対 ライオン④


短い足で懸命に地面を蹴り、できる限りの速さでボスは戦場から離れる。

しばらく移動した後立ち止まると、ピピピ…と音を立てて目を光らせた。


『検索チュウ…検索チュウ…』


小さな自分の体に詰め込まれた数多くの機能。その中から利用できそうなものを検索する。

――フレンズ達の争いを眺め、無力感を覚えていたのはかばんだけではなかった。

安全と平和が約束されていた――実際そうはいかなかったのだが――このパークのガイドとして作られた体には、爪も牙も、武器になり得る機能も取り付けられることはなかった。

ワシミミズクとの戦闘の時も、今のライオンとの戦闘でも、マニュアルにはない事態ではあるものの、パークガイドロボットとしてなんとかしなければと処理方法を考えていたのだが。

プログラムされていない課題処理に時間がかかってしまっている内に、フレンズ達やかばんが先立って動いてくれた。

…自分は何もしていない。何もできていない。

自分は実に無力な存在であると自己認識していたのは、ボスも同じだったのだ。


そんな中、かばんが与えてくれた「任務」。

行動を制限していた干渉禁止令も解除してくれた。

この役目を果たせなくては、本当にただのガラクタ同然だ。


感情などないはずの機械の身体は、どこか使命感に燃えているようだった。


『――検索完了』


近くにいるフレンズを探し出すのに使えそうな機能――ナイトツアーにおけるガイドで、フレンズや動物たちの居場所をすぐに特定するために備えられた機能を絞り込み、フル稼働する。

