対 黒セルリアン①

時は、かばんとサーバルが日の出港近くでセルリアンハンターたちと出会ったところまで遡る。

戦力にできない二人を戦場から遠ざけたヒグマとキンシコウは、リカオンと合流したものの、巨大化を続ける黒セルリアン相手に苦戦を強いられていた。

心なしか巨大化の勢いが増しているように思われる相手に、三人も負けじと攻撃の手を緩めず応戦していた。が、


「くそっ…こいつ、どんどんでかくなるぞ…!」


削れば削るほど巨大化していく黒セルリアンに、焦りを覚えるヒグマ。

今や森のどの木よりも圧倒的に大きくなってしまった黒セルリアンは、なおもサンドスター・ロウの吸収を続け、肥大化を始めていた。

角ばっていた胴体は丸く腫れ上がったようになり、胴体に対して細く貧弱だった脚も、大木のように太くなっている。


「これ…自分でもコントロールできてないんじゃないですかね…?ひょっとしたらこのまま自分の巨大化に耐えきれずに、自爆する可能性もありますよ」


リカオンが恐怖で震えつつも冷静な分析を口にする。


「だといいんですが…」

「いずれにせよ、私達にできるのは…攻めて攻めて、攻めまくることだ!」


不安げなキンシコウの横で、ヒグマの持つ熊手が、野生解放によりサンドスターを放つ。

『ォォォォオオオオオオオオオオオオオ!!!』


それを見て、黒セルリアンは雄叫びをあげた。巨体から放たれる、大地を震わせるような叫び声は、戦いに精通している三人であってもその場に縛りつけられる轟音だった。


「な、なんて鳴き声だ…!!」

「耳が…!吹き飛びそうですよ…!」

「……!危ない!!」


初めに気付いたのはキンシコウだった。

叫び声に怯む三人に向かって、黒セルリアンがその巨大な腕を振るったのだ。

ゆっくりした動作で、しかし周りの岩や木々を粉々に吹き飛ばしながら振るわれたその腕を、三人は辛うじて避ける。

長年のハンターの経験からか、反応が遅れたとはいえ直撃は免れた。しかし、


「うわああぁ!!」


その巨大な腕の力は、フレンズ化した三人の体をやすやすと吹き飛ばす暴風を巻き起こした。

キンシコウ、ヒグマは空中で身を翻し、なんとか着地する。が、一番至近距離にいたリカオンにその余裕はなかった。

体勢を整える暇もなく、リカオンは激しく飛ばされて、木々に体を叩きつけられた。


「リカオン!」


焦りを含んだ声で、ヒグマが叫ぶ。


「…駄目です!ダメージが大きすぎる!」


駆けつけたキンシコウがリカオンを抱えて傷の具合を確認する。出血はないが、ぐったりとして動く気配を見せないリカオン。


「くそっ…一旦退くぞ。キンシコウ、リカオンを安全な場所へ!私はしばらくこいつを引きつける!」

「でも、ヒグマさん…!」

「大丈夫だ、無茶はしない!防御に徹する!いいから、早く逃げろ!!」

「……わかりました」


リカオンを背負うキンシコウを見て、ヒグマがそうだ、と声をあげた。


「あいつら…あの二人とボスも、途中で拾ってやってくれ!もしまだこの付近ウロウロしてたら危険すぎる!」

「…ヒグマさん、やっぱりあの二人を心配して…」

「今はそれどころじゃないだろ!来るぞ!!」


黒セルリアンが、動く。

ヒグマが野生解放で注意をひきつけている間に、キンシコウは戦線を離脱した。





山の様子を見に行きたいと言うボスに続いて、サンドスターが吹き出る山の方角へと足を進めていたかばんとサーバル。

その二人も思わず身を竦めるほどの咆哮が、森中に響き渡った。


「なに、今の…」

「…!!」


声のした方へ顔を向け、そこで二人は初めて気付く。


「何アレ…!」


サーバルが思わず声を漏らす。当然だ、とかばんも思った。

鬱蒼と生える木々から頭を出す、というレベルではない。太く、奇妙な足で木々をやすやすと跨いで歩けるほどに巨大なセルリアンの姿がそこにあった。


