対 ライオン②


「――っ!!」


ライオンの頭をとらえた拳を、サーバルはそのままさらに、振り抜く。

完璧に決まった不意打ちに声を上げることもなく、ライオンは地面に叩きつけられた。

サーバルは器用に身を翻して着地すると、後ろに跳んで倒れ込んだライオンから距離をとった。


(やった…!!)

『ァ…』


一連の様子を少し離れたところから見守っていたかばんは、安堵の息を漏らす。

心なしかつま先立ちになって、自分と同じようにサーバルとライオンの様子を観察していたボスが、小さく声を漏らした。

…たった一度きりのチャンスを、サーバルはしっかり物にしてくれた。

後は、ライオンが目を覚ます前に、一刻も早くサンドスター・ロウを取り除いてあげなくてはならない。

ズボンのポケットに入れていたお守り石を取り出し、かばんはサーバルの元へ向かおうとした。





しかし。


「っ!?」


立ち上がろうとした彼女は、サーバルが倒れたライオンを睨み付けたまま、こちらに向かって手を伸ばし、手のひらを向けていることに気付いた。

――まるで、来るな、とでも言うかのように。


(どうして――)


と、疑問を投げかけようとしたその時。




「ガロルルルルッ!!」




幻聴かと思った。幻聴であってほしいと思った。

怒りを露わにした激しい唸り声は、それでも確実に、倒れたライオンから発せられていて。


(う、そ…)


むくり、と体を起こしたライオンは、ぶるんぶるんと頭を振って立ち上がる。

あれだけ激しく後頭部を殴られていながらも。

目は爛々と光り、サーバルを正面から睨み付け、足はしっかりと大地を踏みしめていて。


「ガオオオォッ!!」


牙をむき出して轟くような咆吼をあげる。

まるでダメージなんて、少しも入っていないようなその姿は。


サーバルとかばんの二人を絶望の淵へと叩き落とす。


「…全く効いて、ない…?なんで…」

『――…恐ラク、タテガミノセイダヨ…』


思わず独りごちるかばんの疑問に、ボスが声の音量を絞って答えた。


『…ライオンノタテガミハ個体ノ強サヲ示シ、仲間ヲ引キツケルトレードマークデアルト同時ニ、頭ヤ首回リノ急所ヲ守ル効果モアルンダ。同ジ肉食動物ノ牙ヤ爪ガ届カナイホドニ』


それを聞いてかばんは思い出す。へいげんちほーでの合戦の際、ライオンが風船をつけていた急所の場所を。

多くのフレンズ達が頭を急所としてつけていたのに対し、ライオンは毛皮の薄い腰を急所に選んでいた。


「そん、な…」


その場にへたり込んでしまうかばん。ボスもまた、沈黙してしまった。




(かばんちゃん、ちゃんと止まってくれたみたい…)


腰を低く落とし、ライオンを正面に捉えたまま、サーバルは一瞬だけ横目でかばんたちがいる茂みの方を確認する。

不意打ちは完璧にうまく決まった。しかし、その手に伝わった感触ですぐにこれはダメだとわかってしまった。

まるでこんもりと生い茂った草木の茂みに突っ込んだような、衝撃を打ち消される感覚。

もしかしたら首を少しぐらい痛めているかもしれないが、あの様子だと怒りでそんな痛みも吹き飛んでしまっているのだろう。


「えへへ…先走っちゃったや…」


体のあちこちからサンドスター・ロウを溢れさせるライオンに睨まれ、サーバルは恐怖をごまかすように乾いた笑みを漏らした。

かばんやボスの助言をもらっていればよかったと今更ながら思う。これだから自分はドジだと言われるのだ。


作戦は失敗だ。と、いうことは。


「ガオオッ!!」


咆吼と同時に、ライオンの両腕が金色の光に包まれる。

――この自分よりも遙かに格上の猛者を相手に、正々堂々、正面から闘って勝つしか道は残されていない。


狩りごっこは好きだし、へいげんちほーの戦いごっこも楽しかった。

でも、本物の狩りなんて当然したことないし、戦いだってセルリアン相手に数えるほどの経験しか無い。

だからといって、こんなところであっけなく終わる訳にはいかない。

かばんやボスと共に、このパークの危機を解決させるのだ。

かばんやボスと共に、平和を取り戻したパークでまだまだ冒険を続けるのだ。

…かばんを、ちゃんとヒトのなわばりまで送ってあげるのだ。


だから。


「――…負けないんだから!!」


サーバルの瞳が煌めき、ライオンから湧き出るどす黒いサンドスター・ロウと対照的な、虹色に美しく輝くサンドスターがその腕から溢れ出す。

相手の様子をじっくりと伺っていたライオンだったが、それを見て一際おぞましい雄叫びをあげる。




両者はそれを皮切りに、泥を跳ね上げて駆け出した。




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