対 火山①
――正面に見える山の姿が、かなり大きく見えるようになってきた。
運転席にまで身を乗り出してその山を見つめるリカオンの手に、無意識に力がこもる。
そんな彼女の後ろでは。
「セ、セルリアンなのだ!さっきセルリアンがいたのだ!目が合っちゃったのだー!」
「落ち着いてーアライさーん。この速さのバスに追いついてきたりはしないと思うよー」
大騒ぎしているアライグマと、のんびりかわすフェネック。
真逆のテンションの二人が先ほど窓の外に見えたセルリアンの話をしていた。
「それに今からセルリアンがたくさん待ってる山に行くんだから、一匹程度で騒いでちゃだめだよー」
「なんでフェネックはそんな余裕なのだ!?」
二人のやりとりに苦笑しつつも、フェネックの言葉は正論であるとリカオンは感じていた。
一匹程度で動揺していてはいけない。この先は何が待ち構えているかわからない。
もしかしたら今この瞬間にでも襲撃があるかもしれないし――
「あ…」
大きな耳を震わせ、フェネックがふいに正面を見る。
つられてアライグマも、リカオンも振り返った。
その視線の先で。
「ふええええぇっ!?」
木の葉を散らしながら、バスの正面に突如中型のセルリアンが躍り出た。
まるで通せんぼをするかのように、触手を大きく広げている。
「やっぱり――!」
身構えるリカオン。フェネックにしがみつくアライグマ。
そして。
『マカセテ』
たった一言そう声をあげるボス2号。
バスはスピードを落とすことなくセルリアン目がけて突っ込んでいく。
「ああああー!!」
セルリアンが迫る。
瞬間バスは全ての窓をシャッターや強化ガラスで塞ぎ、走行しながらシェルターモードを起動した。
「おぉー壁がでてきたね」
「なんなのだこれええ!?」
大騒ぎするアライグマのことなど気にも留めず。
そのままバスはセルリアンに正面から激突し。
その体を貫いて、背中にあった弱点の石を吹き飛ばした。
パッカーンと小気味のいい音を立てて、セルリアンの破片が遙か後方へ流れていく。
『ジャパリバスノ車体ハ、トッテモ頑丈ナンダヨ』
バスを通常の状態に戻しながら得意げに語る2号を、アライグマは涙目で睨んだ。
「運転と言い今のセルリアン退治と言い、このボスちょっと乱暴なのだぁ…」
ラッキービーストに個性があるのかどうかはわからないが、2号の見せる荒っぽい一面にアライグマは文句を漏らした。
…
それにしても、とリカオン。
「増えてきましたね、セルリアン」
「そだねー。やっぱり私達のこと待ち構えてるっぽいねー。頼りにしてるよハンターさん」
アライグマの頭をぽんぽんと軽く叩きながら、フェネックはリカオンに笑みを向ける。
指の関節を鳴らした後手首を振って、リカオンは長い息を吐いた。
「オーダー了解ですよ」
その時。
ギャギャギャ、とタイヤが大きな音を立てるのが聞こえ、体がぐんと横に引っ張られた。
倒れないように踏ん張った三人は、バスが止まったのだと気付く。
『ツイタヨ』
ぴょこん、と運転席から客席側に跳び上がり、2号が短く告げた。
運転席の正面には大きくそびえる山の姿があった。
フェネックが立ち上がり伸びをする。
アライグマはぐぬぬ、と呻いていたが、自分の両頬を一度手で叩くと顔を引き締めた。
「よし…行くよ」
拳を硬く握りしめ、リカオンはバスの扉を開いた――
…
先陣を切って走るリカオンの後方で、アライグマとフェネックが寄り添いながら走る。
山の地形に詳しいハンターのリカオンは、セルリアンに発見されづらいルートを選びつつ山頂を目指した。
途中何体かのセルリアンに遭遇したが、冷静に石を打ち砕いて仕留め。
死角にいたセルリアンも、不意を突かれる前にフェネックが自慢の聴力で存在に気付いて教えてくれたので、落ち着いて対処することができた。
しかしそれも山の中腹ぐらいまでしか通用しなかった。
そこから上の地形は何故かほぼ更地に近く、身を隠すようなものがないのだ。
つまり、正面突破しか方法がない。
(まずは五体…)
鋭利な爪を光らせる凶暴化セルリアンの位置を岩陰から確認し、道筋を脳内で編む。
「っし!」
飛び出し、一気に肉薄する。
軽快なフットワークで攻撃のチャンスを相手に与えることなく、的確にセルリアンの石を砕いていくリカオンの姿に、アライグマはついつい口を開けたまま見とれてしまう。