「なんで…さっきまであんなの見えてなかったのに――」

「あんなにおっきーセルリアン、どうやってたおせばいいの!?」


あまりにも短時間で、急激に巨大化したセルリアンを、ただただ呆然と見上げるかばんとサーバル。

そのとき、ビーッビーッとやけに不安を煽る音がボスの体から鳴り響いた。


『警告。警告。サンドスター・ロウノ濃度ガ、集中的ニ高マッテイマス。セルリアンノ局所的発生、マタハ、サンドスター・ロウノ爆発ニヨル被害ガ予測サレマス。オ客様ハ直チニ避難シテクダサイ。バス付近ノオ客様ハ、速ヤカニバスヘオモドリクダサイ。警告。警告。』

「ラ、ラッキーさん?」

「どうしたの、ボス?」


耳と目を赤々と点滅させ、ボスは二人を振り返る。


『二人トモ、山ハ後回シダヨ。バスニ戻ロウ。デキルダケ、急グンダ』

「そんな…山の確認も大事なんじゃ…?どうして――」


ぴょこん、と小さくはねて、ボスはかばんの言葉を遮る。


『説明シテル時間ガナイヨ。急イデ』


平坦で無感情なはずのボスの声に、どことなく焦りがにじんでいるような気がして、かばんはボスを抱え上げた。


「――サーバルちゃん、バスの所へ帰ろう。なんだかいやな予感がする」

「へ?う、うん。かばんちゃんがそう言うなら…」


踵を返し、バスを置いた方へと二人は駆け出す。

その間にも黒セルリアンは、膨張を続けていた。







「――サーバル!かばん!」


バスのそばまで戻ってきた二人は、名前を呼ぶその声に足を止めた。


「キンシコウさん!」


気を失ったままのリカオンを背負ったキンシコウが、息を切らしながら二人に駆け寄る。


「その子、けがしてるの?だいじょうぶ?」

「えぇ…セルリアンとの戦いの最中に、木に身体をぶつけてしまって…」

「セルリアンなら、ボクらからも見えました。急に大きくなっていませんか…?」


かばんの言葉に、ハッとした表情になるキンシコウ。


「そうでした…早くヒグマさんの支援に戻らないと…。とにかく、リカオンを安全な所に連れて行きたいんです。二人も早くここから離れてください。あれは危険すぎます」

「じゃあ、いったんバスまで行きましょう。バスの中なら、リカオンさんの具合も落ち着いて見られるし、いざとなったら逃げられます」


かばんの提案に頷くキンシコウ。かばんの腕の中では、ボスがビーッビーッと不穏な音を上げ続けている。


『急イデ。急イデ。』







「こんなの…どうしろっていうんだ…」


構えていた熊手を下ろし、ヒグマは吐き捨てるように呟く。

他のちほーからでも姿が確認できてしまうのではないかと思えるほどに膨らんだ黒セルリアン。

その絶望的な光景に、ヒグマはただ立ち尽くすことしかできなかった。


(キンシコウは、ちゃんとあの二人を連れて逃げたかな…)


脳裏をよぎる、仲間の姿。そのとき、戦闘中のリカオンの言葉が頭に浮かんだ。


『このまま自分の巨大化に耐えきれずに、自爆する可能性もありますよ』


確かめるようにもう一度、黒セルリアンを見上げる。

パンパンに膨らんだ黒セルリアンの身体からは、時折みし、みし、と奇妙な音が漏れていた。


「そうだ…ははっ…そうだ!そのまま勝手に自滅しやがれ…!」


どうしようもないと思っていたところにかすかに見えた希望だった。

よく見れば、その巨体にはヒビが走り始めていた。


「自爆するのも時間の問題だな。馬鹿なやつだ――」



しかしそこでふと、一つの疑問が生まれる。


「いや、ちょっと待て…。こいつが爆発したら…一体どうなるんだ…?」


何か、自分たちの知らないとんでもないことが起きるのではないか。


その可能性にヒグマが気付いた刹那。


――黒セルリアンの身体が、大きくひび割れた。


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