対 密猟者②
No.5 ■月■×日 録画地点:へいげんちほー
『――昨日から今日にかけて、大きな動きが二つありました』
そう話を切り出したミライは、ジャパリバスの運転席のような物を運転している最中のようだった。
眉間に皺をよせたまま正面を見つめる彼女の後ろで、窓の外を風景が流れていく。
『一つは、各地で試運転中のラッキー達に密猟者の捜索をさせていたところ、昨晩ようやくその姿を捉えることに成功したことです。送られてきた監視映像から、彼の精神状態はかなり不安定な様子であることがわかりました。しっかり隠れているフレンズさん達に遭遇できず、かなり苛立っているようでした』
ハンドルを握り直し、深く息を吐いた後、ミライはさらに続けた。
『そしてもう一つ。信じられないことに、今朝密猟者の方からコンタクトがありました。ラッキーに監視されていることに気付いた彼は、通信機能を搭載していることを知って、こちらに通信を繋いできたんです』
ミライの表情に険しさが増す。
『ここのフレンズ達を【しつけ】しているのはお前達か、と。訳がわかりませんでした。とりあえず彼を説得すべく、これをチャンスに彼の目的や要求を聞き出すことにしました…』
ブオオ、と乗り物が一際大きな音を立てて加速したように見えた。
『…サーバルさん達を置いてきて良かった…。今回の記録は、あまり彼女たちには聞かせたくない内容になりそうなので…ちょうどよかったです』
ミライの独白を聞いて、かばんは思わずサーバルの姿を横目で確認した。
そのサーバルは、自分のことを見つめていて。偶然目が合う形になる。
ドキッとしたかばんに、サーバルは何も言わずただ首を振った。
気にしないで、とでも言うかのように。
どうするべきなのか、かばんが判断に躊躇している間に、ミライは続きを語り出した。
『ジャパリパークでの密猟。おおよそその目的は…動物たちの角や牙、毛皮の売買を狙った犯行、もしくは希少動物、絶滅動物または――フレンズそのものの売買を狙った犯行かと思っていました』
ミライが何を言っているのか、かばんは理解できなかった。理解したくなかったのかもしれない。
【売買】とは、一体なんなのだろうか。何をすることを指した言葉なのだろうか。
よくわからないが、胸の奥がざわざわとする感覚がやけに気持ち悪かった。
そこへ追い打ちをかけるかのように。
『今回侵入した密猟者の目的はそのどちらでもなく――』
ミライが口にした言葉は、かばんの胸を容赦なく抉った。
『――単なる狩猟目的。つまり、ただフレンズを狩って命を奪う純粋なハンティング…命のやりとりを楽しむことを目的としているようです』
「な…」
目眩がした。
意味がわからない。
ただフレンズの命を奪うことを、楽しむ…?
その言葉を脳内で反復しただけで耐えようのない吐き気がこみあげてきて、かばんは口を押さえた。
しかし、彼女を案じて声をかけるほどの余裕が残っているフレンズもいない。
皆、ミライの放った一言が呪いの言葉だったかのように、凍り付いてしまっていた。
『武装が拳銃一丁の時点で何かおかしいとは思っていましたが…。おおよそ周りが持っていない特別な力を手に入れることができ、「自分は強い」「なんでもできる」という狂った優越感に捕らわれてしまったのでしょう。支配欲、力の誇示…そんなくだらない理由で、フレンズさんの命を狙うなんて…セルリアンが可愛く思えてしまいます。本当に、腹立たしい』
吐き捨てるように呟いたミライの顔は、怒りと憎悪に染まっている。
『そして彼が吐いた【しつけ】という言葉…フレンズさん達が戦いを避け、みんなで協力して彼から隠れていることが非常に気にくわないようです』
一呼吸置いてミライが続けた言葉は、気が遠くなりかけていたかばんと博士の意識を一気に覚醒させた。
『フレンズ達は【野生の本能】を忘れてしまっている、獣の世界は弱肉強食があるべき姿のはず、ヒトの体と知能を得た獣はどんな命のやりとりを見せてくれるのか期待していたのに、これでは面白くない、拍子抜けだ…と』
野生の本能。弱肉強食。
後者の言葉の意味はわからなかったが、前者の言葉は今現在自分たちを苦しめている騒動と密接に関係している。
