず。

かばんは気を引き締めて、壁に映し出された映像を眺めた――






……


No.2 ■月■日 録画地点:スタッフルーム


『セルリアンに気を取られていたからとはいえ、外部からの無断侵入を許してしまうなんて、あってはならないことです!』


随分とご立腹な様子のミライが、落ち着かない様子でぐるぐると同じ所を歩いている。

彼女はどこかの建物の中にいるようだったが。

部屋の中は見たことのないものだらけで、自分たちが旅してきたこのパークと同じ場所とは到底考えられなかった。


『しかもスタッフ用のジャパリバイクまで奪われてしまうなんて…!セキュリティ対策の強化を訴えないと…!』


椅子に腰掛けたミライは、深い溜息をついた後頭を抱えた。


『…とにかく、フレンズさん達に被害がでないよう、サーバルさん達には伝達に回ってもらいました。試験運用中のラッキー達を使っての一斉通信もこの後試してみるつもりですが…』


頭を抱えるミライの指先が、くしゃりと緑の髪を乱れさせる。


『…上の人たちは、どうも今回の事件をあまり重く捉えていない方が多いようです。侵入したのは一人。それもたいした武装もせず、所持した武器は拳銃一丁のみという情報から、そんな状態では何も出来ない、セルリアンに比べれば大きな脅威ではない、と考えているようで…』


ミライは、その手を机の上に叩きつけた。彼女らしからぬ、少々乱暴な行動だった。どうやら相当怒っている。


『たとえ武装集団だったとしても、たった一人のちっぽけな異常者だったとしても、フレンズさん達にとっては命を奪おうとする恐ろしいものに変わりないのに!急いで対策を練ってもらわないと困りますよ!それに…』


机に置いた手をこすり合わせながら、ミライは唇を噛む。


『…この島にそんな悪意が入り込んでいること自体が、私は恐ろしいです。この悪意が、謎の多いサンドスターやセルリアンにどんな影響を及ぼすか検討もつかないのに…。何も、起きなければいいのですが…』






……


No.3 ■月■■日 録画地点:さばんなちほー


『ラッキー達への干渉禁止令の解除と一斉通信もうまくいき、島中に緊急事態を知らせることに成功しました。フレンズさん同士の伝達も早く、皆さん安全な所に身を潜めてくれているようです』


顎に伝う汗を腕で拭うミライ。どうやらさばんなちほーの木陰で休憩中のようだ。

密猟者の情報を集めている途中なのだろうか。


『すごいよねーその子。私達は走り回ってみんなに声をかけたのに、動かなくても島中に声を届けられるんだもん』

『ふふ、すごいでしょう?時々フリーズしてしまうのが玉にきずですが、自我に近い自立思考型AI、優秀な通信機能、その他便利な機能の数々をこの小さい体に搭載した有能なパークガイドロボットで――』

『うんうんよくわからないけどすごいのはわかったよ。ねぇそれよりミライさん。鳥の子達に協力してもらって、空からも探してもらえばいいんじゃないの?』


地面に伸びてミライと受け答えをしているのは、ロッジの記録にも映っていたサーバルだ。


『あんたね…それだと鳥の子達が危ないじゃないの』


伸びる彼女の側で呆れたように呟くのは、初めて見るフレンズだった。斑点模様はないがサーバルによく似た毛皮と大きな耳が特徴的だった。


『たかーいたかーい空の上からなら、平気なんじゃないかな?』

『そうですね…。でも、やっぱりフレンズさん達には危険な目には遭ってほしくないので…。だからサーバルさん達にも、そろそろどこかに避難してもらいたいのですが…』


困ったような微笑みを浮かべるミライに、サーバルともう一人のフレンズが詰め寄る。


『ホントに危なくなったら逃げるけど、それまではミライさんと一緒に居るよ!だって、そのみつりょうしゃってヒト、危ないんでしょ?』

『そんな危ないヒトに、一人で会わせるわけにはいかないわよ』


ぐいぐい詰め寄る二人に対し、ミライも譲らなかった。


『そんな危ないヒトが狙っているのはフレンズさん達なんですからね!本当に気をつけてください。私が本気でついて来ちゃダメって言ったら、ついて来ちゃダメなんですからね』