「すごいのだ…」
「ついてきて!」
足を止めずに声をあげたリカオンに、アライグマは先に走り出したフェネックから遅れないよう後を追うのだった。
…
「ついた…!」
何体ものセルリアンを打ち砕いた拳がじんじんと痺れるのを感じながら、リカオンは声を上げる。
目の前にはゴウゴウと黒いサンドスターを吐く火口が広がっていて。
自分の存在に気付いたセルリアン達が、大きな目をぎょろりとこちらに向けた。
「うわっ…山頂にも結構いるねー」
「大丈夫…この数なら、なんとか捌ける…」
少し耳を寝かせて戦くフェネックに安心するよう声をかけながら、リカオンは右へ左へと目を走らせた。
大きさは小型から中型。
武器は爪の生えた腕。
あの腕にさえ気をつけていれば大丈夫。
冷静かつ早急に敵を分析するリカオンは、一体のセルリアンに目を留めた。
(アイツ…)
その個体は他の凶暴化セルリアンが有している腕は持たず、代わりに翼のようなものを生やして宙に浮いていた。
だらりと垂れ下がった蔓のような二本の触手が、ゆらゆらと風に揺れている。
(翼の生えたセルリアン…初めて見た…。厄介だな…)
いくら身体能力の高いフレンズ達といえど、鳥のフレンズでもない限り空を駆けることはできない。
高所に浮遊した敵相手は、リカオンたちにとってあまりにも不利だった。
翼のセルリアンを睨んでいたリカオンは、ゆらりと動き出した地上のセルリアン達の気配を察知して即座に構える。
「中型は私がやりますよ…。悪いけど、取りこぼした小型のセルリアンの処理は手伝ってもらっても良いかな?」
「ち、ちいさいのぐらいだったら、アライさんでもやっつけられるのだ…!」
「ぷちっとやっちゃおー」
アライグマとフェネックが頷くのを確認し、リカオンは野生解放する。
瞳を光らせ、体からサンドスターの輝きを溢れさせながら、硬い大地を蹴って走り出した。
「よっ…!」
飛び出してきた小型のセルリアンを踏み台にして跳躍。
石を踏まれたセルリアンが弾けるのを目視で確認し、空中で身を翻すと。
「うりゃあ!」
中型セルリアンの頭上にあった石に向かってかかと落としを見舞う。
石がひび割れ、セルリアンの体が膨張するのを見て、リカオンは体勢を整えた。
セルリアンの体が破裂する。
その爆風を利用して、リカオンはさらに高く跳躍する。
狙うは、こちらを不気味に見つめる翼のセルリアン。
「――っ!」
手を伸ばし、垂れ下がる触手を捕らえようとするが。
あと少しの所でひらりと躱され、リカオンの手は空しく虚空を掴んだ。
重力に体を引かれながら反撃に備えて身構えるが、翼のセルリアンは特に攻撃してくる様子はなく、ただじっとこちらを見つめている。
(…ダメだ、コイツは後回しにしよう…。地上の敵を片付けるんだ)
落下地点で待ち構えていたセルリアンが振るってきた腕を蹴りで相殺し、着地する。
空中から見下ろしてくる翼のセルリアンを意識しつつ、リカオンは地上のセルリアンを素早い動きで殲滅していった。
…
「はーいよっと」
腕を振りかざして迫ってきた小型のセルリアンに、フェネックが足で砂を蹴り上げて目潰しし、怯ませると。
「これで最後なのだー!」
そのセルリアンの背後で跳び上がったアライグマが、指を組んだ両手を石めがけて振り下ろした。
パキンと石が壊れ、セルリアンの体が弾ける。
協力して小型セルリアンたちの処理を行っていた二人は、野生解放をする必要がなかった。
なぜなら。
「ふー…」
ほとんどの強敵を、リカオンが見る間に駆除してくれたからだ。
細く息を吐く彼女は、山を駆け上がった後休む間もなく無数のセルリアンの相手をしたというのに、呼吸の乱れをあまり感じさせなかった。
その無尽蔵のスタミナとハンターとしての技術に、アライグマは憧れの目で彼女を見つめた。
「ハンターってすごいのだ!」
「褒めてもらえるのは嬉しいけど…まだ終わってないよ…」
地上の敵を片付けたリカオンは、瞳の煌めきを収めることなく曇った空を仰ぐ。
依然として頭上には、翼のセルリアンがふわふわと不気味に漂ったままこちらを見下ろしていた。
「あのセルリアン、全然手を出してこないねー」
「どういうつもりなんだろう…」