「…つまりみつりょうしゃは、野生の本能を剥き出しにした我々との戦闘を望んでいた…ということですか」
「そういうこと…だと思います」
確かめるような博士の呟きに頷くかばん。
それからかばんは鬼気迫る表情をして、何も言わなくなった。
その隣で、よくわからないよ、とサーバルが泣きそうな声を溢した。
「どうしてそんなことするの…?そんなの、自分も相手も危ないだけじゃない」
サーバルの疑問に、博士が質問で返す。
「サーバル、お前は狩りごっこや木登りが好きでしたね。なぜ好きなのですか?」
「えっ…?えっと…楽しい、から…?」
博士の黄色い瞳がサーバルを射貫いた。
「――だからなのですよ。みつりょうしゃにとって、我々と命のやりとりをすることは、お前にとっての狩りごっこと同じくらい楽しいことなのです」
「…」
サーバルはそれ以上何も言わず――何も言えずに俯いた。
いつの間にか荷造りを終え、記録を見ることに集中していた他のフレンズ達は、サーバルと同様に悲しみに表情を染める者もいれば、怒りに身を震わせている者もいた。
『――好戦的なフレンズを出せ、戦わせろ、と要求してきたのでそれは無理だと断ると、通信を切断されてしまいました。しかし昨日の監視映像と今朝の通信記録から、彼の現在地が特定できたので、現在調査隊全員で急行中です』
悪路を走る振動でずれてしまった眼鏡を正しながら、ミライは呻くように呟く。
『…彼の現在地は、サンドスターの山の麓付近。非常にまずいです。あの辺りは、あの厄介な大型黒色セルリアンの縄張りだというのに…!』
……
No.6 ■月■×日 録画地点:ロッジアリツカ
映像が切り替わる。
一つ前の激昂する様子から一転、自失気味の生気を失った顔をしたミライが映し出された。
『…やられた…』
ミライの背後、奥の方ではミライと似た恰好をしたヒト達が忙しなく動いているのが見える。
何かあったのだろうか。まさか、みつりょーしゃがフレンズを見つけ出して――
ぞわり、とサーバルの背筋に寒気が走ったのと、記録の中のミライが口を開いたのは同時だった。
『――密猟者が、大型セルリアンに捕食されました』
「えっ…」
予想だにしていなかった言葉に、サーバルもフレンズ達もざわつく。
しかしかばんは違った。
深刻な表情をしているが、ミライの言葉に冷静に耳を傾けている。
まるでこの事態を、予測していたかのように。
『密猟者の捜索に当たっていた私達は大型セルリアンに遭遇。その体内に彼が取り込まれているのを発見。救出に当たろうとしましたが、やはりあのセルリアンは他のどの個体よりも厄介です…。手の施しようがありませんでした。現在ロッジに待避中。対策を考えているところです』
図書館の本のような何かをぱらぱらとめくるミライの声色は、やはり重い。
『あの大型黒色セルリアンは少し特異な個体のようで、サンドスター・ロウを呼び寄せて成長や自己修復することが可能だったり、明るいものに反応したりと、他のセルリアンには見られない特徴も多々有していました。しかしまさか、人間を捕食してしまうなんて…。もう二度と、あんなことは起きないでほしいと思っていたのに…』
本をめくるミライの手が震える。
『ひょっとしたら、セルリアンを見つけた密猟者が何もわからないまま攻撃を加え、刺激してしまったのかもしれません。自業自得、と言ってしまえばそれまでなのですが…だからと言って彼の命を見捨ててしまっていいことにはなりません。彼にはその罪を償い、考えを改めてもらう必要がありますから。…うまく救出が成功し、騒動が収束すれば、ですが…』
震える手で本を閉ざしたミライは、眼鏡の奥の瞳をまっすぐこちらに向けてきた。
『――彼の行いは衝動的で無計画…上の人たちが言ったように、大した脅威ではなかったかもしれません。ですがその悪意と野望は強烈でした。そしてその悪意に満ちた魂ごと、彼はセルリアンに捕食されてしまった。…私の杞憂ですめばいいのですが、もしかするとこの先、恐ろしいことがおこってしまうのではないかという考えばかりが浮かんできてしまうんです…』
背後のヒト達が、ミライを呼んでいる。
彼女は立ち上がりながら、こちらに向かって手を伸ばした。画面が小さく揺れる。
おそらく、ラッキービーストを撫でているのだろう。