『…はーい』


しぶしぶ、といった様子で、サーバルは力なく返事するのだった。





……



三つ目の記録が終わったところで、博士がかばんを振り返った。


「あのサーバルは、このサーバルとは別の個体なのですね」

「えっと…そうみたい、ですね」


かばんはサーバルをちらりと見た。

ロッジで初めて記録の中の「サーバル」を目にしたとき、彼女は唐突に涙を零した。

彼女にとって、もう一人の自分を眺めることは知らぬうちに負担になっていたりしないかと、少し心配になったのだ。


「…」


その心配は杞憂だったようで、サーバルは真剣な表情で映像に食らいついていた。

自分が今まで過ごしていた、のんびりとしたけものの世界とは全く異なる世界のやりとりを、少しでも理解しようと努力しているようだった。

気を取り直して、かばんも映像に視線を戻す。

映し出された四つ目の記録は、これまでのミライの話とは異なる、異質な物だった。




――No.4 ■月■□日 録画地点:■■■■




ノイズが混じる、真っ暗な画面。

いや、よく見るとぼんやりと岩や木々と影が見て取れる。どうやら夜中の、森かどこかの映像のようだ。ミライの姿はない。


「…?何これ?」


今までとは全く様子の違う記録に、サーバルは眉間に皺をよせた。


『――…!』


何か、叫び声のようなものがわずかに聞こえた。

それは何度も何度もあがるものの、発している存在から距離があるのか、雑音が混じり、何を言っているのかはっきりと聞き取ることはできなかった。

と、


『…密猟者ト思ワレル人物ヲ発見。暗視カメラヲ起動。ズームアップシマス』


聞き慣れたボスの声が、映像の中から聞こえてきた。瞬間。

パッと視界が急に緑に染まり、影でしか捉えられなかった木々の姿がはっきりと見えるようになった。


「うわっ!何これ何これ!?急に見えるようになったよ!?どうして!?」


不思議な出来事に驚くサーバルだったが、まだまだ不可思議なことは続く。

緑に染まった視界の中心部が、ぐんと拡大されて映し出されたのだ。

大きく映し出されたのは、岩に腰掛けて足を揺する、一人のヒトの姿。

その姿はミライとも、かばんとも、そしてフレンズ達とも異なる体と顔の作りをしていた。

しきりに何かを叫んだり、ぶつぶつと呟いたりしているようだが、声は聞き取れない。

はっきりとはわからないがぼんやりと映る表情を見るに、相当苛ついているようだった。


「不思議…まるで目はすぐそばで見てるのに、耳は遠くにあるみたい」

「これもラッキービーストの能力なのでしょう。しかし…これがみつりょうしゃですか。なんともパッとしないヤツなのです」


サーバルとは反応は違うものの、トキも同じように不思議な現象に驚いている。

博士はその現象がラッキービーストの力によるものだと理解しているようだった。

しかしかばんはそんなことよりも、明瞭になった密猟者の姿に釘付けになっていた。

ミライとはまた違うヒトの姿に見とれていた訳でもなく。

狂ったようにぶつぶつと一人呟いている密猟者が、一心不乱に撫で回している手の中の道具に、何故か意識が奪われていた。


(なんだろう、アレ…。初めて見る物だけど…すごく、気になる…)


闇の中で怪しく光るその道具は無性に神経を刺激して。

その道具を触る密猟者の手を、かばんは食い入るように見つめた。


(…不思議な形…アレもヒトが作った道具なのかな…。何に使うんだろう…?変わった持ち方…親指を引っかけるところがあるんだ――あ、親指の所が動いた)


かばんは無意識のうちに密猟者の持つ道具の使い方を、彼の手の動きから学んでいく。

それが興味本位なのか、ヒトの知識欲から来たものなのか、理由はわからなかった。

密猟者の人差し指が、その道具の一部品に引っかけられる。




刹那。






バァンッ!!!!






「――ッ!!?」


一瞬の閃光。響き渡る破裂音。


何かが脳を突き抜けるような衝撃がかばんを襲い、思わず尻餅をついた。

何が起こったのか理解が遅れる。

心臓が壊れたように暴れ、呼吸が乱れた。


「い、今のは…」


一体何だ。何かが目の前で炸裂したような感覚。

この爆裂音は、あの道具が生み出したのだろうか。

あれは一体どういう道具なんだ。

かばんはその疑問を埋めるため、呼吸と姿勢を整えながら映像に目を向け直そうとした。

しかし。




「かばん!!その記録を止めるのです!!」




切迫した博士の声が背後から響き、かばんは驚いて振り返る。

そして、言葉を失った。


「ヒッ…ヒィッ…!」

「あぁあ…うあぁ…!」


軽くパニックを起こしたような、うわずった声をあげながら床に伏せているトキと、そんな彼女に寄り添って丸くなっているアルパカ。

荷物を床にばらまいて舞い上がり、大木の枝に身を隠すショウジョウトキ。

すぐそばにいたはずなのに、遠く離れた机の下に潜り込み、尻尾を逆立てて背中を丸めているサーバル。

そして。


「グルルルルッ…!!」

「ゴルルルッ…!」


真っ青な顔をしたヘラジカやツチノコに抑えられながらも、牙を剥き出して唸り、冷静さを失った双眸を光らせるタイリクオオカミとライオンの姿が、その目に飛び込んできたから。


