対 黒セルリアン②

「あった!バスだよ!!」


先頭を走っていたサーバルが声を上げる。かばん達は急いでバスへと駆け込んだ。キンシコウとリカオンが乗り込むや否や、ドアや窓が自動的に閉まった。

それだけではなく、いつもは窓や壁がないため開放されっぱなしだった所にも、シャッターが降りてくる。

あっという間に、バスは密閉空間となった。


「なにこれすっごーい!どーなってるの?」

『緊急時用シェルターモード、起動。オ客様ハ万ガ一ノ衝撃ニ備エテクダサイ』


普段とはちがうバスの様子に興味津々のサーバル。

一方で、かばんは乱れる心拍を落ち着かせようと、胸に手を当てて深呼吸をした。走ったからだけではない、とてつもなく嫌な感覚が、かばんの心臓を暴れさせていた。


「ちょっと待ってください!ヒグマさんを助けに行かないといけないんです。入り口をあけてもらえませんか?」


リカオンをプレーリーとビーバーにもらった寝床に寝かせたキンシコウが、慌ててボスに詰め寄る。しかしボスは不穏な音を立てるだけで、反応を示さない。


「だめだよ。ボスはかばんちゃんとしかお話しないんだ」

「――ラッキーさん。キンシコウさんがバスから出たいみたいなんです。少しだけ、入り口を開けてもらえますか?」


焦るキンシコウの様子を見て、かばんが助け船を出す。それでもボスは、頑なだった。


『ソレハデキナイヨ。今外ハトテモ危険ナンダ。ドアヲ開ケタ時ニ何カアッタライケナイ』

「なら…なおさらヒグマさんを助けにいかないと…!」


セルリアン退治用の如意棒を握る手に力がこもるキンシコウ。

そんな彼女の様子を見て、サーバルも返事が返ってこないとわかっていながらもボスに声をかける。


「ねえボス。いじわるしないで開けてあげようよ。キンシコウ、かわいそうだよ?ヒグマも心配だし――」




その時だった。




ドンッ!!と地響きのような衝撃が足に伝わったかと思うと、バスの窓やシャッターがびりびりと小刻みに震えた。

まるでバスが悪路を走っているかのように、大きく揺れる。


「みゃっ!!」


サーバルが反射的に耳を押さえるのを横目で見ながら、かばんは倒れないように壁に手をついて窓から外を見た。


「今のは――」


目に入った光景に、声が喉の奥へ消える。

黒い津波。サンドスター・ロウの爆風が、まるで黒い津波のように森を一瞬にして飲み込んでいく。それは自分たちのバスにもものすごい勢いで迫ってきて。


「わあああっ!!」


あっという間にバスの周りを黒いサンドスターが包み込んだ。まるで突然夜になったかのようにバスの中は闇に包まれる。


「何が起きてるの!?これ何!?」

「ヒグマさん…!!」

『ア、ア、アア』


それぞれが違った反応を見せる車内。

シャッターや窓のおかげで、サンドスター・ロウが侵入してくることはなかったが、嵐に見舞われたかのように揺れるバスが吹き飛ばされるのではないかと心配になるほどに、その爆風の威力はすさまじかった。





収まりどころがわからないサンドスター・ロウの嵐に、かばんは再度窓の外を確認する。


「――…!?」


思わず目を疑った。吹き荒れるサンドスター・ロウの中に、人影らしきものが見えた。それはただ、こちらをじっと見つめたまま動かない様子で闇の中に立っていた。


(フレンズさん!?…にしては、あの中であんな普通に立っているなんて――)


思考を巡らせるかばんの背後で、先ほどまで固まってしまっていたボスが電子音を立てる。


「えぇ!?かばんちゃん!ボスがいつものやつ、やりそうだよ!」

「…あっ!えっ!?このタイミングで!?」


突然の呼びかけに、窓の外に釘付けになっていたかばんは一瞬反応が遅れたが、慌てて振り返った。暗い環境のおかげか、いつも以上に明瞭に見えるミライの姿がそこにあった。


「こ、これは一体…!?」


キンシコウが驚いた様子で声を上げるのを尻目に、映像の中のミライは話し始めた。


『最悪、です。それしか言葉が見つかりません…。』


いつもより深刻な表情のミライを見て、サーバルは眉をひそめる。


「どうしたんだろ?なんかミライさん…こわい顔してるね」


大きなため息を一つついたあと、ミライは続けた。


『セルリアン騒動で閉園中のためお客様がいないこのタイミングを狙ったのか…。――パーク内に…密猟者が侵入したことがわかりました』

「みつ…りょーしゃ?」


聞き慣れない単語を、サーバルが確かめるように繰り返す。

だれかに教えてもらおうとかばんたちを振り返るが、かばんもキンシコウも首を横に振った。


『侵入したのは一名だと思われますが、一刻も早く捕らえるためにパーク職員総出で捜索中です。…ただでさえセルリアン騒動で苦しんでいるというのに、本当に最悪です。フレンズさんたちを脅かす存在が増えてしまいました。…むしろ、こちらの方がよほどたちが悪いですね…』

『ミライさーん、みつりょーしゃってなぁに?』

『わっ!?サーバルさん!?き、聞いていたのですか!?』


姿は映っていないが、いつもの声がミライに問いかける。あのロッジで見たもう一人のサーバルだな、とかばんはその姿を思い浮かべた。


『だってミライさん、いつもよりのこわーい顔してるんだもん。気になっちゃうよ』

『…密猟者というのは、自分の欲のために動物の命を奪おうとするヒトのことです。セルリアンなんかより、よっぽど危険かもしれません。サーバルさん、知らないヒトを見かけたら、絶対近寄っちゃダメですからね!』


「動物の、命を奪う…ヒト」


あまりに衝撃的な言葉に、かばんは背筋が冷たくなるのを感じた。思わずサーバルを見る。当の本人は、ミライの話に夢中になっており、その視線に気付かない。


『えぇ!?そ、そんなこわいヒトが、本当にいるの…?ヒトって、ミライさんや他のみんなみたいに優しいんじゃないの?』

『…一部のヒト…本当に、ごく一部のヒトは、とても恐ろしい一面を持っていることがあるんです。――サーバルさん、ヒトのこと嫌いになりそうですか?』

『…ううん。悪いのはそのみつりょーしゃってヒトでしょ?ミライさんや他のヒトのこと、嫌いになったりしないよ!』

『ふふ…ありがとう。でも、本当に気をつけてくださいね。私達も、フレンズさんに被害が出る前になんとかして密猟者を見つけ出します!』


ボスが沈黙し、ミライの姿が消える。バスの中に再び暗闇が戻った。


「なんだかよくわかんなかったけど…みつりょーしゃって、とってもこわいんだね…」

「動物の命を奪う、と言っていましたね…。その点に関しては、セルリアンよりも危険かもしれません」


適応力が高いのか、キンシコウはすでにミライの話を理解していた。


「こわいなぁ。みつりょーしゃって、まだパークのどこかにいるのかな?ねぇ、かばんちゃんはどう思う?」

「えっ…さ、さぁ…どうだろうね。わかんないや…」


自分と同じヒトが、動物たちを脅かしていたかもしれないという事実を知ったかばんは、曖昧な返事を返すことしかできず、はぐらかすようにまた外を見る。

先ほど、ミライが話し始める前にそこにいたあの影は、いつの間にかいなくなっていた。


(気のせい…だったのかな…)


徐々に、バスの外の黒い嵐は収束を始めていた。

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