『自分の身に何が起こってもいいように…もし私達があのセルリアンを処理しきれなかったときのためにも、私はできる限りの情報を残しておきたいと思います。ラッキー、もう少し私の独り言に付き合ってね』
……
ぷつり、と映像が消える。ボスが身を捻って、かばんを見上げてきた。
『一応、次ノ記録ガ最後ミタイダヨ』
フレンズ達は休む間もなく流れる記録に慣れず、情報過多気味で疲れたように頭を抱えている者がほとんどだった。
博士やツチノコでさえ、眉間に皺をよせて呻っている中で。
「わかりました、お願いします」
かばんはこくりと頷いて、まだ何も映し出されていない壁に、睨み付けるような目を向けた。
さすがに根を詰めすぎているその様子に、サーバルは心配になって声をかける。
「かばんちゃん、ちょっと休んだ方が――」
思わずサーバルは声を止めてしまった。
壁を見つめるかばんの横顔は、見たことのないぐらい真剣で、深い光を灯す瞳には言いようのない迫力があった。
しかし親友の声はしっかりとその耳に届いたようで。
かばんはハッとしたように表情を崩すとサーバルを振り返った。
申し訳なさそうに眉をさげるその姿は、普段通りのかばんだった。
「ご、ごめんねサーバルちゃん。さっきから嫌なお話ばかり見せてるよね。みなさんもごめんなさい…!あとちょっとだけあるみたいなので…」
「いや、私達のことは気にしてくれなくてもいいが…無理は禁物だよ。頭を使うことも体力を激しく消耗するからね」
腕を組むタイリクオオカミの言葉に、かばんは大丈夫です、と返した。
「あのボクに対抗するためには、ボク自身もっといろいろ知っておかなければいけないと思うんです。考えることは、ボクの唯一の取り柄だから…」
かばんはボスに目を向ける。ボスは小さく尻尾を振ると、壁に向き直って映像の投影を始めた。
……
No.7 ■月××日 録画地点:スタッフルーム
『密猟者侵入事件について、大型セルリアンの捕食騒動以降の出来事を記録しておきます』
再びミライは、あのパーク内とは思えない不思議な部屋の中で椅子に腰掛けていた。
『救出作戦は失敗が続きましたが、その後捕食されていたはずの密猟者が山の麓で倒れている状態で発見されました。おそらく、セルリアンが彼を吐き出したのだと思われます。確保された密猟者は…たとえるなら抜け殻のような状態でした。受け答えもできず、意思もなく、ただただ空っぽの…人形のような…』
自分の腕をさするミライの目には、恐怖の色が浮かんでいた。
『一方で大型セルリアンですが、私が心配していたような暴走行為を始めるようなことはありませんでした。ただ…不気味なんです。縄張りである山の麓に陣取って、まるで冬眠中の動物のように動かなくなりました』
そして、と眼鏡の位置を正すミライ。
『大きな二つの変化が観測されました。一つは、活動はしなくなったものの以前よりも積極的にサンドスター・ロウを取り込もうとする行動が見られるようになったこと。近付いてきた同族であるセルリアンを喰らう…共食い行動まで見られました。本当に少しずつではありますが、肥大化している傾向があります』
かばんの頭の中で、バラバラの情報が紡ぎ合わされていく。
『もう一つは、弱点である【石】――コアに似た物質が、セルリアンの体内にもう一つ形成されたということ。通常セルリアンはコアを一つしか持たないはずで、この現象は初めてです。とても小さいコアのようですが…そのコアの周りに、より密度の高いセルリアンの体物質が集まって、包み込んでいるようにも見られました』
考えすぎかも知れませんが…と小さくミライは溢す。
『コアを包み込む体物質…単に新しくできたコアを保護しているだけだと思うのですが、私にはあれが、その…ヒトの…児のようにも見え…』
口に手を当てたまま、確信なさげにもごもごと呟くミライの言葉ははっきりと聞き取れなかったものの。
かばんは彼女が放った【ヒト】という言葉だけは聞き漏らさなかった。
『――個人的な感想よりも、大事な報告に話を戻しましょう。…活動しなくなったのは討伐のチャンスと思い、何度か討伐チームを組んで挑みましたが、身に危険が迫るとしっかり反応は返してくるので、これまでと変わらず手の打ち所がない状態です』