「早くッ!!」


タイリクオオカミとライオンを正面に捉えつつ、顔だけかばんの方を向け、博士が滅多に出さない声で怒号をあげる。

皆の様子に呆然としていたかばんはその声に我に返ると、慌ててボスに向かって叫んだ。


「ラ、ラッキーさん止めて!!記録を見せるのを、やめてください!!」


かばんの声に反応したボスが、耳を明滅させると、映し出されていた映像はぷつりと消えてなくなった。


「落ち着くのです、二人とも。大丈夫なのです。我々を脅かす物は何もない、何もないのです」


映像が止まったことを確認し、博士はタイリクオオカミとライオンに向き直り、頭の羽根を広げたまま宥めるように声をかけた。

すぐに二人は瞬きと共に目の煌めきを収め、全身に張り詰めていた力を抜いた。


「あ……わ、悪かったね…。私としたことが、少し、取り乱してしまったようだ…」


自分の体を抑えてくれていたツチノコに頭をさげつつ、タイリクオオカミは申し訳なさそうに尻尾を垂らした。


「今の…なんだったんだ…?あの音聞いた瞬間、理性がぶっ飛んだというか…あの音を出した物をなんとしても消さなきゃって、勝手に体が動いてたんだけど…」


腰が抜けたように座り込みながら、ライオンが疲れたように、誰にという訳でもなく訊ねる。

博士とかばんが止めるのが遅ければ、ボスはライオンたちに破壊されてしまっていたかもしれない。


「わ、わからないのです…。しかしあの音が、異常に我々の神経を激しく刺激するような…我々を本能的に脅かすような何かであることは確かなのです…」


どんな疑問にも答えてくれる博士にもわからないことはあるようで、明らかな動揺を表情に見せながらぽつりと答えた。

激情に駆られたオオカミとライオンの姿を見て、咄嗟に動くことができたツチノコとヘラジカも、完全に勢いを失っている。


「うっ……」


未だにトキは白い顔をいつも以上に白くし、頭を抱えてうずくまっていて。

机の下から恐る恐る這い出してきたサーバルは、するりとかばんの足下に寄り、トキと同じようにうずくまった。

尻尾を体に巻き付けて震えている。


「かばんちゃん、今の何…?わたしこわい…こわいよ…」


頭の耳を押さえるサーバルの背中を優しく撫でてやりながら、かばんは考える。

自分以外の皆が完全に取り乱す中、比較的冷静に思考を巡らせることができる自分に、嫌な感覚を覚えながら。


「――あの密猟者…変わった道具を持っていました。その道具が一瞬火を噴いたようにも見えて…あの音がしたんです。きっとあれは、動物やフレンズさんを脅かす道具なんだと思います」

「強烈な音だけでなく、火まで噴くとは…なんと恐ろしい道具なのです…。みつりょうしゃは恐ろしいヤツなのです…」


ぶるっと身震いをし、博士は頭の羽根を忙しなく動かした。

確かに恐ろしい道具だと、かばんは思う。しかしどうも何かがかばんの胸に引っかかった。

火を噴いて、凄まじい破裂音を立てて、フレンズ達を錯乱させる――

何が引っかかっているのか自分でもわからない。この違和感の原因はなんなのか、考え込もうとしたかばんだったが。


「それでかばん…。記録の続き…見ないのですか…?」


博士が若干の躊躇いを挟みながらも続きを促してきて、思考を中断せざるを得なかった。


「あっ…そ、そうですね。もう少しだけ…」

「ひっ…」


トキが喉の奥で声をあげる。かばんは俯きがちにごめんなさい、と小さく溢した。


「…どなたか、トキさんと一緒に外で荷造りをお願いできませんか?」

「――私が行こう」


なんとかいつもの調子を取り戻した様子のヘラジカが、震えるトキに手を貸して彼女を外へと連れ出す。

ずっとかばんの足下に寄り添っていたサーバルも、ぎゅっとかばんのズボンの裾を握りしめると、意を決したように立ち上がった。


「大丈夫?サーバルちゃん…」

「うん、もうへーきだよ。かばんちゃんが知りたいこと、わたしも知りたい」


かばんは無言で頷くと、待機していたボスにもう一度声をかけた。


「ごめんなさい、ラッキーさん。続き、お願いします」

『ワカッタヨ、カバン。五ツ目ノ記録カラ再生スルネ』


すぐに映像が再開される。

今度映し出されたのは、異質な四つ目の映像とは異なり再びミライの姿だったものの。


その彼女の表情は、酷く怒りに満ちていた。



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