対 ライオン⑨





図書館にボスから通信が入ってすぐのこと。


「正直ここにいるメンバーは私を含め、戦闘力に欠ける者が多いのです。皆で行っても被害が拡大する可能性の方が大きいのです」


皆で作戦を練る中博士が率直に述べたその言葉に、アライグマは露骨に項垂れる。


「ライオンとまともにやり合えるのは、戦闘経験豊富なハンターのリカオンか、元々の素質が高いオオカミの二人ぐらいなのです」

「なら、私達二人で――」

「そうしてほしいのは山々ですが、それだとここが手薄になるのです」


はやる気持ちを抑えきれない様子のタイリクオオカミに、博士は首を横に振る。


「ここに助手や、他の暴走フレンズが襲撃してくる可能性も捨てきれない。そうなったとき、残った三人でどこまで対抗できるか想像できないのです。――かばん達には悪いですが、加勢に行くのはどちらか一人です」


良いですか、と博士は一人一人の目を見つめた。


「今パークに何が起きているのか把握し、その解決に最も近いところにいるのはきっと我々なのです。我々がここで潰えてしまったら、この異変を止める糸口を誰も掴めなくなる。我々一人一人の命には、パークの行く末も懸かっていると思ってほしいのです。犠牲を最小限に抑える行動をとるのですよ」


非情とも思える選択。しかしそれは目先のことや感情に囚われず、全てのものと未来を見据えた選択で。

伊達に彼女はこの島の長を名乗っている訳ではないと、皆は理解した。


「じゃあ…」

「私が行きますよ。…いえ、行かせてください」


タイリクオオカミが動くよりも早く、リカオンが立ち上がった。

博士とタイリクオオカミが無言で見つめてくる。

リカオンはそばにあった鞄を抱え上げつつ口を開いた。


「…私は……今まで困難を共に乗り越えて来た大事な仲間を、守ることができませんでした。何も、できませんでした…」


一日の内に、ヒグマとキンシコウという頼れる二人を失ったリカオン。

目の前で我を失った二人を目の当たりにしつつも、何もできなかった彼女は、人知れず無力感に苛まれていたのだ。


「――これ以上、何もできないまま大事な仲間を失ってたまるか」


鞄を背負い、皆を振り返ったリカオンの目には、ボスから通信が入ったときと同様、野生解放の光が燃えていた。

タイリクオオカミはそれを見て目を閉じると、長い長い息を吐く。


「………わかった。任せたよ」

「…もし、長時間経っても戻らなかったらその時は――」

「いいやダメだね。その先は聞かないよ」


オッドアイの瞳が、どこまでも真っ直ぐ見つめてきた。


「戻ってくるんだ、必ず。かばん達をつれて、ね」


ドン、と背中を誰かに押され、リカオンはよろめいた。


「そうと決まれば早く行くのだ!本当はアライさんが行きたいけど…アライさんでは力不足なことぐらいわかっているのだ。だから…お願いするのだ!!」


アライグマに背中を押され続け、リカオンは彼女と共に図書館の外へ出る。


「さあ行くのだ!――東はあっちなのだ!」

「アライさんざんねーん。東はあっちだねー」


アライグマが自信満々に指さした方角とは真逆の方角を、後を追って扉をくぐったフェネックが親指で指し示した。


「かばんさんたちのこと、頼んだよー」


のんびりと、緊張感のない声を出すフェネックだが、その表情は真剣で。

リカオンは大きく一回頷くと、降りしきる雨をものともせず、風を切って走り出したのだった。









「こっちだ!」


ライオンの背後を取り、声を上げるヘラジカ。ライオンは咆哮を上げながら振り返る。


「てやああああっ!!」


その隙に今度はリカオンが背後に回って、ライオンの脇腹に強烈な打撃を見舞う。


「ッガ…!」


息を詰まらせながらも身を捻り、ライオンはリカオンに襲いかかろうとするも、そうすると次はヘラジカが角の一撃を振り当てる。


「素晴らしいな、リカオン!私の動きによく合わせてくれている!ぜひ我が仲間に加わってもらいたいものだ!」

「大事なチームから離れるわけにはいかないので、遠慮しときますよ!」


ヘラジカの武器捌き、足運びを冷静に把握しつつ、リカオンは動く。

初めての共闘とは思えない流れるような連係攻撃に、ライオンは完全に翻弄されていた。


「ゴルルルッ!ガアッ!!」


ヘラジカとの戦いでは、時折かばんとサーバルの姿を確認するように二人にたびたび視線をやっていたライオンだったが、リカオンの参戦により、もはやその余裕もなくなったようで。