ミライは椅子から立つと、壁に掛けられた紙のようなものをぺらりとめくった。
フレンズ達はさっぱりわからなかったものの、かばんにはそれに書かれたものが【数字】であることがわかった。
その数字が何を意味しているのかまではわからなかったが。
『結局あの大型セルリアンに対してパーク内の私達にできることはないと判断されてしまったようで、密猟者騒動で延期になっていた外部からの討伐作戦はやはり実行に移されることになりました。パークから全職員が退去する日も近いですね…。パークにあんなものを持ち込むのは賛成しかねますが…あれでうまくセルリアンを討伐できることを願うばかりです』
紙から手を離し、ミライは顔をこちらに向ける。その顔は、少し暗かった。
『……密猟者と充分に会話できないまま、このような形で彼と決着がついてしまったのが、個人的にとても心残りです。彼の説得中にぶつけられた言葉が、未だに頭の中をぐるぐる回っていて…もやもやするんです。私は…私達は――』
その時。
まだミライの記録は途中だというのに、急に映像がぷつりと止められてしまった。
かばんとフレンズ達が、眉を顰めてボスを見る。
『…カバン、続キガ気ニナルカモシレナイケド、2号カラ通信ガ入ッタヨ。向コウノ作戦トタイミングヲ合ワセルタメニ、ボクタチモソロソロココヲ出発シタホウガイイ』
「…時間なのです。かばん、情報収集はここまでなのです。お前の考えは、向こうに着いてからまた教えてほしいのです。…いけますか?」
ミライの言葉の続きも気になる。
だが、ほしかった情報はだいぶ手に入った。
自分の推測が正しければ。
おそらく、あの黒い自分のルーツは――
「わかりました。――いけます」
「いよいよ決戦だ。覚悟はできてるよな」
低い声で凄むライオンは皆を見回す。アルパカがごくりと唾を飲み込んだものの。
だれも、逃げ出す者はいなかった。
「走りに自信がない者は、足の速い者や我々鳥組に運んでもらうのですよ」
ショウジョウトキがツチノコを運ぶ準備をする。ライオンが、外で待つヘラジカたちに声をかける。アルパカが大きな荷物をまとめて背負い上げる。
サーバルが、ボスを抱えるかばんの側へ歩み寄る。
「サーバルちゃん、お願いしても良いかな?」
「任せて!かばんちゃん軽いからへーきへーき!」
そう言いながら両手で体を抱き上げようとしたサーバルを慌てて制し、かばんはボスを鞄に入れるとサーバルの背中におぶさった。
「こ、こうやって背中に背負ってもらうよ」
「えへへ、かばんちゃん、鞄みたい」
ふわっと笑うサーバルは、あんな映像を見た後にも、決戦前にも関わらず、いつもの調子を取り戻していた。
それはきっと、自分のためでもあるのだと、かばんはぬくもりの伝わる彼女の背中から感じていた。
どんなときも肩肘を張りすぎず。いつも通りの自分で。
「…ありがとう、サーバルちゃん」
かばんはフレンズ達を見回して、短く一言はっきりと告げた。
「――行きましょう」
…
『んー…ダメダ、やっぱり聞こえないヤ。何もあんな頑丈な箱に閉じ込めなくてもいいのニ』
その体に大量のサンドスター・ロウを通しながら、黒いかばんは大きく伸びをして大地に寝転がった。
『図書館のみんなが何してるのかわからないのは面白くないなァ。でモ、あの青い子をつかって何かこそこそやってるみたいだシ、そろそろ何か動きがあるかナ?』
頭元に近付いてきた小さなセルリアンを指先でつつきながら話しかけるものの。
そうだね、なんて返事を返してくるはずもなく。
『会話相手もできないんだネ。面白くないナ』
薄い笑みを浮かべた黒いかばんは、そのセルリアンを掴むと遠くに投げ飛ばした。
アトラクションの柱にぶつかって跳ねるその姿を見て、クスクスと笑う。
と。
『ン?』
不意にその笑みが消え、黒いかばんは動きを止めた。
『誰かが山に近付いてル?そうだよネ、山があんなことになってたら気になるよネ』
グローブをつけた両手をこすり合わせ、黒いかばんはにぃと笑った。
『面白いものが見れそうだなァ…』
血のように真っ赤な瞳が、ぼんやりと光を放った――
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