同じように空を見上げ、首を捻るフェネック。
リカオンは警戒心を解くことなく、どうやってあの敵を排除すべきか思案する。と、
突如そのセルリアンの大きな瞳が、紅く鈍く光った。
『キィイイイ!』
翼を大きく広げて、耳障りな鳴き声をあげる。
来る――。
背後でアライグマとフェネックが思わず後ずさるのを感じながら、リカオンは姿勢を低くした。
しかし。
「え――」
想定外のことが起きた。
あろう事か翼のセルリアンは、自分たちに背を向けると山の麓の方へと飛び去っていく。
つまり、逃げ出したのだ。
「まずい…!」
リカオンは自分の未熟さを恨んだ。
遭遇した敵は絶対に見逃してはならない。仲間を呼んでくる可能性も捨てきれない。
ヒグマに常日頃から教え込まれていたことだというのに。
「くっ…!」
「リカオン!?」
慌てて後を追うために駆け出したリカオンは、咄嗟に足下にいたボス2号を抱き上げた。
どうすれば良いかわからない様子でうろたえるアライグマに、振り返って叫ぶ。
「あのセルリアンは私が!二人は四神像のことを頼んだよ!見失ったときのために、ボスを借りていきますよ!」
『アワワ…』
「わ、わかったのだ!」
「…気をつけてねー」
少し心配そうに眉を下げる二人を山頂に残し。
滑るように宙を舞い、一目散に麓の森へ向かって逃げていくセルリアンを、リカオンは猛然と追跡し始めた――。
…
一方で。
時を同じくして猛然と駆けゆくのはかばん率いる遊園地への突撃部隊。
戦闘能力の高いライオンやヘラジカ、タイリクオオカミを先頭にして、遊園地への最短経路を一直線に走る。
かばんはサーバルに背負われたまま、図書館で得た情報を脳内で整理していた。
後方では大きな荷物を背負ったアルパカと、彼女の負担が少しでも減るようにと、その荷物をまとめた蔓を上から引っ張り上げながらトキが飛んでいる。
博士はサーバルとかばんの横を併走するように滑空していた。
「博士さん…セルリアンについて、知っていることを教えてもらえませんか?」
そんな博士に、かばんは自分の考えをより確かなものにするために訊ねた。
そもそも自分はセルリアンについて、ほとんど知識がないのだ。
セルリアンの中でも特異な存在であろうあの黒い自分のことを考えるには、セルリアンについての基本的な知識も知っておく必要がある。
「お前はセルリアンについてどこまで知っているのですか?」
「えっと…石が弱点ってことと、サンドスターを食べるためにフレンズを追うってことぐらいしか…」
「食べられるとみんなのこと忘れちゃったり、お話できなくなっちゃったりするんだよね」
サーバルも走りつつ会話に参加してくる。疲れないのだろうか。
「セルリアンもサンドスターと同じく謎の多い存在なのです。奴らの本来の行動原理は【保存と再現】であるとも、【輝き】を奪うことであるとも言われているのです。生物や物質の持つ特性や感情、意思などの【輝き】を取り込み、保存…もしくは自らの体で再現しようとしているらしいのです」
「輝きの保存と、再現…」
「それはある意味素晴らしいことなのかもしれないのです。が、取り込まれる側からすれば脅威でしかないのです。輝きを奪われてしまえば、残るものは空っぽになった器だけなのです。フレンズの場合、輝きと共にサンドスターまで奪われてしまうので、元の動物の姿に戻ってしまうのです」
その言葉に、かばんの脳裏にミライの記録が蘇る。
「じゃあやっぱりあの密猟者は…」
「――黒セルリアンに感情や意思などの輝きを奪われてしまったのでしょう。ヤツの意思が輝きと呼べるほど綺麗なものであったとは到底言えないのですが」
博士は深い溜息をついて、一度大きく翼をはためかせた。
「弱肉強食の世界こそが獣のあるべき姿、本能を剥き出しにした命のやりとりが見たい――そんな強い…強烈で悪質な意思を、あの黒セルリアンは取り込んでしまったのです」
かばんは一度開きかけた口を閉ざす。…この言葉を口にしてしまって良いのか、わからなかった。
しかし、うやむやにしたままでは、きっと先に進めない。
禁忌に踏みいることを承知で、かばんは疑問を吐き出した。
「あの…【弱肉強食】って…なんですか?」
それまで無表情に近い顔で淡々と語っていた博士の表情が、明らかに曇る。