獲物から意識を切り離し、厄介な外敵二人の排除に集中するかのように、その目はヘラジカとリカオンだけを捉えていた。


「…かばんちゃん、今のうちに…!」

「うん…!」


それに気付いた二人が、ひっそりと動く。

ゆっくりと後ずさりし、茂みの奥へと消えた。


リカオンはその様子を見て、一安心する。

二人を戦線から離脱させることができた。これは大きい。

後はライオンをどうするか――

思考を巡らせながらも攻撃の手を緩めない。その時だった。


「…ッ」


ヘラジカの突きを喰らったライオンが再び地面に膝を突いた。

かなり消耗してきているのだろう。


――このまま一気に攻め落とす。


ヘラジカの目配せからその意図を理解したリカオンは、ヘラジカと呼吸を合わせ、突撃の構えをとる。

だが、二人の足はそこで止まった。


「フーッ…ゴフーッ……グルルルルウゥゥウ…!!」


バチャッと膝だけでなく両手までも地面につき、息を荒げるライオン。

その手の指を、掌に爪が食い込むほど丸め込み、姿勢を低くして大きく呻る。


「ガオオオオオオオオッ!!!」


四つん這いのまま、サンドスター・ロウを溢れさせながら雄叫びを轟かせるライオン。

その姿はまさに獣だった。


「これは――」


ライオンの変化によからぬものを感じ取ったのもつかの間。

ライオンは四つ足の姿勢で大地を蹴って走り出した。

フレンズ化でヒトの骨格となり、二足歩行を獲得したけもの達。

四足歩行はこの身体にはむいていないはず。

それでもライオンの動きは、驚くほど俊敏で。


「うわっ!!」


体当たりをすんでの所でかわすリカオン。

泥で滑りながらも向きを変えたライオンは、手足を大きく広げて片膝を突き、四つ足のまま低い姿勢をとる。


「ふんっ!」


ヘラジカが地面をすくうように武器を振るう。角の先端が泥を捉え、ライオンの顔目がけてはね飛ばした。

ライオンは首をすくめて頭でそれを受ける。

ブルブルと顔をふるった後、忌々しそうに大きく吼えた。


「ついに手の使い方も忘れたか…?」


攻撃を手で防いでいた先ほどまでとはまるで異なるその様子に、ヘラジカは呻るように呟く。

ライオンは狂ったように吼え、手足を器用に動かして再び駆けだした。


「来ますよ!」


身構えるリカオンに向かって駆けるライオン。やはり、速い!


「本気モードってことですか…!?」


独りごちつつリカオンは姿勢を低くして応戦体勢を取る。

ライオンが、その間合いにリカオンをとらえようとした、瞬間。


「――…ゴアアァッ!!!」


グッと身を縮めたかと思うと、急に方向転換して手と足で身体を跳ね上げ、ライオンはヘラジカへと飛びかかった。


「狙いはこちらかっ…!」


空中で両腕を頭上に振り上げるライオンを見て、ヘラジカは前と同様武器の柄で受け止めようと瞬時に構える。

ごう、と振り下ろされた両手をがっしりと防ぎ、ヘラジカはライオンを見上げた。


武器に受け止められたライオンの両手は、指を丸めた猫の手の形のままで。

本当にヒトの手の使い方を忘れてしまったのかと、どんどんフレンズであった頃の理性を失っていく友の姿に、思わずやるせない思いがヘラジカの胸をよぎった刹那。



――ライオンの本当の狙いが別にあったことに、彼女は気付く。



「――」


リカオンが何かを叫ぶも。

ヘラジカは【それ】に。

ライオンが大きく開け放った口から覗く鋭利な牙に釘付けになっていて、聞き取れなかった。



「くそ…そんな攻撃、今までの手合わせでは使わなかったじゃないか…」



悔しげな笑みを浮かべて不平を漏らすヘラジカ。



その肩口に、ライオンの牙が深く、深く、突き刺さった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る