対 ライオン③


「どうしよう…どうしたら…!」


始まってしまった。


「ゴアアアアアッ!!」

「うみゃっ!!」


周りの草や枝を易々と切り飛ばしながら振るわれるライオンの爪の猛攻を、サーバルは跳躍で躱していく。

ごっこでも遊びでもない、本物の狩り。

命をかけた戦いが始まってしまった。

戦闘能力はどう見てもライオンが遙か上。

サーバルはわずかな油断も、少しの負傷も許されない。

このままではきっと――


(でも…)


自分があの戦いに加わったところで完全に無力であることはわかりきっていた。

むしろサーバルにとって足枷にしかならない。

小さく開いた両手を見つめ、かばんは唇を噛んだ。

悔しい。どうして自分には武器になるような爪も牙も、力も無いのだ。

道具がなければ、何もできないのか。

そう思いかけて、かばんは首を振る。今はそんなどうにもならないことを悔やんでいる時ではない。

考えるんだ。そんな自分にでもできることを。


「…」


目を閉じ、深呼吸を一つ。

遠くで聞こえるライオンの凶悪な鳴き声と、サーバルの叫びに意識を囚われないよう、思考の海へと意識を沈める。


記憶をたどり、活路を探す。


(――……そうだ!!)


そして見つけ出す、一つの道。

かばんは目を開き、その視線を足下のボスへと落とす。

彼女の動きに反応したボスが見上げてきた。


「ラッキーさん…サーバルちゃん達フレンズさんとお話しないのは、どうしてですか?声は聞こえてますよね」


戦いに夢中になっているものの、あまり大きな声で話しているとライオンに居場所を悟られてしまう可能性があるため、かばんはさらに身をかがめてボスに顔を近づけ囁くように訊ねる。

ボスはかばんの質問の意図がわからなかったのか少し身を傾けたが、すぐ元に戻ると、先ほど同様音量を絞った声で答えた。


『…ソウイウルールナンダヨ。生態系ノ維持ガ原則ダカラネ』

「そうですか…。じゃあ、もう一つ聞きます」


はやる気持ちを抑えつつ、矢継ぎ早に問いかけていくかばん。

背後ではサーバルが必死の攻防を続けている。


「ラッキーさん、たしかロッジを出発する時言ってましたよね。今のボクには【パークガイドの権限】があるから、ボクの指示に従うって」

『ソウダネ。君ハ今暫定パークガイドダカラネ。ボク達ラッキービーストハ、パークガイドノ行動ノサポートモ、任務ノ一ツトシテ設定サレテイルンダ』


自分の質問に対して律儀に答えてくれるのも、きっとその「任務」の一環なのだろう。

確信を得たかばんは小さく息をついた。


「――わかりました」


かばんは泥濘んだ地面に膝をつき、ボスと正面から見つめ合う。


「…じゃあラッキーさん、暫定パークガイドとしてあなたに指示します。――今すぐここから離れて、助けを求めに行ってください」


ボスの目が、微かに緑色に光った。かばんは小さい声で続ける。


「フレンズさんと話しちゃいけないルールよりも、ボクの指示が最優先です。図書館に戻って博士さん達に伝えるか、誰か近くにいるフレンズさんを探すか…どちらでも構いません」

『…ソレナラカバン、君モボクト一緒ニ、サーバルガライオンヲ引キツケテクレテイル今ノ内ニ、コノ場カラ離レタ方ガイインジャナイカナ』


かばんの指示に対し、少し非情にも思える提案を返すボス。

ヒトの安全を最優先に考えるという役割を果たそうとしているのかもしれない。それでも。


「サーバルちゃんを一人にはできません。ボクはここに残って、まだ他にできることはないか考えてみます。――時間がありません。行ってください…!」


サーバル一人を残して逃げるなんて、できるわけがない。

絶対に一緒にいると、約束だってしたのだ。


『ワカッタヨ、カバン。サーバルノコトハ、君ニ任セルネ』


ボスの目がもう一度緑に輝く。


『…パークガイドノ指示ニ従イ、フレンズトノ干渉禁止令ヲ解除。一時的ニガイドヲ中断。別行動ヲ開始シマス』


ぴょこん、と飛び跳ねてかばんに背を向けると、ボスはそのまま飛び跳ねながら森の闇の中へと消えていく。

特徴的な大きな尻尾が完全に見えなくなるまで、かばんはその後ろ姿を見送った。


(あとは――)


ぎゅっと拳を握って、振り返る。


「うみゃみゃみゃみゃあああー!!」


その視線の先で、サーバルが爪を構えてライオンに突撃していくも。


「ゴアアアアアアッ!!」


大きく振るわれる腕に、彼女は急停止を余儀なくされていた。

防戦一方な様子のその姿に、かばんは口元に当てた拳の指を無意識に噛んだ。


(サーバルちゃんが持ちこたえてくれている間に、次の方法を考えるんだ…!)


その身をもって直接ライオンにぶつかっていくサーバルと、その頭脳をもって打開策を練り上げていくかばん。




終わりどころの見えないこの戦いの中で、形は異なれど二人は共に闘っていた。



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