サーモグラフィー装置、赤外線暗視カメラ、動体検知センサー、高性能集音マイク――

様々な機器を切り替えたり、併用したりしながら、ボスはその小さな身体で広大な森を見渡していった。


『…見ツケタ』


そして見つけ出す、一つの影。

かばん、サーバル、ライオンの三人とは異なる場所で動く影を、ボスは捉えた。

ワシミミズクの体格とも違う。

ここから図書館までの距離より、このフレンズまでの距離の方が遙かに近い。

このフレンズに助けを求めるべきか。

だが――


『…』


動きかけたボスのメモリに、ライオンに無残に破壊された同胞の姿がフラッシュバックする。

この発見したフレンズが、もしもライオンと同じで野生暴走に陥っていたとしたら。

単独行動をしている自分を保護してくれるものは誰もいない。

行き着く先は、バラバラに引き裂かれてスクラップだ。


『……!』


――それがどうした。

ボスは見つけた影を目指して一直線に、ぴょん、ぴょんと全身を使って走り出す。

自分に与えられた「任務」は、一刻も早く助けを求めること。

自分の身に危険が及ぶケースなど想定していては、時間の無駄。

今この状況で、引き裂かれてしまう可能性が一番高いのは、誰だ。


『マカセテ…マカセテ…!』


想定外の出来事に直面するとすぐフリーズしてしまっていた、頼りない自分の姿を振り払うように。

活用できうる機能をうまく利用して懸命に任務をこなそうとするボスもまた、かばんたちから離れたところで一人闘っているのであった。









「…」


腕を組んで黙したまま、だが忙しなくコツコツと図書館内を歩き回る博士。

そんな彼女の様子を、床に座り込み瞳だけ動かして眺めるフェネック。

その横顔は無表情に近いが、大きな耳はぴんと立っていて少しの音も聞き漏らさぬようにしている。

アライグマもあっちへウロウロ、こっちへウロウロしては、壁の窓から闇に包まれた夜空から雨の降り注ぐ外を見やる。


「…あっ!」


突如短く声をあげたアライグマは、ダッシュで扉に駆け寄ると、それを開け放った。


「ちょっ、アライさーん!?」

「大丈夫なのだ!」


フェネックが止める間もなくアライグマは外に駆け出してしまった。

慌てて後を追おうとフェネックが立ち上がる。と、アライグマはすぐさま戻ってきて扉を閉めた。

その手には足をじたばたさせるラッキービーストが抱かれていた。


「アライさん、それ…」

「ボスなのだ!すぐそこを歩いてたのだ!やっと見つけたのだー!」


歓喜の声を上げてラッキービーストを高く掲げるアライグマに、博士が残念ですが、と水を差す。


「…それはかばんたちと一緒にいるボスではないのです。片耳の先が少しちぎれているのです。それはこの図書館の周りをいつもウロウロしてるラッキービーストなのです」


博士が言う特徴を確認し、アライグマは露骨にがっかりする。

手を離してやると、ラッキービーストはぽてんと着地して、無言のまま図書館内を徘徊し始めた。


「…何事かと思いましたよ」


そんなアライグマたちの様子を尻目に、リカオンは腕を十時に組んで身体を横にねじったり、膝を曲げ伸ばしたりしつつ、いつでも動き出せるよう備えている。

せめて雨がやめばと思うのだが、雨脚はいっこうに弱まる様子を見せなかった。


「ん、んんっ…」


タイリクオオカミが首を回し、喉を手で押さえながら軽く咳き込んだ。

その動作を不思議に思った博士がちらりと彼女に視線をやる。

それに気付いたタイリクオオカミは、少しはにかんだ。

細められたオッドアイの瞳が、野生解放の光を放っていることに博士は気付く。


「久しぶりにやるからうまくできるかわからないけど…」


ふーっと細く長く息を吐いた後大きく空気を吸い込み、タイリクオオカミは大きく空いた図書館の壁の穴から夜空を仰いだ。


「――ゥゥウオオオオオオオォォォォ…!!」


目を閉じたタイリクオオカミの、小さく開いた口から発せられたのは、長く轟く獣の遠吠えだった。

決して轟音ではないのに、腹の底が痺れるような、闇夜に遠く響き渡るその声に。

それまでタイリクオオカミの様子など全く気に留めていなかったアライグマが跳び上がって驚き。

フェネックでさえも尻尾を逆立てて耳を完全に寝かして床に伏せ。

博士は自分の身を抱くように両手で肩を抱えて身を細くした。


息の続く限り声を出し続けていたタイリクオオカミは、遠吠えを止めると、ふぅ、と肩を落とし、目を開いた。


「び、び、びっくりしたのだ…きゅ、急に、こここ、怖い声、出さないでほしいのだ…!」


壁際で先ほど拾ってきたラッキービーストを抱いて小さくなっていたアライグマが、びびりながらも憤慨の声を上げた。


「あぁごめんよ…一言断ればよかったね」


瞳の輝きをおさめて謝るタイリクオオカミ。

ぷるる、と身をふるってから一つ咳払いし、博士は、なるほど、と呟いた。


「オオカミの遠吠えですか…。たしかなわばりに外敵を侵入させないようにする意味もあったのでしたね」

「まぁ…私はちょっといい顔がいただきたくなったときに、皆を驚かすために何回か使った程度だけどね」

「…しょうもないことに野生解放をつかうな、です」


呆れたようにため息をついてから、博士は表情を引き締めなおした。


「あのバリケードを破壊して森に入ってきたフレンズが、今の遠吠えで本能的に危険を察して逃げてくれるような者なら良いのですが…」

「指をくわえて待っているだけでは悔しくて試してみたんだが…さぁ、どうだろうね…」

「全く…こんなときにかばんたちは一体どこに行ってしまったのです…!」


文句をたれつつも心配している様子が隠しきれていない博士の表情に、タイリクオオカミは黙って窓から外を見つめた。





彼女たちは知らない。


かばんとサーバルが直面している相手は、大型肉食獣であるタイリクオオカミの遠吠えであろうと、尻尾を巻いて逃げ出すような小物ではないということを。

よもや百獣の王を相手にしているなど誰も思わない。


思うはずがなかった。



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