かばんは生唾を飲み込んで、博士の回答を待った。
「…お前もよく本能的に叫んでいるから、薄々感づいているのではないですか?我々フレンズは今でこそ全てのけものが友として仲良く共生できているものの、獣であった頃はもっと殺伐とした関係にあったのです」
博士は大きな目を伏せて、はっきりと述べた。
「喰う者と、喰われる者という関係に」
かばんを背負うサーバルの体が強ばった。
「弱い獣は肉となり、強い獣はそれを喰う。それが自然の摂理だったのです。あの密猟者はその自然の摂理を放棄して、争うことなく互いに協力して生きる我々の在り方が許せなかったのでしょう」
「……」
かばんは何も言えなかった。
密猟者の身勝手さに沸々と怒りと悲しみがわき上がってくる。
それを爆発させてしまわないように深い呼吸を繰り返し、かばんは未だに強ばっているサーバルの体を後ろからぎゅっと抱きしめた。
まるで氷が溶けていくかのように、サーバルの体に張り詰めていた力が抜けていく。
「ボクは…今のみなさんが…今のパークが大好きです…。本来の生き方とか、何が正しいかとか…よくわかりません」
サーバルの柔らかな髪に顔を埋めたまま、ゆっくりと想いを口にする。
「向こうのボクが勝手な正しさを押しつけてくるなら、ボクもボクで、ボクの思う勝手な正しさを押しつけ返したい」
「かばんちゃん…」
サーバルが軽く背後を振り返る。
かばんはサーバルを包んでいた腕を元に戻し、しっかりと掴まりなおした。
「このパークで出会ったフレンズさん達の優しさは、絶対間違いなんかじゃない…!」
…
「しまった…」
山の麓まで全速力で駆け下りたリカオンは、心底悔しげに呻いた。
足場の悪い山肌を駆けるリカオンに対し、障害物のない宙を行くセルリアンの方が圧倒的に速く。
森の中に逃げ込まれてしまい、完全に行方がわからなくなってしまった。
やってしまった。これだからヒグマにまだまだだと言われてしまうのだ。
リカオンは腕の中のボス2号に助けを求める。
「ボス…!さっきのセルリアンがどこに行ったか、わかったりしませんか!?」
『チョットマッテネ』
不思議な音を立てながら黙り込む2号。
リカオンは彼を抱く手に力を込めて、僅かな希望をその小さな機械の獣に託す。
しかし。
『エラー、エラー。サンドスター・ロウノ濃度ガ高スギマス。センサーガ正常ニ機能デキマセン』
「ボス…?」
2号が何を言っているのかはわからないが、あまり良くない結果だということはなんとなく伝わった。
『ゴメンネ、ココハサンドスター・ロウノ影響ガ強スギテ、ボクノチカラガ上手ク発揮デキナイヨ』
「…そうですか…」
『モウ少シガンバッテミルヨ』
俯いたリカオンを見て、2号はなんとかしなければと思ったのか、再度機械音を立て始める。
リカオンは2号を抱いたまま、振り返って山を見上げた。
(このままここに居てもらちが明かないかもしれない…。山頂に戻って二人と合流する方が良いかな…)
見えない敵を探し回っている内に、もしかしたら山頂が狙われるかもしれない。
そうなったら最悪だ。
ならば逃げ出したあのセルリアンは放置して、山頂に戻った方がまだマシだ。
ヤツが仲間を連れて帰ってきても、また自分があの二人を死守すれば良い。
リカオンは再び山を登ろうと、足首を軽く回す。
その時だった。
『――センサー検知。フレンズガ一名、コチラニ接近中』
「え…?」
『…セルリアンハ捉エラレナカッタケド、フレンズノ反応ヲ見ツケタヨ。誰カコッチニ近付イテ来テルヨ』
ボス2号は身を捻り、輝く目をリカオンに向ける。
『…カナリノスピードデ』
フレンズ?接近中?
予想だにしていなかった事態に、リカオンは困惑する。
こんなセルリアンだらけの所で、一体何を、一体誰が――
「――」
ガサッと枝を突き抜ける音が聞こえ、リカオンは山に向けていた視線を巡らせる。
視界に飛び込んできたのは、探し求めていた翼のセルリアン。
そして――
「…なんの、嫌がらせですか…」
その翼のセルリアンの触手に拘束され、宙に吊されたまま激怒の咆吼をあげてもがくフレンズ。
「ゴフーッ!ゴアアアアアッ!!」
――ヒグマの姿が、そこにあった。
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